休車損における人件費の扱われ方

人件費は変動経費なのか固定経費なのか

休車損害は、車の使用不能期間(休車日数)×(売上-変動経費)という計算式がよく使われる。この計算上でよく揉めるのがこの中に出てくる「変動経費」である。「変動経費」に何が該当するかで紛糾するのである。

とりわけ人件費の扱いでそれが顕在化する。人件費は変動経費なのか、それとも固定経費なのか。変動経費なら損保は補償しなくてもいいが、固定経費なら補償しなければならない。人件費は多額になりやすいため、それが変動経費かどうかは損害額全体に大きく影響するため揉めるのである。けっきょくのところ、それはその性質による。

人件費の支給対象たる被用者と一口に言っても、大別すれば2つにわけることができる。ひとつは、仕事を休んでも給料が通常保証されている正社員などの被用者、もうひとつが、アルバイトのように、休むとその分だけ給料が減ってしまう被用者である。

前者については、交通事故で車が使えなくなり、その結果、仕事ができなくなったことを理由に、給料を支払わなくいいということにはならない。そのため、固定経費になる。しかし、後者のアルバイトなどのばあいだと、仕事ができない期間についてはその間休んでもらえばいいだけの話なので、雇用者側も給料支払い債務が発生しないから、こちらは変動経費になる。

損保は人件費を変動経費にしたがる

このような理由から、損保は、休車損害の補償対象項目の中に人件費を含めようとはしたがらない。すなわち、なんとかもっともらしい理由を作って、人件費は固定経費ではなく、変動経費扱いにしたがる。人件費を固定経費扱いにすると補償の対象になってしまうため、休車損の日額が高額化するからである。そのため、勝手なリクツをこねる。ヘリクツをこねまわす。人件費を賠償の対象からはずそうと懸命なのである。

その時に持ち出されるリクツに目を丸くした

そのときに持ち出されるリクツのひとつが、「人件費については週休や有給を振り替えることで発生を未然に防ぐことは可能なはずだから控除する」。ある勉強会で講師を務めた某損保の担当者がそんなことを言い出したものだから、ぼくは卒倒しそうなほど目を丸くしてしまった。

最初聞いたとき、自分の耳を疑った。何かの聞き違いかとも思った。しかし、その勉強会で事前に配布されていたレジメでも同じことが書いてあった。きっと間違いに気づかず書いたのだろう、それでなかったら、なにかの悪い冗談かと思った。しかし、どうやら本気も本気、大本気(おおマジ)らしい。

明文の規定はないけれども、被害者であっても、損害を故意に拡大してはならないのは言うまでもない。また、被害者は被害を最小限に抑える義務があると言われる。しかし、だからといって、「人件費については週休や有給を振り替えること」まで要求するのは明らかな越権行為である。

生身の人間は計算どおりにいかないよ

たとえばクルマの修理期間に2週間かかったとしよう。その間、そのクルマが使えないわけだから、ドライバーの仕事もなくなる。だから、その2週間分をまとめて休めばいいやって主張しているのと同じなわけだが、こういうリクツは、計算上は可能でも、生身の人間であることを忘れた、机上の空論である。

そもそも、有給休暇を使うと人件費が発生しないという考え方自体がおかしい。有給休暇というのは、文字通り、仕事を休んでも給料が出るのだから有給休暇なのであって、無給休暇のはずがない。その間の給料支払い債務が雇い主にあるのだ。

休日についても、修理期間の2週間に集中して休むことは、他の期間にもともと予定されていた休日がなくなることでもある。

休日は、労働者の健康を保持するだけでなく、余暇を楽しんだり、家族との団欒をするための権利である。労基法だって、会社は毎週少なくとも1回の休日を労働者に与えなければならないとしているのはそういう趣旨である。細かいことを言えば、原則、休日出勤は会社と組合とで36協定が成立していないとだめだし、振替休日は、当初の休日と同一の週に指定されている必要がある。有給休暇だって同じようなもので、これも労働者の権利であり、雇用主が好き勝手にその時期を変更していいわけがない。

たとえば、労働者が有給休暇の権利を主張することに対して、使用者側は「ちょっとずらしてくれないか」と時季指定権を行使することはできるが、それは経営上やむをえない理由がある場合に限られる。雇い主でもこのような制限があるのに、第三者である損保が横から口を出して、振替休日を利用すれば人件費は発生しないなどと言えるはずがないのである。そんなしだいで、損保の越権行為だと言ったのだ。

