自殺は、どのようにして決めるのか

かつて自殺者数が3万人を越えそれが10年間がつづきました。が、2019年度は2万人を切っています。3万人を超えていた10年間とここ最近の情勢とを比べて見て、どうして1万人以上自殺者数が減ったのか私にはその理由がよくわかりません。

雇用環境がよくなったことがその理由だと言われていますが、非正規従事者が多くなっただけで、その生活も生活保護ぎりぎりの人が増えただけにすぎないのではないか。庶民の生活が楽になったわけでなく、むしろ悪化しているといえるくらいです。

したがって、自殺者数はもっと増えていてもいいくらいです。それにもかかわらず自殺者数は劇的に減っている。その理由の一端がこの記事でわかるかもしれません。

保険免責としての自殺

新聞記事などで自殺を取り上げられていることがときどきあります。あの「自殺」とはどうしてわかるのだろうか。目撃者がいればともかく、いや目撃者がいたとしても、自殺というのは本人の意思の問題があるから、そんなかんたんに自殺かどうかがわかるのだろうかと疑問に思うことがあります。

首吊り、薬物、入水、鉄道飛込、ガス、高層からの飛び降りなどその手段はいろいろありますが、たとえば首吊りにしても、首吊りに似せた他殺かもしれない。私の住む近くに東尋坊という自殺の名所がありますが、崖上に履物をそろえておけば、たとえそれが他殺だったとしても、ロケーションなどから自殺だと見せかけることは容易だと思います。

保険調査の中に死因調査があります。死因を調べる目的のひとつは、保険免責に該当するのかどうかです。すなわち、仮に自殺なら、保険会社は保険金の支払いをしなくてすむからです(傷害保険はそうだが、生命保険は加入後たとえば3年すれば免責にならないという違いがある)。

私の担当した事件の中に断崖絶壁からの車両転落事故がありました。その事件を題材にして「自殺」だとどうして決まるのかを考えてみたいと思います。

自殺か他殺か過失死か

現場は自殺の名所とされるところと目と鼻の先で、

緩やかな右カーブ路だった。

転落した車両はその右カーブ路を曲がりきれず、松が林立する間を、偶然にも松に接触することなく、その松並木をすり抜けるようにして断崖から転落し炎上した。その結果、運転者と同乗者の2人が死亡した。2人はいわゆる不倫関係だった。不倫関係を清算しようとしての逃避行中の事故だった。将来を悲観しての無理心中が疑われた。

調査の確認先は、現場、警察、レンタカー会社だった。現場を確認していたときに第一発見者にも偶然会えた。その方からも事情を聴取した。しかし、前夜宿泊したとされるモーテルがどこなのかけっきょくはわからずじまいだった。転落現場は、松と松との間がクルマ1台分かろうじて通過できるほどの間隙しかなく、松に接触しないで転落した状況などから判断すると、自殺の可能性が十分ありえる事例だった。

しかし、警察は自殺については否定した。理由は単純明瞭である。遺書がないからというものであった。状況証拠だけで自殺かどうか決められないという警察の判断は正当だと思う。

が、この事件は、発表だけを鵜呑みにせずに、死因というものを自分でよく調べてみようというきっかけになった。保険調査においては、警察発表を鵜呑みにしない、疑ってかかることも時に必要になることがあるからである。

日本の自殺者数の異常な多さ

警察庁の発表によると、日本国内の自殺者数は平成10年から平成23年までいずれの年も年間3万人以上だった。ここ数年は3万人に若干満たなかったものの、それにしても途方もない数字です。あの交通事故戦争だと大騒ぎされたときでさえ交通事故死亡者数は1万人台だったから、そのすごさがわかるかと思います。

ところでこの自殺者数ですが、どのようにしてカウントされているのだろうか。

自殺者数のカウントのされかた

人間の死亡は、内因死と外因死に大別される。内因死とは自然死・病死を指し、先天異常や老化・加齢現象による死亡、細菌感染、新生物(癌および肉腫など)による死亡をいう。外因死とは外力作用(毒物などを含む)に基づく死亡をいい、自殺や他殺および薬物中毒・自動車事故・労災事故などによる災害死を包括する死亡の総称です。

