大幅速度超過事故の過失割合

交通事故原因調査手法

保険調査は裁判と非常に似ているところがあると、ぼくは思っている。裁判と・・・というと、裁判の実際についてなにも知らないぼくがさも知っているみたいな言い方になってしまうので、裁判というより民事訴訟法の本に書いてあったことによく似ていると言い直したほうがいいかもしれない。

たとえば、交通事故の原因調査というのがある。事故当事者の過失割合を決める際の、基本調査のことである。事故当事者の説明している事故状況が相違していて、そのため過失割合が決まらず、その決着をつけることを目指した調査である。したがって、この調査依頼があったときは、事故当事者双方の主張する事故状況が相違しているのが前提である。

原因調査の手順はこうである。

①現場確認とその図面化および写真撮影
②現場図面を持って事故当事者(甲と乙)との面談
③警察訪問

事故当事者は加害者と被害者の2人がふつうなので、原則として以上の4箇所を回らないといけないことになる。これを4点セットといっている。警察訪問が最後になっているのは、事故当事者の主張のどちらが事実なのかを警察に問い質すためである。

本当なら事故当事者に会う前にも、警察訪問を実施したほうがいいだろうし、現場の確認も1回だけでなく、複数回実施すべきだ。しかし、そんなことをしていたら対費用効果上赤字になってしまうこと。調査の時間がかかりすぎること。そのため、やらないというよりやれないのだ。

中には、4箇所回るだけでも赤字だよと言って、驚いたことに、警察訪問をやらず、作文するツワモノがぼくの同僚にいた。警察に聞いてもたいしたことを教えてくれないのがふつうなので、あたらずさわらずのことをテキトウに書いてすませてしまうのだ。よく、そんなことを告白できるもんだ。いや、それよりかもっとすごいのもいて、他所管だけれど、事故当事者との面談を電話で済まして、そのことが会社にばれて首になった奴もいた(こういうフトドキ者はきわめて例外である。ほとんどの方はまじめにやっているので誤解されないでください)(注1)。

(注1)

警察聴取をサボってしまうことについて、同様の指摘をされているサイト記事を発見した。「保険会社さん 手抜きですいません」という記事である。その記事では、「ウチの調査員全員がやっているとは言いませんが殆どが手抜きはやっています」などと大胆なことが書いてある。これにはこっちがびっくりした。調査会社によるのかもしれないし、同じ調査会社でも地域性があるのかもしれない。ぼくも個々の調査員に手抜きしているかどうか確かめたことがあるわけではないが、警察聴取はたしかに手抜きが可能なのである。

どのようにして決着するか

さて、事故当事者の主張する事故状況が違うわけだが、その場合、どうやって最終決着をつけるか。具体例で考えてみるとわかりやすいので、1例を示そう。どんな例でもいいのだが、相談があった例を参考にする。

具体例で考えてみる

事故状況は、脇道から国道に出ようとした左折車である甲と直進バイクである乙との事故である。甲車が左右の確認をし、国道の右方に、乙バイクを認めたが、ずいぶん遠くなので大丈夫と判断。国道に左折接続中に、甲車と乙バイクとが接触した(実際起こった事故はもう少し複雑だが、単純化した)。

【甲の主張】
国道に接続する際、左右の確認をじゅうぶん行った。乙バイクをそのとき認めたが、かなり遠方だった。それで「いける」と判断、ところが、国道を左折中に乙バイクがぶつかってきた。乙バイクのスピードは時速100キロ以上出ていたことは間違いない。

【乙の主張】
国道を走っていたら、脇道で待機中の甲車を認めた。こちらが優先なので待機してくれるものとばかり思っていたら、いきなり国道に出てきた。それで、急ブレーキを踏んだものの、衝突した。急制動前の速度は時速60キロ程度だった。時速100キロなんてありえない。

【争点】
お互いの言い分はこのように大きく違う。ここでの争点のひとつは乙バイクの速度である。すなわち、規制速度時速50キロに対し、時速100キロと時速60キロ。どちらの言い分が事実だろうか。

調査段階における過失認定の優先順位

相手側の落ち度を主張したいなら、そのことによって利益を受ける側に立証責任がある。この場合、乙は時速60キロだったと言っているのに、甲は100キロだと言っているわけだから、そのことによって利益を受ける側である甲に立証責任がある。立証できなければ乙の「自白」である時速60キロがいちおう事実として認定されることになる。

