車両盗難における「外形的事実」についての立証の実際上の困難さについて

ついに保険金詐欺に関する相談がきた

ここ最近になって、これまではまったくというほどなかったネットを通じての相談が、今は少しずつだが、あるようになった。今月で6件目である。アクセス数がこのていどのサイトなのでたまたま、一過性のものだろうけれど、まったくないよりとにかくうれしい。

3日前にもある方から電話相談をいただいた。車両保険における「外形的事実」についてである。このように書いてもわかる人にはわかるが、わからない人にはさっぱりわからないだろう。要するに、車両保険金を請求したが、保険金詐欺だと疑われて保険金がおりないための相談である。切羽詰ったように思いつめた電話主だったが、電話では事実関係がはっきりしないため、ぼくの回答はタテマエ論に終始したというか、申し訳なく思ったものの、テキトウに答えるしかなかった。

保険調査は仮説検証である

この手の相談については、実をいうとどう対応したらいいのか迷いがあったし、今も解消されたわけではない。だから、ぼくは当サイトの項目に加えていなかった。いわゆるモラル事案については、調査員だったこれまでは保険会社からの依頼を受け、事前に保険会社がスクーリングをした結果、かなり怪しいと疑われた事案について調査していた。そのばあいのぼくたち調査員の基本的立場は決して厳正中立なものではなくて、保険金詐欺をやったという予断のもとに調査を進めていた。そして、調査した結果、「いや、どうもやっていない」ということになればその予断を撤回した結論になり、そのように保険会社に報告していた。

そんな予断を抱いて調査するなんてもってのほかだと思われるかもしれない。しかし、これは調査の基本的な考え方である。予断、すなわちあらかじめ仮説を立てて、その仮説を調査で検証していこうというもので、「仮説検証」ともいわれている。

逆の立場でやった場合の困難さ

しかし、今回は保険金詐欺だと疑われた人からの相談である。立場がまったく逆なのである。このばあいはどうすればいいのだろうか。性善説に立って、相談者は「やっていない」ことを前提に相談に乗るのは当然だが、仮に調査依頼を受けたばあい、調査した結果、「どうもやっている」となったらどうするかである。依頼人である相談者に対して、「どうもやっている」とは言わないだろうが、「やっていると思われてもしかたがない」と報告できるのだろうか。

そんなことなどもあって、保険金詐欺事案については、当サイトでは立ち入らないようにしていたのである。しかし、現に相談が来てしまった。それで、電話のぼくの回答では足りなかったことについて、最低限のことくらいは説明しておくべきだと思った。

車両保険金が出ないばあいがある

クルマが盗難にあったとき、車両保険に加入していれば車両保険金がもらえるはずだ。保険加入しているたいていの人はそのように期待する。「はずだ」としたのはもらえない場合もあるからだけれども、どういう場合がもらえないのか。たとえば、車両保険金をせしめるために、わざと盗難にあったとウソの申告をした場合である。盗難にあったとされた車を転売し、転売代金をせしめた上で、車両保険金もまんまとせしめるというのがよくあるパターンである。そういう疑いが濃い場合、保険会社は車両保険金の請求を拒否する。そのような場合、請求者側は「盗難の外形的事実」を証明しないと保険金がもらえないと言われている。そこで、そもそもこの「外形的事実」とは何なのかである。このことを説明するためには前史について触れる必要がある。

「非故意性」の立証責任は請求者側にある

従来、保険会社はこのような事案について、車両保険金の支払いを拒絶する傾向が強かった。理由は、平成13年最高裁判決を引用して、「非故意性」の立証責任は請求者側にあるから、訴訟において「非故意性」は請求者側が立証できなければ保険金の支払いに応じなくてもいいという立場をとっていたからだ。示談の段階でもそのような立場に立って処理するのが基本だった。

