感度と特異度
「患者は何でも知っている」という本を読んでいたら、「感度と特異度」のことについて書いてあった。このふたつの用語でたいていいつも私は混乱するので、おさらいのつもりで引用しよう。
検査の特性は感度と特異度の2つで表わされる。感度というのは、症状、徴候、検査などが陽性だった人のうち、ある疾患を持つ人の割合を指す。特異度というのは、症状、徴候、検査などが陰性だった人のうち、ある疾患のない人の割合を指す。
理想的には検査は感度、特異度とも100%であればいいのだが、そう都合のよい検査はこの世には存在しない。というのも、検査には偽陽性、偽陰性がつきものだからである。では、検査は感度、特異度だけで有用かどうかを判断できるのか、といえば、さにあらず、検査の的中率も問題である。検査の的中率は、その検査の感度と、その検査が行われる母集団でのその疾患の有病率で決まる。(p40)
「患者は何でも知っている」J.A.ミュア グレイhttps://amzn.to/4fIsvMH
- 209ページ
- 中山書店
- 発売日2004/7/2
感度と特異度を図にするとこうなる。
疾患あり | 疾患なし | 合計 | |
---|---|---|---|
検査陽性 | 真陽性(a) | 偽陽性(b) | a+b |
検査陰性 | 真陰性(c) | 偽陰性(d) | c+d |
合計 | a+c | b+d | a+b+c+d |
真陽性:疾患があり、検査でも陽性と判定される
偽陽性:疾患がないのに、検査では陽性と判定される
真陰性:疾患がなく、検査でも陰性と判定される
偽陰性:疾患があるのに、検査では陰性と判定される
感度 a/a+c x100
特異度 d/b+d x100
陽性的中率 a/a+b x100
陰性的中率 d/c+d x100
「感度」と「特異度」と「有病率」
以上の説明だけでは抽象的すぎてわかりづらいだろうから、具体的な例を使って説明してみよう。
ある疾患にかかっている人でも、検査では陽性になったり、陰性になったりする。ある疾患にかかっている人の中で、陽性になる人の割合を「感度」(上の表の a/a+c ×100)と言い、陰性になる人の割合を「特異度」(上の表のd/b+d ×100)という。
検査名 | 検査手順 | 陽性判定 | 対象 | 参考基準 | 感度 | 特異度 |
---|---|---|---|---|---|---|
後方引き出し | NR | 脛骨の後方への変位が増大する場合に後十字靭帯損傷陽性とする | ACL欠損膝9名、PCL欠損膝18名、正常膝12名 | MRI | 0.90 | 0.99 |
上表は、後十字靭帯損傷があるかどうかを調べる「後方引き出し検査」についてである。感度90.0%、特異度99%であることがわかる。すなわち、後十字靭帯損傷になっている人1000人を検査すると、900人は陽性になるが、100人は陰性であることを意味する。逆に、後十字靭帯損傷ではない人1000人を検査したら、990人は陰性だが、10人は陽性になってしまう。そのように表は言っている。
この結果から、感度90%は、検査としてかなり有効なようにみえる。が、実際は、後十字靭帯損傷になっていない人もいるから、後方引き出し検査で陽性、すなわち後十字靭帯損傷と診断できる確率(陽性的中率)は、地域の有病率に左右されるというのだ。それは次の式であらわされる。
一番最初に引用した文では、「検査の的中率は、その検査の感度と、その検査が行われる母集団でのその疾患の有病率で決まる」と指摘されていた。この説明だけではわかりづらい。単純な例にして母集団を10000人にしてみる。その母集団が住んでいる甲地域の有病率を10%にしてみよう。10000人中1000人が後十字靭帯損傷(真陽性者)で、9000人が後十字靭帯損傷でない(真陰性者)と考えられる。
実際に後十字靭帯損傷である10000人のなかで後方引き出し検査で陽性になるのは、1000×0.9=900人(真陽性検査A)である。そして、後十字靭帯損傷ではない人9000人のうちで後十字靭帯損傷が陽性になるのが9000×(1-0.99)=90人(偽陽性検査B)。検査で陽性だった人が実際に後十字靭帯損傷である確率(陽性的中率)は、後方引き出し検査で陽性になった人(真陽性検査+偽陽性検査)の中の真の陽性者(真陽性検査)の割合、A/(A+B)×100で計算できる。900/(900+90)×100=90.9%。
