自賠法は、被害者救済のためにある

自賠責と任意保険の違い

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自賠責保険が人身事故にのみ適用される強制保険であり、その最大の特徴は、加害者が自分に過失がなかったことを証明しないかぎり、被害者に対する賠償義務を負わなければならないことである(自賠法3条)。他方、自賠責の上乗せ保険である任意保険は、民法をもとに作られた保険であり、民法の原則どおり、被害者側が加害者側の過失を証明しなければならない。

自賠法3条

(自動車損害賠償責任)
第三条  自己のために自動車を運行の用に供する者は、その運行によつて他人の生命又は身体を害したときは、これによつて生じた損害を賠償する責に任ずる。ただし、自己及び運転者が自動車の運行に関し注意を怠らなかつたこと、被害者又は運転者以外の第三者に故意又は過失があつたこと並びに自動車に構造上の欠陥又は機能の障害がなかつたことを証明したときは、この限りでない。

 

民法709条

故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は,これによって生じた損害を賠償する責任を負う。

 

重過失減額

自賠法にはさらに特徴があって、被害者に重大な過失があっても、加害者に過失がある限り、下表のとおり被害者に有利な減額割合となっていることである。被害者救済という自賠責の制度趣旨による。
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(注1)傷害による損害額が20万円未満の場合は減額されず、減額により20万円以下となる場合は一律20万円となる。

示談代行サービスは「サービス」ではない

ところで、任意保険には示談代行サービスと言われているものがついている。どういう制度なのかというと、被害者やその相続人からの損害賠償請求を受けた被保険者らの加害者に代わって、加入保険会社自らが解決に乗り出す制度のことである。

ネット検索してみると、保険会社は被保険者(加害者)に対して支払責任を負う限度で示談代行できることから、支払責任が発生しないような、無責事故(被保険者に責任がない場合)、免責事故(保険約款の免責事由に該当し、保険会社に保険金支払義務がない場合)、自賠責内事故(被保険者の負担する賠償額が自賠責保険の支払額の範囲内の場合)については、示談代行はできないとしていた。

ただ、中に示談代行サービスの「サービス」という言葉に惑わされて、保険会社が善意でしてやっているというような間違った情報がいくつかあった。たとえば、yahooの知恵袋の回答の中に、「サービス」という文言をとらえて、保険会社は無償で善意でやっているのだから、示談代行をせよと要求できるかどうかについて、その権利性を否定する回答者が何人もいた。

しかし、示談代行というのは保険会社が施す「サービス」なんかでは決してなくて、保険約款に定められている保険会社の債務である。だから、保険会社は原則として示談代行を拒否することはできない。

ただし、先ほど述べた例外以外にもいくつかあり、それらを含め、以下に示談代行を保険会社が拒否できる事由を列記した。

①被保険者に責任がない場合。

②保険約款の免責事由に該当し、保険会社に保険金支払義務がない場合。

③被保険者の負担する賠償額が自賠責保険等の支払額の範囲内の場合。

④被保険者が負担する法律上の損害賠償額が任意保険の保険限度額と自賠責保険の支払額の合計額を超えることが明らかな場合。

⑤損害賠償請求権者が保険会社との直接交渉に同意しないとき。

⑥被保険自動車に自賠責保険契約が締結されていないとき。

⑦被保険者が正当な理由なく保険会社の求める協力要請を拒否したとき。

(参考本)「新・自動車保険相談」P161~162

約款3号に基づく直接請求は認められるか

さて、そこで示談代行サービスにかかわっての質問をふたつ。任意保険に関するものだが、

第一。保険契約者(加害者)が自分の保険を使わないと言ったとき、それでも被害者は加害者側損保を相手に示談交渉ができるのかできないのか。

第二。過失割合について、たとえばAは自分の過失を10とし、相手Bの過失を90と考えているのに対して、Bは自分の過失を10、Aの過失を90と主張し、双方で争いがあった場合である。この場合、最終的に示談代行保険会社がたとえばA70、B30として示談を締結したいと考えたとして果たしてできるのかどうか。

この問題は、とりわけ事故被害者が加害者側損保との示談交渉ですごく問題になることだ。加害者側損保は契約者が同意しない以上、勝手に示談はできないと常に主張する。果たしてそうなのか。できるかできないか。これが、「自賠責と任意保険の違い」の表に(注1)をいれた理由である。

