症状固定に少なくとも6か月必要という言説があるけれど、どこまで正しいのか

症状固定とは?

後遺障害の申請が可能になるのはいわゆる症状固定になってからである。で、その症状固定とは、「治療しても、症状にこれ以上の改善が見られず一進一退になっている状態」を指す。あるいは、「根治療法でなくて、一時的に症状が改善することのみを目的としている対症療法が繰り返されている状態」を指すとも言われている。要するに、これ以上医療行為を加えてももう治らない状態である。

対症療法ばっかりになったからそろそろ症状固定である。つまり病院での治療行為の効果にも限度があって、もうそれ以上やっても無駄だと考える時期のメルクマールとして、「対症療法が繰り返されている状態」の時期としているのだが、実をいうと、医療行為のほとんどがこの「対症療法」なのである。骨折を例にすると、急性期の骨をくっつける手術などのごく例外な処置以外は、ふつう「対症療法」なのである。

わからない人は浜六郎氏の説明が参考になる。浜氏は、対症療法、根治療法(原因療法)、補充療法に区別して、以下のように説明している。対症療法ばっかりだから、それはすなわち症状固定時期なのだと疑いもしない方は、冷静になるために頭の隅っこくらいにおいて決してソンはないだろう。

治療方法には、主に、病気の原因を取り除く「原因療法=(根治療法)」、病気によって生じた不快な症状を和らげる「対症療法」、それに、本来存在するものが不十分になったり、なくなった場合に、それを補充する「補充療法」というのがある。原因療法というのはなかなか困難であり、多くの治療方法は、対症療法か補充療法である。(P140)

 

病気の原因になっているものを完全に取り除く治療方法が原因療法である。ところが、病気の原因は、しばしば複数ある。たとえば、肺結核は結核菌で起きるが、栄養が不良で過労状態の人や、免疫力が低下しているような人ではより起こりやすい。結核菌は肺結核の特異的な原因であるが、栄養不良、過労、免疫力低下も、非特異的だが原因の1つでありうる。しかし、一般に原因療法という場合には、このような非特異的な原因ではなく、結核菌に対する抗生物資のように、特異的な原因を取り除くための治療方法を指す。ほかの細菌に対する抗生物資療法や、遺伝子の異常で起きる病気の遺伝子そのものを操作して正常のものに置き換える試みも原因療法の1つといえよう。・・・このように真の意味での原因療法というのは、非常にかぎられたものであり、現在の治療方法はたいてい対症療法か補充療法である。(P76-)

 

体の中に存在するものが不十分になったりなくなったりした場合に、これを補う療法を「補充療法」という。あるべきものがなくなって病気が起こり、不足しているものを補うことによって病気をコントロールしようとするものだから、ある意味では原因に迫る療法だ。しかし、原因を取り除くわけではないから、根本的な原因療法とも異なる。その意味で補充療法は原因療法とは区別して考える。(P202)

 
「病院で聞くことば辞典」浜六郎著

症状固定の賠償上の意味

医療行為を加えてももう改善の見込みがないにもかかわらず加えた医療行為は、ごく常識的には無駄な医療行為ということになって、賠償実務では症状固定後の医療費は補償の対象にならない。また、休業損害など交通事故との因果関係があると考えられた損害項目も、症状固定によりその因果が切断されるわけだから支払の対象でなくなる。その意味で賠償支払いの分岐点になる。平たく言えば、後遺障害を別にすると、損保は症状固定時をもって、もうお金を支払わなくていいってことだ。

だから、損保は主治医に何度も何度も「そろそろ症状固定時期と違いますか」などとお伺いを立ててみる。そのうち主治医も根負けしてか、「そうですな、そろそろということにしておきましょうか」ってことに・・・たいていはなる。その確認をしていたぼくが言うのだから間違いない。

治療期間が6か月間ないと後遺障害が認められないという言説はどこから・だれが言い出したのか

ところでこの症状固定時期について、治療期間が6か月間ないと後遺障害は認められないとよく言われている。このことを最初に言い出したのはだれだか知らないが、ぼくが初めてそのことを知ったのは、たぶん、交通事故110番の宮尾氏の著書かHPからである。で、念のため氏の著書である「交通事故―後遺障害等級獲得マニュアル」でそのことを確認してみたら、症状固定には6か月を要すると、思いっきり強調されていた。宮尾氏によると、

後遺障害とは受傷後6か月を経過して治療効果が得られなくなったときに残存している症状(P11)

 
なのだそうだ。


 
でも、よくよく考えてみると、この6か月という基準は何を根拠にしているのだろうか。ぼくは天邪鬼なので、みんなが常識のように言うことを疑ってかかることがよくある。ところが、症状固定6か月説には、根拠といえるものが何もないのである。いや、ないどころか、それに反する事実を見つけてしまった。ここに紹介してみよう。

自賠責の後遺障害は労災の後遺障害をもとに作られたものである。そしてその労災の後遺障害認定の詳細は「障害認定必携」という本に書かれている。この本で「症状固定」についての説明は以下のとおりである。


 

