追突事故で、追突された側にも過失が生じる場合

【出典:By Al Cambronne

ほとんどだれでも、ハンドルを握ると激情型になる(レオン・ジェームズ・交通心理学者)

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昔は年間3万キロほどクルマに乗っていたのに、最近はクルマにあまり乗らなくなった。乗ってもスーパーの買い物など近場だけで、クルマで遠出することはほとんどなくなった。クルマに長い時間乗らなくなってからの良いことのひとつが、「ロードレイジ」がなくなったことだ。「ロードレイジ」というのは、「運転時のささいなことから逆上し、危険な行動に出ること」だ。ぼくはこの「ロードレイジ」によって、かつて、車間距離を詰めてきていやがらせをくりかえす後続車に対して、急ブレーキをかけて停止させ、運転者に謝罪させたことがある。

このときは運よく後続車も急ブレーキをかけてくれたので、追突されずに済んだ。もしこれで追突され事故になっていたら、過失割合はどうなるか。

追突事故(被追突車に法24条違反がある場合)

判例タイムズの過失相殺本の関連箇所を見てみよう。P293にこう書いてある。

追突事故の場合、基本的には被追突車には過失がなく、追突車の前方不注視(法70条)や車間距離不保持(法26条)等の一方的過失によるものと考えられる。したがって、赤信号や一時停止の規制に従って停止した車両や渋滞等の理由で停止した車両に追突した場合、被追突車の基本の過失相殺率はゼロということになろう。

ところで、法24条は、危険を防止するためやむを得ない場合を除き急ブレーキをかけてはならないとしていることから、本基準は、被追突車が法24条に違反して理由のない急ブレーキをかけたために事故が発生した場合のみを対象にしている。追突事故一般については本基準が適用になるものではない。

 


 

道交法24条(急ブレーキの禁止)

第二十四条 車両等の運転者は、危険を防止するためやむを得ない場合を除き、その車両等を急に停止させ、又はその速度を急激に減ずることとなるような急ブレーキをかけてはならない。

 

危険を防止するためやむを得ない場合とは

走行している車両の直前に歩行者が飛び出してきたとか左側端を通行していた自転車が走行している車両の直前に急に右折をはじめ入ってきたとかいうような場合又は道路の損壊や道路上の障害物をその直前で発見した場合等で、目前の危険を防止するためやむを得ない場合ということで、この場合は、急ブレーキの使用が例外として認められる(P230‐231)

 
ぼくのやった行為は、この24条違反にあたるらしいのである。ぼくとしては、相手が後方で車間距離をわざと縮めていやがらせ行為をくりかえしているので、事故につながると考えそれをやめさせるために急ブレーキをかけたのだ。しかし、そういうヘリクツは通用しない。過失割合はこうなっていた。
 
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基本黄70:赤30
修正要素住宅街・商店街等+10
黄:15キロ以上の速度超過+10
黄:30キロ以上の速度超過+20
黄:その他の著しい過失+10
黄:その他の重過失+20
赤:幹線道路の走行車線上停止-10
赤:制動灯故障-10~20
赤:著しい過失-10
赤:重過失-20

 
基本の過失30に「幹線道路の走行車線上停止」の10を足して、合計40になる。ぶつけられてもかまわないと思いながら急ブレーキを踏んだのなら、未必の故意ということになって、100%ぼくの悪かった事故になってしまう(?)。

動物が飛び出してきて急ブレーキをかけたら後続車に追突されてしまった

法24条違反行為というのはわかるようで、実はそれに当たるのかどうか迷う規定である。たとえば動物が飛び出してきて、衝突を回避するために急ブレーキをかけたときはどうなるのだろうか。実は判例があるのだ。
 

大阪地裁 平成6年3月18日判決
片側2車線の中央寄り車線での加害車(普通貨物自動車)と被害車(普通乗用車)との追突事故。加害者は、被害車が右側から飛び出してきたイヌを発見し減速したことに気づいたのちに前方注視を怠らなければ事故を容易に避けることができたとして、被害者に落度がなく過失相殺しなかった事例。

