通勤災害と自賠責、それとモンスター社員のこと

過激すぎて没になった問答資料をみつけた

記事のネタ探しのために資料の山の中をあさっていたら、以前、一時期、高校でぼくが進路指導をやっていたことがあって、その当時に作成した資料を見つけた。

ぼくの勤めていた高校はいわゆる普通科でなくて、実業系の高校だった。卒業生の半分くらいは卒業するとすぐに就職する。そういう生徒向けに県が社会人になるための小冊子の手引書を発行していて、そこには解説もあるのだけれども、その解説があまりに教科書的というか貧弱で現実味のないものだったので、解説のさらに解説ということで、企業における労働問題とか心得とかの資料を作成したことがあり、そのときに作成した資料の控えをみつけたのだ。

県の手引書では交通事故でも労災が受けられる時があると書いてあったのだが、それだけでは生徒が誤解するだろうと思ったので、もっとわかりやすくするために、問答形式の補足資料を作成したのだった。やっと作成したというのに、当時の上司がニヤッと笑いながら「これはちょっと・・・」とか言って、“過激”すぎて没になった問答の解説を再録してみよう。

問と答

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会社の通勤中に、交通事故にあった。労災適用について正しいものはどれでしょうか。

1:仕事中の事故でないため適用なし。
2:通勤途上であっても、必ず適用される。
3:通勤途上でも適用される場合もある。

正解は3。

解説

労災には、業務労災と通勤労災の2種類がある。通勤労災は、通勤中に怪我をすることによる補償なのだが、だからといって必ず認められるわけではない。

職場に申告してある通勤経路上であることが条件だ。帰宅途上に寄り道をして通勤経路と大きく違う経路で事故にあった場合は労災は適用されない。ただし、近くのスーパーに立ち寄る程度なら許されるばあいがある。

裁判になったケース。「女子労働者が自宅とは正反対にある商店に夕食の材料を購入するため約40mほど交差点から自宅とは正反対に進んだあとの交通事故について、「合理的経路」の「逸脱中」の事故だとして、通勤災害にあたらない」としている。たった40mの「逸脱」で非該当とはかなり厳しい。

ところで、企業側は労災申請を嫌がる傾向にある。労基署からペナルティーを食らうからと総務関係者が固く信じているふしがあるからだ。しかし、労災といっても、業務労災は仕事中の事故であるため職場環境に問題があるなど、いわゆる安全配慮義務違反に問われるケースがあるため、企業側はペナルティーを覚悟しなければいけないばあいもありえる(必ずペナルティーを食らうわけではない)。

しかし、通勤労災についてはどうだろうか。通勤途上の事故であり、企業側に事故の原因を作出したなどといった何らかの落ち度があるということはふつう考えられないだろう。要するに、通勤労災の場合は企業側にペナルティーはない。このことを総務課の人に説明すれば、手続き的な面倒くささはあるものの、労災申請を受け付けてくれやすいのではないかと思う。

ただ、工場などにいくと、「労災なし目標○○○日」とか書いてある派手な掲示があったのを見たことがある。たとえば、こういうやつ。
 
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【出典:厚労省HP】
 
労災がないこと自体はたいへんいいことだし、目標値を設定すること自体も悪いことではない。しかし、それを競わせると、主客が転倒して、目標達成までは労災申請がかえってしづらくならないかと心配になる。

業務災害による療養期間中の解雇はご法度

ついでにもうひとつ。業務労災は企業に落ち度がある場合なのだから、業務労災による療養期間中の解雇はできない。企業の落ち度で怪我をさせられ、挙句に首にされたのではあんまりだからだ。しかし、通勤労災だと企業に落ち度があるわけではないため、療養期間中の解雇も可能だ。ここで「可能」というのは法律上の制限がないというだけの意味であって、自由に解雇できるという意味に受け取らないこと。解雇は自由にできると勘違いしている経営者がいるからである。とりわけ中小企業にそういうのが多い。

モンスター社員なんて本当に実在するのか

横道にそれたついでのついでにもうひとつ。先ほど話題にした日本の解雇規制についてである。昨年の今頃に話題になったことから始めたい。

ブログに「社員をうつ病にする方法」 社労士を調査へ
朝日新聞デジタル 2015年12月19日(土)16時58分配信

愛知県内のベテラン社会保険労務士の男性が「社員をうつ病に罹患(りかん)させる方法」と題した文章をブログに載せ、県社労士会が問題視して今月に調査を始めた。職場での取り組みに逆行するような発信はネットでも批判され、厚生労働省愛知労働局も事態を重く見て調べる方針だ。

