立憲民主党に「鼻をつまんで」投票したわけ

選挙に行ってきた

外は雨と風がひどい。台風である。それでも、選挙に行こう。

わがふるさとには、小選挙区で4人が立候補している。自民党と希望の党と幸福実現党と共産党。選択枝はこの4つしかない(そのうち3つは極右政党である)。どれもぼくとは合わないが、今回も、より最悪でないための選択として、「鼻をつまんで」、ぼくの嫌いな共産党にいれることにした。比例区は立憲民主党である。この党がぼくにもっとも近い理念――個人の尊重を大切にすること――の党だからである。それでも立ち位置としてはかつての自民党ハト派とか保守本流とかいった評価をされているようだが、その評価自体にも疑問がないわけではないし、さらに批判すべきところがいっぱいある。現に、ここから出ている候補者にはうさんくさいのがいっぱいおる(苦笑)。ここも「鼻をつまんで」いれることにした。

今回の衆議院選挙のいちばんの争点は改憲勢力が3分の2に達するかどうかだと言われている。でも、護憲勢力というのは、どこを指して言うのだろう。護憲勢力にいれられているらしい共産党も立憲民主党も社民党も、いずれも新9条論に親和的だ。「新」という修飾語をつけるとなんとなく9条を守る護憲派のようにもみえるらしいが、新9条論は「現実」にあわせて9条の(中の核である)2項を変えるべきだというのだから、あれはどう考えても改憲の主張のひとつである。その新9条論の代表例のひとつが、たとえば「9条はいわば豪華な付随品」だとする主張である。「豪華な付属品」なのだから、取っ払っても日本国憲法の性能自体に問題なしと思いたいらしい。ぼくに言わせれば、9条は日本国憲法の根幹である(注)。それを取っ払ったら、日本国憲法の全体系が揺らぐ。揺らぐどころか、憲法で規定されている人権条項はすでに形骸化されつつあるが、さらに大きく後退する。だからこそ、改憲派は、9条に狙いを定めて一点突破を図っているのである。

(注)

憲法改正が9条に及ぶかどうかについては、憲法学者の多数説では、9条は「憲法秩序の本質的部分」にあたるから、「改正」は許されないとしていると、昔、小林直樹だったかだれかの本で読んだことがある。いかんせん昔の記憶なので、調べたうえで追記したい。

 
新9条論に親和的な共産党も社民党も立憲民主党も、改憲勢力にしかぼくにはみえない。一昔前なら当然にそう思われていたはずである。したがって、(ほかの政党もふくめ)全政党が改憲で一致しているわけだ。国民の世論って、全部が全部改憲賛成なわけないのだから、いかに政党政治が民意を反映していないかを示す例証である。鼻をつまんで入れることにした理由は、個々の政策もあるが、ここが一番大きい。憲法を守れ。当たり前の話である。

白紙委任は拒否するのがふつう常識だろう

保守的な妻がどこに入れるのか知らないし、話し出すと喧嘩になるのでしないことにしているが、最高裁裁判官のことだけ聞かれた。ぼくは、全部✖にしたらどうかと提案した。✖にしないで白紙で出すと〇扱いにされる。知らない人を「白紙委任」することはふつう考えられないだろう。だから、✖を提案した。

もちろん、個々の裁判官がどういう人でどういう判決にかかわっていたのかは、弁護士のサイトで詳しく説明されているので、そちらを参考にすべきだ。ぼくは、知らないからでなく、調べたうえで、全員✖がいいと判断した。妻にはそこまで説明しなかった。

立憲民主党に「鼻をつまんで」投票したわけ

立憲民主党を護憲派だとかリベラルだとかと勘違いして支持している人が多いようだから、ぼくが「鼻をつまんだ」理由も書いておこう。以下は、金光翔さん(元岩波『世界』編集部員)により、立憲民主党がどういう党なのか、その性格規定である。よく本質を示しているように思う。

立憲民主党の性格は、候補者もよく分かっていないのではないかと思うが、要するに、対米(反米)自立・武装中立を志向する(ことになる)政党である。その他の内政関係の政策は付け足しである。