ロードレイジによる追突事故

津地裁四日市支部 昭和51年7月1日判決
被害車の乱暴な運転に立腹した第二加害車が、被害車を追い越しざま同車の前で急停車をしたため、被害車も追突を免れるため急停車をしたところ、後続の第一加害車が被害車に追突した事故。第二加害車の運行と事故との間に相当因果関係を認めたが、第二加害車の立腹の原因となった被害車の運転との間に因果関係が認められないとして被害車の同乗者たる被害者に過失相殺を認めなかった事例。当該事故については、共同不法行為の規定を適用せず、各加害車に寄与度(各50%)の限度での分割責任とした。

対向車の衝突事故で先行車が停止直後に後続車が追突した事故

東京地裁 昭和54年2月20日判決
センターラインを越えて進行してきた対向車との衝突(第一次衝突)によって停車した先行車に、後続車(車間距離約30m、時速50キロ)が追突した事故(第二次衝突)。後続車は、対向車のライトが先行車の陰にかくれる状態を見て危険を感じ急ブレーキをかけたが、路面がぬれていたためスリップして停止先行車に追突したものであり、対向車のセンターライン越えによる第一次衝突を予見することは不可能であり、交通状況、先行車と自車の走行速度、路面状況等を考慮しても車間距離は適切であり、第二次衝突につき過失はないとした事例。

衝突を回避するための急停止なのだけれども・・・

金沢地裁 昭和56年1月17日判決
被害車が道路中央線付近に斜めに停止して自転車が通過するのを待って右折を開始したが、その直後再び同方面から自転車が走行してきたので急停止したところ、追従して走行していた加害車が追突した事故。前方への注意を怠り自転車の走行に気づかず、いったん右折を開始したものの急停止させた被害車運転者に20%の過失相殺した事例。

 

福岡地裁 昭和61年6月24日判決
信号機のない交差点において左折開始直後に急停止した被害車(普通乗用車)に加害車(普通乗用車)が追突した事故。

交差点に進入するに際し被害車の動静を十分に注視せず、被害車が進路上で停止することを考えずにそのまま直進し被害車の急停止を見てあわててブレーキをかけたが間にあわず自車の左前部を衝突させた加害車に前方不注視の過失を認めたものの、被害車運転者にも10%の過失相殺をした。

急停止させた理由。判決原文どおり。
原告は、乙車を運転して、東西に通じる道路の歩道寄りの車線を時速約30キロで東進し、本件交差点で減速して左折を開始した際、南の交差道路からタクシーがかなりの速度で南進(北進の間違いか)してくるのを見て、急停止した。

青信号なのになぜ停まるのだ

東京地裁 平成元年5月30日判決
先行するA車(普通乗用車)が、交差点の対面信号が青だったにもかかわらず、理由もなく急停止したため、後続のB車(普通乗用車)が追突した事故。A60対B40とした。

信号が黄色で急停車させた場合

名古屋地裁 平成9年3月19日判決
交差点進入直前で対面信号が黄色に変わり、急停止した乗用車に後続貨物車が追突した事故。急停車させなければ停止線で停止できないほどの手前で急停車させることを後続車は予期するのは難しいとして、そのまま交差点を通過するだろうと判断したことにも理がないわけでなかったとし、先行車に不用意に急ブレーキをかけたとして10%の過失相殺をした事例。

その他

大阪地裁 昭和51年6月28日判決
甲車が追越をして乙車の直前に高速で進入したが、乙車運転者は先の信号が青だったため減速せず従前の速度のまま進行を続けたところ、甲車が急激に減速したため追突した事故。甲60対乙40とした(なお、急減速の理由不明。甲車運転者と乙車運転者は知人関係)。

 