問題の文章が載ったのは11月下旬。「すご腕社労士の首切りブログ モンスター社員解雇のノウハウをご紹介!!」と題した連載の40回目で、上司に逆らったり遅刻したりする社員を「うつ病にして会社から追放したいのだが」という質問に答える形だった。

ブログでは、「失敗や他人へ迷惑をかけたと思っていること」などを社員に繰り返しノートに書かせるよう勧めた。「うつ状態は後悔の量が多いほど発症しやすい」とし、社員が自殺した場合の助言もあった。

ネットでは「あまりにひどい」などの批判が起きた。「ふざけるな!」といったメールを数件受けた男性社労士は「怖くなった」として、12月上旬に連載をすべて削除した。

国家資格の社労士は「適切な労務管理その他労働・社会保険に関する指導を行う専門家」(愛知県社労士会)。同会では40回目の内容について「多くの人が自殺に追い込むような主張と読む。同じ社労士として迷惑だ」と批判が出ており、調査を開始した。(略)

男性社労士は聴取に対し、「うつ病に罹患させる」というのは本旨でなく「筆が走りすぎた」としつつ、「表現の自由」の範囲内と主張したという。

 
モンスター社員という言葉をこの件にかぎらずときどき目にする。モンスター=怪物なのだから、ぼくのイメージするところは、会社の金をネコババする。仕事をやらずさぼってばかりいる。無断欠勤、遅刻の常習者というところである。ネット検索すると、実際にもそういう例が挙げられているサイトもあった。そして、そういう社員を入社阻止するには、履歴書の転職回数を重視せよと書いてあるサイトがいくつもみつかった。

実を言うと、ぼくは両手両足の指を数えても収まりきらんかもしれないほどの転職経験者である。それに加えて、無職というか、海外に旅行していた長期間の空白が何度もあるから、履歴書を書くたびに転職が少なかった最初のころは職歴をまじめに書いていたが、そのうち、ある時点から(職歴欄に収まりきらなくなってから)そういうのをいちいち思い出すのがめんどくさくなったので、自分の履歴書には、「以下、省略」と書いた。たいていはそこでひっかかってダメなんだが、じゃ、正確に書いたらよかったのかというと、これはもっとダメだろう(苦笑)。細かいことを言うな。「以下、省略」でも気にしないというか、それでも面接してくれる会社でいいとぼくは思うようになった。

だから、モンスター社員の見分け方で、すぐにも「モンスター」判定をされるのが転職の多いぼくだということだ。権利意識も人並み以上に高いし。

しかし、だからといって、ぼくは会社の金をネコババしたことがないのはもちろんだが、仕事をやらずサボったこともないし、無断欠勤も遅刻の常習者ということもない。ここ3年間で、欠勤は1日もないし、遅刻も、その日が休みだと勘違いしたため30分遅れたのをふくめ2度あるだけだ。年次有給休暇だって付与されているはずなのだが、会社側はそのことについてだんまりを決め込んでいるので、これまでに年休を使ったことがない。休日出勤を要請されたことが何度もあるが、ただの1度も断ったことがない。

どうだ。社員の鏡だとか、優秀だとかまではいわないが、自分で言うのも変だが、まじめなものである。

これほどの職歴の多いぼくでも、これまでに1度もモンスター社員からイメージするような社員に出くわしたことがない。それどころか、たいていは上司や社長に何を言われても押し黙るか、へいこらしている。無断欠勤で退職させられた例はあったように思うが、そういうのはすぐにも解雇させられた。ぼくがイメージするモンスター社員はこのようにすぐに辞めさせられるか、そうでなかったら、会社にいて何されても平気な神経の天下無敵の無責任男(女)なのだから、うつ病になんかかかるわけがないのだ。

