初めての投稿(どうして無料ブログで書くのをやめようとしているのか)

これまで「交通事故被害者は2度泣かされる」というブログを運営してきた。しかし、アメブロという無料ブログだったため、いろんな制約があるとともに、リスクが存在した。無料で借りているという、他人の軒下を借りる言わば賃借人(正確に言えば使用貸借人)の立場だったのだから、これはある意味やむをえないことだった。どういう「制約」と「リスク」が存在したのか。

 

①メッセージ等での個人情報のやりとりができなかった。

 

②禁止語が存在したため、言葉上の制限があった。そのため、自由に書くことができなかった。たとえば「ron sexsmith」という人名が、なかに「sex」という禁止用語を使用しているため、記事にして公開できなかった。こういう禁止用語がかなり存在するらしい。

これではまるでジョージオーウェルの描く「1984年」の世界だ。その世界では、従来のオールドスピーク(旧語法)からニュースピーク(新語法)への置き換えを公然とあるいは秘密裏に行なわれた。

 

(引用開始)
ニュースピークの目的は、イングソック(注)の熱狂的な支持者に固有な世界観や精神的慣習に対して一定の表現手段を与えるばかりではなく、イングソック以外のあらゆる思考方法を不可能にするということにあった。その意図するところは、ニュースピークが最終的な言語として採用され、オールドスピークが忘れ去られてしまった時こそ、異端の思想―即ちイングソックの諸原則から逸脱する思想は、それが少なくとも文字に依存する限り、言語活動として成立させないということであった。

ニュースピークの語彙は、党員がまさに表現したいと思うどのような意味に対しても的確な、或いはしばしば極めて微妙な表現を与えるように組み立てられていたし、一方ではそれ以外のどんな意味も、またそうした意味を間接的な方法によって引き出そうとする全ての可能性も排除していたのである。この事は或る程度まで新しい用語を造り出すことによって達成されたが、しかし主として好ましくない単語を除去することによって、また留用語の持つ正統的で無い意味や、その二次的なあらゆる意味をなるべく剥奪することによって、それは達成されたのであった。

(引用終了)「1984年」(ジョージ・オーウェル著)

1984年 (ハヤカワ文庫 NV 8)

注)イングソック(Ingsoc)とは、ジョージ・オーウェの小説「1984年」に登場する架空の全体主義国家オセアニアの支配的イデオロギー。イングソックとはニュースピーク(新語法)による単語であり、「イングランド社会主義」(English Socialism)の略称。

禁止用語の採用や好ましくない用語の改変には、常にこのような危険がつきまとっている。この種の自己規制は旧ブログだけの問題ではなくて、日本全体を覆う問題だと思う。しょせんはフィクションの世界のことだと思っている人がいるだろうから、日本における一例を示そう。

 

一昔前、「侵略」を「進出」に言い換えた「教科書問題」があった。どうして「進出」に言い換えたのか、例文で示してみよう。

①日本は中国を侵略した。

②日本は中国に進出した。

「侵略」や「進出」の語彙的意味についてはたいして違いがないからそれには言及しない。ここで問題にするのはその文法的意味のほうである。すなわち、「侵略」は必ず「を」をとって、被害者を明示する役割があるが、「進出」は「に」をとり、単にできごとの場所を示すにとどまる。この文法的意味の違いについてもっとわかりやすくしようと思ったら、被害の受け手である中国を頭にもってくることである。

〇中国は日本に侵略された。

×中国は日本に進出された。

後者が日本語として成立しないことがわかるだろう。すなわち、「進出」には、被害の受け手を明示しないで、すましていられる役割、効用があるわけだ。

 

③禁止用語が存在したのみならず、禁止画像も存在した。たとえばジミー・ヘンドリックスの「エレクトリック・レディーランド」のジャケットがこの禁止画像に該当したため、これも公開できなかった。どういう画像だったかを下に示す。

images

 

公開がはばかれるほどの画像だとは、ぼくにはとても思えない。皆さんはどうお感じか。次にこれなんかはどうか。ロキシーミュージックのアルバムジャケットである。これもダメなんだろうね、きっと。