もちろん、対米(反米)自立・武装中立路線は、現下の情勢では論理的には核武装路線に行きつくであろう。立憲民主党は核武装までは主張できないし、この政党自体はたいして大きくならないうちに別の政党と合併して終わるであろうが、一定の存在感を持ち、対米(反米)自立・武装中立の世論醸成ができればスポンサーには十分であろう。その過程では、沖縄の基地問題が利用し尽くされることになるだろう。その後に、核武装を主張する右翼政党が成長するか、政権政党が核武装を選択するという次第である。米国の容認下で、日本・韓国・台湾で核武装化が現実味を帯びだすあたりが御役御免の時期だろう。

要するに、右派政権による核武装化への露払いが立憲民主党の役割である。年来の核武装論者である小林よしのりと立憲民主党が蜜月関係にあるのは、その意味で徴候的である。

米国が核武装路線を許容するかは分からないが、トランプが過去に容認する旨を発言しているように、可能性自体は十分ある。もちろん「対米自立」といっても、それによる米国の負担の軽減こそが米国の望む路線であることは米国の要人が再三繰り返している通りであり、その枠組みの下のものでしかない。

民主党の政権交代劇に騙され、枝野の「ただちに影響はない」に騙された人間は、今回も騙されるであるだろうし、これからも騙されるだろう。

 
選挙時の枝野の主張は、従来の改憲派としての枝野(改憲私案)の主張と明らかに違う。矛盾する。矛盾する言説をせざるを得なかったのは、立憲民主党の支持層の多くが改憲派ではないからである。枝野の現在の立ち位置が、従来の枝野の主張を封印しているとみるべきである。加えて、立憲民主党内の旧民進党の面々が改憲と新自由主義を党是とする希望の党への合流にいったんは「全会一致」で賛成していた事実。このことを決して忘れたらいけないだろう。「ヒトラーは人気があるからナチスに加わる」という論理と何もかわらないという評価さえある。

問題はこれからだ

以下の指摘がたいへん重要だと思う。

枝野幸男(および立憲民主党)について、肯定的評価と否定的評価は交錯しているが、これは、きちんと今回野党共闘を進めた市民が自分たちの要求を打ち出す運動を造れるどうか。ここに掛かっていると思います(「広島瀬戸内新聞ニュース」)。

 
憲法を守れ。問題はまさにこれからだ。市民が自分たちの要求を打ち出すことで運動を造れるかどうかにかかっている。で、あなたはどうする。そしてぼくは・・・。
 
【17・10・24】「立憲民主党に「鼻をつまんで」投票したわけ」を追記した。表題も改めた。
 

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交通事故に詳しい弁護士が知人にいるような幸運な方は別にして、たいていの方は途方に暮れてしまうことでしょう。一昔前は、素人とプロの交渉ごとということにふつうはなって、プロの思い描くストーリーどおりに押し切られるのがふつうでした。しかし、ネットが発達した現在、示談交渉を進める上での情報がネットを検索すればあふれかえっています。が、その情報は正しいものもあれば正しくないものもある。玉石混淆です。それらの情報に接した事故被害者にとって、どの情報が正しくて信頼できるのかがまずわかりづらいし、自分だけでは手に負えなくて、調査や交渉ごとをだれかに任せることも時に必要になってきます。が、ネット上には、われこそは事故被害者のためだと謳っているものばかりなので、実際にいったいだれを信頼したらいいのかわかりません。

知識とは中立なものであること

ここで注意してほしいのは、情報の正確さもさることながら、その情報(知識)そのものが中立なことです。

昔、東大卒が多い自民党が間違えるはずがないと豪語している自民党支持者に会ったことがあります。ぼくは苦笑するしかありませんでした。たしかに東大卒は勉強をいっぱいしているわけだから、その知識量も多くかつ正確だといえるかもしれません。ただ、知識それ自体はあくまで中立なものであり、どちらにも役に立つ武器なのです。したがって、その正確でたくさんの知識をどちらの側に使うかにある。わかりやすいたとえ話をしてみましょう。

知識は刀という武器と同じ


その昔、武士という職業が存在しました。この武士は帯刀を許された職業のことであり、刀の専門家です。殿様を頂点にして、殿様に雇用され、殿様を守るために武器である刀の技術を日夜みがいていた。

