後遺障害の相談を久しぶりにいただいたけれども・・・。

2日前、後遺障害の相談を久しぶりにいただいた。だけれど、このサイトを見てというのではなかった。ちょっとしたつながりからの相談だった。それにしても、このサイトからの相談は過去にそれも昔々、おじいさんが・・・というくらい昔に、桃太郎ならもうとっくに成人しちゃったよと感じるくらい昔に、1度いただいただけである。残りは、同業者の「教えて」ばかり。よくもまあ辛抱強くこんな将来の見込みがありそうもないサイトを続けられていられるものだと、自分がバカにみえてきた。

ところで、後遺障害申請につきものの医師面談。当事務所は1件につき2万5000円の固定報酬しかとらない。その一回の医師面談をもとに後遺障害診断書を主治医に書いていただく。後遺障害に認定されるかどうか、等級が何級になるかどうかは、後遺障害実務を知らない医師に、医師面談をすることによってよく理解していただく趣旨である。後遺障害認定のいわば山場なのである。

等級さえ認定されてしまえば、要領がよくて賢明な事故被害者の方なら、弁護士を雇わなくても、あとは努力して(本人訴訟も含む)裁判基準での賠償金を得ることも可能である(そういうのが大変で苦手な方なら、こちらから協力していただけそうな弁護士に打診してみてもいい)。その山場を2万5000円(現在、業務は行っていないので)でやるというのだから、被害者にとってこんなありがたい話はないと思うのだ。芥川賞で「もらっといてやる」と発言した作家がいたけれど、ぼくもそんな気分なのだ。

他のところはたいてい成功報酬型なんだから、ぼくのところの何倍、どころか何十倍以上にとられる。そんなにとられて、後遺障害認定についてぼく以上の成果があげられるのかといったら、必ずしもそうではないだろう。・・・と、愚痴のひとつも言ってみた(苦笑)。安かろう悪かろうと思われているのではないかと外野の人から言われたことがあるが、そうだなあ、世間相場並みにしてみようか。どっち道、依頼なんて来んのだから、ここは大きく出て、1件100万円でどうだろう。

以上は、まあぼくのジョーダンである。今回の後遺障害の相談なのだが、入院6か月とかなりの重症である。高い後遺障害等級獲得の可能性もある。ところがである。被害者の住んでいるところがとにかく遠い。外国に行くみたいに遠い。地元の小松空港を利用すればすぐだろうといわれたけれど、ぼくは他に仕事を持っているし、家庭の事情もあるしで、やはり北陸3県で手一杯って、ところだ。

もうひとつ、ぼくがやる気が出ない理由がある。事故状況を聞いたら、なんと、信号待ち停止車両に追突した側だった。それじゃ、基本100%過失がある側じゃないか。自賠責はたぶん使えない。自分とこの、営業用トラックでの事故なので会社の人身傷害保険を使うしかないだろう。約款や契約内容によるわけだから、ぼくの出番はほとんどない。過失が100でなかったとしても、過失が大きいことにはたぶんかわりないから、自賠責に請求できたとしても・・・とも思った。

被害者の方は、足が不自由になって歩くことができず職場復帰は無理みたいで悲嘆に暮れているそうだ。あまりに可哀想だし、会社が人身傷害保険にはいっていないこともありえないわけでないから、信号待ち追突事故でも追突された側に過失がとられた裁判例を探してみることにした。まったくのボランティアである。さっき調べてみたら、まったくないわけではなさそうだ。いずれ記事にしたい。

さて、今月から、サイトにアクセスカウンターをいれてみた。アクセス数を伸ばすための記事出しに本腰をいれるつもりだからである。アクセス数が増えても依頼につながるかどうかとはまったく別問題だろうけれど、現状、「石川県 後遺障害」で検索しても、ぼくのサイトはハシにも棒にもひっかからないのだから、話にもならない。ライバルらしいのがほとんどいないにもかかわらずである。

やるだけやって、せいいっぱいやってみてそれでも成果があがらんようなら、方針を変えるか、完全撤退するか、それともボランティアでやっていくかを考えたい。

(追記)今読み返してみると、感情モロ出しのひどい文章で撤回しようかとも思ったが、アクセス数が思うように伸びないことによる不満が爆発したもので、他人に当たってもしかたないのに、これはこれで今のぼくのある意味正直な気持ちの現われでもあるわけです。なので、やはりこのまま残しておくことにしました。気分を害された方がもしおられましたら、まことにすいません。とにかく今月は記事出しに頑張ろうと思います。

(追記2)現在業務は行う意思がないため、料金表も廃止しました。

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突然、交通事故にあわれた被害者は、怪我をされたり、車を破損などされたりして大変なことです。その損害の賠償をしてもらうために、これから、加害者そして加害者側の損保担当者を相手に示談交渉を進めなければならなくなります。しかし、交通事故は人生でそう何度も経験するわけではありません。なにをどのようにしたらいいのか途方に暮れてしまうのがふつうです。

ところが、事故被害者がまず相手にするのが加害者であり、そして、実際は加害者側損保の担当者です。損保の担当者はそのことで生計を立てているいわばプロであり、百戦錬磨で鍛えた知識と経験があります。かたや、知識も経験もほとんどない事故被害者。そんな素人がプロ相手にどのように交渉していったらいいのでしょうか。

