「ハンドブック交通事故診療」を読んでの感想

改訂版を買った理由

2日前に本が届いた。「”Q&Aハンドブック交通事故診療」。かつての旧版の副題が「医療機関のためのガイドラインと患者対応のノウハウ」とあるように、医療機関のために書かれた本であり、その主張のメインは対損保交渉のためのマニュアル本である。この本、だから損保関係者側の評価が極めて低い。

初版は持っていたから、最新版に買い換えたことになる。私のような貧乏人には5000円以上もする本の出費はかなり痛い。少々改定されても買う気になれない。というか、買えない。それでも買う気になったのはページ数が130ページも増えたこと。初版発行日が2004年5月22日なのでそれから20年近く経っていることが、その理由である。実際に、具体的にどこがどう変わったのか。目次はまったく変わったが、その内容は劇的に変わったという印象はない。

初版については別サイトで不満たらたらのことをかつて書いた。誤字・脱字が多かったこと。文章として意味が通らないところが何箇所もあったこと。さらに、医者による偏見本だということ。したがって、医者がどうなふうに思っているのか、それを知るには格好の本だといえよう。その偏見の例としてかつてあげたところと比べて最新版ではどうなっているのか。何も変わっていなかった。反省なき日本民族みたいなものだ。ここでは、自分が属していたリサーチに関して言及してみたい。

リサーチにかかわる記載についての不満

率直な感想を述べよう。たとえば、リサーチにかかわって、こう書いてある。

「リサーチとは」

「リサーチの問題点は、単に調査することでなく、医療機関と単価の切下げ交渉をしたり、患者に健保切替えを迫ったりして圧力をかけることです」(P180)

私自身はほとんど担当しなかったので詳細は不明なのだが、私が辞めるころは社労士などに業務を委託していた。が、過去にそういうこと(医療機関との単価切り下げ交渉や、患者に対する健康保険への切替交渉)があったことは事実だと思う。したがって、この記載はかつてそういうことがあったという点で間違いはない。しかし、現在は改めているはずである。少なくとも、自分がいた調査会社はそうだった。

リサーチの問題点

・・・例を挙げますと、最近は少なくなっていますが、患者の家に上がり何時間でも居座ったり、患者の職場に押しかける、また医療機関の受付や待合い室で医者を罵る、診断室の中で居座り医師が自分の要求(健保切替え、単価の切下げ、治療の打切り等)を承諾するまで動かない、面会時間外に病室に入りこみ患者を脅迫する等、犯罪すれすれのことを行うことがあります。(P180)

 
これは読んでいるこっちがビックリした。私はこんなことをやったことがないし、私の周辺でもこんなことはやってないだろう。すべての調査機関については知らないが、私の知っている限りではこのような事実はまったくない。しかも12年前の記載とまったく同じ。12年前も「最近は少なくなっています」とあるのだが、この本の「最近」とはいつまでをいうのだろうか。

また、リサーチが承諾しなければ損保会社からお金は出ないと断言したり、自分が損保会社から全権を委任されているなどと言います。(P181)

 
こういう交渉は禁じられているので、やらないと思う。他の調査員にいちいち確認したわけでもないから正確にいえばよくは知らないが。というか、こんな言説はやってはいけないことが当たり前だったので、いちいち確認しなかったというほうが正しい。リサーチにそんな権限がないことは別記事に書いたとおりである。これくらいの権限があれば私も仕事がやりやすかっただろうし、一度くらいは言ってみたかった。が、組織からは厳重に禁止されていたので、ウソでも言えなかった。

なんだか誤解があるのかもしれないが、保険調査員にはまったくというほど権限というものがない。わかりやすい事例でこのことを説明してみたい。

権限がなくてとりわけ困った場面は、モラル調査をしているときである。依頼する損保には2つの要望がある。保険契約を継続してほしいという収入面からする意向と、保険金は払いたくない・払うべきでないという支出・倫理面からの意向である。保険金詐欺の疑いがある場合のモラル調査では、疑われた契約者はもうカンカンである。そのため、契約解除というリスクが必ず生じる。しかし、保険金詐欺を許すわけにもいかない。そうした二律背反した姿勢で依頼されるとこっちの調査する姿勢も中途半端にならざるえない。そんなとき、自分に権限があったらどんなにいいかとよく思ったものである。

法律や保険手続きを知らない者からすれば、強制保険まで彼らの言うことをきかなければ使えないかのように錯覚します。(P181)

 
これって、調査員の言うことに応じなければ自賠責も使えないってことなのか。こんなことを言うはずないでしょう。「ない」ことを証明しろと言われても困るけれど。

リサーチはまず過失割合について誇張した話をします。例えば、8:2のときでも5:5といって、その過失割合を患者に承知させるのです(P181)