モンスター社員とは、その実態は順法意識の高い社員のことである

では、あの「モンスター社員をうつ病にして退職に追い込もう」としている「モンスター社員」とは、実際にはどういう人たちなのだろうか。ネットで検索して調べてみると、権利意識の高い社員のことのようだ。たとえば、サービス残業を強いる会社に労働基準法を持ち出して自分の正当な権利主張をする社員。あるいは、会社の不当労働行為に対して、労働組合法を持ち出して組合活動への不当な干渉だと抗議する社員。そういう社員もどうしてだか(?)「モンスター社員」に含まれていた。そういう社員ならまじめだから、うつ病にもかかるだろう。しかし、なんてひどい話だ。

日本の解雇規制は世界一厳しいとかいう誤解

弁護士や社労士のサイトの中には、日本の解雇規制が世界一厳しいからやむをえないみたいな言い訳をしているのもあった。日本の解雇規制が世界一厳しいって、本当なのだろうか? ぼくは専門家ではないが、解雇基準については整理解雇とそうでないばあいとがあることくらいは知っている。そして、整理解雇の4要件、つまり会社の都合による解雇の場合は、会社側に解雇せざるを得ないことを立証するための4つの要件が定められており、その4要件を会社側が立証しないかぎり解雇できないため、解雇することはそれなりに厳しい。しかし、それ以外の解雇は、解雇された側がそのことが不当であることを立証しなければいけないため、解雇撤回のハードルはすごく高いのだ(注1)。

以上は裁判に訴えたばあいだが、実際は裁判になることなどほとんどなく、会社側が好きなだけスパスパ解雇し、労働者が泣き寝入りしているのが実態である。実社会を経験していればこんなことなど常識のはずなのだが・・・。

濱口桂一郎さんの「日本の雇用終了」という本を見ると、

日本の労働者がどれほどかんたんに首にさせられているのかがわかる。

この本のアマゾンのブックレビューが参考になるだろう。ただし、解雇を金銭的解決で自由化する動きに対しては、ぼくは大反対である。

日本では判例にもとづく、解雇権濫用規制が厳しく、それが労働市場をゆがめているといった批判をする経済学者をよくみかけるが、判例を尊重している企業は実際にはほとんどない。本書では4カ所の労働局における膨大なあっせん事例が整理され、掲載されているが、いきなり解雇を言い渡される労働者が少なくないことがわかる。それも勤務態度という曖昧なものが解雇の根拠となっている。大企業ではこのようなことはないが、配置転換によって自主的に退職するよる仕向ける例も少なくない。解雇権濫用規制が厳しすぎるというのは、事実に反するのである。

事例の多くは中小企業におけるものだが、実は中小企業では解雇権の濫用どころか、労働基準法でさえ、十分に守られていない。最低賃金や法定労働時間を知らない経営者は珍しくないし、義務があるのを知っていて社会保険に加入しない企業もある。解雇権の濫用規制を緩和するとか、金銭解決を容易にするとかといった議論も必要だが、労働者の権利をちゃんと守るということも、もっと議論されるべきである。

 
(注1)ぼくの記憶だが、日本の解雇規制は加盟国中の上位ではなかったというOECDの調査結果もあったはずである。と言うことで調べてみた。先ほど登場いただいた濱口氏のブログに詳しい説明があった。一部引用しておきたい。

「日本が一番厳しいとOECDが言ってる」というのは明白なウソですが、ではそOECDの言っていること(日本の解雇規制はわりと緩い)はどこまで正しいかというと、現実よりも相当程度に厳格な方向に虚構のバイアスのかかった数字である可能性が高いようです。言い換えれば、日本の正社員の解雇規制は、OECDの言う「わりと緩い」というよりも、「もっとずっと遥かに緩い」というのが実態じゃないかと思われます。

ネット上のおかしな情報

高校生向けに書いた一文に加えて、交通事故で怪我をしたとき、それが労災適用が可能なばあいに、労災を先行させるべきか、それとも自賠責保険(任意保険)を先行させるべきかという問題についても記事にしようかと思い、そのことをネットで調べていた。ところ、おかしな情報をいくつもみつけたので、そちらをとりあげることにした。「知らないと恥をかく一般常識の壁」なるサイトの記事のことである。たいへん勉強になるところも多いのだが、一部すごい間違いがあった。

