後遺障害2000件担当の保険調査員による認定のための脊椎圧迫骨折解説

後遺障害担当数2000件、その中でも1、2位を争うのがこの脊椎圧迫骨折です。ベテラン保険調査員が後遺障害認定のエッセンスを惜しみなく公開したのがこの記事です。これを読むことで、認定までのハードルがかなりさがるものと確信しています。

第一腰椎圧迫骨折の後遺障害相談

年金で暮らしていた75歳の母が交通事故に遭い、「第一腰椎圧迫骨折」と診断されました。主治医から変形障害があると聞いているため、後遺障害の申請をするつもりです。

どのようにしたらいいのか、被害者請求でしたほうがいいのかどうか、他に気をつけるべき点等がありましたら、それも教えてほしい。

決め手は症状固定時の画像

交通事故による後遺障害で私がいちばんよくやった調査は圧迫骨折か頚椎捻挫の後遺障害です。それくらい、圧迫骨折事案というのは多いです。

この圧迫骨折による変形障害に関しては、原則いわゆる被害者請求にこだわる必要はないというのが私の考えです(注1)。つまり相手損保にまかせておいてもいいと思います。

理由は、後遺障害に該当するかどうか、その証明手段がはっきりしているためです。すなわち、決め手は症状固定時の画像だからです。したがって、相手損保がやっても相談者がやっても画像自体が変わるわけではないので、どちらでもいい。テマヒマを考えると相手損保に任せたらいいと思います。

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上記画像はAll About圧迫骨折の症状・診断・治療より転載しました)

注1

ただし、あくまでも「変形障害」についてです。脊椎の圧迫骨折による障害は、「変形障害」にかぎりません。運動機能障害もあれば局部の神経障害もあるからです。

そもそも論になりますが、任意一括との比較で被害者請求がメリットがあるのは、その手続きを行う人が損保人身担当者ていどの能力が備わっていることが前提条件です。

相手損保担当者だと利益相反関係にあることから、妨害行為があるという人もいますが、私の経験からはそのような悪質な例は一度もありませんでした。定型的・事務的処理の傾向が強いものの、それ以下ではありません。時には熱心にやっていた例さえありました。

私の限られた経験を一般化するつもりはありませんし、利益相反関係にあるという基本の関係も無視はできないでしょう。だから、担当者によってはあるいは手抜きくらいはあるのかもしれません。

私だって生意気な奴が相手だったら、心の中で、はーい、それで過失1割とったろう、そう思ったことがないわけではありません。しかし、そう思うのとそれを実際の行動に移すこととはまったく次元の違う話です。

故意に妨害行為をするというのはそういうことです。ちょっと考えにくいことですね。人を見る目が甘いのかもしれませんが。もしも相手担当者が信頼できないということでしたら、そのときに被害者請求を検討されたらどうでしょうか。

脱線してしまいました。ここで言いたかったのは、被害者請求を行う場合のその人の能力です。後遺障害案件を扱った経験が少ない人だったら、そんな人に任せるよりも、相手損保の担当者に任せたほうがいいでしょう。要はその人しだい。その肝心要のところがあまり議論されていないように思えるので、ここは強調したいところです。

脊椎圧迫骨折について

以下は、「整形外科専門医になるための診療スタンダード 1 脊椎・脊髄」(P166-)からの引用です。知っておいた方がいいかなと思ったところを抜き出してみました。

脊椎圧迫骨折は各年齢で起こりうるが、その治療は若年者と骨粗鬆症を伴う高齢者では大きく異なる。若年者では骨折による変形を防ぐため1か月以上のベッド上安静や体幹ギプス固定を必要とするが、高齢者では長期臥床による合併症が危惧されるため多少の遣残変形よりも早期離床が優先される。

(以下、高齢者の)脊椎圧迫骨折は明らかな外傷によるものも多いが、骨の脆弱化が著しい場合では明らかな外傷がなくても発生する。また経過中に椎体の圧壊が進行する場合も多い。骨粗鬆症に関連する骨折の中で脊椎圧迫骨折は最も頻度が多いが、軽症あるいは無症状で経過することが多い。

