警察提出用の見込み診断書

「警察提出用 診断書」でネット検索すると、弁護士のポータルサイトを筆頭に第一面にいくつか表示されるのですが、肝心の「警察提出用診断書」は数行程度の説明があるだけだし、その中身もタテマエというか教科書に書いてあることだけというようなお茶を濁しているていどのものです。

これでは、事故被害者が知りたいことを知ることができないでしょう。どういうことが知りたいのかというと、たとえば下記の「yahoo知恵袋の質問」にちゃんと答えられているかどうかです。

yahoo知恵袋の質問「警察用診断書の加療2週間を理由に治療を打ち切られた」

人身事故で受傷し、頚椎捻挫です。今通っている整形の先生は2~3月はかかるかなと言ってました。ところが、本日保険会社から電話があり診断書の2週間を過ぎたので治療を打ち切りたいと言われました。診断書というのは警察に提出したものです。2週間で治療打ち切りなんてあんまりだと思うのですが。(要約)

見込み診断書とは

警察に提出する診断書を見込診断書といいます。刑事罰や行政処分の決定に際し利用するのです(注1)が、その診断書の内容はたいてい「2週間の加療を要する見込み」などとなっていて、治療見込期間を3週間以内にしており、よほどの重傷事案でないかぎり治療見込期間が3週間を超えることがありません。

(注1)

診断書上の治療期間と行政処分
治療期間行政処分の内容
死亡免許取消
3か月以上免停90日
30日以上3か月未満免停60日
15日以上30日未満免停30日
15日未満違反点数3(2)点
*道交法施行令別表第2の3の規定による。
*実際には違反行為に対する基礎点数が加算されるので、さらに処分は重くなる。

上表を見れば警察が2週間もしくは3週間にこだわる理由がなんとなくわかるかと思います。

診断書にはほかにもいろいろあります。その中でも自賠責の(経過)診断書がよく使われています。詳しいことはこちらの記事で書きました。

診断書の見方

警察提出の見込み診断書の実態

これにはわけがあって、平成5年7月発行の自動車保険ジャーナル・「交通事故診療をめぐる諸問題」の中で医師が座談会をしているのですが、その中でこの見込診断書について触れています。

①交通事故の診断書は警察の要請で、見込みとつけて早く書かねばならない。

②実際の治療は「見込み」の期間通りかというと、そうではない。事故直後に初めて患者さんを見て、その時点で将来の治療時期を正確に予測して書けというのは無理。警察は医師の力を過大評価しているか、形式的に必要だというにすぎない。

③刑事処分の判断資料として、診断書による治療日数と加害者の過失度合いで、公判か略式かに分かれ、加害者の過失の度合いが低くても傷害が全治1か月となっていると公判を開くことになっているようです。このため、医師の作成する診断書の日数は1か月以内で2週間とか、3週間にとどめることが望ましく警察の提出用の診断書は暗黙の了解のように3週間以内がほとんどとされている。

例えば、患者さんが10日後に人身事故扱いにして欲しいと警察に言っても、警察の診断書で1週間となっていると、人身事故扱いができないのだそうです。そのため、被害者が警察の診断書を書き直してほしいという機会も多いのですが、被害者が警察に電話して説明しても駄目なので、診断書に追加訂正することがあります。非常に不自然ですね。警察が診断書を早く出させようとするのも原因です。

④頸部挫傷の場合の診断書は1週間から3週間と決めて、1か月と書くことは有りません。

⑤損保担当者の中には、警察用の診断書を根拠と(交渉用に)しているのではないかと思うことがあり、困ってしまいます。しかし、警察用の診断書はその程度のものだという理解を徹底してほしい。

