交通事故と脳内出血の因果関係

 

大阪地裁平成27年9月29日判決

ブックマークしている「田舎弁護士の訴廷日誌」からの引用です。
 

【交通事故】 本件事故前から内因性の脳出血が発症していたとして、83歳男子の「左半身麻痺」との因果関係を否認した裁判例

自保ジャーナルNo1964号で紹介された大阪地裁平成27年9月29日判決です。高齢者の方の場合、交通事故の後に、重篤な症状がでることがあり、しばしば交通事故との因果関係が問題になります。今回紹介する裁判例もそうです。

裁判所は、原告の「左半身麻痺」について、「原告には頭蓋骨骨折や脳挫傷が見受けられないことに加え、頭部CT画像上、脳の辺縁部に出血は認められず、脳出血の部位が内奥の右前頭葉部に限られていることに照らせば、原告に生じた脳出血は、外傷性のものではなく、内因性のものであると判断する方がより合理性を有する」といえるが、「脳出血の部位のみを捉えて、原告の脳出血が内因性のものであると直ちに結論付けることはできない」とし、「原告のCT画像では、血腫の辺縁は整で、周辺に軽度の脳浮腫が認められるから、こうした血腫の形状等からすると、原告の脳出血は、非外傷性の脳出血の特徴を有しているというべきである」等から、「脳出血の部位等から、原告の脳出血が外傷性のものである可能性や、本件事故という外的要因を経機(原文ママ)として内因性の脳出血が発症した可能性は否定できないものの、その一方、本件事故の直前の段階で、既に原告が内因性の脳出血を発症していたところ、その後に本件接触、転倒が起こった可能性が相当程度あるというべきである。

したがって、本件接触によって原告の脳出血が発症したことにつき相当因果関係があると認めるに足りる証拠はない」

原告が被告に対して、既払金794万円を控除した約7128万円程度の請求を求めたところ、被告は反対に既払い金の不当利得返還請求を行い、第1審では、原告の請求は棄却し、反対に、被告の請求を認めるという、いわば、原告が返り討ちにあったような結果に終わっています。

 
この判決文を読んでいて何かおかしなところに気づかれませんか。前段のところで「原告には頭蓋骨骨折や脳挫傷が見受けられないことに加え、頭部CT画像上、脳の辺縁部に出血は認められず、脳出血の部位が内奥の右前頭葉部に限られていることに照らせば、原告に生じた脳出血は、外傷性のものではなく」としているのに、後段では、「脳出血の部位等から、原告の脳出血が外傷性のものである可能性・・・は否定できない」としているところです。前段と後段とどっちが正しいのでしょうか。

受傷機転から推測する疑問点

それともうひとつ気になるのが受傷機転です。受傷機転について触れているところといえば、「本件事故の直前の段階で、既に原告が内因性の脳出血を発症していたところ、その後に本件接触、転倒が起こった可能性が相当程度ある」とされていますが、そんな可能性ってありますか。事故状況について書かれていないため、ネットで当判決文を紹介しているサイトがほかにないかどうか検索してみたのですが、ありませんでした。だから、以下はこの文章から判断するしかないためぼくの推測が入っていることをまずお断りしておきます。

原告は「接触して転倒した」とあります。

歩行中の原告がバイクに接触して転倒した?
バイクに乗っていた原告がクルマと接触して転倒した?
自転車に乗っていた原告が歩行者と接触して転倒した?

このように、原告がクルマを運転していた時の事故なら「転倒」はまずありえません。原告が歩行者だったか自転車に乗っていたかバイクに乗っていたときでしょう(あるいは自損事故の可能性もありますが、紹介された判決文だけではわかりません)。

脳出血は脳梗塞と違って前兆がほとんどないと言われています。脳出血は「脳の血管が破れるか否か」つまり「全か無か」だからです、いきなりドカンというのがほとんどです。

クルマの運転をしていて脳出血をいきなり起こし、その結果、事故になるというのは十分ありえることです。しかし、自転車やバイクに乗っていて脳出血を起こし、そのためハンドル操作が不能になった結果、クルマなどと接触し、転倒する可能性はどれくらいありますか。歩道を歩いていた歩行者が脳出血を起こし、車道に倒れこんだためクルマと接触し転倒したというのはありえないわけではないでしょうが、これも稀有な例だと思います。因果の関係が複雑になるからです。クルマを運転中に脳出血を起こすと事故に直結しやすいが、自転車や歩行者で脳出血を発症させてもクルマなどとの接触に直結するわけではありません。

事故状況をこのように推測すると、接触直前に原告が脳内出血を発症する可能性は、宝くじで一等を取るよりもその可能性が低いと言っていいくらいありえません―――と、考えるのがふつうの常識というものです。にもかかわらず、裁判所は「外傷性のものである可能性や、本件事故という外的要因を経機(原文ママ)として内因性の脳出血が発症した可能性は否定できない」としていながらそれを否定し、受傷機転でほぼありえないことをありえる、いや、あったと判断したことになります。これはすごい判決だと思います。

ところで、脳内出血が外傷性なのかどうかの見分け方については、かつて記事にしたことがあります。以下に移動させましたのでご参考までに。

相談例

弟が会社から帰宅後、脳内出血で倒れ、右半身麻痺となりました。リハビリの結果、装具をつけ、何とか歩けるようになりましたが、言語障害が残り、リハビリに特化した病院に今も入院しております。以前も脳内出血で倒れており、今回が2度目です。