しかし、治療経過中に偽関節や骨片の脊柱管内突出により脊髄麻痺をきたす例も近年増加しており、そのような症例は手術治療が必要になる。

あきらかな外傷がなくても骨折が発生することがあり、布団の上げ下ろし、くしゃみ、朝起床時に起き上ったなどの日常生活動作で骨折する例もある。

MRIが撮れれば新鮮な圧迫骨折では椎体の輝度変化がみられ、診断が確定する。

圧迫骨折は背中の椎骨の高さが減少することです。椎骨は軽量レンガを積み重ねたようなもので、それで体重を支えている。圧迫骨折というのは、そのレンガの1つあるいは複数が体重によってつぶれることです。骨粗鬆症のためつぶれやすくなっています。

つぶれるとものすごく痛いこともあるが、たいていは痛がらない。レントゲンを撮らなければ骨折していることがわからないことも多い。

すなわち、他覚的所見はあっても自覚症状がないものも多いのです。そのため、損保は労働能力の喪失にならないとして、逸失利益を否定しがちなので、そこが論点になります。

たとえば、「弁護士の為の後遺障害読本」では、

脊柱に変形を残したとしても下位胸椎か上位腰椎の場合では機能障害や労働能力の喪失はもたらさない。しかし、下位腰椎(L3・L4・L5)は腰部前後屈のほぼ95%の可動に関与しており、同部位における損傷は遅発障害として椎間板の変性による痛みや椎間板ヘルニア、場合によっては脊椎可動域制限を招くことがある(P89)

としています。

圧迫骨折の部位によって運動機能障害ひいては労働能力に差が出てくるので、ここは注意が必要です。

後遺障害が認定される上での一般要件

外傷性であること

まず、認定されるためには外傷性であることが必要です。外傷性であるかどうかは、その原因が交通事故により発生したらしいという事実と、新鮮な骨折であることを立証する画像資料が必要になります。

画像についてですが、初診当時のMRIで高輝度変化が確認できるかです。しかし、病院によってはMRIの撮影装置がない場合もあります。そのときはレントゲンで時間を追って骨の圧潰が進行していることが確認できるかどうかです。

ということは、MRIは初期のものを1枚だけ、レントゲンについては複数枚必要になるということです。

すなわち、MRIで輝度変化が確認できること、あるいはレントゲンで時系列的に骨の圧潰が進行していることが確認できること。以上がわかればその圧迫骨折は新鮮なものだということがわかります。それらが確認できなければ陳旧性です。古い骨折だと判断されます(注)。

古い骨折だと判断されると、交通事故よりも前に骨折したことになり、交通事故との因果関係は否定されます。

新鮮骨折だとどうしてその事故により受傷したことになるのか、厳密にいえば、直近の別の事故だった可能性はないのかとの疑問が生じるかもしれません。しかし、そこまで厳密に因果関係を求めるのは被害者にとってあまりにハードルが高くて酷なことなので、新鮮な骨折なら当該事故によるものだろうとの一応の推定をします(したがって、別の事故で受傷したことがわかるなら反証は可能です)。

一応の推定

とは、民事訴訟法の用語で、高度な蓋然性をもつ経験則のはたらきによって、過失や因果関係を推認することであるといわれる。裁判官が蓋然性の非常に高い経験則にもとづいて事実上の推定をするときには、その例外の事態はめったに生じないから、その事実は、ほとんど証明されたものとしてあつかってもよいと考えられる。このような非常に蓋然性の高い経験則にもとづく事実上の推定のこと。(「新民事訴訟法概要」林屋礼二著P318)

(注)

圧迫骨折が新鮮なものか陳旧性(古いもの)かについては画像で判断するというのが自賠責の決まりですが、たとえば「赤本の2016年講演録編」において朝妻孝仁医師は、「診察所見で、怪我をしたときに痛みがあるとか、あるいは叩打痛といいましてハンマーで叩いて痛いとかいうことがわかればいいのですが・・・」(P88)としています。

痛いかどうかは患者の恣意が入る余地があるため、自賠責では無視もしくは軽視されるが、裁判では必ずしもそうはならない点、留意してください。

変形障害の要件

                脊柱障害の後遺障害等級
変形障害運動障害
6級5号脊柱に著しい変形を残すもの脊柱に著しい運動障害を残すもの
8級2号脊柱中程度の変形を残すもの脊柱に運動障害を残すもの
11級7号脊柱に変形を残すもの