悪魔の証明を要求するものとの批判があった

「非故意性」の立証責任は請求者側にあるというのは、保険金を請求する側に自分たちは故意でなかったことを立証しろということだから、これは「ないことの証明」という悪魔の証明を請求する側に課すことになる。立証のハードルは極めて高く、事実上、保険会社から保険金詐欺を疑われ、保険請求を拒否されたら、保険金請求をあきらめざるえなかった。その平成13年判決というのは実は傷害保険に関するものだったが、保険会社側は、約款の文言が同じことを理由にしてその判決を車両保険の場合にも適用できると解釈していた。その結果、保険金の不払いが頻発したという前史があった。
 

悪魔の証明

「なかった」ことの証明を「悪魔の証明」といいます。

「悪魔の証明」というのは、悪魔がいることを証明しようと思ったら、悪魔を1人つれてくればすむことですが、悪魔がいないことを証明しようと思ったら、この世のすべての存在について調べてその中に悪魔がいないことを証明する必要があります。そんなことは土台不可能なことなので、「ないこと」の証明は一般的には不可能か相当に困難であることが多く、そのことを比喩的に指して「悪魔の証明」というわけです。

平成18年6月6日最高裁判決

損保の不払い問題が社会問題化した平成18年。車両保険に関する最高裁判決が登場した。結論をいうと、保険会社が主張していたような「非故意性」の立証責任は保険金請求者側にあるのではなくて、「故意」の立証責任は保険会社側にあるとした。従来の保険実務を真っ向から否定する判決だった。

すなわち、平成18年6月6日最高裁判決において、車両に傷をつけられたことについて保険金請求者側が自ら関与していないことの立証責任を負担することはないとした。したがって、保険会社が、保険金請求者が自らの関与を立証し得ない限り、保険会社は車両保険金を支払わなければならないとした。この判決は、車両保険における非故意性の立証責任は保険金請求者側にあるとして、当時、保険会社が保険金の請求に応じないという不払い事例が頻発していたことに対し、最高裁が釘を刺したものである。この判決が保険会社にとって、あるいはぼくのような保険調査をする側の立場にとってどれくらい衝撃的だったかは、当時の社内での最高裁判決に対する対応についてよく議論されていたのを思い出すだけで容易にわかることだった。

「外形的事実」の登場

この結論を厳格に適用すると、今度は保険金詐欺を野放しにすることになりかねない。そこで、最高裁は盗難による車両保険金請求について、故意の立証責任は保険会社にあるが、盗難の「外形的事実」の立証責任は保険金請求者側にあるとする判決(平成19年4月17日判決)をして、この問題の決着をはかろうとした。

そもそも、「外形的事実」とは何なのか。

最高裁平成19年4月23日判決において、原審での「外形的事実」についての判断、すなわち、「外形的・客観的にみて第三者による持ち去りと見て矛盾のない状況」を立証するだけで盗難の事実が推定されるとした解釈を否定し、盗難の外形的事実として「被保険者の占有に係る被保険自動車が保険金請求者の主張する所在場所に置かれていたこと」および「被保険者以外の者がその場所から被保険自動車を持ち去ったこと」を保険金請求者のほうで主張・立証しなければならないという判決を下した。この判決によって、

たとえば関係者供述が主たる証拠となってくるようなケースの場合,保険会社側が関係者供述の不自然さ・不合理性・矛盾点を指摘して推認を覆すという訴訟の進め方ではなく,「自動車が保険金請求者の主張する所在場所に置かれていたこと」,「第三者がその場所から自動車を持ち去ったこと」の両事実を立証する関係者の自然かつ合理的な供述を,保険金請求者側が積極的に示していくという枠組みになったものと考えられます。新銀座法律事務所HPより

ほかに、最高裁平成19年4月17日判決がある。

いずれも、保険金請求者は、「被保険者以外の者が被保険者の占有に係る被保険自動車をその所在場所から持ち去ったこと」という「盗難の外形的事実」を立証すればよく、それが保険契約者・被保険者の意思に基づいて発生したことは、保険者が免責事由として主張・立証すべきであるとした。(「保険関係訴訟」P251))