外因死の場合、自殺・他殺・事故死の判定は必ずしも容易ではありません。大部分の国では、急死や外因死などの異状死体の場合には、法律の定める専門機関の責任において死体解剖を行い、死因および「死因の種類」などの究明がされていますが、日本では主として他殺あるいは他殺と疑われる場合に限って解剖を行っており、自殺や事故死体が解剖されることは稀です。

監察医制度施行地域(東京都23区、横浜市、大阪市、神戸市など)では、犯罪に関係なくても、検案により死因が明らかでないときは「行政解剖」を行って死因を決定しています。しかし、上記以外の地域では行政解剖制度がないので医師は検案のみで死因を確定しているのが現状です。

監察医制度のない地域では、一般の医師が異状死体を検案するが、行政解剖を行うことはできない。現実には検案のみでは死因が確定できない場合が少なくないが、これらの地域では検案をした医師が無理に死因を決めざるを得ないというのが現状である(P235)。

以上、「標準法医学・医事法」第4版(医学書院)より。
「標準法医学 第8版 (標準医学シリーズ)

「解剖に付されるのは、他殺かその疑いがあるものに限られる」ということの意味すること

上に上げた文章は「標準法医学」からの引用もしくは要約なのですが、読んでいてどこかおかしい点に気づかなかっただろうか。そう、この箇所です。

日本では主として他殺あるいは他殺と疑われる場合に限って解剖を行っており、自殺や事故死体が解剖されることは稀である。

ごくふつうに考えてください。死因がはっきりしない場合に、それを明らかにするために解剖を行います。これがふつうの手順です。しかし、この文章だと、解剖前に自殺や事故死だとわかっていることになります。すなわち、日本では他殺だと疑われる場合にだけ解剖に付す。その他殺かどうかの見極めは、通常わずか1日以内の警察の初動捜査で判断しています。

たった1日でそんな判断ができるのでしょうか。その問題がひとつです。私だったらまったく自信がないが、警察に言わせると、犯罪を見逃さないための充分な捜査をしているから、それで大丈夫なのだそうです。たった1日しか捜査していないのに。

問題のふたつめ。犯罪を見逃さないための充分な捜査をしているというのですが、実際問題として、他殺かどうかの見極めをどうやって行っているのかです。法医学者の岩瀬博太郎氏は、こう述べています。

通常、人の死体が病院以外の場所で発見された場合は、まずは「死体取扱い規則」に従って、死体が取り扱われる。その第4条には、

「警察署長は、死体が犯罪に起因するものでないことが明らかである場合においては、その死体を見分するとともに死因、身元その他の調査を行い、死体見分調書(別記様式第1号)を作成し、又は所属警察官にこれを行わせなければならない」

と、明記されているのだが、この、

「死体が犯罪に起因するものでないことが明らかである場合」

という一文が、曲者だ。

それなりにもっともらしい言葉の羅列ではあるのだが、「死体が犯罪に起因するものでない」ことを、警察はいったいどうやって判断するというのだろう。その解釈があまりにいい加減なまま運用されていることこそが、大きな問題なのだ。

法の精神からみた場合、「死体が犯罪に起因するものでないことが明らかである場合」とは、たとえば毎週のように医師が往診を受けていた病気の老人が、自宅で、明らかにその病気が原因で亡くなったと医師が判断したような場合に限定されるべきだろう。

ところが、実際の運用にあたってはかなり拡大解釈され、争ったような形跡や目撃者がいなければ、警察官は「犯罪性がない」と判断してしまう。そして、死体のほとんどすべてが解剖にまわされることなく、単に「死体見分調書」の作成のみで済まされているのが現状だ。

見逃されるのは「犯罪性」だけではない。「事故」か「病死」か、それとも「自殺」なのかといった判断も、解剖などの検査を怠ると、その判断に大きな過ちを犯す可能性があるのだ。「焼かれるまえに語れ」(柳原三佳著)P96

犯罪性なしとして解剖に付されないものは、検視といって、外表検査だけで、自殺や事故死、病死だと決めているわけです。外表検査というのは外面だけ見たり触ったりして、あとは経験による直感で死因を決めるのです。