Country Life

 

ストロークスのファーストアルバムジャケットのこれなんかはどうか。

Is This It

 

 

④月に1、2度のアクセスできない「工事」期間が発生すること。せいぜい7、8時間のことにすぎないが、こういうのはないほうがいい。

 

せっかく苦労して書いた記事の著作権がアメブロに所属してしまうこと。これってふだんは意識することがないが、争いになった場合に相当に深刻な問題になる。→訂正あり。

 

⑥広告がやたらと多いこと。

 

⑦メッセージに保存期間なるものがあって、それを過ぎるとメッセージが消滅してしまうこと。

 

⑧突然、ブログ自体が閉鎖されてしまうリスクがあること。

 

以上が、独自ドメインでWORDPRESSに移った理由である。これらのデメリットがすべて解消されると期待している。

 

さらに積極的な理由もある。

独自ドメインによるブログはアクセス数がアップすると言われている。ぼくのような、多くの人に見てもらうことが目的でブログ記事を書いている者にとって、これは大きな移転理由である。以上、思いつくままに書いた。

 

というわけで、アメブロの批判ばかりになってしまった。しかし、自分のブログを持ち、本日記事出しするまでにぼくの場合は1か月以上かかってしまった。無料ブログはその日のうちに記事出しできたことを思えば、相当に根気がないとできないことだと思う。だから、無料ブログの利便性も捨てがたい。他の無料ブログの使い勝手は知らないが、アメブロはデメリットもあるが、大変なメリットもあったと思う。どっちがいいとか悪いとかでなくて、使う人の目的しだいなんだろうと思う。

さて、こちらに移ってきての1回目の投稿である。WORDPRESSは使い始めたばっかりで、具体的にどういう利点があるのか現状ぜんぜんわかっていない。とりあえず、記事にアマゾンのアフェリエイト画像を貼り付けたいのでその設定をしてみたい。また、今は仮のテーマを使用しているが、もっといいテーマがあるはずなので、こちらも変更するなどやることがいっぱいありすぎて何から手をつけたらいいのかわからないほどだ。

ここしばらくは旧ブログとの併用ということになる。交通事故に関する記事はこちらのブログで今後書くことにし、旧ブログでは一切書かない。ただ、旧ブログでこれまでに書いた交通事故に関する記事についてだが、アクセス数の少ない記事については、加筆・修正をして新たな装いの記事としてこのブログで再出発させたい。事故被害者にとって何が知りたいのかを徹底的に検証し、他のライバルサイトで何が不足しているか、そのあたりを掘り下げた記事を書きたい。

他方、アクセス数の多い記事、すなわち検索画面のトップ画面に位置している旧記事については現状大幅の加筆・修正の必要もなく、また旧ブログからの移動させなければならないというさしせまった必要性がない。かといって、新旧両ブログに交通事故に関する記事が並存するというのはとっても変なので、いずれは移動させなければいけないと思いつつ、そのための最適の方法がわからないため、しばらくは静観してみようかと思っている。

 

ぼくが感じた無料ブログの問題点について書いた。しかし、無料ブログにはいいこともたくさんある。まず無料だということ。手続が簡単ですぐに記事出しができること。ぼくの場合はアメブロを使ったが、とにかく便利な機能が満載で、登録してその日のうちに記事出しができたほどだ。だから、アメブロさんには感謝している。

 

(本日わかったメリット)

①自動的に下書き保存されるため、せっかく書いた記事が飛んでしまうというリスクがないこと。さらに、「リビジョン」機能というのがあって、下書き記事に加筆・修正するとそれ以前のものとの比較ができ、加えて、それ以前への復元も可能なこと。

②記事の文字数が表示されるため、記事の「量」として把握可能なこと。

(その他)

①AMAZONJSをプラグインした。しかし、動的なデフォルト表示がうまくいかない。とりあえず単純なHtmlでアップした。

②パーマリンクを投稿名に変更した。

③アクセス解析として「qlook」をサイドに設置した。

 

(追記)