この問題については、ブックマークしている小松弁護士によるいくつかの論考がある。その論考をご紹介するとともに、いずれ加筆したい。

自賠責の国際比較

かつて強制保険の各国の比較を記事にしたことがあるので、そこから引用したい。

海外の保険事情について説明したい。「交通事故賠償法」(藤村和夫他著)の「諸外国の交通事故補償システム」による。日本って福祉後進国というか、やっぱり会社がいばりくさっている国なんだってことがよくわかるかと思う。

(国際保険法学会の1998年アンケート調査結果による)

【各国の交通事故賠償責任法理】
①推定過失責任主義
日本(人身のみ)
イタリア
アルバニア
アンドラ
ポーランド
サンマリノ
バチカン
ユーゴスラビア
アルジェリア(物損のみ)
ペナン
ブルキナファソ
カメルーン
中央アフリカ
チャド
ガボン
コートジボアール
マリ
モロッコ
ニジェール
コンゴ
セネガル
トーゴ
チュニジア

②無過失責任主義
ⅰ(人身のみ)
ベルギー
フィンランド
フランス
スペイン
スウェーデン
アルジェリア
コスタリカ
パラグアイ
オーストラリア
ニュージーランド

ⅱ(人身、物損両方とも)
オーストリア
デンマーク
ドイツ
ギリシャ
チェコ
ハンガリー
アイスランド
リヒテンシュタイン
マケドニア
モナコ
ノルウェー
スロバキア
スイス
インド
イスラエル
クウェート
ナミビア
ブラジル
チリ
ドミニカ
グアテマラ
ジャマイカ
メキシコ
ニカラグア
ウルグアイ

【各国の強制自動車保険制度】
日本のように人身損害のみにつき強制保険制度を採用している国もあれば、イギリス、フランス、ドイツのように人身だけでなく物損についても強制保険を採用している国もある。また、イギリス、ドイツ、フランス、ベルギー等は限度額(日本の場合は死亡で原則3000万円まで)を設けておらず無制限としている。

概説 交通事故賠償法/日本評論社


(最新版は記述量が少なくなったため、旧版から引用した)

最新の情報としては「損害保険算定料率機構」のHPから。
jibaisekikokusai

(16・7・8追記)
「フランスの自賠責保険と被害者救済制度について」というすばらしい記事を「自動車保険ガイド」さんが書かれていましたので、ご紹介します。日本のは遅れているというか、ちんけというか、フランスがうらやましいかぎりです。

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突然、交通事故にあわれた被害者は、怪我をされたり、車を破損などされたりして大変なことです。その損害の賠償をしてもらうために、これから、加害者そして加害者側の損保担当者を相手に示談交渉を進めなければならなくなります。しかし、交通事故は人生でそう何度も経験するわけではありません。なにをどのようにしたらいいのか途方に暮れてしまうのがふつうです。

ところが、事故被害者がまず相手にするのが加害者であり、そして、実際は加害者側損保の担当者です。損保の担当者はそのことで生計を立てているいわばプロであり、百戦錬磨で鍛えた知識と経験があります。かたや、知識も経験もほとんどない事故被害者。そんな素人がプロ相手にどのように交渉していったらいいのでしょうか。

交通事故に詳しい弁護士が知人にいるような幸運な方は別にして、たいていの方は途方に暮れてしまうことでしょう。一昔前は、素人とプロの交渉ごとということにふつうはなって、プロの思い描くストーリーどおりに押し切られるのがふつうでした。しかし、ネットが発達した現在、示談交渉を進める上での情報がネットを検索すればあふれかえっています。が、その情報は正しいものもあれば正しくないものもある。玉石混淆です。それらの情報に接した事故被害者にとって、どの情報が正しくて信頼できるのかがまずわかりづらいし、自分だけでは手に負えなくて、調査や交渉ごとをだれかに任せることも時に必要になってきます。が、ネット上には、われこそは事故被害者のためだと謳っているものばかりなので、実際にいったいだれを信頼したらいいのかわかりません。

知識とは中立なものであること

ここで注意してほしいのは、情報の正確さもさることながら、その情報(知識)そのものが中立なことです。

昔、東大卒が多い自民党が間違えるはずがないと豪語している自民党支持者に会ったことがあります。ぼくは苦笑するしかありませんでした。たしかに東大卒は勉強をいっぱいしているわけだから、その知識量も多くかつ正確だといえるかもしれません。ただ、知識それ自体はあくまで中立なものであり、どちらにも役に立つ武器なのです。したがって、その正確でたくさんの知識をどちらの側に使うかにある。わかりやすいたとえ話をしてみましょう。