ひとつ。社用車を通勤に使っていたら業務災害?
社用車を通勤に使えば通勤災害であり、業務災害にはならない。

もうひとつ。自賠責を使うと自由診療扱いになる?
健康保険の切り替えなんてふつうにあるはずなのに。

なお、労災先行か、自賠責(任意保険)先行かの問題については、「sagaminamiさんの法律相談」というブログの中の「労災が先?任意保険が先?」という記事が詳しい。
 
【16・11・04追記】
モンスター社員以下の文を追記した。
 

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当事務所の立場

突然、交通事故にあわれた被害者は、怪我をされたり、車を破損などされたりして大変なことです。その損害の賠償をしてもらうために、これから、加害者そして加害者側の損保担当者を相手に示談交渉を進めなければならなくなります。しかし、交通事故は人生でそう何度も経験するわけではありません。なにをどのようにしたらいいのか途方に暮れてしまうのがふつうです。

ところが、事故被害者がまず相手にするのが加害者であり、そして、実際は加害者側損保の担当者です。損保の担当者はそのことで生計を立てているいわばプロであり、百戦錬磨で鍛えた知識と経験があります。かたや、知識も経験もほとんどない事故被害者。そんな素人がプロ相手にどのように交渉していったらいいのでしょうか。

交通事故に詳しい弁護士が知人にいるような幸運な方は別にして、たいていの方は途方に暮れてしまうことでしょう。一昔前は、素人とプロの交渉ごとということにふつうはなって、プロの思い描くストーリーどおりに押し切られるのがふつうでした。しかし、ネットが発達した現在、示談交渉を進める上での情報がネットを検索すればあふれかえっています。が、その情報は正しいものもあれば正しくないものもある。玉石混淆です。それらの情報に接した事故被害者にとって、どの情報が正しくて信頼できるのかがまずわかりづらいし、自分だけでは手に負えなくて、調査や交渉ごとをだれかに任せることも時に必要になってきます。が、ネット上には、われこそは事故被害者のためだと謳っているものばかりなので、実際にいったいだれを信頼したらいいのかわかりません。

知識とは中立なものであること

ここで注意してほしいのは、情報の正確さもさることながら、その情報(知識)そのものが中立なことです。

昔、東大卒が多い自民党が間違えるはずがないと豪語している自民党支持者に会ったことがあります。ぼくは苦笑するしかありませんでした。たしかに東大卒は勉強をいっぱいしているわけだから、その知識量も多くかつ正確だといえるかもしれません。ただ、知識それ自体はあくまで中立なものであり、どちらにも役に立つ武器なのです。したがって、その正確でたくさんの知識をどちらの側に使うかにある。わかりやすいたとえ話をしてみましょう。

知識は刀という武器と同じ

hitininnno
その昔、武士という職業が存在しました。この武士は帯刀を許された職業のことであり、刀の専門家です。殿様を頂点にして、殿様に雇用され、殿様を守るために武器である刀の技術を日夜みがいていた。

この武器である刀自体は殿様を守るためにも使えるし、農民に加勢して殿様に刃向かうためにも使えます。しかし、悲しいかな、現実は殿様を守るために使われた例が圧倒的に多く、農民に加勢するために使われた例など不幸にしてきわめて少なかった。ごく稀に後者のような武士が現れますが、こういう武士こそ庶民にとっての英雄であり、「七人の侍」はまさにそのようなタイプの武士たちでした。

利益が一致しているか相反しているかが重要

したがって、問題はその使い手自身にあります。使い手がどちらの側に立つかで知識もそれぞれの側の武器になる。そして、その使い手がどちらの側に立つかは双方の利益が一致するか相反するかでふつうは決まってきます。

この、肝心要のことを説明したサイトが皆無といっていいほどにみあたらないのは不思議なことです(というか、あえて否定しているサイトさえいくらでもみつかるくらいです)。

記事を読んでいただければたちどころにわかることですが、当事務所は「立場」を鮮明にしております。あえて鮮明にしているのは、人間や社会に対する見方は、その人自身の立場から自由にはならないからです。中立を装うことは考察を浅くし、論旨を不明確にする。「立場」のない「立場」などありようがない。当事務所の立場は、ぼく自身が社会的弱者であるため、弱者の立場に徹することです。ぼくのような弱虫は「七人の侍」のようには決してなれないけれど、せめてその心意気だけでも真似して、社会的強者に阿らないようにしたい。そういう気持ちで当サイトをたちあげました。よろしくです。

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