医療へ警察が介入することの問題点

このことについて、故・松本誠弁護士が以下のような感想を述べています。

「加害者天国ニッポン」から引用

2週間以内の傷害は、不処罰としている警察の内部規定の作成や医療現場への警察の介入など、警察は仕事を減らすためにとんでもないことをしているのではないでしょうか。

①刑事処分
加害者の刑事処分の材料として、実際にかかった診療期間は考慮されません。医師すらも治療期間を予測できない事故についても、無理矢理に「2~3週間」として処理しているからです。2週間以内であれば警察限りの処分で終わりなので、永久に加害者は刑事処分を受けることはないのです。

この処分に不服がありとして、被害者が警察に言っても、取り上げてくれません。被害者は医師を説得し、診断書を訂正してもらい、更にこれを警察に持参して初めて聞いてもらえるのです。ここまでしても、警察が必ず事件を再捜査する保証はありません。

②損保の取り扱い(特に鞭打ちの扱い)
以上の警察の医療への介入を損保会社は利用しているふしがあります。医師が2通の診断書を書くことはまずないでしょうから、損保側には強力な材料となります。2週間の診断書が先に提出されていれば、実際は治療に8か月を要したとしても認めてもらえず、損保側から被害者が無理矢理治療を延ばしていると言われ、挙句の果てに、悪いのは被害者のほうだとされてしまいます。鞭打ちの被害者の多くはこのシステムによる悪影響を受けているのです。

さらに、損保側は鞭打ちの被害者に対しては「債務不存在確認訴訟」を提起して、加害者側が被害者側を訴えるという悪しき現象までも生んでいるのです。

③民事裁判への影響
以上の事実は民事訴訟にも当然影響します。医療現場への警察の介入を知らず、教えられても理解しようとしないと思える裁判官は「診断書」を治療期間の正しい証拠としてしまうでしょう。実際の治療に8か月要しても、加害者に刑事処分がない場合には、2週間以内の診断書に証拠能力を認め、被害者の「治療に8か月要した」という言い分を嘘とするでしょう。形式的になっている今の交通民事裁判では自然な流れです。(P113‐116)

「ハンドブック交通事故診療」から引用

また、損保会社への不信感を背景に医療機関向けに書かれた「ハンドブック交通事故診療」(創耕舎)という本でもこんなことが書いてありました。

「はじめの診断書を長く書いたら(6か月等)、警察から期間を短く書いてもらいたいと言ってきましたが、どうしたらよいのでしょうか」という問いに対して、

交通事故は刑事事件でもありますので、警察や検察庁の問合せがくることもあります。診断書の治療期間で相手方の罪が決定されます。医師は現時点での見込みを診断書に記載することになっていますが、できるだ短期間の方が相手方の罪は軽くなります。

損保会社への治療期間の予想とは当然異なります。

診断書には「現時点では」と記載し、患者や損保会社に説明しておくとよいでしょう。治療期間が長くなり、証明が必要なら、さらに追加した診断書を書けばよいのです。(P153)

故・松本弁護士の主張と比較すると、「加害者の罪は軽くな」るなどと、メリットだけ書いて、死傷した事故被害者のこうむるデメリットには無関心のようです。

警察が加療見込み3週間以内にどうしてこだわるのか

繰り返しますが、松本弁護士によると、警察が要治療見込み3週間以内にどうしてこだわるのかという点について、

①3週間以内の人身事故の場合、警察は検察に送致しない扱いをしていること。

②警察の現場でも、治療期間が2週間以内の事件は不処罰にしている内部規定が存在するということ

としています。

ベテラン損保担当者なら知っていること

このあたりの事情についてはベテランの損保担当者なら常識として知っていることなのです。損保で長く査定をされていた方のブログ「元保険調査員の事故解決談」から引用します。

警察に提出する診断書はあくまで医師が治療期間を見込んだ診断書です、この見込み診断書の治療期間が当事者の罰則に影響する事に配慮してかどうかは判りませんが、私の経験ではどの医師も全治する期間を短く書くようです。従って大概の場合は全治1週間から長くて3週間位で書かれておりました、ですからむしろ見込み診断書通りの治療期間で完治する人の方が稀だったように記憶しております。『見込み診断書』は刑事罰や行政罰の参考にする訳ですから、もう既に担当箇所に回っていると思いますので再度提出する必要は無いでしょう。