脊柱の変形障害要件
 等級後彎のていど側彎のていど
椎体減少個数前方椎体高減少の程度
6級脊椎圧迫骨折等により2個以上の椎体の前方椎体高が著しく減少し、後彎が生じているものX=(A+B+C)-(a+b+c)
Y=(A+B+C)÷3
YがX以下
脊椎圧迫骨折等により1個以上の椎体の前方椎体高が減少し、後彎が生じているものX=(A+B+C)-(a+b+c)
Y=(A+B+C)÷3
YがXの1/2以下
かつ→
コブ法による側彎度が50度以上となっているもの
8級1個以上の椎体の前方椎体高が減少し、後彎が生じているものX=(A+B+C)-(a+b+c)
Y=(A+B+C)÷3
YがXの1/2以下
コブ法による側彎度が50度以上となっているもの
環椎または軸椎の変形・固定により、つぎのいずれかに該当するもの
ア60度以上の回旋位となっているもの
イ50度以上の屈曲位または60度以上の伸展位となっているもの
ウ 側屈位となっており、エックス線写真等により、矯正位の頭蓋底部の両端を結んだ先と軸椎下面との平行線が交わる角度が30度以上の斜位となっていることが確認できるもの
11級(a) 脊椎圧迫骨折等を残しており、そのことがエックス線写真等により確認できるもの
(b) 脊椎固定術が行われたもの(移植した骨がいずれかの脊椎に吸収されたものを除く)
(c) 3個以上の脊椎について、椎弓切除術等の椎弓形成術を受けたもの

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各等級ごとに要件が違います。6級、8級は明確で客観的な要件ですが、11級は、症状固定時の画像で圧迫骨折であることが画像上わかること(注2)です。「わかること」などというのはきわめて主観的な要件です。

上位の等級になるかどうかは減少した前方椎体が何箇所あるのか、当該前方椎体高とその後方椎体高の差がどれくらいになるのかという客観的な要件なのと比較すると、好対照ですね。
注意
後遺障害認定の際の要件には、客観的な要件と主観的な要件が混在しています。本来なら基準は客観的なものであるべきなのに、実際は、このように主観的な要件があります。

そうさせているのは、認定に裁量の余地を残して、自賠責の財源からくる政策的自由度を確保するためではないかと思われます。

他に、側彎変形についてコブ法により50度以上の変形が確認できれば上位後遺障害に該当します。しかし、50度以上などというような高いハードルが設定されているため、側彎による後遺障害に該当するケースを私は一度も確認したことがありません。この条件に当てはまるのは相当に稀なケースだと思ってください。

【側彎変形】

注2

11級の場合「25%」説を唱えている人がいます。言いだしっぺは交通事故110番の宮尾氏のようです。しかし、根拠が不明です。経験則によるものだそうです。少なくとも「労災認定必携」ではそのような基準は存在しません。また「後遺障害等級認定と裁判実務」という本では「変形の程度は問わない」とされています。
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その後、宮尾氏は自分の説が正しいことを証明するために、新たな医証を付け加えております。このことについてはいずれ別記事でとりあげてみたい。

運動機能障害の要件

6級 「脊柱に著しい運動障害を残すもの」

次のいずれかにより頚部および胸腰部が強直したものをいいます。

  • 頚椎および胸腰椎のそれぞれに脊椎圧迫骨折等が存しており、そのことがエックス線写真等により確認できるもの
  • 頚椎および胸腰椎のそれぞれに脊椎固定術が行われたもの
  • 項背腰部軟部組織に明らかな器質的変化が認められるもの

8級「脊柱に運動障害を残すもの」

(a) 次のいずれかにより、頚部および胸腰部の可動域が参考可動域角度の1/2以下に制限されたもの

  • 頚椎または胸腰椎に脊椎圧迫骨折等を残しており、そのことがエックス線写真等に
    より確認できるもの
  • 頚椎または胸腰椎に脊椎固定術が行われたもの
  • 項背腰部軟部組織に明らかな器質的変化が認められるもの

(b) 頭蓋・上位頚椎間に著しい異常可動性が生じたもの

特記

運動障害、すなわち可動域制限については、医師の計測方法に疑問があるケースがあります。正規の器具でちゃんと測っているのだろうか、計測法に間違いはないのかというものです。実際に、目見当で計測(?)していた例もありました。

