ネットで「実況見分調書」を検索しますと、人身事故の場合に作成され、物件事故では作成されないと書いている弁護士ばかりです。はたして本当でしょうか。
本当かどうかは、たとえば実況見分調書を作成している当の警察官に聞いてみればたちどころにわかることだし、聞かなくても、実況見分に何度か立ち会っていればわかることです。
そんな難しい話でもないし、秘密にされていることでもないにもかかわらず、実況見分調書は物損(物件)事故では作成されないという間違った情報がネット上に氾濫しています。
実況見分調書を誤解している弁護士
>交通事故における実況見分調書とは、人身事故を起こした際に、警察が現場検証を行って事故の様子を細かく記した書面のことです。
>実況見分調書は、人身事故であった場合の刑事処分のために作成する書類で、民事の損害賠償を目的として作成をされるものではありません。
>人身事故の場合、警察は刑事事件として事故直後に実況見分を行います。その結果を書面にしたものが実況見分調書です。
> 実況見分調書とは、人身事故の際に当事者が立会いの下で、警察が事故状況をまとめた書類です。物損事故の場合、実況見分調書は作成されません。物件事故報告書のみが作成されます。
これ、全部弁護士がネットで書いていることなんですが、正しいと思いますか。現場を知らないんですよ。教科書に書いてあることをそのままひっぱってきている。だから間違えるんですね。
「現場百遍」って有名な言葉がありますが、その現場に一度も行かない弁護士がゴロゴロしています。私たち調査員は「現場百遍」のひとつとして可能なかぎり実況見分に立ち会います。現場で、どのようにして実況見分がなされているのか。それを知ることは大切なことです。
にもかかわらず現場に行こうともしない弁護士たち。死亡事故でさえ行かない弁護士がいるそうですから、あとはおして知るべしですね。このような現場軽視・現場知らずの交通事故専門家に依頼してもいい結果は得られないと思います。
現場百遍
警察による事件の捜査などに際して使われる表現で、事件現場にこそ解決への糸口が隠されているのであり、100回訪ねてでも慎重に調査すべきであるということ。 警察関連でない場合にも使われることはある。

弁護士が現場を軽視している理由は下記の記事を参考にしていただければ。さらに本質的な理由としては、弁護士は現場に行っても痕跡等の読み取りができないからでしょう。自分でも行くだけ無駄だと考えているからだと思います。例外はいるでしょうが。
実況見分調書は物損(物件)事故では作成されないは間違い
ネットで「実況見分調書」を検索したら、「物損事故の場合、実況見分調書は作成されません」。こんなふうな説明ばっかしです。ほかにももっといっぱいあるので切りがないのでネットで拾うのはこれくらいにします。
物損事故でも実況見分調書が作成されることがあるんですよ。たとえば「判例をよむ 簡裁交通事故損害賠償訴訟の実務」という本の、P34のところに、実況見分調書が添付されているのですが、この事故はまぎれもない物損事故です。

「判例をよむ 簡裁交通事故損害賠償訴訟の実務」https://amzn.to/4haXl1n
- 236ページ
- 司法協会
- 発売日2015/8/1
どうでしょうか。物損事故でもちゃんと作成されていますよね。
物損事故ならどんな場合でも作成されるわけではもちろんありません。しかし、作成される場合があることも事実です。そのことを知らないととんだ間違いを犯すことになります。
では、どういう場合に、物損事故でも実況見分調書が作成されるかです。ベテラン調査員ならだれだって知っていることを自慢気に語るのもちょっとあれなんですが、私が知っているのは以下の3つの場合です。
物損事故でも実況見分調書が作成される場合
第一。現状物損事故扱いになっているが、将来人身事故扱いに変更されることが予想される場合。
これは決して少なくありません。自転車に乗っていた奥さんが車に衝突され脳挫傷の重症を負った。これなど人身事故の典型かと思いますが、それでも警察は物損事故で処理した。あとで、夫が診断書を警察にもっていき、人身事故に切り替えてほしいと希望したものの、警察はなかなか承諾しなかった。昨年(2024年)相談をうけた事案です。ほかにも、むち打ち症とか。これだと物損事故で処理されたままのケースが頻発しているようです。
第二。いわゆる当て逃げ事故の場合。
逃げた方が加害者かもしれないが、ひょっとして被害者かもしれない。そもそも事故当事者の片方がどういう人で、どういう状況なのかわからないから、これも実況見分調書を作成する。
第三。信号青・青主張の場合。
お互いの主張がまっこうから対立しているため、すぐには解決しそうにない。だから、この場合も、たとえ人身事故でなくても、実況見分調書を作成します。
物件事故報告書の信用性
ついでになりますが、実況見分調書と対比される「物件事故報告書」についても書いておきます。どういうものなのかというと、石川県警のHPからその「見本」が見つかりました。
最近相談者から提供された物件事故報告書の中に、このような「略図」が載っている報告書がありました。こういうものも含まれます。
一般論としていってしまうなら、物件事故報告書は民事上の過失割合に影響しないと言われています。それはそうなのですが、事故当事者の説明する事故状況が相違し、どちらが過失大なのか証拠になるようなものが何もない場合、もし刑事記録が事故証明書以外にこれだけなら、事情は違ってきます。

