むち打ち損傷で損保が入院を拒絶するとき

医療調査では一般的な入院の要否

むち打ち損傷を受傷した人の中には、なかなか症状が軽快せず、むしろ憎悪して、入院にいたるケースがあります。そして、場合によってはその入院費用を保険会社が拒否したり、もう払えないと言って早期退院を促してくる場合があります。ぼくも医療調査を実施する際の確認事項のひとつとして、この入院の要否というのがよくありました。どういうことを主治医に質問するのかというと、よく使ったのが、入院の一般的適応です。入院が一般的に必要な条件をあれこれあげて、それに該当しない場合は、何か別の理由があるのではないのか、すなわち、家庭の事情から、患者さんから入院させてくれと言われて入院させているのではないのか(いわゆる社会的入院)。あるいは、むち打ち損傷以外に、事故とは無関係な素因や私病がかかわっているのではないのかなどと、質問をつづけていくわけです。

入院の一般的適応条件

外来通院や自宅療養では不可能な、厳重な安静および特殊濃厚治療あるいは入念な経過観察が必要なとき

 
しかし、この要件に合致した場合のみ入院を認めるとしたなら、医師から猛反発を食らうでしょう。条件があまりに厳しすぎるからです。医学書に入院の条件なんて書いてないし、そもそも入院が必要かどうかは、一般的に述べられるものではなくて、主治医が患者さんの病態に基づいて個別的に判断するものだという理由で。したがって、この質問は入院の要否の確認のためというよりも、社会的入院の有無や素因あるいは私病の有無へとつなげていくための、導入のための質問くらいでぼくは使っていました。

損保が入院を拒絶するのはどういうときか

では、どういう条件があると保険会社は入院を拒絶するのか、むち打ち損傷にかんしてのもっと実務的な目安について述べてみることにします。以下に書くことはぼくの主観に基づく「目安」ではもちろんなくて、損保人身担当者向けに書かれた「交通外傷における医療費点検ハンドブック」(保険毎日新聞社)に書いてあったことです。引用します。
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頚椎捻挫における入院の適否について

1)外来治療でよい場合
頚部症状のみ、または神経症状を伴うとしても小範囲の上肢知覚鈍磨と腱反射低下程度。

2)入院治療の適応
①受傷時、意識消失があるもの
②はっきりした根症状の認められるもの
③脊髄症状の認められるもの
④レントゲン像にて不安定性や変形性頚椎症がみられ、これに応じた圧痛、不撓性が頚部に見られるもの
⑤レントゲン像にて骨折や脱臼が認められる
⑥バレー・リュー症状の強いもの
(以上、P216)

 

鞭打ち損傷で入院は必要か?

また、損保業界へ絶大な影響力がある井上久医師はこう書いています。

結論として、どんな軽症でも、受傷直後に医療機関を受診したほどの症状(病態)があれば、入院診療の必要性を状況的・理論的に否定することは大変にむずかしいし、患者さん自身の都合も含めた医療現場の事情も考慮すれば、急性期の入院は、医師が必要と認めれば、許容しても良いのではないかということです。

もっとも、入院したとしても、その期間が問題です。いわゆる捻挫型の「鞭打ち損傷」であれば、「厳重安静」や「特殊濃厚集中治療」が必要な期間はせいぜい1週間でしょうし、どんなに長くとも病理学的に損傷された組織の一応の修復がなされる期間と考えられる3~4週間の外傷急性期間内で十分なはずです。過去の顧問医経験からすると、軽症であっても交通事故診療の現況に照らし、3~4週間ぐらいの入院は一応理屈が通った答えが返ってくれば(と言ってもほとんどが「症状強く安静が必要」程度でしょうが)、許容されても良いのではないかと思われます。

それ以上の入院は、「鞭打ち損傷」を初めとする一般の打撲・捻挫といった外傷に限っては、むしろ有害無益と考えられます。しばらく経過をみて、重篤な器質的損傷がないと分かれば、その時点で多少の症状が残存していても、退院させて積極的に社会復帰訓練をさせた方が治癒が早いというのが外傷学の常識です。(P80―81)

 
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さらに最も新しい本である「医療審査「覚書」」(P174-175)ではこういうことが書かれていました。
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まず、ひとつの裁判例(大阪地裁 昭和62年6月8日判決)を示し、