知識は刀という武器と同じ

hitininnno
その昔、武士という職業が存在しました。この武士は帯刀を許された職業のことであり、刀の専門家です。殿様を頂点にして、殿様に雇用され、殿様を守るために武器である刀の技術を日夜みがいていた。

この武器である刀自体は殿様を守るためにも使えるし、農民に加勢して殿様に刃向かうためにも使えます。しかし、悲しいかな、現実は殿様を守るために使われた例が圧倒的に多く、農民に加勢するために使われた例など不幸にしてきわめて少なかった。ごく稀に後者のような武士が現れますが、こういう武士こそ庶民にとっての英雄であり、「七人の侍」はまさにそのようなタイプの武士たちでした。

利益が一致しているか相反しているかが重要

したがって、問題はその使い手自身にあります。使い手がどちらの側に立つかで知識もそれぞれの側の武器になる。そして、その使い手がどちらの側に立つかは双方の利益が一致するか相反するかでふつうは決まってきます。

この、肝心要のことを説明したサイトが皆無といっていいほどにみあたらないのは不思議なことです(というか、あえて否定しているサイトさえいくらでもみつかるくらいです)。

記事を読んでいただければたちどころにわかることですが、当事務所は「立場」を鮮明にしております。あえて鮮明にしているのは、人間や社会に対する見方は、その人自身の立場から自由にはならないからです。中立を装うことは考察を浅くし、論旨を不明確にし、自己を無責任な立場に置くことになる。「立場」のない「立場」などありようがない。当事務所の立場は、ぼく自身が社会的弱者であるため、弱者の立場に徹することです。ぼくのような弱虫は「七人の侍」のようには決してなれないけれど、せめてその心意気だけでも真似して、社会的強者に阿らないようにしたい。そういう気持ちで当サイトをたちあげました。丸山真男のことばを最後に引用しておきます。

丸山真男から

ゲーテは「行動者は常に非良心的である」といっておりますが、私たちが観照者、テオリア(見る)の立場に立つ限り、この言葉には永遠の真実があると思います。つまり完全にわかっていないものをわかったとして行動するという意味でも、また対立する立場の双方に得点と失点があるのに、決断として一方に与するという意味でも、非良心的です。にもかかわらず私たちが生きていく限りにおいて、日々無数の問題について現に決断を下しているし、また下さざるを得ない。純粋に観照者の立場、純粋にテオリアの立場に立てるものは神だけであります。その意味では神だけが完全に良心的であります。

私たちの社会というものは、私たちの無数の行動の網と申しますか、行動の組合せから成り立っております。社会がこうして私たちの行動関連から成り立つ限りにおいて、私たちは行動あるいは非行動を通じて他人に、つまり社会に責任を負っています。その意味では純粋に「見る」立場、ゲーテの言う意味での完全に良心な立場というものは、完全に無責任な立場ということになります。

したがってこの点でも神だけが、完全に無責任でありうるわけであります。認識することと決断することとの矛盾中に生きることが、私たち神でない人間の宿命であります。私たちが人間らしく生きることは、この宿命を積極的に引き受け、その結果に責任を取ることだと思います。この宿命を自覚する必要は行動関連が異常に複雑になった現代においていよいよ痛切になってきたのです。

世のなかには一方では、認識の過程の無限性に目をふさぎ、理論の仮説性を忘れる独断主義者もいれば、またそもそも認識の意味自体を頭から蔑視する肉体的行動主義者がいます。しかし他方その半面では、物事はそう簡単にはイエスかノーかきめられないのだ、もっとよく研究してからでなければなんともいえないという名目の下に、いつも決断を回避することが学者らしい態度だという考え方がかなり強い。

あるいは対立する政治的争点に対して、あれももっとも、これももっとも、逆にそれを裏返しとして、あれもいけない、これもいけないということで、結局具体的な争点に対して明瞭な方向性を打ち出すことを避ける態度をもって、良識的であるとか、不偏不党であるとか考える評論家やジャーナリストもかなりいるようであります。

たびたびゲーテの言葉を引いて恐縮ですが、ゲーテはこういうことをいっています。「自分は公正であることを約束できるけれども、不偏不党であるということは約束できない。」今申しましたような世上いわゆる良識者は対立者に対してフェアであるということを、どっちつかずということと混同しているのではないでしょうか。
「現代政治の思想と行動」丸山真男 P452-454

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