東京高裁平成21年11月25日判決

これらの最高裁判決を受けて、その後、盗難ではなくいたずらによる車両保険金請求事案について東京高裁平成21年11月25日判決がある。

被保険自動車のいたずらによる損傷という保険事故が発生したばあいの保険金の支払を請求する者は、被保険自動車への損傷行為が被保険者の意思に基づかないものであることを主張、立証すべき責任を負うものではない。しかし、上記主張立証責任の分配によっても、保険金請求者は、「被保険者以外の者がいたずらをして被保険自動車を損傷したこと」といういたずらによる損傷の外形的な事実を主張、立証する責任を負うべきであるとした。すなわち、いたずらによる損傷という保険事故の外形的事実としては、(1)損傷が人為的にされたものであること、及び (2)損傷が被保険者以外の第三者によって行われたことという事実から構成され、請求者側にその立証が課された。

ところで、「いたずらによる損傷の外形的な事実」って、具体的にどういう事実を指すのだろうか。(1)の損傷が人為的にされたとは、車の傷が事故によるものではなくて、例えば鋭利な刃物とかコインとか、ドライバーとかで傷つけられたことを立証することである。この立証は比較的容易である。

問題は(2)のほうだ。いたずらが第三者によって行われたことを立証するというのは、その犯人や犯行の目撃者を見つけてくるというのが一番いいのだろうが、それは事実上ほぼ不可能なことなので、第三者によって行われたということを推認する多くの間接事実を保険を請求する側が証明しなければいけないということになる。高裁判決が挙げているのは、損傷が加えられたと考えられる時刻、犯行場所、損傷を生じさせるに要する時間、被害者のアリバイの有無などを立証しろというものである。

保険会社が言うように貴方が,盗難による損害について保険金を請求するためには,「自動車盗難」の事実について立証が必要となります。立証を要する自動車盗難とは「第三者により被保険自動車が所在場所から持ち去られたこと」で,立証の程度はその様な外形的事実について合理的で納得できる立証で足ります。持ち去り行為が被保険者(保険契約者)の故意(意思)に基づかないものであることすなわち「あなたが盗難にかかわっていないこと」までを立証する必要はありません。この事実は保険者(保険会社)に立証責任があります。

具体的にどうやって上記事実の立証を行えばよいかが問題となりますが,保険金請求者としては,①車がどのように,いつ持ち去られたのかを裏付ける防犯ビデオの映像,②不審者が映っている防犯ビデオの映像,③車がなくなった日の警報装置の作動状況,④現場の痕跡,⑥以上の状況の捜査機関への詳細な申告,被害届けなどの証拠により,上述の事実を立証できるものと思われます。新銀座法律事務所HPより

ということのようであるが、犯人でなければ知りえないような事実ばっかりなような気がする。これだと偶然にいたずらされた被害者の立証の負担が重過ぎないだろうか。

失礼な言い方かもしれないが、この手の調査はハードルが高い分おもしろそうなものの、たいへんそうだ。2次トラブルにも発展しかねないし。ボランティアでやっているぼくはやっぱりパスだなあ。こう書くと有料なら受けるととられかねないので、ここで強調したい。この手の相談はもとより調査も受けるつもりは今のところありません。ご注意ください。

【参考図書】
保険被害救済ハンドブック

イモビライザー搭載車の盗難事故(P121)についても詳しい説明があり、参考になった。

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

CAPTCHA


事務所所在地・連絡先

ホームズ調査事務所:
石川県加賀市
電話番号:090-1314-0234

当事務所の立場

突然、交通事故にあわれた被害者は、怪我をされたり、車を破損などされたりして大変なことです。その損害の賠償をしてもらうために、これから、加害者そして加害者側の損保担当者を相手に示談交渉を進めなければならなくなります。しかし、交通事故は人生でそう何度も経験するわけではありません。なにをどのようにしたらいいのか途方に暮れてしまうのがふつうです。

ところが、事故被害者がまず相手にするのが加害者であり、そして、実際は加害者側損保の担当者です。損保の担当者はそのことで生計を立てているいわばプロであり、百戦錬磨で鍛えた知識と経験があります。かたや、知識も経験もほとんどない事故被害者。そんな素人がプロ相手にどのように交渉していったらいいのでしょうか。

