ぎっくり腰(腰椎捻挫)になったが、傷害保険はおりるのか

仕事中に腰が痛くなった。傷害保険にはいっているから保険金の請求をすると、いや、お支払いできないのですと、保険会社から断られるケースがあります。腰痛ならすべてがすべてそういうわけではなくて、支払われることもあります。その条件の話です。

それともうひとつ、交通事故で腰椎捻挫という傷病名がよくつきます。傷害保険が使えるのかどうか。これも問題になります。

重い物を持ってぎっくり腰

重い物を持ってぎっくり腰になったのですが、傷害保険はおりるのでしょうか。

ぎっくり腰とは

不意の動作、特にひねり動作で急に起こることが多い。激しい腰痛で、わが国では「ぎっくり腰」、海外では「魔女の一撃」とよばれる。その病態は不明で、多くは椎間関節内への滑膜嵌入によるとみられているが、椎間板ヘルニアであることもある。前者の場合、数日で軽快する。(「標準整形外科学」P572)[amazonjs asin=”4260025376″ locale=”JP” tmpl=”Small” title=”標準整形外科学 第13版 (STANDARD TEXTBOOK)”]

腰椎捻挫とは

いわゆる「ぎっくり腰」のこと。

ぎっくり腰(腰椎捻挫)は傷害保険で支払いの対象外である可能性大

結論を先にいうなら、傷害保険の約款の内容しだいです。

ふつうは、他覚的所見があれば支払いの対象になりますが、腰痛はいわゆる他覚的所見のないことが多く、傷害保険金が支払われないことが多い。具体的にいうと、他覚的所見のないぎっくり腰も腰椎捻挫も支払われない可能性が非常に高い。

その理由について以下に述べます。理由がわかれば反論が可能な場合もありうるからです。

簡単にあきらめないほうがいいですよ。

傷害保険の対象は疾病ではなくて「急激・偶然・外来」の外傷である

以下からは傷害保険の一般的な話になります。

傷害保険が対象にしているのは、「急激・偶然・外来」の3つの要件を満たす外傷です。でも、この3つの要件を満たしている外傷であっても、「医学的他覚所見による裏付けのない症状」については保険金は支払われないと保険約款に記載されていることが多い。

どういう場合に「医学的他覚所見による裏付けのない症状」に該当するのか。この解釈にかかわっての、腰椎捻挫やぎっくり腰など腰痛に関するトラブルが非常に多いのです。

まずは、この3つの要件である「急激・偶然・外来」の定義について、腰痛を例にして説明していきたい。

傷害保険の「急激」

最初の「急激」についてですが、原因となった事故から結果としての傷害までの過程が直接的で、時間的間隔がないということです。従って、時間をかけて緩慢に発生するものはこの要件に抵触し非該当です。傷害保険金がおりません。

わかりやすい説明のためによく例に出されるのが、マラソン中に転倒して捻挫した場合と靴擦れをおこした場合です。前者は事故から傷害発生までの時間的間隔がありませんから、「急激」に該当します。しかし、マラソン中に靴擦れした場合は、靴擦れの発生機序が緩慢なので「急激」には該当しません。

「急激」に該当しない例としては、靴擦れ以外に、しもやけ、野球肘、テニス肩などがあります。それと、いわゆる職業病がそうですね。

では、重い物をもって腰痛になった今回の場合についてはどうでしょうか。被保険者がふだん重い物を持たない方で、たまたま重い物を持って腰痛になった場合はどうか。これは「急激」に該当します。

しかし、日常的に重い物を持つ習慣あるいは職業をお持ちの方が重い物を持って腰痛になった場合はどうか。この場合は、1回の外力でなったというより、日常的な外力の積み重ねが腰痛の原因だと考えられ、そのため、発生機序が「急激」とはいえないということになります。

このような考え方がある一方、以下のような考え方もあります。

「重いものを持ってぎっくり腰になった場合」と「腰をひねってぎっくり腰になった場合」とを考えてみましょう。どちらもぎっくり腰という傷害を負っています。違うのは何か? それは重いものを持ったか、自分の体重を支えられなかったか、の違いです。重いものを持っていれば事故であり、そうでなければ内在的な欠陥とするのが現在の一般的な考え方です。しかしこの結論は「重いもの」の程度を問題にしていない点で、与しがたいと考えます。