入院が必要となる条件を
①重篤で常に医師の監視のもと適切な措置を必要とする。
②外科手術等、医療設備を必要とする。
③歩行困難など、通院では症状が悪化する

のいずれかに該当することとしています。

さらに私案として、入院を3つに分類し、

[絶対的適応]
①外来では不可能な厳重安静が必要な場合
②外来では不可能な特殊(機器使用)かつ濃厚な検査や治療が継続的に必要な場合(侵襲の大きな検査、持続点滴・循環呼吸管理、持続牽引、手術など)
③外来では不可能な急変にそなえての継続的経過観察・管理が必要な場合

 

[比較的適応]
①患者本人が不安などの理由で入院を希望する場合
②家庭の受け入れ態勢、通院条件などが不良の場合(社会的入院)

 

[その他]
①医療機関側の実情(営利目的など)
②患者側の保険金詐欺目的

 
「絶対的適応」については入院を認め、「比較的適応」については交渉事の範囲内とし、「その他」に該当する場合は、入院を認めないとしています。
 

損保人身担当者の話

以下はインターネット上からの情報です。損保人身担当者が事故被害者に向けて入院の必要性について述べた内容です。上記の説明と非常に似ているものの、さらに厳しい内容です。いちおうの参考になると思いましたので、重複するところもありますが、ご紹介します。

【一般論】

原則として、頚椎捻挫・腰椎捻挫に対する入院は不要である。

【例外】

①受傷直後から頭痛や頚部痛、吐き気・めまい等の症状が強い場合。

②頭部外傷や頚椎・頚髄損傷等の合併症が否定できない場合で、その場合でも受傷後数日間の入院にて安静にし、経過観察する。

③受傷直後よりベッド上での体位変換もできないほど症状が強い場合であっても、数日間程度の入院ですむはず。

④治療内容が薬物療法や牽引療法、低周波、レーザー等なら、入院は必要ない。また、急性期に牽引療法が実施されていた場合は、症状が改善されていたものと推測できる。

⑤入院期間中の歩行補助具使用の有無。もし使用されていなかったら、通院治療も可能だと推定できる。

 
上記に書いてあるような事実がいくつもあったら、保険会社から入院を拒絶されるか、早期退院を促されるかを覚悟しておいたほうがいいかもしれません。以上、損保の舞台裏を紹介しました。ご参考までに。

医療紹介の例

さて、その際に実施される医療照会についてもついでにふれておきます。入院の要否についてどういうことが聞かれるのか。

第一に、入院は医師の指示によるものか、それとも患者が希望したのかどうかです。付随する質問としては、家族の受け入れ態勢に問題があるのかどうかもです。

第二。医療照会の中には、入院の一般的適応条件なるものをあげて、それに非該当なら入院の必要がないのではないかという論理展開を試みるケースがあります。入院の一般的適応条件とは、先に述べた「外来通院や自宅療養では不可能な、厳重な安静および特殊濃厚治療あるいは入念な経過観察が必要な場合」です。入院が必要な場合を極めて限定的にして、それ以外を排除しようという試みです。

第三としては、外出・外泊の有無・程度から入院の必要性を疑うことです。

第四は、入院の必要性をいったん認めた上で、入院期間を制限しようとする試みです。たとえば、入院の適応には絶対的な基準などなく、個々具体的に医師が決めるものとした上で、頚椎捻挫に関しては外傷急性期をすぎたなら、多少の症状が残存していても退院を促すべきであり、長期入院はマイナスが多いことは臨床上も知られたことであるなどというものです。

加害者からの治療期間限定の主張を排斥した裁判例

最後に、頚椎捻挫・腰椎捻挫の入院も含めた治療期間について裁判所はどのように考えているのか。上記「入院の適応」から外れている方はぜひ知っておくべきことなので、以下に裁判例を書いておきます。

①神戸地裁平成10年1月29日
被害者(女性・カラオケ喫茶経営)の頚椎部挫傷等の傷害(自賠責非該当・裁判14級認定)について、通院期間260日分の治療費を認めた。

 

②東京地裁平成13年5月28日
頚椎捻挫・頭部打撲等の被害者(男性・28歳・ガソリンスタンドアルバイト)の6か月間の治療期間(実通院日数130日)について、事故当日の全治1週間の診断書などから長すぎるとの加害者側主張を排斥して、全治療期間の治療費を認めた。

