過失相殺率と過失割合

わかっているようでわかっていないこと

わからないことがあったら本当はそのときに解決すべきなんだけれども、怠け者の私は、ついつい面倒くさくなっていつかヒマなときにでも調べればいいやということになる。メモもとらないから、結局は、忘れたままになっていることのほうが多い。まったくわからないことだったら、その場で調べるのだが、わからないのにわかった気になることもあって、本日取り上げるのはそのような例のひとつである。

過失相殺率と過失割合

判例タイムズ「民事交通訴訟における過失相殺率の認定基準」本を見ていただくとわかるのだが、最初の歩行者と車両の事故は過失相殺率で示され、そのあとの車両同士の事故は過失割合で示されている。そのことに気づかないまま使っている人もあるいはおられるかもしれない。図にするとこんなふうに表示されている。

【過失相殺率】

基本30

【過失割合】

基本A30:B70

このふたつの図で大きな違いがあることに気づかれただろうか。一番大きな違いは、前者では基本が「30」というふうにひとつしか記載されていないのに対して、後者では基本が「30:70」というふうにふたつ記載されていることである。前者は過失相殺率、後者は過失割合による表記の違いである。どっちも同じような意味だと思っていた人が多いと思うけれども、別異に記載されているから、もちろん意味が同じであるわけがない。私自身、同じとは思っていたわけではないが、まあ、似たようなもんだろうということで、すぐには調べていなかった。

どう違うのか

そのことについて過失相殺率基準本で何か説明していないかと調べてみたら、以下の記載が見つかった。

過失相殺の基本的な考え方については、被害者・加害者双方の過失の対比により定めようとする立場(相対説)と、被害者の過失の大小を重視する立場(絶対説)とがある。相対説によれば、被害者の過失が小さくても、これに対する加害者の過失もまた小さければ、相殺率は相対的に高くなる。これに対し、絶対説によれば、被害者の過失が小さければ、仮に加害者の過失もまた小さくても、さほどの過失相殺をしないことになる。通説的見解である相対説からは、四輪車同士の事故における過失割合は、原則的に相殺率として妥当するが、絶対説からは、これをそのまま当てはめ得るのは共同不法行為者間の賠償義務の内部的負担を定める場合等ということになる。これに対し、四輪車対歩行者・単車の事故においては、相対説においても過失割合という思考を採らないといわれていた。

 

(こうした考慮から、本書において)四輪車同士の事故の場合、それぞれの車両の過失相殺率はそれぞれの車両の過失割合と同一と解している。また、一方が歩行者・単車・自転車の類型の基準は、いずれも歩行者・単車・自転車が被害者となっている場合を想定している。歩行者の場合は、従前どおり、四輪車側の過失割合を示していない。単車・自転車については、単車・自転車の過失割合は、そのまま過失相殺率として用いることを予定しているが、四輪車側の過失割合は、あくまで注意的な記載であり、単車・自転車が加害者であるとして請求された場合における過失相殺率を直ちに示すものではない。(以上、P39)

 

歩行者と四輪車・単車との事故としては、歩行者が被害者となる場合のみを採り上げることとし、被害者保護、危険責任の原則、優者危険負担の原則、自賠責保険の実務等を考慮に入れて、歩行者に生じた損害のうちどの程度を減額するのが社会通念や公平の理念に合致するかという観点から過失相殺率を基準化した。歩行者が加害者となるような場合、例えば、歩行者が路上に急に飛び出したため急停止をした四輪車・単車の運転者・同乗者が負傷した場合、歩行者との衝突を避けようとしてハンドルを切り、対向車と衝突した四輪車・単車の運転者・同乗者が負傷した場合などに、歩行者が責任を負わされるか、負わされるとしてその負担割合がどの程度か等は、基準外である。(P51)

結論

たとえば、交通事故の当事者Aは30当事者Bは70と表記されていれば「過失割合」としての表記である。そして、AのBに対する損害賠償請求で30%減額されることや、BのAに対する損害賠償請求で70%減額されることは「過失相殺」の問題で、そのときに用いる割合を「過失相殺率」と呼ぶ――というふうに、言葉の定義の問題としてまとめることができる。このように、ふつうは、過失相殺率と過失相殺の実質的な違いはなく、そのことをあまり気にするような事故例もめったに起きない。

が、ときに、交通弱者が加害者になる場合がある。たとえば、歩行者が急に飛び出してきて、車の運転手が急ブレーキを踏み、歩行者との衝突は回避できたが、頭をフロントガラスにぶつけて運転者がケガをした場合など、交通弱者にケガがなく、交通強者側にケガがあった場合である。この場合は、過失相殺率基準本は使えない。この本は、交通弱者がケガをすることを前提に、「過失相殺率」として有利な取り扱いをしているからである。その逆のケースでは適用できない。原理的にはそうなる。

ところで、過失相殺率と過失割合の違いは、そのよって立つ考え方が違うことに由来している。すなわち、クルマ同士とか、クルマとバイクとかのような、同質当事者間の事故についてはその注意義務も基本的に同じなのだから、区別することはない。が、歩行者や自転車が事故当事者の一方で、それら交通弱者のほうがケガをしている場合は、クルマ同士のような双方同じ注意義務が課されるわけでない(注)。交通弱者に対しては、注意義務の内容・程度が違ってくるため、過失割合をそのまま適用することは許されず、過失相殺率として、交通事故弱者に有利な率を適用する。このように、過失相殺率基準本の考え方を大きくまとめることができよう。

(注)

最新の過失相殺率の認定基準本では、自転車については過失相殺率ではなく、過失割合で示している。したがって、自転車を歩行者と同列にしているのは間違いではないかという意見があるかと思う。が、かつての旧版では、自転車も歩行者と同列にして過失相殺率で論じられていたように記憶しているが(旧版(判例タイムズ15のこと)を持っていないため確認していない)、自転車はたとえ「軽車両」であっても、実際は歩行者により近いことを念頭に置いたものである。

また、「交通事故における過失相殺率」という本でも、「本書のタイトルが交通事故における「過失相殺率」となっているが、本書による交通事故の対象が、主として自転車及び歩行者であることを念頭に置いたためであり、自動車免許を保有している者が、同じような大きさや重量等を持つ四輪車を共に運転して交通事故を起こした場合の「過失割合」という概念を用いるのではなく、四輪車と歩行者の場合のように、歩行者に対する弱者保護といったような、あらかじめ「必要な考慮」を加えていることから、「過失相殺率」という概念を用いることにした。(P11)」としているのも同趣旨である。
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実務ではどういう使われ方をしているのか

他方、交通弱者が加害者である場合については、過失相殺率基準本はそのままでは適用されず、交通強者側に過失相殺率を有利にしていいと、ネットで書かれていた。原理的というか、理屈の上ではたしかにそうなのだけれど、実際はそのことを理由に交通強者側を有利にした例はないようだ。私も知らない。先にあげた例だと非接触事故になって、保険実務では逆に歩行者側に有利に働く。この本は人身事故を前提にしているけれど、実務では人身であれ物損であれ、特に区別することなく適用されている。区別し適用しようとしたら、物損事故ならどういう過失割合にしたらいいのかという新たな困難な問題が生じる。そういうメンドーなことは回避しているのが実情である。
 

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