ピアノなどの重量物を持ち上げられると過信した結果腰を痛めたのであれば、事故といえるでしょう。しかし10kg程度の米袋を持ち上げようとして腰を痛めたのは「外来の事故」ではなく、内在する疾患と言うべきでしょう。一般の人が10kg程度の物を持ち上げることは日常よくあることで、そうした物を持ち上げることは事故でも何でもないのです。そうした日常よくあることという限界を超える重量物を持ち上げようとして生じた腰痛をはじめて「事故による傷害」と考えるべきと思われます。個人差はあるものの、腰に欠陥のない通常人でも発症する可能性のある重量物を持ったという時点で事故性を認めることになります。

「からだの保険」(P6)
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私はこの見解には賛同できません。とくに「10kg程度の米袋を持ち上げようとして腰を痛めたのは「外来の事故」ではなく、内在する疾患と言うべきでしょう」という解釈があまりに恣意的だからです。

重いものを持ち上がることによって発症したのだからどのように考えても外来の事故です。ただし、場合によっては内在する疾患が絡んでいる場合もあり得るでしょう。そういう場合は、「外来の事故」であることを基本にして、内在の疾患との競合関係を考えればいいのではないでしょうか。

それと、一般人なら10kg程度の物を持ち上げても腰痛にならないというのですが、何が「一般人」なのかが明確でなく、現に多くの高齢者もいるわけなので、個人差を無視しすぎではないでしょうか。

傷害保険の「偶然」

次に「偶然」についてです。被保険者の立場からみて原因または結果の発生が、予測できないことです。

この場合は3つのパターンがあります。第一は原因の発生が偶然である場合、第二が結果が偶然である場合、第三が原因・結果いずれも偶然である場合です。いずれかに該当すれば「偶然」の要件を充足します。ちなみに、「偶然」の反対は「必然」、すなわち「故意」です。

あるいはまた、このような説明もあります。偶然な原因の自然な結果は有責だが、自然な原因による自然な結果は免責となると。

なんのこっちゃら。わかんないよ。具体例をあげてみます
たとえば、急に雨に降られて風邪をひいた(前者)。心臓が悪いのに急に走ったりして急性心不全で死亡した(後者)。

さて、腰痛は「偶然」の要件を満たすのがふつうです。保険金狙いで故意に腰痛になること(あるいはそれを演じること)は可能性としてはあるものの、ふつうありません。

問題になるのは被保険者がある行為の結果を予測できたにもかかわらず、あえてその行為を行ったため傷害が生じた場合です。この作業をやっていると腰痛になるかもしれんなあ、まあなったらなったときだ。つまり未必の故意の問題です。この場合は被保険者の故意による事故招致となり、事故の偶然性が否定されるのです。

これはいわゆる「認識ある過失」の問題――すなわち、「行為者が自身の行為が、違法又は有害な結果を招く可能性を予見しながら、その結果が発生しないと軽信し、行為に及んだ際に発生した過失」のこと――とも隣接するため、ここではこれ以上言及しません。

MEMO
正当防衛での怪我
事故の偶然性を否定される場合でも、たとえば正当防衛で受傷したとか、緊急の救助行為で受傷した場合はどうでしょうか。この場合は保険金は支払われます。正当防衛で思い出したのですが、私が扱った案件でこういうのがありました。

ある中学校の修学旅行での出来事。帰りのバスの中でA君とB君が喧嘩になり、そのため両君とも負傷した。喧嘩は傷害保険の免責事項の一つである「闘争行為」になるので、ふつうなら保険金は支払われません。ところがよくよく事情を聞いてみると、

B君がC君をいじめていた。そこへA君がいじめをやめさせるため仲裁にはいった。ところが、それに怒ったB君がA君を殴った。それでやむをえず反撃したということだったのです。私はこの話に感動しながら聞き入っちゃいました。えらい。よくやった。

この場合は正当防衛が成立するのでA君の保険金は支払われると考えました。保険金が支払えないなんて口が裂けてもいえませんね。

【正当防衛の要件】

①他人の不法行為に対し
②自己または第三者の権利を防衛するため
③不法行為者または第三者に対する加害行為
(「民法Ⅱ」内田貴・P373より)
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似たような問題に「自己生命身体に迫った危急を避ける行為」(例:強盗に追われた末に崖から飛び降りた)とか、「他人の危急を救おうとする人命救助行為」があります。

免責事由である「故意性」に接する領域ですが、信義則・公序良俗の観点から有責扱い(保険金が出る)です。

傷害保険の「外来」

最後の「外来」についてですが、これは疾病から区別するための要件であり、傷害発生の原因から結果にいたるまでの経過において、なんらかの外部要因が身体に及ぶことをいいます。