調査の段階では、立証責任のある甲がそのことを必ず立証しなければいけないわけではない。調査員が事故現場に行き、そこにブレーキ痕が残っていたり、ビデオ撮影がされていたりしたようないわゆる物証があった場合は、そのことから乙の速度の推定を行う。あるいは、警察に行って、乙の速度がどれくらいだったかの情報入手(たとえば実況見分調書)が可能な場合もある。

したがって、

①物証による認定
②警察からの情報による認定
③不利益を受ける側の「自白」による認定

という順になる。これはぼくの経験・主観によるもので、調査マニュアルにそう書いてあったわけではない。

ということで、裁判によく似ていると思ったゆえんである。③についてはいわゆる禁反言の原則で、要するに、自分の言ったことに対して責任を持てというになる。そして、あえて自分に不利益なことを言った場合は、それを根拠に過失認定する場合もありえる。

裁判と違うところは、かりに「自白」しても裁判だと撤回は容易ではないが、調査段階なら撤回が比較的かんたんだということがある。ただし、どうして撤回にいたったかの合理的な理由が必要である。

裁判上の自白

裁判上の自白はその訴訟の口頭弁論または受命裁判官・受託裁判官の面前において相手方の主張する自己に不利な事実を認める陳述をいう。この場合双方の陳述の先後は問われない。

自白があったときは、弁論主義の行われる範囲内では、裁判所はその陳述の真否を判断するには及ばず、またこれに反する認定をすることができないという意味で、裁判所を拘束する。自白した当事者は任意にこれを撤回できないが、撤回できる例外が法定されている。

 
さて、今の例だと、制限速度50キロのところ、100キロを示す物証はなく、警察からも情報が入手できなかったとしよう。その場合は、乙の自白である時速60キロで認定するしかない。この場合、制限速度が時速50キロなので、速度超過が10キロあったということになる。判例タイムズの過失割合本だと、10%の加算修正要素に該当する。

判例タイムズの過失割合本には大幅速度超過事故を想定していない欠陥がある

では、物証があって、乙のスピードが時速100キロだったことがわかったとする。制限速度が50キロだとすると、50キロの速度超過である。そういう大幅な速度超過については、判タは、時速30キロ以上は「重過失」として20%の過失加算で対応しているにすぎない。

しかし、本事例のような時速50キロ超過だったり、ぼくが扱った中でもっともすごい例だとブレーキ痕が90mというのがあって、こちら(実務の友)サイトの「スリップ痕から車速を計算する」という 計算機を使うと推定速度が時速126キロとかになる。現場は制限速度が40キロなので80キロ超過の大幅速度超過になるのだが、これで20%の過失認定では均衡を失し、あまりにも過失が少なすぎるということにならざるをえない。これくらいの速度超過なら暴走行為ともいうべきだから、事故類型を別に作って、「大幅速度超過事例」としてもいいくらいだ。

先に紹介した判例タイムズの過失割合本にはそのことを想定した事故類型が存在しないし、ネットでもそのことを説明した記事が存在しないため、大幅速度超過に関する判例を集めてみた。

大幅速度超過に関する判例

①東京高裁 昭和44年10月14日判決
信号のある交差点で右折を終わろうとしているタクシーに、時速80キロをはるかに超える速度で直進してきた対向のバイクの運転者が、ろうばいのあまりハンドル操作を誤り、衝突した事故。既右折のタクシー運転者に過失なしとした。なお規制制限速度は不明。

 

②東京地裁 昭和53年2月14日判決
信号があるが、見通しの悪い交差点での右折車と、対向直進二輪車との衝突事故。直進二輪車側に、大幅な最高速度違反(制限速度50キロのところ、時速90キロ)と前方不注視の過失があったことから、直進車に75%の過失を認定した事例。

 

③東京地裁 昭和60年3月27日判決
信号のないT字路交差点における、突き当たり路側(幅員5.0m)からの右折車と、直進車(片側1車線幅員6.5m)との衝突事故。直進車側に大幅速度超過(時速80~120キロ)があったことから、50%の過失相殺を認めた事例。規制速度不明。

 

④大阪地裁 平成3年3月28日判決
信号のある十字路交差点での直進車と右折車との出合頭衝突事故。右折の為一時停止中の右折車の存在を認めながら、自車の通過を待つだろうと軽信し、制限速度40キロのところを時速100キロの高速度で進行した直進車の過失が重いとした。ただし、右折車の運転者の受傷は、シートベルト不着用との因果関係が認められるとした。その結果、直進車側の過失を55%と認定している。

