過失割合調査、双方の主張する事故状況が相違する場合、どうやって解決するのか

過失割合調査とは

たとえば交通事故でクルマとクルマがぶつかった場合にいわゆる過失割合が発生することがふつうだ。追突やセンターラインを超えたなどの加害者が一方的に悪い事故も決して少ないわけではないが、被害者にも何らかの落ち度がある事故が多い。その場合の、加害者側の落ち度と被害者側の落ち度の割合を明らかにする。そのための基礎調査を事故原因調査とか過失割合調査とか言う。過失割合を明らかにするため、事故現場を確認し、警察から事情を聞き、そして事故当事者と面談して、事故当時の事故状況を可能なかぎり再現してみせる。

たいていの事故は、事故当事者の説明する事故状況がおおむね一致しているから、過失割合の調査対象にはならない。しかし、中には、当事者の説明する事故状況がまったく違っていたり、おおよそは合っているものの、過失割合にかかわる重要部分が違っていたりする。そういうときに、この調査が行なわれる。

双方の説明する事故状況が違っているというのはどういう場合か

たとえば、町道から国道に接続しようとしたA車が、国道を走行していたB車とぶつかったとしよう。双方の説明には以下の食い違いがあった。

Aいわく、国道に接続する際に一時停止し、右方の確認をしたがB車とはずいぶん離れていたので、大丈夫だと思い国道に接続した。にもかかわらず、ぶつかった。ぶつかった原因はB車が時速100キロ以上出していたからに違いない。そうでもないと、ぶつかりようがない。

Bいわく、制限速度の50キロで走行していた。脇道から国道へ接続しようとしているA車の存在はわかっていたが、一時停止するかと思っていたらせずにそのまま国道に接続してきた。そのため、ぶつかった。

食い違い(争点)があるのは以下の2点である。

①A車の一時停止の有無
②B車の速度超過の有無

堂々巡りの議論に陥ってはならない

さて、争点を解決するための物証(たとえばブレーキ痕など)も人証(たとえば目撃者)もない場合、争点についてどのようにして解決するのだろうか。

このような質問をすると、どちらにも立証責任があるのだから双方に立証させた上で総合的に判断するしかないと、単なる公式論ではなくて、真顔で答える人がいるものだ。そのような人とそのことで議論して、ぼくは心底つかれたことが何度あったかしれない。

「総合的に判断する」などと言われるとなんだかもっともらしくて一瞬わかったような気持ちにさせられる。しかし、①A車の一時停止の有無を「総合的に判断する」とは具体的にはどういうことなのか。双方の言い分を全部聞き、証拠も全部出してもらって「総合的に判断」した上で、それでもどちらの言っていることが事実なのかわからないことはよくあることだ。だから、ぼくには「総合的に判断する」と答えてわかった気になっている人がどうにも理解できない。「総合的に判断する」ことにいつまでもこだわっていたら、解決する事故も、永遠に解決しなくなるだろう。

堂々巡り、真偽不明にならないための解決法

このように、双方の主張を対等に扱っていたのではいつまでたっても埒が明かず解決しないことがある。そういう場合は、両方ではなく、どちらか一方に立証責任を負わせることである。いちばん最初の例でいうと、A車が一時停止していたかどうかは、A車が一時停止していなかったということによって利益をえるBに立証責任を負わせるのだ。Aには自分に過失がなかったことを立証する責任を負わせないということでもある。そうすることで、Bが立証できなかったときは、Bが立証できなかったことによるリスクを負担する。すなわち、Aの一時停止はあったものとするのだ。

では、相手Bの過失にあたる速度超過についてはどうか。この場合は、逆に、Bの速度超過があることによって利益をえるAに立証責任を負わせる。Bは自分が時速100キロ出していなかったこと、すなわち、無過失だったことを証明する責任を負わないとする。

まだ理解できない人のために

立証責任について身近な例でもう少し詳しく説明しよう。たとえば見知らぬ男からいきなり100万円お前に貸していたから返せと言われたとしよう。ぼくは借りた覚えがないから借りていないと反論する。この場合の立証責任は、ぼくではなくて、見知らぬ男のほうにある。なぜなら、お金を貸したという事実が証明されると見知らぬ男は100万円という利益を得る側だからである。借りてもいないと主張するぼくに、借りていないことの証明は要しない。そういう証明は「悪魔の証明」(注1)といわれ、一般的には不可能か、大変困難だという事情もある。