14級「局部の神経症状」

画像等では、脊椎圧迫骨折等または脊椎固定術が認められない。また、項背腰部軟部組織の器質的変化も認められず、単に、疼痛のために運動障害を残しているもの。

圧迫骨折による後遺障害確認の医療調査の実際

圧迫骨折による後遺障害確認の医療調査で、私が実際に使っていた質問状を公開しましょう。

①新鮮・陳旧性・病的の別

1.新鮮
2.陳旧性
3.病的な骨折

②新鮮な骨折の場合、その理由

1.初診時のMRI(T1強調・T2強調)画像において、低信号もしくは高信号を認めたことから、出血・浮腫が推察されたため
2.各レントゲン画像において、経時的に圧潰の進行が確認できたため
3.受傷機転による
4.その他→

③陳旧性・病的な骨折の場合、その理由

④骨粗鬆症の程度・治療の有無

1.骨密度測定ありの場合

測定時期
測定部位
測定方法
測定結果:同性同年齢比  %、YAM  %

2.骨密度測定なしの場合

腰椎レントゲン画像からの慈恵医大式表による分類
jikeiidaisiki
以上から、骨密度の程度
ア:生理的減少の範囲であり、年齢相応である。
イ:生理的減少の範囲を超えており、年齢以上に悪い。
ウ:年齢よりも良い
エ:その他→
今回受傷前からの骨粗鬆症治療歴:不明・なし・あり→治療先・治療期間・治療内容
今回入、通院期間中における骨粗鬆症治療:なし・あり→治療期間・治療内容

⑤骨粗鬆症が本件圧迫骨折受傷に与えた影響および影響度

ア:なし
イ:あり→100・75・50・25%、あるいは、極めて大きい・大きい・半々、小さい・極めて小さい
ウ:不明

上記いずれの場合もその理由
ア:まだ  歳であり、骨粗鬆症自体が存在しないから。
イ:前述の骨粗鬆症の程度から
ウ:その他→

⑥後遺障害

(いずれも症状固定時期当時における内容)
1.今回の傷病以外の、陳旧性としての圧迫骨折の有無

2.ありの場合、
部位:第  胸椎・腰椎
受傷時期:
受傷原因:

3.症状固定時期における可動域制限
ア:なし
イ:あり
ウ:確認していないので不明だが、おそらくなし
エ:確認していないので不明だが、おそらくあり
オ:確認していないので不明
カ:その他→

4.胸腰椎の可動域
ア:前屈(参考可動域合計75度。2分の1以上か)
イ:後屈
ウ:右回旋(参考可動域合計80度)
エ:左回旋
オ:右側屈(参考可動域合計100度)
カ:左側屈

5.可動域制限がある場合、陳旧性の圧迫骨折の影響を除いた、本件圧迫骨折のみによる、考えられる胸腰椎の可動域制限の有無・程度
ア:なし。
イ:あるが、各可動域(特に主要運動について)は参考域値の2分の1以上あったと考えられる
ウ:あるが、各可動域(特に主要運動について)は参考域値の2分の1未満にまで制限されていたと考えられる
エ:その他→
#可動域制限の原因について

6.硬性コルセットを常に必要とするか(最終時点で)
ア:常に必要
イ:起きたり座ったりする時以外は必要
イ:不要
#必要とする場合はその理由

7.後彎の有無・程度
ア:有無
イ:部位
ウ:各部位の前方椎体高  ㎜、後方椎体高  ㎜
エ:上記画像測定日

8.側彎の有無・程度
ア:有無
イ:コブ法による側彎度は50度以上か

9.疼痛が存在する場合
ア:通常の労務に服することができるか
イ:時に強度の疼痛のために労働にある程度差しさわりがある
ウ:医学的に証明もしくは推定できるか・証明手段、推定理由

圧迫骨折の後遺障害確認のための基本的な質問事項。医師面談の時間は10数分ていどがふつうなので、質問事項と予想される回答例を作って、このようにアンケート形式にします。質問が多いため、テキパキやらないと間に合わないからです。個別にはさらに質問を加える場合もありますが、基本的なことはだいたい網羅してあると思います。なお、当時は「慈恵医大式表」を使って骨粗鬆症の程度を調べるのがふつうでした。現在は、精度に問題があるという批判が強い。

