素因減額に対する自賠責と裁判所の態度・対応の違いについて

素因減額とは

素因とは何か。はっきり言ってよく分からない概念である。被害者に存在するある事情を考慮してもらわないと公平でないと言って、加害者から文句を言ってくる。ある事情の中には、過失事由といって、民法722条2項に基づき過失相殺の問題になるものもあるが、そうでない事情を減額の根拠にするのが総称して素因減額というらしい。広くてアイマイな概念なのである。

自賠責の態度・対応

素因減額に対する自賠責の態度・対応であるが、基本的には素因減額はしないことになっている。しかし、基本はともかく例外があるわけで、自賠責の「支払基準」において、
 

被害者が既往症等を有していたため、死因又は後遺障害発生原因が明らかでない場合等受傷と死亡との間及び受傷と後遺障害との間の因果関係の有無の判断が困難な場合は、死亡による損害及び後遺障害による損害について、積算した損害額が保険金額に満たない場合には積算した損害額から、保険金額以上となる場合には保険金額から5割の減額を行う。

 
とされている。

ここでいう例外に該当する具体例は、たとえば被害者が自殺した場合とか、既往の疾患が原因で死亡したのかそれとも事故の影響が存在するのかはっきりしない場合とかのことである。要するに、死亡事案における事故による結果なのかが断定しにくい場合にのみ素因減額を行うというのが自賠責の扱いである。したがって、例外は死亡事案の場合であって、後遺障害の場合は素因減額しないということになっている(ただし、非器質性精神障害については別である)。

後遺障害における加重障害について

自賠責では過去の後遺障害として認定された障害は、現実には治癒されて障害が存在しなかったとしても、過去の後遺障害の認定の際にその障害は永久に残存すると評価されているので、必ず加重障害という「減額事由」になる。裁判では、実態を重んじるのでそうは必ずしもならないという違いがある点にも注意したい。

裁判所の態度・対応

では、裁判実務ではどうか。裁判では自賠責のような素因減額をしないという被害者に有利な扱いはされておらず、厳格に素因減額をしている。東京地裁交通部を例にとってみよう。

まずは、被害者の既往症その他体質に関する事由について。
 

①事故前から存在した被害者の疾患が損害の発生または拡大に寄与していることが明白である場合には、賠償すべき金額を決定する際に斟酌できる。
②加齢変性については、事故前の疾患といえるような状態であったことが認められない限り、斟酌しない。つまり、年齢相応な加齢変性や個体差の範囲内の加齢性の変化は減額理由にならない。
③病名が付けられるような疾患には当たらない身体的特徴であっても、疾患に比肩すべきものであり、かつ、被害者が負傷しないように慎重な行動が求められるような特段の事情(たとえば極端な肥満)にも素因減額を斟酌できるが、あくまで限定的に適用する。

 
次に、心因的要因について(広義の心因性反応を起こす神経症一般のほか、賠償神経症や、症状の訴えに誇張があるような被害者帰責と評価できる場合を含む)。
 

①原因となった事故が軽微で通常人に対し心理的影響を与える程度のものではない。
②愁訴に見合う他覚的所見を伴わない。
③一般的な加療相当期間を超えて加療を必要とした場合

 
――は、素因減額できるとしている。

そして、素因減額事由が存在するときは、賠償義務者から主張されなくても、裁判所が訴訟にあらわれた資料に基づき職権で斟酌できるとされている。


 
【参考図書】
交通損害関係訴訟 (リーガル・プログレッシブ・シリーズ)/青林書院

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