お前はドロボーだと言われたら、ドロボーだとされた人が自分がドロボーでないことを証明するのではなく、ドロボーだと主張する側がドロボーであることの立証責任を負うのと同じことだ。

このような例で説明するとたちどころにわかってもらえるのに、交通事故の事実認定のことになると、どうしても理解してもらえないのだ。それで、ぼくはこんな例まで出して説明するのだが、それでもやっぱりわかってもらえなかった(泣)。それとこれとは違うと言うのだ。どう違うのか。

(注1)「なかった」ことの証明を「悪魔の証明」という。

「悪魔の証明」というのは、悪魔がいることを証明しようと思ったら、悪魔を1人つれてくればすむことですが、悪魔がいないことを証明しようと思ったら、この世のすべての存在について調べてその中に悪魔がいないことを証明する必要があります。そんなことは土台不可能なことなので、「ないこと」の証明は一般的には不可能か相当に困難であることが多く、そのことを比喩的に指して「悪魔の証明」というわけです。

保険調査の実情

ぼくがかつて保険調査員だったとき、事故当事者の主張する事故状況が相違した結果、過失割合に争いが生じた場合は、最終的にはどちらに立証責任があるのかで事故状況を確定していた。そうしないと、いつまでたっても解決しないからである。

交通事故業務を専門に扱っている人、たとえば事故調査に従事している人や損保担当者などでそのことがどうしても理解できず、双方の言い分を対等に聞いて、いつまで経っても結論が出せない人もいる。

そういう場合は、最終的には真偽不明となってしまい、それぞれの言い分ごとに過失割合を決定して、足して2で割るという解決をするしかなくなる。たとえば、Aの主張どおりだとA20対B80、Bの主張どおりだとB40対A60だとしよう。「足して2で割る」のだから、A(20+60)/2:B(80+40)/2=A40:B60というように。驚くべきことだが、このように処理することが保険実務では罷り通っている。

そのことの不都合が極端な形として現れる例として、たとえば信号の争いがある。信号のある交差点で双方青・青主張の事故である。自分は交差点を青で進入した。だから相手は赤である。実にわかりやすい理屈である。では相手はどういうか。相手だってこっちは青だからあっちは赤だと、まったく同じ理屈を言うにちがいない。これではいつまでたっても堂々巡りの応酬合戦だ。こうした場合、双方青・青主張で真偽不明になるときがある。そして、どちらが青でどちらが赤なのかどうにも解決できそうにない場合、本来はゼロ対100で解決すべきものを、「足して2で割」って、50対50の過失割合で処理するのが保険実務である。

このような解決法だと、青信号で進入した側は、本来はゼロであるところを50も過失をとられることになり、踏んだり蹴ったりだろう。逆に、信号無視した側は、本来は100%悪い事故だったのに、ウソをついたら50%の過失ですんだわけだから、笑いがとまらない。

保険調査では、限られた期間内に、可能な範囲で事実を調べる。それでも、どうしてもどちらの言い分が正しいのかどうにもわからないことは往々にしてある。そういう場合は、この事実についてはどちらに立証責任の負担をさせるべきなのかで事実を評価するしかないだろうと、ぼくは思う。

裁判だと、争点についてどのように解決しているのか

では、トラブルの最終解決手段である裁判所はどうしているのだろうか。双方の言い分が違っている場合どちらの言い分も聞いてみたがどちらが正しいのかよくわからんかったなどと匙を投げることは許されない。裁判所は最終的な紛争解決機関だからである。では、どのようにして解決しているのだろうか。林屋礼二「新民事訴訟法概要」からそのことに関する箇所を引用する。

民事訴訟においては、裁判所は、当事者の弁論にもとづいて、当事者が主張する事実の存否をあきらかにし、こうして確定された当事者間の事実関係を基礎として、実体法を尺度に、原告の権利主張の法的当否を判決で判断することになる。その事実を確定する過程が「事実の認定」であり、実体法をあてはめて判断する過程が「法律の適用」であるが、民事訴訟の実際では、「事実の認定」を中心にして審理が展開される。

