町内会の広報がきたので、見たら、来る冬にそなえて除雪作業云々まではよかったが、路駐は保険がきかないよと記述されていた。路駐にはおれも頭にきているけど、かといってでたらめはだめだよ。保険はきくよ。しかも、路駐側でなく、路駐にぶつけた側が過失大なのだ。と、瀬木比呂志氏が怒っていた。
「この判決(瀬木氏のくだした判決のこと。路駐側に65%の過失ありとした)は、ともかく衝突した車のほうが悪いと決めてかかっていた従来の判例の流れに反省を促した判断」をしたが、「孤立した判例のままとなっている」(「絶望の裁判所」P143)。
- 240ページ
- 講談社
- 2014/2/19
その後わかったことだが、飲酒運転にかぎらず日本では厳罰化がすすんでいるが、どちらかというと疑問である。そうおもっていたら、私と同じ意見の方がいて、意を強くした。憲法学者の森英樹氏である。著書から引用しよう。
日本ではなにかというと検問があり、免許証提示がうるさい。携帯していないと反則金をとられる。欧州では、免許証携帯にこんなに目くじらをたてることはない。提示を求められる機会もまれである。要するに、問われているのは、きちんとした運転そのものであって、形式ではない。
「でも、歳をとれば運転もあやしくなってくるから、数年に一度は日本のように再交付したほうがいいんじゃないですか」と、ある警察官に聞いてみたら、「運転できるかできないかは本人が判断すればいい」という。あくまでも個人の責任の問題なのである。
個人の実質的な責任を重視する。こうした風土をいっそう痛感したのは、ある裁判官と半日つきあったときのことだった。
彼が担当する裁判を見学したあと昼食をともにしたが、昼食に正餐をとる習慣のお国がら、フルコースの食事は、当然のことながら食前酒もあればワインもつく。それもかなり飲む。そうとうイケるようだが、それでも少し顔が赤くなった。で、デザートが終わると、この裁判官氏、「じゃ、送っていこう」と愛車のフォルクスワーゲンに乗り込んだ。「酒を飲んで運転したら違反じゃないんですか」と聞くと、「事故を起こせばね」という。たしかに彼の運転は、酒気を帯びていてもきちんとしていた。
さて、裁判官氏運転の車は、遮断機つきの踏切にさしかかった。すると彼はアクセルをぐっと踏んでスピードをあげ、一気に踏切を越えるではないか。「あぶないじゃないですか!」と叫ぶと、きょとんとした顔で「なぜ?」と聞く。たとえ遮断機が上がっていても電車が来る可能性がある、と考えて一旦停止させるのが日本流。ところが彼に言わせると、遮断機が下りていない以上電車はこないに決まっているから、一旦停止は必要ない、とのこと。「でも、遮断機が故障している可能性はあるでしょう?」と言ったら「その時は鉄道の側に責任があり、私に責任はないよ」とすずしげである。「そうは言っても、死ぬのはあなたでしょうが」とさとしたのだが、「だからなるべくスピードをあげて渡るんだよ」と、どうも話がかみあわない。ともあれここでも、問題は責任の所在である。
日本では、交差点で優先順位のはっきりしないところがあるが、欧州ではどちらが優先道路かかならず明示されていて、優先であるかぎり、いっさい気にせずビュンビュン走る。横からとろとろ出てきて事故になるのは、出てくる側の責任、というわけである。
こうしてみると日本の交通規制は、かなり「親切」である。すこしでもあぶなそうだと、すぐに一旦停止標識が立つ。なかには交差道路全部が一旦停止になっているところもある。イタリアならともかく、ドイツでこんな標識を立てたら、車は永遠に動けない。
ドライバーにたいしても、事故を起こさないように、「事故のもと」になるような運転態度は、それ自体がきびしく取り締まられるのが日本流である。速度違反に自動測定機やネズミ取りを動員してやたら厳しいのは、日本では当然視されているが、速度違反そのものをこれほど犯罪視する風潮lは、欧州にはない。交通規則違反が重視されるのは、事故を起こした場合である。考えてみれば、速く走るのが車なのだから、スピードそのものが悪いと考えると、車の存在そのものがおかしいことになる。もっとも駐車違反は日本よりもはるかに厳しい。駐車場所に高い公共性を認めているからだろう。
交通規則を「親切」なまでに細かく定め、少しでも違反すると厳しく罰するぞとおどしながら事故を未然に防ぐのと、交通規則を守るのは個人の責任にゆだねておいて、結果の責任を厳しく問うのと、どちらが交通安全に向いているのかは、いちがいには言えまい。日本なら起こりそうにない大規模交通事故に欧州で出会うと、たしかに考えてしまう。
ただ、規則を作って取締りを強化することを重視するぶん、個人責任の感覚が薄れていくことはたしかである。「親切」なのも度がすぎると個人が育たない。「法規制は社会の最小限度に」と言われるのは、そのためである。
- 岩波書店
- 発売日1997/3/21
- 212ページ