ここでいう「なおったとき」とは、傷病に対して行われる医学上一般に承認された治療方法をもってしても、その効果が期待し得ない状態で、かつ、残存する症状が、自然的経過によって到達すると認められる最終の状態(症状の固定)に達したときをいう。したがって、障害程度の評価は、原則として治療効果が期待し得ない状態になり、症状が固定したときにこれを行うこととなる。

ただし、療養効果が期待し得ない状態であっても、症状の固定に至るまでにかなりの期間を要すると見込まれるものもあるので、この場合は、医学上妥当と認められる期間を待って、障害程度を評価することとし、症状の固定の見込みが6か月以内の期間においても認められないものにあっては、療養の終了時において、将来固定すると認められる症状によって等級を認定することとする。

 
赤字で強調した文言をすなおに読む限り、症状固定時期を6か月とは決してしていない。むしろ、症状固定は長くて6か月、通常はそれ以内だと想定したような書き方になっている。したがって、だから、症状固定6か月説は間違っていると言いたいわけではない。要するにケース・バイ・ケースなのだ。たとえば交通事故で右手を失ったとしよう。これは6か月経過しないと右手を失ったかわからないわけではないから、その前に後遺障害の認定が可能である。あるいは、大腿骨頸部骨折なら、骨癒合まで「24週」、機能回復まで「60週」と言われている。「GurltとColdwellの表」にそう出ている。したがって大腿骨頸部骨折なら症状固定時期を6か月としたのではあまりに短かすぎる。

 
なお、「GurltとColdwellの表」については当の整形外科医からもその治療期間があまりに理想的なモデルを元にしたものであるとの批判が多い。

他覚的所見のない傷病についての通院期間の重要性

ただそれでもひとつ注意してほしいのは、後遺障害の認定に際して治療期間が判断材料にされている傷病があることだ。それはいわゆる他覚的所見のない傷病、たとえば頚椎捻挫などで後遺障害の申請をするときである。このときは治療期間が判断材料のひとつにされるので、6か月は大いに意識したほうがいいだろう。

それ以外の傷病については6か月という期間は絶対的なものではない。そのことにこだわりすぎて一番問題なのは、6か月に満たないから後遺障害の申請をしてもダメだと思ってしまうことだ。たしかにあまりに短い治療期間ではダメだが、6か月に少々足りないからといって、後遺障害の認定をあきらめないことである。つまり、根拠が明白とはいえない6か月をあまりに絶対視・基準視しないことである。

どうして、むち打ち損傷で治療期間が重要視されるのか

ところで、いわゆる他覚的所見のない傷病、たとえばむち打ち損傷(頚椎捻挫)などで後遺障害の申請をするときは、どうして、6か月を大いに意識したほうがいいのだろうか。

頚椎捻挫などによる痛みとか痺れとかについては、そのことで苦しんでいる本人にはそのことがもちろんよくわかるが、第三者にはわからないことだ。極論すれば痛い・痛いと本人は言っているが、そう言っているだけで痛みなどなくウソかもしれない。そのように考えることも可能である。現に自賠責実務ではそのように考える。自賠責実務で画像などの他覚的所見を重要視するのは、そのためである。いくらなんでも自賠責が事故被害者を詐病扱いをするというのはひどい言い方すぎないかと叱責されるかもしれない。詐病扱いがひどいなら、こう改めてもいい。痛い・痛いと言っているのは、故意性のある詐病ではなく故意性のない心因性なものだ。本当はたいした痛みでもないのに、本人の性格や環境などから、心因性のため過敏に痛みを感じているのかもしれない。だから、支払の対象にしない(外傷性精神障害は14級に認定されるので別だが)。心因性のものと外傷性のものとを区別するために他覚的所見を重要視している。そういう言い方でもいいだろう。

いずれにしろ、ウソかもしれないし、心因性のものかもしれないが、全部が全部ウソだったり心因性のものだったりするわけではないから、ウソだったり心因性のものだったりするかどうかを判断するための基準として、自賠責は通院日数に着目しているのだ。本当に痛いのなら、病院に欠かさず通うだろう。あまり通院していないのなら、たいした痛みではないのだろう。後遺障害に該当するほどの永続性のある痛みではないのだろうと判断される。

症状固定時期についても痛くてたまらないなら、初診から6か月間は通院するだろう。それに満たないものは、本人は痛い・痛いと主張しているが、実は大して痛くないのだろう。治療をしなくてもがまんできるていどのものなのだろう。短期間(6ヶ月以内)で終了する治療は、その程度のケガかと第三者は考え、そのように判断される。痛みを客観的に表わす検査・指標が存在しない以上、治療期間をもってその指標・目安にする。自賠責としては、視覚的にとらえられない痛みなどの強弱は治療期間の多寡によって判断するしかないだろう。