東京地裁 昭和53年3月2日判決
積雪のため滑りやすい道路で、後続車があるのにブレーキテストをしてスリップし、後続の被告車に追突された原告車に、被告車の進行を妨害した過失があるとして30%の過失相殺を認めた事例。

 

クルマに乗ったら人格が変わるのは普遍的なこと

ところで、「クルマよ、お世話になりました 米モータリゼーションの歴史と未来」(P152)という本を読んでいたら、ぼくのロードレイジという症状はぼくだけでないことを知って、かなり安心した。
 


 

クルマに乗り込むと「普段は魅力的な人物が怖い顔をしてすぐにカッとなる道路戦士」に変わると述べる。運転は抑制心を失わせるきっかけになり、攻撃的運転やロードレイジにつながる。クルマは本質的に、私たちに防護感や匿名性といった間違った感覚を与える一方、普段は持ち合わせている寛大さを忘れさせてしまうのだ。また強い刺激のもと反応が過敏になる。もともと誰も防衛本能としてパーソナル・スペースというものを持つ。そこへ割り込んできた者はみな潜在的攻撃者だ。運転しているときはその範囲が車体周辺にも及ぶ。このため、後部にぴったりつかれると、攻撃されているように感じるわけだ。・・・

運転には攻撃性を促す刺激がごろごろある。国家道路交通安全局は、ロードレイジの原因は長い通勤時間・頻繁な渋滞・忙しいストレスだらけの生活にあると指摘する。運転距離が長くなっても喧嘩腰になりやすい。渋滞中のエンジンやカーステレオの音は、騒音となってフラストレーションを募らせる。諸調査によれば暑さも敵意に油を注ぐ。

 
クルマに乗るのをやめれば、このロードレイジから解放されるのである。

歩行レイジがないのはなぜか

最後に、ロードレイジがあっても、歩行レイジがないのはなぜか。
 

①歩くことで鬱屈したストレスや怒りを容易に発散させられる。

②運転ではストレスや緊張のはけ口がなく、それらは積もる一方である。

③クルマの渋滞は人の渋滞よりも頻繁に起こる。

④道路のルールにはドライバーの行動に対する制約が多い。

⑤歩くときより運転するときのほうが、いっそうの注意が必要。深刻な事故を防ぐため、より重い責任や緊張が求められる。

⑥大半のドライバーは自分の運転技術を過信しており、エゴやうぬぼれを抱きがち。それを守ろうとすると攻撃的になりやすい。徒歩はそうしたエゴは生じない。

⑦クルマはパーソナル・スペースとパブリック・スペースの両者にまたがる。前者は人ごとに独自の基準があり、好きに行動できる。後者では、社会的ルールで振る舞いに枠がはめられる。歩く場合、私たちは明らかにパブリック・スペースにいて、社会的ルールにのっとって行動する。

⑧歩いているときは、好意やおわびの気持ちを示すのはかんたん。相手と直接相対するときは、そういうものである。だが、人はクルマの中では孤立し、他者と直接コミュニケーションできない。

 
みなさん、クルマなんて捨てて歩こうよ。

追突された側に立証責任があるというのだが・・・

他サイトに追突事故についてこんな説明があり、びっくりした。

>ただ、当然ながら先行車の方でもそれが緊急回避だった事を証明できなければいけません。

人が道路に飛び出してきたり、イヌ・ネコが飛び出してきたりした場合に、衝突を避けるために急ブレーキを踏む。緊急回避です。むろんなぜ急ブレーキを踏んだのかを説明する必要はありますが、証明までは要しない。そもそもどうやって証明するのか。目撃者でも探すわけか。目撃者等がおらず証明できなかったら、証明できなかった被追突車側が悪くなるわけか。

そうではないのだ。この場合の正しい考え方は、もし被追突車側にも問題があるのだったら、追突車側でそれを立証しないといけないのである。立証できなければ、追突した側が100%悪い。立証責任があるのはあくまで追突した側である。被追突側ではない。【16・11・15追記】
 