有給休暇の扱いについての労災と自賠責の違い

有給休暇について、労災では休業期間の算入しないため、有給休暇を使って休んだ日は補償の対象にならない。他方、自賠責では有給休暇を使って休んでも補償の対象になる。

立場が変わると考えも変わる

ところが、損保は自分がそのように言われる立場になったら、断固として休日返上を拒否する。たとえば損保査定向けの質問応答集である「新 示談交渉の技術」という本の中にこんな一節がある。


 
事故被害者から「今度の日曜日に来てくれ」と言われたらどうするかとの問いに対して、「休日、夜間は勤務時間外ですので、ご容赦ください」とし、「休日、夜間遅くの要求は被害者のエゴである」と書いてあるのだ。自分たちの休日の権利はちゃんと主張するくせに、休車損の被害者に対しては、休日は振り替え可能なんだからそうすべきだなどと、まるでエゴ丸出しなのである。

これからは、損保社員は休日返上、夜間の対応もやっていただくことにしよう。いや、休日は労働者の正当な権利だというのだったら、休車損で人件費を控除する理由にこんな「へ」みたいな理屈を持ち出すべきではないのである。

運送会社の担当者のみなさん、まさかこんなヘリクツを損保は持ち出すとは思いたくないが、万が一、こんなことを言ってきたら、まったくの余計なお世話だと、反撃・反論すべきである。

コメント

  1. こんばんは。

    赤い本の裁判官講演録に、裁判でも運転手の事故後の出勤状況、給与発生の
    有無を検討することなく、人件費を変動経費にして休車損害額を決定する
    判例は多いようです(2008年ころの話ですが・・・)。

    またM損保の被害者に作成させる休車損害証明書には人件費、減価償却費も記載させています。
    減価償却費まで計上させて差し引こうとするのですから、損保は変動経費、固定経費という概念が
    わからないのかもしれませんね。

      • ホームズ事務所
      • 2016年 8月 01日

      損保の事例は、まあいつものことですね。裁判でもそうなんですか。いや、知らなかった。ただ、中間利息控除の5%判決といい、労働裁判や行政裁判でもそうですが、民法の判例をみていても、大企業寄りというか、金融資本に甘かないかと思う判例がけっこうありますね。日本の裁判なんてこんなものなのかもしれません。

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ここで注意してほしいのは、情報の正確さもさることながら、その情報(知識)そのものが中立なことです。

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知識は刀という武器と同じ

hitininnno
その昔、武士という職業が存在しました。この武士は帯刀を許された職業のことであり、刀の専門家です。殿様を頂点にして、殿様に雇用され、殿様を守るために武器である刀の技術を日夜みがいていた。

この武器である刀自体は殿様を守るためにも使えるし、農民に加勢して殿様に刃向かうためにも使えます。しかし、悲しいかな、現実は殿様を守るために使われた例が圧倒的に多く、農民に加勢するために使われた例など不幸にしてきわめて少なかった。ごく稀に後者のような武士が現れますが、こういう武士こそ庶民にとっての英雄であり、「七人の侍」はまさにそのようなタイプの武士たちでした。

利益が一致しているか相反しているかが重要

したがって、問題はその使い手自身にあります。使い手がどちらの側に立つかで知識もそれぞれの側の武器になる。そして、その使い手がどちらの側に立つかは双方の利益が一致するか相反するかでふつうは決まってきます。

この、肝心要のことを説明したサイトが皆無といっていいほどにみあたらないのは不思議なことです(というか、あえて否定しているサイトさえいくらでもみつかるくらいです)。

記事を読んでいただければたちどころにわかることですが、当事務所は「立場」を鮮明にしております。あえて鮮明にしているのは、人間や社会に対する見方は、その人自身の立場から自由にはならないからです。中立を装うことは考察を浅くし、論旨を不明確にする。「立場」のない「立場」などありようがない。当事務所の立場は、ぼく自身が社会的弱者であるため、弱者の立場に徹することです。ぼくのような弱虫は「七人の侍」のようには決してなれないけれど、せめてその心意気だけでも真似して、社会的強者に阿らないようにしたい。そういう気持ちで当サイトをたちあげました。よろしくです。

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