まとめ

症状固定に6か月の決まりはなくケース・バイ・ケースだが、6か月に満たないものを自賠責が受け付けてくれなかったり、非該当と認定されるものもあるので、受傷から6か月経過以後にしたほうが無難である。したがって、宮尾さんの説明は覚えやすいし、わかりやすいと思う。とりわけ、他覚的所見のない傷病、たとえば頚椎捻挫などで後遺障害の申請をするときはそれを厳守すべきである。もし途中で相手損保より治療費は支払えないと打ち切られたら、自費でも通院すべきである。そのほうが、後遺障害認定上も有利になることがある。自費でも通院しているのだから、本当に痛いようだと判断される可能性があるからだ。

なお、ケース・バイ・ケースの例として、四肢切断や大腿骨頸部骨折の例をあげたが、他に、高次脳機能障害、CRPS(カウザルギーやRSD)などの非器質性の精神障害は事故受傷後1年以上経過した段階での症状固定となりやすい。とりわけ高次脳機能障害については、1年半とか2年とかいうのが珍しくもなんともない。
 

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知識は刀という武器と同じ

hitininnno
その昔、武士という職業が存在しました。この武士は帯刀を許された職業のことであり、刀の専門家です。殿様を頂点にして、殿様に雇用され、殿様を守るために武器である刀の技術を日夜みがいていた。

この武器である刀自体は殿様を守るためにも使えるし、農民に加勢して殿様に刃向かうためにも使えます。しかし、悲しいかな、現実は殿様を守るために使われた例が圧倒的に多く、農民に加勢するために使われた例など不幸にしてきわめて少なかった。ごく稀に後者のような武士が現れますが、こういう武士こそ庶民にとっての英雄であり、「七人の侍」はまさにそのようなタイプの武士たちでした。

利益が一致しているか相反しているかが重要

したがって、問題はその使い手自身にあります。使い手がどちらの側に立つかで知識もそれぞれの側の武器になる。そして、その使い手がどちらの側に立つかは双方の利益が一致するか相反するかでふつうは決まってきます。

この、肝心要のことを説明したサイトが皆無といっていいほどにみあたらないのは不思議なことです(というか、あえて否定しているサイトさえいくらでもみつかるくらいです)。

記事を読んでいただければたちどころにわかることですが、当事務所は「立場」を鮮明にしております。あえて鮮明にしているのは、人間や社会に対する見方は、その人自身の立場から自由にはならないからです。中立を装うことは考察を浅くし、論旨を不明確にし、自己を無責任な立場に置くことになる。「立場」のない「立場」などありようがない。当事務所の立場は、ぼく自身が社会的弱者であるため、弱者の立場に徹することです。ぼくのような弱虫は「七人の侍」のようには決してなれないけれど、せめてその心意気だけでも真似して、社会的強者に阿らないようにしたい。そういう気持ちで当サイトをたちあげました。丸山真男のことばを最後に引用しておきます。

丸山真男から

ゲーテは「行動者は常に非良心的である」といっておりますが、私たちが観照者、テオリア(見る)の立場に立つ限り、この言葉には永遠の真実があると思います。つまり完全にわかっていないものをわかったとして行動するという意味でも、また対立する立場の双方に得点と失点があるのに、決断として一方に与するという意味でも、非良心的です。にもかかわらず私たちが生きていく限りにおいて、日々無数の問題について現に決断を下しているし、また下さざるを得ない。純粋に観照者の立場、純粋にテオリアの立場に立てるものは神だけであります。その意味では神だけが完全に良心的であります。

私たちの社会というものは、私たちの無数の行動の網と申しますか、行動の組合せから成り立っております。社会がこうして私たちの行動関連から成り立つ限りにおいて、私たちは行動あるいは非行動を通じて他人に、つまり社会に責任を負っています。その意味では純粋に「見る」立場、ゲーテの言う意味での完全に良心な立場というものは、完全に無責任な立場ということになります。

したがってこの点でも神だけが、完全に無責任でありうるわけであります。認識することと決断することとの矛盾中に生きることが、私たち神でない人間の宿命であります。私たちが人間らしく生きることは、この宿命を積極的に引き受け、その結果に責任を取ることだと思います。この宿命を自覚する必要は行動関連が異常に複雑になった現代においていよいよ痛切になってきたのです。

世のなかには一方では、認識の過程の無限性に目をふさぎ、理論の仮説性を忘れる独断主義者もいれば、またそもそも認識の意味自体を頭から蔑視する肉体的行動主義者がいます。しかし他方その半面では、物事はそう簡単にはイエスかノーかきめられないのだ、もっとよく研究してからでなければなんともいえないという名目の下に、いつも決断を回避することが学者らしい態度だという考え方がかなり強い。

あるいは対立する政治的争点に対して、あれももっとも、これももっとも、逆にそれを裏返しとして、あれもいけない、これもいけないということで、結局具体的な争点に対して明瞭な方向性を打ち出すことを避ける態度をもって、良識的であるとか、不偏不党であるとか考える評論家やジャーナリストもかなりいるようであります。

たびたびゲーテの言葉を引いて恐縮ですが、ゲーテはこういうことをいっています。「自分は公正であることを約束できるけれども、不偏不党であるということは約束できない。」今申しましたような世上いわゆる良識者は対立者に対してフェアであるということを、どっちつかずということと混同しているのではないでしょうか。
「現代政治の思想と行動」丸山真男 P452-454

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