⑤せっかく苦労して書いた記事の著作権がアメブロに所属してしまうこと、と書いた。しかし、記事の著作権は記事を書いた者にあることがわかった。その点、訂正します。

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当事務所の立場

突然、交通事故にあわれた被害者は、怪我をされたり、車を破損などされたりして大変なことです。その損害の賠償をしてもらうために、これから、加害者そして加害者側の損保担当者を相手に示談交渉を進めなければならなくなります。しかし、交通事故は人生でそう何度も経験するわけではありません。なにをどのようにしたらいいのか途方に暮れてしまうのがふつうです。

ところが、事故被害者がまず相手にするのが加害者であり、そして、実際は加害者側損保の担当者です。損保の担当者はそのことで生計を立てているいわばプロであり、百戦錬磨で鍛えた知識と経験があります。かたや、知識も経験もほとんどない事故被害者。そんな素人がプロ相手にどのように交渉していったらいいのでしょうか。

交通事故に詳しい弁護士が知人にいるような幸運な方は別にして、たいていの方は途方に暮れてしまうことでしょう。一昔前は、素人とプロの交渉ごとということにふつうはなって、プロの思い描くストーリーどおりに押し切られるのがふつうでした。しかし、ネットが発達した現在、示談交渉を進める上での情報がネットを検索すればあふれかえっています。が、その情報は正しいものもあれば正しくないものもある。玉石混淆です。それらの情報に接した事故被害者にとって、どの情報が正しくて信頼できるのかがまずわかりづらいし、自分だけでは手に負えなくて、調査や交渉ごとをだれかに任せることも時に必要になってきます。が、ネット上には、われこそは事故被害者のためだと謳っているものばかりなので、実際にいったいだれを信頼したらいいのかわかりません。

知識とは中立なものであること

ここで注意してほしいのは、情報の正確さもさることながら、その情報(知識)そのものが中立なことです。

昔、東大卒が多い自民党が間違えるはずがないと豪語している自民党支持者に会ったことがあります。ぼくは苦笑するしかありませんでした。たしかに東大卒は勉強をいっぱいしているわけだから、その知識量も多くかつ正確だといえるかもしれません。ただ、知識それ自体はあくまで中立なものであり、どちらにも役に立つ武器なのです。したがって、その正確でたくさんの知識をどちらの側に使うかにある。わかりやすいたとえ話をしてみましょう。

知識は刀という武器と同じ

hitininnno
その昔、武士という職業が存在しました。この武士は帯刀を許された職業のことであり、刀の専門家です。殿様を頂点にして、殿様に雇用され、殿様を守るために武器である刀の技術を日夜みがいていた。

この武器である刀自体は殿様を守るためにも使えるし、農民に加勢して殿様に刃向かうためにも使えます。しかし、悲しいかな、現実は殿様を守るために使われた例が圧倒的に多く、農民に加勢するために使われた例など不幸にしてきわめて少なかった。ごく稀に後者のような武士が現れますが、こういう武士こそ庶民にとっての英雄であり、「七人の侍」はまさにそのようなタイプの武士たちでした。

利益が一致しているか相反しているかが重要

したがって、問題はその使い手自身にあります。使い手がどちらの側に立つかで知識もそれぞれの側の武器になる。そして、その使い手がどちらの側に立つかは双方の利益が一致するか相反するかでふつうは決まってきます。

この、肝心要のことを説明したサイトが皆無といっていいほどにみあたらないのは不思議なことです(というか、あえて否定しているサイトさえいくらでもみつかるくらいです)。

記事を読んでいただければたちどころにわかることですが、当事務所は「立場」を鮮明にしております。あえて鮮明にしているのは、人間や社会に対する見方は、その人自身の立場から自由にはならないからです。中立を装うことは考察を浅くし、論旨を不明確にする。「立場」のない「立場」などありようがない。当事務所の立場は、ぼく自身が社会的弱者であるため、弱者の立場に徹することです。ぼくのような弱虫は「七人の侍」のようには決してなれないけれど、せめてその心意気だけでも真似して、社会的強者に阿らないようにしたい。そういう気持ちで当サイトをたちあげました。よろしくです。

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