労災の専門家に労災の認定ができるかどうか相談したところ、脳内出血だし、帰宅後に発症したのだから、たぶん無理だろうと言われました。しかし、弟は朝の6時から出勤し、帰宅は午後10時を超えることがほとんどです。休みも月に2、3日しかありません。それでもやはり無理なのでしょうか。

労災における業務起因性

労災に該当するためには業務に起因していることが条件になります。したがって私病すなわち成人病や生活関連疾患は業務とは無関係のため労災に該当しません。

さて、今回の脳内出血という疾患についてですが、一見すると成人病や生活関連疾患に分類されるのがふつうです。外傷性であるものもないわけではありませんが、今回はそのような受傷機転に関する説明がありません。

脳内出血が外傷性かどうか

また、高血圧性の脳内血腫は通常は基底核という脳内でも深いところで起こるのがほとんどですから、仮に外傷性が原因だとすると基底核だけでなく、その周辺にも外傷性の変化(たとえば骨折だとか硬膜外血腫など)が認められると言われています。そのあたりはどうなのかということです。また、高血圧性脳内出血は再発しやすく、再発すればさらに症状が悪化する傾向が強いといわれており、今回の再発した脳内出血も高血圧性が強く疑われるようにみえます。

業務過重負荷が原因の可能性

さらに、発症したのが仕事場でもなく通勤途上でもなくて、帰宅後ということですから、ますます業務中あるいは通勤中という労災の外的要件から外れています。したがって、通常は労災が認められる可能性は相当に低い事例です。

しかし、例外がないわけでもありません。すなわち、帰宅後の発症であっても、ふだんの仕事が業務過重負荷があったことが証明されれば、たとえ高血圧性脳内出血であっても業務上疾患として認定されます。

今回は「朝の6時から出勤し、帰宅は午後10時を超えることがほとんどです。休みも月に2、3日しかありません」と、とてつもない激務です。過労死寸前にも見えるため、労災に該当する余地はあると思います(他の要件としては業務遂行性というのがありますが、外傷性脳内出血の場合に問題になるものの、今回は無関係です)。

具体的な要件については下記厚労省通達を参照してください。

仮に労災が認められなかったとしても、今回は2度目だし、1度目も会社が知っていてこのような激務を続けたということなら、会社自体にも従業員の生命・健康等の安全に対する配慮が足りなかったという民事上の問題があるように思います。

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交通事故に詳しい弁護士が知人にいるような幸運な方は別にして、たいていの方は途方に暮れてしまうことでしょう。一昔前は、素人とプロの交渉ごとということにふつうはなって、プロの思い描くストーリーどおりに押し切られるのがふつうでした。しかし、ネットが発達した現在、示談交渉を進める上での情報がネットを検索すればあふれかえっています。が、その情報は正しいものもあれば正しくないものもある。玉石混淆です。それらの情報に接した事故被害者にとって、どの情報が正しくて信頼できるのかがまずわかりづらいし、自分だけでは手に負えなくて、調査や交渉ごとをだれかに任せることも時に必要になってきます。が、ネット上には、われこそは事故被害者のためだと謳っているものばかりなので、実際にいったいだれを信頼したらいいのかわかりません。

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ここで注意してほしいのは、情報の正確さもさることながら、その情報(知識)そのものが中立なことです。

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知識は刀という武器と同じ

hitininnno
その昔、武士という職業が存在しました。この武士は帯刀を許された職業のことであり、刀の専門家です。殿様を頂点にして、殿様に雇用され、殿様を守るために武器である刀の技術を日夜みがいていた。

この武器である刀自体は殿様を守るためにも使えるし、農民に加勢して殿様に刃向かうためにも使えます。しかし、悲しいかな、現実は殿様を守るために使われた例が圧倒的に多く、農民に加勢するために使われた例など不幸にしてきわめて少なかった。ごく稀に後者のような武士が現れますが、こういう武士こそ庶民にとっての英雄であり、「七人の侍」はまさにそのようなタイプの武士たちでした。

利益が一致しているか相反しているかが重要

したがって、問題はその使い手自身にあります。使い手がどちらの側に立つかで知識もそれぞれの側の武器になる。そして、その使い手がどちらの側に立つかは双方の利益が一致するか相反するかでふつうは決まってきます。

この、肝心要のことを説明したサイトが皆無といっていいほどにみあたらないのは不思議なことです(というか、あえて否定しているサイトさえいくらでもみつかるくらいです)。

記事を読んでいただければたちどころにわかることですが、当事務所は「立場」を鮮明にしております。あえて鮮明にしているのは、人間や社会に対する見方は、その人自身の立場から自由にはならないからです。中立を装うことは考察を浅くし、論旨を不明確にする。「立場」のない「立場」などありようがない。当事務所の立場は、ぼく自身が社会的弱者であるため、弱者の立場に徹することです。ぼくのような弱虫は「七人の侍」のようには決してなれないけれど、せめてその心意気だけでも真似して、社会的強者に阿らないようにしたい。そういう気持ちで当サイトをたちあげました。よろしくです。

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