さて、裁判官が当事者間における「事実」を認定するにあたっては、かならず「証拠」にもとづいて行なうことが必要とされている。・・・そこで、当事者としては、自分が主張した「事実」を裁判官に認めてもらうためには、その事実が確かに存在したということを「証拠」であきらかにしていかなければならない。と同時に、その反面で、その事実を争う相手方としても、その事実が存在しなかったということをやはり「証拠」であきらかにするようにつとめる必要がある。そして、裁判官は、こうして当事者から提出された「証拠」を基礎として、その「事実」が確かに存在したとみられるかどうかを判断していく。したがって、ある「事実」を主張する当事者としては、「証拠」によって、裁判官に、その事実の存在についての確信をあたえる行為をしていくことが必要であり、こうした当事者の行為を「証明」というが、また、それによって裁判官が確信をえた状態のことも「証明」とよんでいる(P297-298)

ある主要事実が真偽不明なときに、その事実による法律効果について、当事者の一方が蒙ることになる不利益ないし危険のことを・・・「立証責任」・・・とよぶ(P307)

立証責任は、当事者が主張する事実の存否がどうしてもはっきりしない場合に裁判をするにさいしての裁判所の扱いの問題であるが、同時に、これによって、弁論主義のもとでは、当事者としては、自分が立証責任を帰せられる事実については、自分に不利益がおよばないようにするために、その事実について、裁判官に確信をあたえられる証拠を提出して証明につとめることが必要になるし、その反面で、相手方としても、その事実をできるだけ真偽不明の状態に追い込んで、立証責任を帰せられる当事者に不利に判断してもらえるようにするための証拠を提出するようにつとめることが必要になる(P307)。

したがって、当事者としては、本証のときには、自分が立証責任を負う関係で、裁判官に確信をあたえるにたりる十分な証拠を提出していかなければならないのに対して、反証のときには、相手方が立証責任を負う場合であるから、裁判官の心証を動揺させて真偽不明の状態に追いこめる程度の証拠を提出すれば目的を達することになる(P308)

保険調査の目的が裁判資料として耐えうるものがその理想とされているから、その事実認定の仕方もよく似ているとぼくは思った(法律家でもないぼくが勝手にそう思っただけなのでここはあまり追及しないでほしい(汗))。ところで、ネットで調べていたら、こんなことも書いてあった。

過失割合の判定(認定)基準ですが、事故の原因や状況などから、被害者及び加害者の双方の供述等を合わせて総合的に比較検討して判断されます。

この場合法律上、損害賠償額における過失割合による過失減額を主張する為には、加害者にその立証責任があります。

人身事故の説明かと思ったらそうでもないし(人身事故の場合はいわゆる自賠法が適用されて、立証責任は加害者にあるから(注2))、もっと問題なのは、過失の大小を調べた結果、被害者・加害者が決まるはずなのに、ここではそのプロセスを無視して、いわゆる循環論法に陥っているように思える。

(注2)【参考判例】神戸地裁 平成10年3月19日判決
信号機のある交差点での車両同士の出合頭の衝突事故につき、双方が青信号進入を主張するのに対し、証拠により信号機の色を断定することは出来ず、これを認定することができないことによる不利益は、立証責任を負担する被告が負うものと、被告の全過失であると認めた事例。

あと、ネットで見つけた以下の記載も重要。

過失相殺制度は、公平ないし信義則の見地から損害賠償額の調整を裁判官の裁量に委ねた制度である。この趣旨からすると、被告による過失相殺をする旨の主張がなくても、裁判官は公平ないし信義則の見地から債権者の過失を斟酌して損害賠償額の調整を図ることができるはずである。ただ、当事者に対する不意打ちは防止すべきであるから、過失相殺に使われる事実の主張は必要であり、当事者から過失相殺に使われる事実の主張がないのに職権で過失相殺をすることはできないと考える。このように、過失相殺をするには、当事者からの過失相殺をする旨の主張は必要ではないが、過失相殺に使われる事実の主張は必要であると考える。

あるべき過失割合調査

保険調査員は一般に法律に詳しいわけではない。双方の主張が相違するばあい、裁判所ならどのようにして解決するのか、そこまでの関心がないのがふつうである。したがって、立証責任を意識した調査をしている調査職はとても少ない。というか、そのようなことを話題にしている調査職や損保担当者にぼくはこれまで出会ったことがない。他方、法律に詳しい弁護士は、事故現場の確認が大変重要なのに、図面と写真だけで済ませることが非常に多いと聞いたことがある。

事故被害者がもし保険調査を受けるようなことがあったなら、立証責任についてよく覚えておこう。「足して2で割る」ような解決のされ方をされないために。

事故被害者が弁護士を依頼することがあったなら、調査の重要性についてよく覚えておこう。事故現場の確認をおろそかにするようなら、過失割合での苦戦を強いられるかもしれないから。事故現場など調査を重視する弁護士に依頼すべきである。