交通事故に詳しい弁護士が知人にいるような幸運な方は別にして、たいていの方は途方に暮れてしまうことでしょう。一昔前は、素人とプロの交渉ごとということにふつうはなって、プロの思い描くストーリーどおりに押し切られるのがふつうでした。しかし、ネットが発達した現在、示談交渉を進める上での情報がネットを検索すればあふれかえっています。が、その情報は正しいものもあれば正しくないものもある。玉石混淆です。それらの情報に接した事故被害者にとって、どの情報が正しくて信頼できるのかがまずわかりづらいし、自分だけでは手に負えなくて、調査や交渉ごとをだれかに任せることも時に必要になってきます。が、ネット上には、われこそは事故被害者のためだと謳っているものばかりなので、実際にいったいだれを信頼したらいいのかわかりません。

知識とは中立なものであること

ここで注意してほしいのは、情報の正確さもさることながら、その情報(知識)そのものが中立なことです。

昔、東大卒が多い自民党が間違えるはずがないと豪語している自民党支持者に会ったことがあります。ぼくは苦笑するしかありませんでした。たしかに東大卒は勉強をいっぱいしているわけだから、その知識量も多くかつ正確だといえるかもしれません。ただ、知識それ自体はあくまで中立なものであり、どちらにも役に立つ武器なのです。したがって、その正確でたくさんの知識をどちらの側に使うかにある。わかりやすいたとえ話をしてみましょう。

知識は刀という武器と同じ

hitininnno
その昔、武士という職業が存在しました。この武士は帯刀を許された職業のことであり、刀の専門家です。殿様を頂点にして、殿様に雇用され、殿様を守るために武器である刀の技術を日夜みがいていた。

この武器である刀自体は殿様を守るためにも使えるし、農民に加勢して殿様に刃向かうためにも使えます。しかし、悲しいかな、現実は殿様を守るために使われた例が圧倒的に多く、農民に加勢するために使われた例など不幸にしてきわめて少なかった。ごく稀に後者のような武士が現れますが、こういう武士こそ庶民にとっての英雄であり、「七人の侍」はまさにそのようなタイプの武士たちでした。

利益が一致しているか相反しているかが重要

したがって、問題はその使い手自身にあります。使い手がどちらの側に立つかで知識もそれぞれの側の武器になる。そして、その使い手がどちらの側に立つかは双方の利益が一致するか相反するかでふつうは決まってきます。

この、肝心要のことを説明したサイトが皆無といっていいほどにみあたらないのは不思議なことです(というか、あえて否定しているサイトさえいくらでもみつかるくらいです)。

記事を読んでいただければたちどころにわかることですが、当事務所は「立場」を鮮明にしております。あえて鮮明にしているのは、人間や社会に対する見方は、その人自身の立場から自由にはならないからです。中立を装うことは考察を浅くし、論旨を不明確にし、自己を無責任な立場に置くことになる。「立場」のない「立場」などありようがない。当事務所の立場は、ぼく自身が社会的弱者であるため、弱者の立場に徹することです。ぼくのような弱虫は「七人の侍」のようには決してなれないけれど、せめてその心意気だけでも真似して、社会的強者に阿らないようにしたい。そういう気持ちで当サイトをたちあげました。丸山真男のことばを最後に引用しておきます。

丸山真男から

ゲーテは「行動者は常に非良心的である」といっておりますが、私たちが観照者、テオリア(見る)の立場に立つ限り、この言葉には永遠の真実があると思います。つまり完全にわかっていないものをわかったとして行動するという意味でも、また対立する立場の双方に得点と失点があるのに、決断として一方に与するという意味でも、非良心的です。にもかかわらず私たちが生きていく限りにおいて、日々無数の問題について現に決断を下しているし、また下さざるを得ない。純粋に観照者の立場、純粋にテオリアの立場に立てるものは神だけであります。その意味では神だけが完全に良心的であります。

私たちの社会というものは、私たちの無数の行動の網と申しますか、行動の組合せから成り立っております。社会がこうして私たちの行動関連から成り立つ限りにおいて、私たちは行動あるいは非行動を通じて他人に、つまり社会に責任を負っています。その意味では純粋に「見る」立場、ゲーテの言う意味での完全に良心な立場というものは、完全に無責任な立場ということになります。

したがってこの点でも神だけが、完全に無責任でありうるわけであります。認識することと決断することとの矛盾中に生きることが、私たち神でない人間の宿命であります。私たちが人間らしく生きることは、この宿命を積極的に引き受け、その結果に責任を取ることだと思います。この宿命を自覚する必要は行動関連が異常に複雑になった現代においていよいよ痛切になってきたのです。

世のなかには一方では、認識の過程の無限性に目をふさぎ、理論の仮説性を忘れる独断主義者もいれば、またそもそも認識の意味自体を頭から蔑視する肉体的行動主義者がいます。しかし他方その半面では、物事はそう簡単にはイエスかノーかきめられないのだ、もっとよく研究してからでなければなんともいえないという名目の下に、いつも決断を回避することが学者らしい態度だという考え方がかなり強い。

あるいは対立する政治的争点に対して、あれももっとも、これももっとも、逆にそれを裏返しとして、あれもいけない、これもいけないということで、結局具体的な争点に対して明瞭な方向性を打ち出すことを避ける態度をもって、良識的であるとか、不偏不党であるとか考える評論家やジャーナリストもかなりいるようであります。

たびたびゲーテの言葉を引いて恐縮ですが、ゲーテはこういうことをいっています。「自分は公正であることを約束できるけれども、不偏不党であるということは約束できない。」今申しましたような世上いわゆる良識者は対立者に対してフェアであるということを、どっちつかずということと混同しているのではないでしょうか。
「現代政治の思想と行動」丸山真男 P452-454

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