ですから、腰痛の原因が不明とか、くしゃみしてなったというような場合だと「外来性」を満たしませんが、重い物を持って腰痛になった場合は外来性の要件を満たします。

このように、傷害保険というのは疾病は対象にならず、外傷が対象です。そして、対象になるかどうかを判断するためのメルクマールが「偶然・外来・急激」の3つの要件です。その3つの要件をすべて満たす必要があります。

医学的他覚所見による裏付けのない症状について

さて。腰痛の話にもどります。いわゆる他覚的所見のない腰痛については傷害保険の免責事由になっている可能性があります。

たとえば東京海上日動火災の傷害保険は「従来は、他覚症状のない「むちうち症」と「腰痛」のみを、保険金お支払いの対象外としておりました。が、現在は、医学的に明確な判定ができない症状(医学的他覚所見による裏付けのない症状といいます。)については、「むちうち症」「腰痛」に限らず保険金お支払いの対象外といたします」となっています。

「医学的他覚所見による裏付けのない症状」というのは、骨折したとか脱臼したときのようにそれが画像所見などで第三者でも確認できるのですが、それが確認できない症状です。たとえば骨折や脱臼などがなく、痛みだけある。あるいは痺れがある。

痛みや痺れは他覚的にその存在が立証できない性質のものであり、つまりは本人が痛い・痛いと言っているだけ、痺れた、痺れたと言っているだけであって、第三者には痛いことや痺れたことの確認ができない症状のことです。

ぎっくり腰や腰椎捻挫は他覚的所見のない腰痛に含まれる可能性があります。その結果、免責、すなわち保険金が支払われないケースに該当する可能性があります。

他社の傷害保険も同じような条項がはいっているかもしれません。念のため約款の記載内容を確認してください。

自賠責で後遺障害認定されたむち打ち損傷や腰痛の扱いについて

自賠責で後遺障害認定されたむち打ち損傷や腰痛の、傷害保険での扱いについての内部資料を入手しましたので、たいへん参考になるはずです。以下がその内容です。

(1)自賠責で第12級以上の等級に認定された場合

このような障害は、諸検査により医学的に証明されたものといえるので、傷害保険にいう「後遺障害」と認め、当該等級を読み替えることによりてん補率を算出する。ただし、経年性(老人性)、職業性等の障害は、事故と相当因果関係がないので、当然ながら除かれる。

 

(2)自賠責で第14級に認定された場合

自賠責第14級の「むち打ち症」、「腰痛」については永続残存性が認められないので、後遺障害保険金は支払わない。なお、その他の第14級9号の後遺障害で他覚所見のないものについても、永久残存見込みを充分考慮し、厳格に対処する。

整骨院でのぎっくり腰治療について

ぎっくり腰や腰椎捻挫でよく通うところに整骨院があります。整骨院での治療は健康保険の適用ができるのかどうかです。

整骨院での治療は外傷であることが、健康保険適用の条件になっています。外傷でないと判断される場合、それはいわゆる持病ということになって保険外治療ということになるため、自由診療扱いになります。

そこでもっと具体的にどういう場合に健康保険の適用があり、どういう場合に適用がないのかです。

ある整骨院の先生がそのあたりの解説をしていますので、そちらから引用します。

負傷原因がはっきりしている外傷性のケガの場合、健康保険の適用ができます。慢性化していない、急性、または亜急性のケガが対象ということで、基本的には、骨折・脱臼・捻挫・打撲・挫傷。大体目安として、ケガをした当日から1週間以内のケガっていうのが、整骨院が保険対応できる範囲の期間ですね。

それ以降になると、慢性疾患っていう扱いになる場合もあるので。ですから、日常生活における肩こり・腰痛などには保険は利用できませんが、ぎっくり腰や肉離れなどの急性の症状には保険が適用できる、と考えていただければいいと思います。

民間の保険会社の傷害保険はその約款の内容しだいであり、ぎっくり腰は「他覚的所見」がないことを理由に使えない場合があると書きましたが、健康保険の場合は「他覚的所見」という要件がないため、使えるということです。

他に重要な指摘としては、

3か月以上の長期の施術になったときや、同時に4部位以上の施術になったときは、その理由を書面で出す義務があります。また、重複受診になるため、ケガで医療機関の治療を受けている間は、整骨院で保険を使った施術を受けることはできません。

これは交通事故の自賠責による治療の際の要件と重複する指摘です。下記の記事が参考になると思います。
自賠責では、柔道整復・鍼灸はどこまで認められるのか

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