相手の保険会社の担当者も見込み診断書通りで完治するとは考えて居ないでしょうから改めて連絡する事も有りません、担当者の所へは治療費の請求の為に毎月の締めに診断書と診療報酬明細書が送られてきますので担当者はそれで判断するはずです。

かつて閉口するしかなかった裏話

かつて治療打ち切り目的の医療調査をやったときのことです。依頼先の損保担当者に私が医師面談実施前に打ち合わせのための話し合いをしたところ、ベテランでないらしい女性の担当者がこの見込診断書の記載を盾にもう治癒しているはずだからと主張したことがありました。私はただただ閉口するしかありませんでした。

yahoo掲示板の相談事例についてですが、警察提出用の診断書の特徴について知らない新米人身担当者だったのだと思います。あるいはこの事情をよく知っていたにもかかわらず、傷病名が「頚椎捻挫」だったので、警察用の診断書の記載である「2週間」を盾に治療打ち切りだと主張したかったのかもしれません。

いずれにしろ、主治医が2~3か月かかると言っているのですから、理由も示さずに2週間くらいでの治療打ち切りは許されません。警察用の診断書の記載を根拠にすることなどもってのほかですね。

見込み診断書を遅れて追加する際の裏技

先に紹介した「「ハンドブック交通事故診療」という本では、「治療期間が長くなり、証明が必要なら、さらに追加した診断書を書けばよいのです。(P153)」と書いてありました。

が、警察がそんな追加診断書をかんたんに受理するかは疑問です。なぜなら、先の損保査定者が言うように、「『見込み診断書』は刑事罰や行政罰の参考にする訳ですから、もう既に担当箇所(部署?)に回っている」からです。

いまさら、最初に出された診断書はなかったことにしてくれと言われてもと抵抗されるのではないでしょうか。したがって、加害者を懲らしめたいというような特別の理由でもないかぎり、再度提出する必要はありません。事情は損保側にもわかっているからです。が、中にわかっていないのがいるみたいで・・・

それでもどうしても追加で出したり、遅れて見込み診断書を出したりしたいときに、警察が受理しやすいようにする「裏技」はないのでしょうか。それがあるのです。

要は、警察が抵抗なく受け取れるように一工夫すればよろしい。見込み診断書を警察へちょくちょく出している医者から聞いた話なのでそういう「裏技」があることはまちがいありません。同業者である医者もこのやり方を知らない人が多いんだよと笑っていました。

よくあるのは、最初は物損事故で処理されていて、後で人身に切り替えようとしたときです。たとえば、人身事故に変更になったときが2週間以上経ってからだとします。その時に、診断書希望で再診してきた。こうなると、再診時点ですでに受傷から2週間以上経過しており、その時点でも後頚部の痛みを訴えていたため、やむを得ず初診から3週間の診断書を発行する―――こういうのって、警察は極度に嫌がります。

じゃ、どうすればいいのかです。ここで回答を書くとすぐにパクられるので、またの機会にしておきます。

裏技教えてという問い合わせを何度かいただいた。ずいぶん昔に書いた記事だったので、あれれ、何だったか思い出せなかった。ようやく思い出せたのでこちらに記憶用のメモをしておいた。暗証番号がないとはいれなくしてあり、友人・知人しか見れないので悪しからず。
保護中: 遅れて診断書を警察に(再)提出する方法保護中: 遅れて診断書を警察に(再)提出する方法

「警察提出の診断書で不起訴になった加害者に誠意がまったく見られないとき」という記事も書いております。

警察提出の診断書で不起訴になった加害者に誠意がまったく見られないとき

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どのサイトでリンクになっているか教えていただけないでしょうか。

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