 
過失割合を話すことは厳禁されていたので、これはないと思う。私はない。

強制保険も初めから過失相殺が行われると強調することがあります。

 
ないよ・ないよ。こんなこと言っても何も得しないし。もういいかげんにしてほしい。

本来、交渉は損保会社の社員しかできないことになっているので、「嘱託」といった肩書を与えて、リサーチ社員に交渉をさせているところもあるようです。

 
こういうことってあるのか私は知らない。初めて知った。

同じ人間がいくつも違う保険会社のアジャスターの名刺を持っていて

 
これも同じ感想。へぇ、そんなことがあるんだ。

大意として今も事実としてあっているのなら、私も目くじらを立てない。しかし、ここに書いてあることはほとんどが言いがかりである。真っ赤なでたらめである。ほとんどいいがかりなので、むしろ事実として正確なところを探したほうがいいくらいである。あるのかどうか怪しみながら探してみることにした(笑)。あった。

慰謝料も残り少なくなるので治療費は健保で行うのが一番良いと患者を説得するわけです。

 
これは損保担当者の承諾がある場合はありうる話だと思う。こういう話は私も聞いたことがあるし、社内の何かのマニュアル本にも書いてあったような気がする。

リサーチが保険会社からの依頼文書を見せてきた場合にのみ、調査に応じてもよいとなっています・・・文書を提示することは皆無です。

 
この指摘は正しい。ただ、この件についてはこちらも言い訳したい。医療機関は同意書の確認をするだけで、損保の依頼文書の提示を要求するケースはほとんどなかった。私の経験では1回だけ要求されただけである。私が調査員をやめる1年ほど前から、医師面談の際に依頼文書を必ず持っていくようにと上司から指示があるようになったから、他の地域では問題視されていたのかもしれない。

初版にあった「(調査員の)成功報酬も高額だといわれています」が消えていた。

 
これは正しい改定である。高額だったらどんなにいいか。損保の子会社である保険調査会社ならともかく(それでも高額ということはないだろうけど)、外注の調査会社の収入に関しては別記事で調べて書いたことがある。そちらを参考にしてくださいね。

私が所属していた調査会社はこういう方面ではまだまともだったのかもしれないが、私の狭い範囲の経験から言うと、やはり相当な誤解と偏見まみれの本である。

医師にとってリサーチは「へ」みたいな存在だということ

調査員というのはいかに弱い立場の人間なのかを知らないようだし、実際に知られていない。そのためいろんな誤解がある。たとえば、医師には絶大な権限があるが、調査員には捜査権もなければ、支払い権限もない。ほとんどなにもないと言っていい。そういう弱い立場なのだ。医師との関係でそれがどれほど弱い立場なのかを書いてみよう。

実を言うと、私は「病院出入り禁止」に1度だけくらったことがある。会社に行ったら、上司に呼び出されて、

弱ったよ。あの病院、出入り禁止になっているぞ、何やらかしたんだ。

いや、そう言われても私には何も身に覚えがありません。だいいち、その病院には最近行っていないし・・・。どの先生のクレームなんでしょうか。

整形のN先生。なにやらかしたのか正直に言えよ。

いや、そう言われても。顔も思い出せないくらいで。(ネットで調べて)この先生ならなんとなく覚えていますが、・・・トラブルになった記憶がないですね。

あんたがそう思っているだけだろ。先生は敷居が高いんだから、ちょっとしたことでもトラブルになる。とにかく出入り禁止。あそこの案件はあなたに渡せない。

いつまでですか。

無制限。整形以外もダメ。全社員出入り禁止になっていないのが不幸中の幸いだった。

1年後くらいに出入り禁止は解除された。念のために言っておくが、あとにもさきにも出入り禁止はこの1回のみである。私たち調査員にとって、医師とトラブルを起こすことがどれほどのことなのかわかっていただけただろうか。死活問題にもなりかねないのである。

医師がまったく優位な立場にあることが分かっていただけたかと思う。医師にとって調査員は「へ」みたいな存在である。だから、引用した記載はありえないくらいのことなのである。ウソだとは言わない。調査機関もたくさんあるから、中にはそういうのもあるだろう。しかし、あくまで例外だ。例外中のさらに例外だろう。引用文にも「少なくなって」と書いているのだから、そういうめったにない例を持ち出して一般化をするのはどうかと思う。

針小棒大

私は多くの医師と面談してきた。中にはひどい例もある。ある公立病院の医師。面談を始めたとき、いきなりこう言った。

面談料って、私にもらえないのだろうか。はっきり言って、こういうのは私の本来の業務じゃないし、本来ならやりたくない。それをあえてやっているわけだから、面談料は私がいただいたっていいんじゃないか。

私は病院とその医師に二重に面談料をお支払いした。断ってヘソでも曲げられたら、仕事にならないからである。

医師の事情についてはよくは知らない。面談に応じた医師が直接面談料をいただきたいというのも心情として理解できなくもない。しかし、これはいけないことだろう。そして、こういうことがあったからといって、医者というのはお金を要求するものだと、例外を一般化したらどうだろうか。針小棒大。それはやはりやってはいけないことだろう。

改訂版なのだから、そこくらいは改定してくださいな。リサーチの名誉のためにも。私の側も損保側にいたことによる偏見があるだろうから、強く言えるかどうかわからないが。

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