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当事務所の立場

突然、交通事故にあわれた被害者は、怪我をされたり、車を破損などされたりして大変なことです。その損害の賠償をしてもらうために、これから、加害者そして加害者側の損保担当者を相手に示談交渉を進めなければならなくなります。しかし、交通事故は人生でそう何度も経験するわけではありません。なにをどのようにしたらいいのか途方に暮れてしまうのがふつうです。

ところが、事故被害者がまず相手にするのが加害者であり、そして、実際は加害者側損保の担当者です。損保の担当者はそのことで生計を立てているいわばプロであり、百戦錬磨で鍛えた知識と経験があります。かたや、知識も経験もほとんどない事故被害者。そんな素人がプロ相手にどのように交渉していったらいいのでしょうか。

交通事故に詳しい弁護士が知人にいるような幸運な方は別にして、たいていの方は途方に暮れてしまうことでしょう。一昔前は、素人とプロの交渉ごとということにふつうはなって、プロの思い描くストーリーどおりに押し切られるのがふつうでした。しかし、ネットが発達した現在、示談交渉を進める上での情報がネットを検索すればあふれかえっています。が、その情報は正しいものもあれば正しくないものもある。玉石混淆です。それらの情報に接した事故被害者にとって、どの情報が正しくて信頼できるのかがまずわかりづらいし、自分だけでは手に負えなくて、調査や交渉ごとをだれかに任せることも時に必要になってきます。が、ネット上には、われこそは事故被害者のためだと謳っているものばかりなので、実際にいったいだれを信頼したらいいのかわかりません。

知識とは中立なものであること

ここで注意してほしいのは、情報の正確さもさることながら、その情報(知識)そのものが中立なことです。

昔、東大卒が多い自民党が間違えるはずがないと豪語している自民党支持者に会ったことがあります。ぼくは苦笑するしかありませんでした。たしかに東大卒は勉強をいっぱいしているわけだから、その知識量も多くかつ正確だといえるかもしれません。ただ、知識それ自体はあくまで中立なものであり、どちらにも役に立つ武器なのです。したがって、その正確でたくさんの知識をどちらの側に使うかにある。わかりやすいたとえ話をしてみましょう。

知識は刀という武器と同じ

hitininnno
その昔、武士という職業が存在しました。この武士は帯刀を許された職業のことであり、刀の専門家です。殿様を頂点にして、殿様に雇用され、殿様を守るために武器である刀の技術を日夜みがいていた。

この武器である刀自体は殿様を守るためにも使えるし、農民に加勢して殿様に刃向かうためにも使えます。しかし、悲しいかな、現実は殿様を守るために使われた例が圧倒的に多く、農民に加勢するために使われた例など不幸にしてきわめて少なかった。ごく稀に後者のような武士が現れますが、こういう武士こそ庶民にとっての英雄であり、「七人の侍」はまさにそのようなタイプの武士たちでした。

利益が一致しているか相反しているかが重要

したがって、問題はその使い手自身にあります。使い手がどちらの側に立つかで知識もそれぞれの側の武器になる。そして、その使い手がどちらの側に立つかは双方の利益が一致するか相反するかでふつうは決まってきます。

この、肝心要のことを説明したサイトが皆無といっていいほどにみあたらないのは不思議なことです(というか、あえて否定しているサイトさえいくらでもみつかるくらいです)。

記事を読んでいただければたちどころにわかることですが、当事務所は「立場」を鮮明にしております。あえて鮮明にしているのは、人間や社会に対する見方は、その人自身の立場から自由にはならないからです。中立を装うことは考察を浅くし、論旨を不明確にする。「立場」のない「立場」などありようがない。当事務所の立場は、ぼく自身が社会的弱者であるため、弱者の立場に徹することです。ぼくのような弱虫は「七人の侍」のようには決してなれないけれど、せめてその心意気だけでも真似して、社会的強者に阿らないようにしたい。そういう気持ちで当サイトをたちあげました。よろしくです。

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