 

⑤大阪地裁 平成8年1月23日判決
信号があるが、見通しの悪い交差点での、右折車と直進車との衝突事故。直進車側は、制限速度60キロのところ40キロ以上の速度超過があったことから、右折車40対直進車60の過失を認定した。

 
判例は順次追加予定である。

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突然、交通事故にあわれた被害者は、怪我をされたり、車を破損などされたりして大変なことです。その損害の賠償をしてもらうために、これから、加害者そして加害者側の損保担当者を相手に示談交渉を進めなければならなくなります。しかし、交通事故は人生でそう何度も経験するわけではありません。なにをどのようにしたらいいのか途方に暮れてしまうのがふつうです。

ところが、事故被害者がまず相手にするのが加害者であり、そして、実際は加害者側損保の担当者です。損保の担当者はそのことで生計を立てているいわばプロであり、百戦錬磨で鍛えた知識と経験があります。かたや、知識も経験もほとんどない事故被害者。そんな素人がプロ相手にどのように交渉していったらいいのでしょうか。

交通事故に詳しい弁護士が知人にいるような幸運な方は別にして、たいていの方は途方に暮れてしまうことでしょう。一昔前は、素人とプロの交渉ごとということにふつうはなって、プロの思い描くストーリーどおりに押し切られるのがふつうでした。しかし、ネットが発達した現在、示談交渉を進める上での情報がネットを検索すればあふれかえっています。が、その情報は正しいものもあれば正しくないものもある。玉石混淆です。それらの情報に接した事故被害者にとって、どの情報が正しくて信頼できるのかがまずわかりづらいし、自分だけでは手に負えなくて、調査や交渉ごとをだれかに任せることも時に必要になってきます。が、ネット上には、われこそは事故被害者のためだと謳っているものばかりなので、実際にいったいだれを信頼したらいいのかわかりません。

知識とは中立なものであること

ここで注意してほしいのは、情報の正確さもさることながら、その情報(知識)そのものが中立なことです。

昔、東大卒が多い自民党が間違えるはずがないと豪語している自民党支持者に会ったことがあります。ぼくは苦笑するしかありませんでした。たしかに東大卒は勉強をいっぱいしているわけだから、その知識量も多くかつ正確だといえるかもしれません。ただ、知識それ自体はあくまで中立なものであり、どちらにも役に立つ武器なのです。したがって、その正確でたくさんの知識をどちらの側に使うかにある。わかりやすいたとえ話をしてみましょう。

知識は刀という武器と同じ

hitininnno
その昔、武士という職業が存在しました。この武士は帯刀を許された職業のことであり、刀の専門家です。殿様を頂点にして、殿様に雇用され、殿様を守るために武器である刀の技術を日夜みがいていた。

この武器である刀自体は殿様を守るためにも使えるし、農民に加勢して殿様に刃向かうためにも使えます。しかし、悲しいかな、現実は殿様を守るために使われた例が圧倒的に多く、農民に加勢するために使われた例など不幸にしてきわめて少なかった。ごく稀に後者のような武士が現れますが、こういう武士こそ庶民にとっての英雄であり、「七人の侍」はまさにそのようなタイプの武士たちでした。

利益が一致しているか相反しているかが重要

したがって、問題はその使い手自身にあります。使い手がどちらの側に立つかで知識もそれぞれの側の武器になる。そして、その使い手がどちらの側に立つかは双方の利益が一致するか相反するかでふつうは決まってきます。

この、肝心要のことを説明したサイトが皆無といっていいほどにみあたらないのは不思議なことです(というか、あえて否定しているサイトさえいくらでもみつかるくらいです)。

記事を読んでいただければたちどころにわかることですが、当事務所は「立場」を鮮明にしております。あえて鮮明にしているのは、人間や社会に対する見方は、その人自身の立場から自由にはならないからです。中立を装うことは考察を浅くし、論旨を不明確にする。「立場」のない「立場」などありようがない。当事務所の立場は、ぼく自身が社会的弱者であるため、弱者の立場に徹することです。ぼくのような弱虫は「七人の侍」のようには決してなれないけれど、せめてその心意気だけでも真似して、社会的強者に阿らないようにしたい。そういう気持ちで当サイトをたちあげました。よろしくです。

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