(追記)
突っ込みどころ満載の記事かもしれませんが、もしご批判があるようでしたら、歓迎します。また、民事訴訟法に言及した文章については泥縄で引用したためまとまりが悪く、林屋の本をもう一度読み返した上で、改めて書き直したいと考えております。

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当事務所の立場

突然、交通事故にあわれた被害者は、怪我をされたり、車を破損などされたりして大変なことです。その損害の賠償をしてもらうために、これから、加害者そして加害者側の損保担当者を相手に示談交渉を進めなければならなくなります。しかし、交通事故は人生でそう何度も経験するわけではありません。なにをどのようにしたらいいのか途方に暮れてしまうのがふつうです。

ところが、事故被害者がまず相手にするのが加害者であり、そして、実際は加害者側損保の担当者です。損保の担当者はそのことで生計を立てているいわばプロであり、百戦錬磨で鍛えた知識と経験があります。かたや、知識も経験もほとんどない事故被害者。そんな素人がプロ相手にどのように交渉していったらいいのでしょうか。

交通事故に詳しい弁護士が知人にいるような幸運な方は別にして、たいていの方は途方に暮れてしまうことでしょう。一昔前は、素人とプロの交渉ごとということにふつうはなって、プロの思い描くストーリーどおりに押し切られるのがふつうでした。しかし、ネットが発達した現在、示談交渉を進める上での情報がネットを検索すればあふれかえっています。が、その情報は正しいものもあれば正しくないものもある。玉石混淆です。それらの情報に接した事故被害者にとって、どの情報が正しくて信頼できるのかがまずわかりづらいし、自分だけでは手に負えなくて、調査や交渉ごとをだれかに任せることも時に必要になってきます。が、ネット上には、われこそは事故被害者のためだと謳っているものばかりなので、実際にいったいだれを信頼したらいいのかわかりません。

知識とは中立なものであること

ここで注意してほしいのは、情報の正確さもさることながら、その情報(知識)そのものが中立なことです。

昔、東大卒が多い自民党が間違えるはずがないと豪語している自民党支持者に会ったことがあります。ぼくは苦笑するしかありませんでした。たしかに東大卒は勉強をいっぱいしているわけだから、その知識量も多くかつ正確だといえるかもしれません。ただ、知識それ自体はあくまで中立なものであり、どちらにも役に立つ武器なのです。したがって、その正確でたくさんの知識をどちらの側に使うかにある。わかりやすいたとえ話をしてみましょう。

知識は刀という武器と同じ

hitininnno
その昔、武士という職業が存在しました。この武士は帯刀を許された職業のことであり、刀の専門家です。殿様を頂点にして、殿様に雇用され、殿様を守るために武器である刀の技術を日夜みがいていた。

この武器である刀自体は殿様を守るためにも使えるし、農民に加勢して殿様に刃向かうためにも使えます。しかし、悲しいかな、現実は殿様を守るために使われた例が圧倒的に多く、農民に加勢するために使われた例など不幸にしてきわめて少なかった。ごく稀に後者のような武士が現れますが、こういう武士こそ庶民にとっての英雄であり、「七人の侍」はまさにそのようなタイプの武士たちでした。

利益が一致しているか相反しているかが重要

したがって、問題はその使い手自身にあります。使い手がどちらの側に立つかで知識もそれぞれの側の武器になる。そして、その使い手がどちらの側に立つかは双方の利益が一致するか相反するかでふつうは決まってきます。

この、肝心要のことを説明したサイトが皆無といっていいほどにみあたらないのは不思議なことです(というか、あえて否定しているサイトさえいくらでもみつかるくらいです)。

記事を読んでいただければたちどころにわかることですが、当事務所は「立場」を鮮明にしております。あえて鮮明にしているのは、人間や社会に対する見方は、その人自身の立場から自由にはならないからです。中立を装うことは考察を浅くし、論旨を不明確にする。「立場」のない「立場」などありようがない。当事務所の立場は、ぼく自身が社会的弱者であるため、弱者の立場に徹することです。ぼくのような弱虫は「七人の侍」のようには決してなれないけれど、せめてその心意気だけでも真似して、社会的強者に阿らないようにしたい。そういう気持ちで当サイトをたちあげました。よろしくです。

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