交通事故に詳しい弁護士が知人にいるような幸運な方は別にして、たいていの方は途方に暮れてしまうことでしょう。一昔前は、素人とプロの交渉ごとということにふつうはなって、プロの思い描くストーリーどおりに押し切られるのがふつうでした。しかし、ネットが発達した現在、示談交渉を進める上での情報がネットを検索すればあふれかえっています。が、その情報は正しいものもあれば正しくないものもある。玉石混淆です。それらの情報に接した事故被害者にとって、どの情報が正しくて信頼できるのかがまずわかりづらいし、自分だけでは手に負えなくて、調査や交渉ごとをだれかに任せることも時に必要になってきます。が、ネット上には、われこそは事故被害者のためだと謳っているものばかりなので、実際にいったいだれを信頼したらいいのかわかりません。

知識とは中立なものであること

ここで注意してほしいのは、情報の正確さもさることながら、その情報(知識)そのものが中立なことです。

昔、東大卒が多い自民党が間違えるはずがないと豪語している自民党支持者に会ったことがあります。ぼくは苦笑するしかありませんでした。たしかに東大卒は勉強をいっぱいしているわけだから、その知識量も多くかつ正確だといえるかもしれません。ただ、知識それ自体はあくまで中立なものであり、どちらにも役に立つ武器なのです。したがって、その正確でたくさんの知識をどちらの側に使うかにある。わかりやすいたとえ話をしてみましょう。

知識は刀という武器と同じ

hitininnno
その昔、武士という職業が存在しました。この武士は帯刀を許された職業のことであり、刀の専門家です。殿様を頂点にして、殿様に雇用され、殿様を守るために武器である刀の技術を日夜みがいていた。

この武器である刀自体は殿様を守るためにも使えるし、農民に加勢して殿様に刃向かうためにも使えます。しかし、悲しいかな、現実は殿様を守るために使われた例が圧倒的に多く、農民に加勢するために使われた例など不幸にしてきわめて少なかった。ごく稀に後者のような武士が現れますが、こういう武士こそ庶民にとっての英雄であり、「七人の侍」はまさにそのようなタイプの武士たちでした。

利益が一致しているか相反しているかが重要

したがって、問題はその使い手自身にあります。使い手がどちらの側に立つかで知識もそれぞれの側の武器になる。そして、その使い手がどちらの側に立つかは双方の利益が一致するか相反するかでふつうは決まってきます。

この、肝心要のことを説明したサイトが皆無といっていいほどにみあたらないのは不思議なことです(というか、あえて否定しているサイトさえいくらでもみつかるくらいです)。

記事を読んでいただければたちどころにわかることですが、当事務所は「立場」を鮮明にしております。あえて鮮明にしているのは、人間や社会に対する見方は、その人自身の立場から自由にはならないからです。中立を装うことは考察を浅くし、論旨を不明確にする。「立場」のない「立場」などありようがない。当事務所の立場は、ぼく自身が社会的弱者であるため、弱者の立場に徹することです。ぼくのような弱虫は「七人の侍」のようには決してなれないけれど、せめてその心意気だけでも真似して、社会的強者に阿らないようにしたい。そういう気持ちで当サイトをたちあげました。よろしくです。

【当サイトご利用上の注意】

当サイト内の情報を利用したことにより何らかの損害が発生しても、一切責任を負いません。自己責任でお願いいたします。また、記事を書いた後に、法律が変わったりするなど、現状を反映していないことがあります。その後の改正等についてはフォローしていくつもりですが、ご注意ください。

著作権にかかわることですが、当サイトの記事をコピーされる方が後を絶たない。公開した記事なので、コピーしていただくのはまったくかまわない。ただし、判例文のコピーによる引用は別にして、それ以外の文章の引用については、引用元を示したうえで、どこからどこまで引用したかも明示してください。

おすすめ記事

アーカイブ

カテゴリー

ページ上部へ戻る