この武器である刀自体は殿様を守るためにも使えるし、農民に加勢して殿様に刃向かうためにも使えます。しかし、悲しいかな、現実は殿様を守るために使われた例が圧倒的に多く、農民に加勢するために使われた例など不幸にしてきわめて少なかった。ごく稀に後者のような武士が現れますが、こういう武士こそ庶民にとっての英雄であり、「七人の侍」はまさにそのようなタイプの武士たちでした。

利益が一致しているか相反しているかが重要

したがって、問題はその使い手自身にあります。使い手がどちらの側に立つかで知識もそれぞれの側の武器になる。そして、その使い手がどちらの側に立つかは双方の利益が一致するか相反するかでふつうは決まってきます。

この、肝心要のことを説明したサイトが皆無といっていいほどにみあたらないのは不思議なことです(というか、あえて否定しているサイトさえいくらでもみつかるくらいです)。

記事を読んでいただければたちどころにわかることですが、当事務所は「立場」を鮮明にしております。あえて鮮明にしているのは、人間や社会に対する見方は、その人自身の立場から自由にはならないからです。中立を装うことは考察を浅くし、論旨を不明確にし、自己を無責任な立場に置くことになる。「立場」のない「立場」などありようがない。当事務所の立場は、ぼく自身が社会的弱者であるため、弱者の立場に徹することです。ぼくのような弱虫は「七人の侍」のようには決してなれないけれど、せめてその心意気だけでも真似して、社会的強者に阿らないようにしたい。そういう気持ちで当サイトをたちあげました。丸山真男のことばを最後に引用しておきます。

丸山真男から

ゲーテは「行動者は常に非良心的である」といっておりますが、私たちが観照者、テオリア(見る)の立場に立つ限り、この言葉には永遠の真実があると思います。つまり完全にわかっていないものをわかったとして行動するという意味でも、また対立する立場の双方に得点と失点があるのに、決断として一方に与するという意味でも、非良心的です。にもかかわらず私たちが生きていく限りにおいて、日々無数の問題について現に決断を下しているし、また下さざるを得ない。純粋に観照者の立場、純粋にテオリアの立場に立てるものは神だけであります。その意味では神だけが完全に良心的であります。

私たちの社会というものは、私たちの無数の行動の網と申しますか、行動の組合せから成り立っております。社会がこうして私たちの行動関連から成り立つ限りにおいて、私たちは行動あるいは非行動を通じて他人に、つまり社会に責任を負っています。その意味では純粋に「見る」立場、ゲーテの言う意味での完全に良心な立場というものは、完全に無責任な立場ということになります。

したがってこの点でも神だけが、完全に無責任でありうるわけであります。認識することと決断することとの矛盾中に生きることが、私たち神でない人間の宿命であります。私たちが人間らしく生きることは、この宿命を積極的に引き受け、その結果に責任を取ることだと思います。この宿命を自覚する必要は行動関連が異常に複雑になった現代においていよいよ痛切になってきたのです。

世のなかには一方では、認識の過程の無限性に目をふさぎ、理論の仮説性を忘れる独断主義者もいれば、またそもそも認識の意味自体を頭から蔑視する肉体的行動主義者がいます。しかし他方その半面では、物事はそう簡単にはイエスかノーかきめられないのだ、もっとよく研究してからでなければなんともいえないという名目の下に、いつも決断を回避することが学者らしい態度だという考え方がかなり強い。

あるいは対立する政治的争点に対して、あれももっとも、これももっとも、逆にそれを裏返しとして、あれもいけない、これもいけないということで、結局具体的な争点に対して明瞭な方向性を打ち出すことを避ける態度をもって、良識的であるとか、不偏不党であるとか考える評論家やジャーナリストもかなりいるようであります。

たびたびゲーテの言葉を引いて恐縮ですが、ゲーテはこういうことをいっています。「自分は公正であることを約束できるけれども、不偏不党であるということは約束できない。」今申しましたような世上いわゆる良識者は対立者に対してフェアであるということを、どっちつかずということと混同しているのではないでしょうか。
「現代政治の思想と行動」丸山真男 P452-454

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