後遺障害による具体的な賠償算定例

後遺障害による賠償額は後遺障害慰謝料と逸失利益の合計額です。後遺障害慰謝料は通常は定額、逸失利益は個別的な算定になります。

逸失利益の算定式

基礎収入×労働能力喪失率×労働能力喪失期間に対応するライプニッツ係数

被害者の属性

性:女性
年齢:75歳
職業:無職(年金暮らし)
家族構成:夫と2人暮らし

高齢家事従事者の基礎収入

(基礎収入)
高齢者の家事従事者の逸失利益における基礎収入については65歳以上の女子平均賃金を使う。

これは、平成11年に発表された東京・大阪・名古屋の各地裁の「交通事故による逸失利益の算定方式についての共同提言」による。その提言内容は、「家事労働についての逸失利益は原則として全年齢平均賃金によるも、年齢、家族構成、身体状況及び家事労働内容等に照らし、生涯を通じて全年齢平均賃金に相当する労働を行う蓋然性が認められない特段の事情が存在する場合には年齢別平均賃金を参照して適宜減額する」としている。

そのことをうけて、高齢者の家事従事者の逸失利益は「特段の事情」に該当するため、65歳以上の女子平均賃金を使う。

「特段の事情」に該当する理由。高齢者の家事従事者の場合は、扶養すべき子供がいない。したがって、家事の負担が軽いのがふつう。今回は、老夫婦だけの家庭なので、原則である全年齢平均賃金ではなく、提言にある年齢別平均賃金が適用される典型例である。

ただし、その全額は認めず、他人のための家事労働をどの程度行っていたかによってその金額を決めているのが判例の傾向である。

年金との関係

老齢年金の受給権は事故によって影響を受けるものではなく、年金の有無と休業損害や後遺障害による逸失利益とは無関係である。老齢年金は保険料をこれまで支出してきた結果支給されるもので、対価性があるからだ。年金受給だけを理由に休業損害や逸失利益が否認されることはありえない。

労働能力喪失率

本件は第一腰椎の1箇所だけの圧迫骨折です。当部位は機能障害や労働能力の喪失をもたらさないとされています(「参考:弁護士の為の交通外傷・後遺障害読本」)。したがって、逸失利益が否定されるか、労働能力喪失率が下げられる可能性があります。

労働能力喪失期間に対応するライプニッツ係数

高齢者の逸失利益における労働能力喪失期間は余命年数の2分の1です。本件ではライプニッツ係数は7年になります。

高齢者の家事従事者の逸失利益に関する判例

①息子(52歳)と2人暮らしで家事の一切を行っていた78歳の女性について、年齢、家族構成、息子の健康状態等からの家事労働の実態を総合して65歳以上女子平均賃金の70%を基礎に逸失利益を算定(東京地判平成12年5月24日)。

②息子の経営する会社の経理を担当し年収180万円を得て息子と2人暮らしで1日2時間程度家事労働に従事したいた75歳女性について、65歳以上女性平均賃金を基礎に逸失利益を算定(岡山地判平成10年10月20日)。

③夫と2人暮らしで家事をこなしていた86歳女性について、持病もなく、1人で買い物に出かけ、家事をこなしていたことから、65歳以上女子平均賃金の50%を基礎に逸失利益算定(神戸地判平成8年.5月23日)。

④健康で夫の通院付添等もしていた主婦(79歳)について65歳以上女子労働者の平均賃金の50%と算定(大阪地判平成8年6月20日)。

結論

65歳以上の女子平均賃金を使い、さらに割合的減額をされる可能性が高い。

以上から先の公式:
基礎収入×労働能力喪失率×労働能力喪失期間に対応するライプニッツ係数
に下記の具体的な数値を入れる。

【基礎収入】
(65歳以上の女子平均賃金・賃金センサスより)
278万円(平成18年度)

【労働能力喪失率】
別表Ⅰ
労働 能 力 喪 失 率 表
自動車損害賠償保障法施行令別表第1の場合
障害等級労働能力喪失率
第 1級100/100
第 2級100/100
自動車損害賠償保障法施行令別表第2の場合
障害等級労働能力喪失率
第 1級 100/100
第 2級 100/100
第 3級 100/100
第 4級 92/100
第 5級 79/100
第 6級 67/100
第 7級 56/100
第 8級 45/100
第 9級 35/100
第10級 27/100
第11級 20/100
第12級 14/100
第13級 9/100
第14級 5/100

