過失相殺できるのは、事故との因果関係がある場合に限られる

過失相殺率基準本の改訂について

事故調査実務から離れてもう何年もたつ。ぼくの知識はあまり更新する機会がないため、法律が変わるなどして、ときどきぼくの知識が古臭くなっているだけでなく、間違っていることがあることに気づくこともある。かつてはそれで正しかったから、今も正しいという思い込みがどうしてもあって、つい先日も、そのような思い込みによる自分の間違いに気づいたところだ。

買ってからただ飾ってあるだけの判例タイムズ38いわゆる過失相殺率基準本(全訂5版)。パラパラとめくっていたら、こう書いてあった。

全訂3版においては、事故と直接因果関係がなくとも、これを著しい過失又は重過失として取り扱う旨の記載があったが、倫理的側面は慰謝料の算定など別の観点から斟酌し得るし、そもそも修正要素として掲げるか否かに当たって、事故との相当因果関係は当然に考慮されており、違法行為のみ別の取扱いをする根拠に乏しいといえよう。

事故との相当因果関係を考慮するとしても、例えば、酒気帯び運転や酒酔い運転をしたり、一度も運転免許を取得したことがない者が無免許運転をしたりした場合は、法令の認識の欠如ないし不足や運転技術の未熟さが影響を及ぼすという意味において、事故と相当因果関係があると事実上推定されるであろう。しかしながら、昼間、赤信号に従って停車中に追突された車両の運転者がたまたま酒気を帯びていたとしても、酒気帯びの事実が事故と相当因果関係があるとは考え難い。

結局、無免許運転等の違法行為についても、他の修正要素と同様、事故と相当因果関係のある場合に考慮すべきであり、ただ、事故態様によっては、それらの事故との相当因果関係が事実上推定されることが多いと考えるべきである。(P44)

 

事故原因とは無関係な飲酒や無免許について、論理ではなく倫理で非難することの是非

書いてあることは至極まっとうなことで、ぼくも以前からたいへん疑問に思っていたことだ。すなわち、事故との因果関係がないにもかかわらず、たまたま無免許だった、あるいはたまたま飲酒だったという理由だけで、過失相殺する。論理的に問題視するのではなくて、倫理的に問題視する。今回の改訂された内容では、事故との因果関係がなければ過失修正要素として考慮する必要なしと宣言している。ここで例としてあがっている「赤信号に従って停車中に追突された車両の運転者がたまたま酒気を帯びていた」は、まさにその好例である。

かつては、無免許運転と飲酒運転の2つについては、違法性が高いので、事故との因果関係がまったくない、100%の被害者がたまたま酒を飲んでいたようなこのような例でも過失加算していた。その結果、まったくの被害者なのに、事故とは無関係なところで過失加算されてしまうということが生じた。このことを被害者にどう説明したらいいのか、ぼくは大変弱った。でも、もう、こういうことで悩まなくてもいいわけだから、この改定は大変いいことだと思う。

定員オーバーは過失相殺に反映させるべきことなのか

倫理が野放図に広がると、あいつは過去に事故が多いからとか、ふだん寝坊ばかりしているから事故当時あわてていたのだろうなどと、事故そのものではなくて、その人物の特性、つまり悪性への非難にドンドン広がりかねない。どこかで境界を作らないといけないだろう。いぜん、砂川市で発生した家族5人死傷事故で、被害者家族が乗っていた軽自動車が4人乗りだったことから、事故時5人乗っていたことを理由に、定員オーバーなのだから過失修正すべきという意見もその例だろう。砂川で発生した事故のような、被害者側が定員オーバーだったことから、それは非難に値するとして、過失相殺に反映させるべきだという見解である。

しかし、加害者の信号無視による事故なのだから、定員オーバーと事故発生との間に直接の因果関係がない。そのため、定員オーバーを理由に過失加算はできないはずである。もし、過失加算しようとするなら、定員オーバーと事故発生とを結びつける理由がどうしても必要である。

一般論としていえば、たとえば定員をオーバーしていると車両の重量が想定より増えてしまい、制動距離が長くなりそのため事故になったとか、カーブを曲がりきれずそのため衝突したとか。かりにそういうことが疑われても、立証するのはかなり大変だと思う。

物損事故における過積載とパラレルに考えるのもどうかと

もうひとつありそうな意見は、事故発生との因果関係はなくとも、事故による損害を拡大させたことによる賠償額の減額の主張である。人身事故における定員オーバーは、物損事故における過積載と似ているところがある。判例は、過積載部分については特別損害にあたり、加害者は予見できないことを理由に、過積載部分についての賠償責任を否定している(仙台地裁平成8年1月26日判決・「注解 交通損害賠償算定基準 上」P420)。調査員時代、積荷損害についてはこの判例をもとに被害者側の積載超過部分の損害賠償請求を断っていた。

問題はこのような積載物オーバーの物損事故でなくて、定員オーバーのような人身事故の場合だが、物損事故の過積載とパラレルに考えるわけにもいかないことである。調査員時代、定員オーバーがあったことにより損害を拡大させたとか、予見可能性がなかったいうような理屈を持ち出したことは一度もなかった。そういう場合は、シートベルトの不着用があることが多いから、そちらを調査したり(定員オーバー事例で、助手席でおばあちゃんが孫である赤ちゃんを抱きかかえていて、事故のため赤ちゃんが車外に放り出され死亡した例)、好意同乗があるかどうかを調査したりした。

もし、定員オーバーがあったことにより損害を拡大させたとか、予見可能性があったことを理由にした判例が存在するなら、ご教示いただけるとうれしい。

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知識は刀という武器と同じ

hitininnno
その昔、武士という職業が存在しました。この武士は帯刀を許された職業のことであり、刀の専門家です。殿様を頂点にして、殿様に雇用され、殿様を守るために武器である刀の技術を日夜みがいていた。

この武器である刀自体は殿様を守るためにも使えるし、農民に加勢して殿様に刃向かうためにも使えます。しかし、悲しいかな、現実は殿様を守るために使われた例が圧倒的に多く、農民に加勢するために使われた例など不幸にしてきわめて少なかった。ごく稀に後者のような武士が現れますが、こういう武士こそ庶民にとっての英雄であり、「七人の侍」はまさにそのようなタイプの武士たちでした。

利益が一致しているか相反しているかが重要

したがって、問題はその使い手自身にあります。使い手がどちらの側に立つかで知識もそれぞれの側の武器になる。そして、その使い手がどちらの側に立つかは双方の利益が一致するか相反するかでふつうは決まってきます。

この、肝心要のことを説明したサイトが皆無といっていいほどにみあたらないのは不思議なことです(というか、あえて否定しているサイトさえいくらでもみつかるくらいです)。

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