信号の色で争いがある場合などに、物損事故でも実況見分調書は作成される
調査員時代に、物損事故なのに実況検分調書が作成されていたことが何度もありました。あれっと思い、親しい警察官に聞いたら、私にこうこうこういう場合に人身でなくても実況見分調書は作成されるんだよと言ってました。その、「こうこうこういう場合」とは、今さっき説明した場合です。
物損事故であるにもかかわらず実況見分調書が書かれる場合が私が聞いた以外にももしかしたらあるかもしれない。それで、さっきからそのことを説明しているサイトがないか探してみたのだけれども、まったくなかったですね。
それどころか、出てくるのはジンシン・ジンシン・ジンシンなどと、どいつも、こいつも、実況見分調書は人身事故でないと作成されないと決め付けていますね。(探す努力が足りないのもかもしれないが)けっきょくは、そんな記事は1件もヒットしませんでした。
先ほど紹介した実況見分調書が添付されていた事故は、物損事故でも実況見分調書が作成される第三の場合です。すなわち、信号青・青主張の場合ですね。現場に臨場した警察官はすぐに解決できないと思ったから、物損事故であるにもかかわらず、事故報告書ではなくて、実況見分調書を作成しています。
双方が信号青・青主張で争いがあった例
では、ここで本裁判について確認してみたいと思います。
相模原簡裁 平成24年3月27日判決
双方が青・青主張の事故で、裁判所は被告側が赤進入したと認定しています。その決め手になったのがこの実況見分調書の記載です。その調書の中で、事故直後の実況見分時に、被告が赤信号で進入したと供述したと書いてあったことを理由としています。
ところが、被告の主張は、当初自分は青主張をしていたが、警察署に出頭してから長時間(午後5時から午後11時)に及ぶ尋問を受け、「赤信号だったことを認めろ」「認めれば軽い罪にしておく」などといわれ、「どうでもいい」気持ちになって警察官の言うとおりに「つじつまを合わせた」と主張しています。
しかし、おかしな話ですね。裁判所の判断では、事故直後は事故当事者に信号の色で争いがなかった、原告の主張どおりだったということになるのだけれど、では、どうして事故報告書でなくて実況見分調書で作成されたんでしょうか。信号の色に争いがなかったわけだから。私にはそこが大きな疑問なのです。
私が疑問とするところの背景説明がいまいち足りなかったかもしれないので、本書でその関連部分を引用します。
本件事故後、行われた警察官の実況見分の調書(甲第5号証、別紙)では、警察官の双方からの聴取結果を記載した実況見分調書の事故概要では、「前方交差点信号機が赤色を示しているにもかかわらず、西日が逆光となり、(被告が)前方注視を怠ったためこれに気が付かず、かつ交差点の安全確認不十分のまま漫然進入したため、左方から青信号に従って進行してきた車両と衝突。」と記載されていること、その他見分状況欄には、被告が「停止した地点で確認した信号機(②)は赤色」と指示説明しているにもかかわらず、被告は、そのようなことはいずれも言っていない。
警察官は、警察署に行ってからも、「被告の対面信号が赤であったことを認めなさい」ということを午後5時から11時ころまで延々と言われた。そして、「赤であったと認めれば、この種の事件で最も軽い罪にしておく」と言われた。警察で赤であることを認めた理由は夜が遅く、疲れていたのと、翌朝早い時間に知人に会う予定があったことと、(どうせ保険会社が支払うのだから)どうでも良い気になり、つじつまを合わせておいた。」などと、取り調べにあたって警察官が被告に対し、あたかも脅迫または威迫や、利益誘導的な取り調べが行われたかのように供述するが、本件では、警察官が被告に対し、脅迫的言辞を用いたり、威迫的な態度を取ったり、乱暴な言葉を吐いたり、利益誘導したりしたことを認めるに足りる証拠はない。
却って、被告自身そのような脅迫的な取り調べはなかったことを認めている上、本件事故を体験していない第三者である警察官が、実況見分直後に「西日が逆光となり」というようなまことしやかな表現をすること自体不自然であり、実況見分時には被告自身が、「停止した時点で確認した信号機(②)は赤色」と虚偽の事実を記載することを容認したこと自体にわかに信じがたいことである。
したがって、前記の実況見分調書を虚偽の文書であると主張する被告の供述は信用することはできない。却って、事故直後の警察官に対する供述及び指示説明が信用できる。
さらに、仮に警察での被告の供述が嘘を書かれていたのであれば、その後の当事者間での示談書を交わすにあたり、そのことを主張して過失割合を争ってもよいはずであるが、被告は本件事故について、Yが信号無視をしたとか、被告に過失がないという点はなにも主張しておらず、却って被告100%対原告0%の示談に応じていながら、当事者の署名欄の原告欄がワープロで記入されているのに、自分のほうのみ手書きで署名することになっているのは、不公平だなどという抗議をして署名を拒否し、示談書の返送を拒否していることが認められる。
以上の認定事実から、本件では被告の供述は信用できず、被告車の対面信号が赤であったことが容易に推認できる。(P32-33)〈改行は引用者による〉
警察官の作文???