【労働能力喪失期間に対応するライプニッツ係数】
5.7863

骨粗鬆症による素因減額について

骨粗しょう症による影響の有無について、年齢相応なら問題なし。しかし、骨密度検査で同世代・同姓平均よりも80%以下なら素因減額される傾向があります(某損保基準)。

なお、損保が使っている慈恵医大式分類表についてですが、私がこれまで医師面談した何人もの医師からその精度に疑問を持たれていました(→たとえば「医療審査 覚書」井上久著)。正式な骨密度検査を受けるべきでしょう(注)。

とはいっても、骨密度検査自体にも、過剰診断の可能性があるとの批判もあります。さらに、骨密度検査は致命的な欠陥があるようです。「骨粗しょう症による素因減額」という記事で詳しく書きましたので、確認したほうがよろしいかと。

後遺障害等級認定の問題点―せき柱及びその他の体幹骨(脊椎・体幹)

後遺障害等級認定の現状に対して以下の意見があります。等級認定実務を理解するうえでしっておいたほうが有益な情報ですね

→平林洌・松本守男論文→脊柱関係:http://www.jsomt.jp/journal/pdf/061030170.pdf

1椎体の前後縁長の比が 1/2以下に楔状変形するか,可動域が1/2以下に制限されると,障害等級は第8級(労働能力喪失率45%)に認定される.それらは四肢の 1 関節の用廃(強直)あるいは1眼の失明に相当するが,果たして労働能力や日常生活動作にそれ程の支障が生じるであろうか.椎体変形によって後弯変形を生じたとしても,また頸椎の回旋運動や腰椎の前・後屈運動が1/2に制限されたとしても,それらはある程度は脊椎の他の部位で代償される.さらに日常の生活では,頸椎の回旋は体全体で,腰椎の前後屈は股関節や膝関節でも代償される.その程度の変形や可動域低下では,被害者本人から局所の多少の痛みやせき柱のこわばりを訴えられることはあっても,そのために労働能力や日常生活能力が半分程度に低下するとは到底考え難い.

したがってそれらの8級の等級は10~11級(労働能力喪失率27%~20%)に改定することが妥当といえる.1/2程度の変形や可動域制限の労働能力喪失率を20~30%としている米国の基準とも整合するからである.

大変参考になる論文だと思いました。たとえば可動域制限について若者基準でやるのはどうか、同世代・同性の年齢を基準にやるべきだというのはもっともだと思います。

そのやり方についても提案されていて、「椎体の圧迫変形を評価する時,胸腰椎部に存在する生理的楔状化を差し引かなければ,外傷の寄与分を正しく評価することはできない.当該椎体の生理的楔状化は隣接する健常な上・下の椎体(前縁高/後縁高)を計測すれば容易に知ることができる」としています。

損保もこの意見を実際の示談交渉に活用しているとも思いました。が、納得できないこともいくつかありました。

たとえば「胸腰椎部の前後屈は股・膝関節でも代償される」など、「代償」されるからいいじゃんという考え方にはどうなんだろうかとおもいます。また、引用文には書かれていませんが、労災基準は炭鉱労働をもとに決められたものであり、省力化が進んだ現代にはそのような労働はほとんどなく、時代に合わないということなのです。

座椅子に座って本ばかりながめているとこういう労働観になってしまうのかなあ、書を捨てて町に出よじゃありませんが、労働現場に出てみて、実際に力仕事をされたらどうかと思いました。

(もちろんそうでない仕事もあまたあるという前提の上で)まだまだ、そういう仕事は中小零細企業だといくらでもありますよ。どうして省力化やロボット化が思ったほどにすすまないのでしょうか。そういった設備を導入しようとしたら、かなりの費用を要します。そうするよりも、安い労働力を長時間コキ使ったほうがより経済的だからです。

日本の企業が工場を海外へ移転しているのは、安くて長時間使える労働力を求めているからですね。科学技術の進歩が労働環境の改善に直結しない理由がわかっていません。

なお、裁判実務では、片岡裁判官が「高度の脊柱変形は、脊椎の骨折という器質異常により脊椎の支持性と運動性を減少させ、局所等に疼痛を生じさせ得るものであるという点を重視すると、原則として喪失率表の定める喪失率を認めるのが相当」(「労働能力喪失率の認定について」赤本2004年版)としています。

平林氏らの脊柱の変形障害における労働能力の喪失率(現行自賠責の後遺障害等級実務)に対する疑問・意見を認めていません。裁判所は正しい判断をしたと、私は思います。

【17・04・03追記】「赤本の2016年講演録編」の朝妻医師の講演部分を(注)として追記した。

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