 

③大阪地裁平成13年7月12日
頚部捻挫、左膝打撲等の傷害を負った被害者(男性・専門学校生)が8か月間通院治療を行った事案について、加害者主張である5か月で十分との主張を排斥し、通院期間中の治療費を認めた。

 


 

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当事務所の立場

突然、交通事故にあわれた被害者は、怪我をされたり、車を破損などされたりして大変なことです。その損害の賠償をしてもらうために、これから、加害者そして加害者側の損保担当者を相手に示談交渉を進めなければならなくなります。しかし、交通事故は人生でそう何度も経験するわけではありません。なにをどのようにしたらいいのか途方に暮れてしまうのがふつうです。

ところが、事故被害者がまず相手にするのが加害者であり、そして、実際は加害者側損保の担当者です。損保の担当者はそのことで生計を立てているいわばプロであり、百戦錬磨で鍛えた知識と経験があります。かたや、知識も経験もほとんどない事故被害者。そんな素人がプロ相手にどのように交渉していったらいいのでしょうか。

交通事故に詳しい弁護士が知人にいるような幸運な方は別にして、たいていの方は途方に暮れてしまうことでしょう。一昔前は、素人とプロの交渉ごとということにふつうはなって、プロの思い描くストーリーどおりに押し切られるのがふつうでした。しかし、ネットが発達した現在、示談交渉を進める上での情報がネットを検索すればあふれかえっています。が、その情報は正しいものもあれば正しくないものもある。玉石混淆です。それらの情報に接した事故被害者にとって、どの情報が正しくて信頼できるのかがまずわかりづらいし、自分だけでは手に負えなくて、調査や交渉ごとをだれかに任せることも時に必要になってきます。が、ネット上には、われこそは事故被害者のためだと謳っているものばかりなので、実際にいったいだれを信頼したらいいのかわかりません。

知識とは中立なものであること

ここで注意してほしいのは、情報の正確さもさることながら、その情報(知識)そのものが中立なことです。

昔、東大卒が多い自民党が間違えるはずがないと豪語している自民党支持者に会ったことがあります。ぼくは苦笑するしかありませんでした。たしかに東大卒は勉強をいっぱいしているわけだから、その知識量も多くかつ正確だといえるかもしれません。ただ、知識それ自体はあくまで中立なものであり、どちらにも役に立つ武器なのです。したがって、その正確でたくさんの知識をどちらの側に使うかにある。わかりやすいたとえ話をしてみましょう。

知識は刀という武器と同じ

hitininnno
その昔、武士という職業が存在しました。この武士は帯刀を許された職業のことであり、刀の専門家です。殿様を頂点にして、殿様に雇用され、殿様を守るために武器である刀の技術を日夜みがいていた。

この武器である刀自体は殿様を守るためにも使えるし、農民に加勢して殿様に刃向かうためにも使えます。しかし、悲しいかな、現実は殿様を守るために使われた例が圧倒的に多く、農民に加勢するために使われた例など不幸にしてきわめて少なかった。ごく稀に後者のような武士が現れますが、こういう武士こそ庶民にとっての英雄であり、「七人の侍」はまさにそのようなタイプの武士たちでした。

利益が一致しているか相反しているかが重要

したがって、問題はその使い手自身にあります。使い手がどちらの側に立つかで知識もそれぞれの側の武器になる。そして、その使い手がどちらの側に立つかは双方の利益が一致するか相反するかでふつうは決まってきます。

この、肝心要のことを説明したサイトが皆無といっていいほどにみあたらないのは不思議なことです(というか、あえて否定しているサイトさえいくらでもみつかるくらいです)。

記事を読んでいただければたちどころにわかることですが、当事務所は「立場」を鮮明にしております。あえて鮮明にしているのは、人間や社会に対する見方は、その人自身の立場から自由にはならないからです。中立を装うことは考察を浅くし、論旨を不明確にする。「立場」のない「立場」などありようがない。当事務所の立場は、ぼく自身が社会的弱者であるため、弱者の立場に徹することです。ぼくのような弱虫は「七人の侍」のようには決してなれないけれど、せめてその心意気だけでも真似して、社会的強者に阿らないようにしたい。そういう気持ちで当サイトをたちあげました。よろしくです。

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