こんなこと書いたら裁判所や警察から睨まれるかもわからんけど、この件、はっきり言わせてもらうなら、実況見分調書の「事故状況」の説明は、警察官の後でつけた作文かもしれません。それにまんまと裁判官が乗ってしまった。そのような可能性があるかもしれません。
私の想像が間違いだとたいへんなことになるので、念のために近くの交番に行って、そこにいた警察官に聞いてみました。その結果ですが、その警察官も、最初から赤だと認めているのだったら、実況見分調書は作成しない。どっちも青だと言い張ってすぐに解決しそうにないから実況見分調書を作成するのだと。実行見分調書が物件事故でも書かれる「第三。信号青・青主張の場合」にあたりますね。
したがって、私は被告の言い分が正しいと思いました。
もし私のほうに間違いがあるようでしたら、ご指摘・ご指導をお願いいたします。
実況見分について
実況見分とは?
交通事故の真相を明らかにするため、現場に臨場した捜査官が、犯罪事実を認定するための証拠資料等の収集を図り、交通事故現場及び当該現場に関係する場所、身体又は物の状況を、五官の作用で観察・実験するともに、当該事故の関係者等からの指示説明に基づいて事実を認識判断する任意捜査。
*代替性なし。
法的根拠は?
任意捜査の一般規定である刑事訴訟法197条の「必要な取調」の一方法として行われる任意処分。
証拠能力について
刑事訴訟法321条Ⅲ所定の検証調書の証拠能力に準ずる(最高裁昭和35年9月8日)。
後日、法廷で証拠とすることに同意(同326条)が得られないときは、作成者は、証人として喚問され、真正に作成されたものであることを証言しなければならない(同321条Ⅲ)。その際、弁護人より反対尋問を受けることになるため、推測や憶測の記載はだめ。
事実認定に必要な特定地点
①事故当事者の進路
②被害者認知(発見)可能地点
③被害者発見地点
④危険認知地点・危険回避地点
⑤危険予防措置地点
⑥衝突地点
⑦転倒地点・停止地点
現場指示と現場供述
現場指示は、見分すべき地点や対象物を特定するため、立会人が位置や距離関係等を指示説明すること。現場供述は、現場の状況に照らして事故当時の体験(時間的な経過等)を説明すること。
なお、双方の証拠能力の差異は、現場指示の記載は、実況見分と不可分の一体をなすものとされる。現場供述については、その部分の記載は供述証拠となり、同321条Ⅰの要件を具備しなければならないという制限をうける。したがって、実況見分調書を作成する際には、現場指示のみを記載し、その範囲を越えて「供述」に及ぶ場合は、供述調書を作成しなければならない。
「事実認定に必要な特定地点」は保険会社が過失割合を決定する際にも確認事項になる。
「よくわかる交通事故事件捜査―過失認定と実況見分」https://amzn.to/4hb7U4B
- 480ページ
- 立花書房
- 発売日2012/10/1
副題にあるように、過失認定と実況見分について実に詳しい本です。
本記事のまとめ
実況見分調書は人身事故に限らず、物損事故でも作成される。信号青・青主張のときですぐにも決着しそうにないときがその代表的な例です。したがって、実況見分調書が作成された本件での被告は、最初、青信号だと主張した可能性が否定できない。
それにしても、被告にも弁護士がついていたのに、何やってんだ。役立たずだよ。
〈追記〉
「実況見分調書」については、ネット上の情報の中に追記しておきたい記載がありました。
>普通、実況見分調書は実況見分を行った現場ですべて作られるわけではありません。後日事故の当事者である加害者と被害者を所轄署に呼んで、改めて供述調書を作成して、最終的に実況見分調書としてまとめます。
と説明しています。したがって、「実況見分調書」は、事故直後の現場臨場時にあったこと、認識できたことだけが記載されているわけではありません。現に、今回の対象になっている実況見分調書の「事故概要」等はワープロ書きだし、現場で作成されたものではなく、署に帰ってから作成されたことが明らかです。
なお、実況見分調書の問題点については、以下の本がたいへん参考になりました。いずれ別記事で内容を紹介できればいいかと思います。
「科学的交通事故調査: 実況見分調書の虚と実」https://amzn.to/3WgppZb
- 157ページ
- 日本評論社
- 発売日2001/2/1
「実況見分調書作成時の留意点」という記事(山中理司弁護士)がたいへん参考になりましたので、ぜひこちらもご覧になられたほうがいいかと思います。