甲地域の有病率を20%にあげてみる。
2000×0.9=1800人。
8000×(1-0.99)=80人。
1800/(1800+80)×100=95.7%。
逆に有病率を1%にさげてみる。
100×0.9=90人。
9900×(1-0.99)=99人。
90/(90+99)=47.6%
有病率が20%なら95.7%だから信頼度はかなり高い。しかし、有病率が1%なら47.6%だから、2人に1人しか的中しない。信頼度はかなり低い。
今度は、検査で陰性だった人を後十字靭帯損傷でないと診断できるのはどれくらいの確率(陰性的中率)になるのか。先の表では陰性的中率=d/c+d ×100となる。正確に書くと、(1-感度)×有病率/{(1-感度)×有病率+特異度(1-有病率)}×100である。あ・あ、疲れてきた。式を明示したので、すみませんが、あとは各自やってみられたらいいと思います。なお、感度は除外診断に、特異度は確定診断に用いられることも覚えておいてほしい。
また、先に引用した「患者は何でも知っている」にはこういうことも書いてあった。
たとえば、比較的まれな疾患を感度の低い検査で検査すると、診療所では検査は陰性の結果になることが多い。一方、病院に紹介された患者では、診療所での患者グループに比べて有病率が高いので、同じ検査をしたとしても、診療所での場合と比べて検査の的中率は高い。(P41)
病院の規模による的中率の違いは、日本の場合にも言えるそうだ。
エビデンスに基づく整形外科徒手検査法
このように、「感度」と「特異度」は検査の信頼性を示す指標として用いられている。たとえば「エビデンスに基づく整形外科徒手検査法」という本では、いろんな検査の「感度」と「特異度」が示されている。たとえば、こんなふうに。
エビデンスに基づく整形外科徒手検査法 (ネッターシリーズ)
保険会社側はこの「感度」「特異度」を無視した意見書を平気で裁判所に持ち出す。その場合の反撃の書にこの本はなりうるから、交通事故被害者のためというタテマエでメシを食うつもりなら必携の書である。・・・と私は思うのだが、この本をネットで紹介されている弁護士はおひとりしかいない。その弁護士さんのブログがたいへん参考になったので、最後に引用したい。
エビデンスに基づく整形外科徒手検査法https://amzn.to/4gE4qYq
- 514ページ
- 出版社エルゼビア・ジャパン
- 発売日2007/8/24
表題のとおり、エビデンスに基づいて検査の判定をしている。可動域とか。この本を裁判でつかっている弁護士もいる。このレベルの弁護士はそうそういない。自称後遺障害得意弁護士など敵にもならない。
腱反射のエビデンスは低いのに・・・
被告の意見は腱反射に比重を置いたものとなっていますが、腱反射の検査としての感度が高いわけでもなく、例えば『エビデンスに基づく整形外科徒手検査法』においてもほとんどこの検査は出てこない上に、頚部神経根障害の上腕の腱反射の感度は概ね10%以下(上記132頁)であり、基本的にかなり感度の低い検査といえます。アキレス腱反射でさえ感度は50%前後(上記189頁)にすぎません。
医学書の頚髄損傷の項目で腱反射に言及したものは見当たらず、頚髄損傷の診断で腱反射が重要な指標とされているわけでもないので、腱反射にこだわることはそれ自体が奇異な感じもします。この感度の低い検査で詐病を断定するというのは、かなりの無理スジに見えます。リトマス紙でガン検査をして確定診断をするような感じに見えます。
(頚髄損傷否定判決(22.7.15)より引用)
頚髄損傷否定判決(22.7.15)というのは、判決が出た当時騒がれたので、私でも知っている。損保料率機構の後遺障害認定では、5級2号だったが、原告はそれに納得いかず裁判にしたところ、裁判所は、逆に後遺症の程度を12級とし、原告の請求を棄却した事例である。裁判所は詐病だと事実上認定したわけである。被告側の保険会社には著名な弁護士がついた。原告側はどうだったのだろうか。