犯罪性のあるなしの決め方もいいかげんなら、自殺や事故死、病死だと決める際の手順もいいかげんなのですね。

私の担当した例でいうとこういうのがありました。

死因は脳内出血で病死とあった。外表検査ではとくに異常はなかったということだった。その事案は穿刺がされていた。

穿刺検査というのは、髄液に血が混じっているかどうかを調べるための検査のことで、後頭下穿刺や腰椎穿刺のことである。血が混じっていたら脳内出血、クモ膜下出血、硬膜下血腫などが考えられる。

しかし、穿刺だけではそれが内因死なのか外因死なのかはわからない。脳内出血はたしかに病死であることが多いが外傷が原因でなることだってある。クモ膜下出血はどちらもありうる。硬膜下血腫はほとんどが外傷だと言われている。

穿刺だけでは死因が外因によるものなのか内因によるものなのか決められない。そのため、外表検査との合わせ技で内因死か外因死かを決めているのが実情です。つまり、外表検査で頭部に出血や擦り傷があるのかどうか。あれば外因死、なければ内因死ということになります。

しかし、この合わせ技による推定は私のような素人が考えても「たったそれだけで決めちゃうの」と思わせるものです。毛髪で覆われている頭皮の状態が見た目でどこまでわかるのでしょう。医師の眼だけが超高性能というわけでもないし、出血があるかどうか、擦り傷があるかどうかの判断は私のような素人と医者でも大差がないはずだからです。

すなわち、見た目だけで判断するのは必ず見落としが生じます。そもそも、外傷を原因とする硬膜下血腫で頭皮に異状がない例などよくあることです。

自殺はどのようにして決めるのか

自殺は外因死に分類される。その外因か内因なのかの判断が、実はこのようにいい加減なのだということを言いたいがためにここまで書いてきました。要するに自殺かどうかなんて見た目と事故状況や遺族の話などから、言い方は悪いかもしれないが、警察がかなりテキトウに決めているのが実態なのですね。

現に、警察の捜査で自殺と断定された事件がのちに事故または殺人事件だったという例はいくつもあります。自殺なのに病死扱いされた例はもっと多いに違いない。そういういい加減な数の集計が年間自殺者数3万人とかの数字です。

したがって、「自殺者数3万人」(2019年時点の自殺者数1万9959人)はあくまで氷山の一角であって、本当の自殺者数はその何倍もあるとも言われています。実際の自殺者数のカウントのされ方がこのように実におおざっぱかついいかげんなため操作可能だといわれてもしかたないと思います。

不可視の内戦状態

日本の自殺者数の多さを指して、かつて、作家の辺見庸氏が「不可視の内戦状態」だと形容していたことを思い出しました。

すなわち、日本の自殺者がここ(注:辺見氏執筆当時のこと)10年連続で3万人を上回り、30数万人もの人々がみずから命を絶っている状況に対して、辺見氏は、

「これがどれほどものすごい数字かは、イラク戦争とそれにつづく内戦による市民の犠牲者数とくらべてみればわかる。米英の非政府組織イラク・ボディーカウントの発表によると、イラク民間人の死者数は2003年の開戦以来、ことし6月までの5年間に最多推計で9万2千数百人である。酸鼻をきわめるイラクの戦闘にまきこまれて非情にも殺される人々よりも、平和国家とされる日本でみずから死を選ぶ者たちのほうが圧倒的に多い。これはいったいどういうことなのか」と疑問を投げかけ、

続けて、「貧困の原因を個人の努力・工夫不足のせいにする昨今の傾向と同様に、自殺原因の解析でも、国家と社会の病弊を故意に捨象し、個人の心身の病を強引に“真因”としているように思えてならない。希望の見えないこの社会では、戦闘こそないかもしれないが、こころは依然、内戦的緊張にさらされている」としていました。

この自殺大国ニッポン。「自殺」という狭い定義からは「内戦」を含めるという辺見氏の解釈は外れるでしょう。が、「不可視の内戦状態」という捉え方は決して間違っているとは私には思えませんね。

【「検視官の臨場率78%」17・02・25追記】

私が参照した資料が古かったため、追記したい。今朝の北陸中日新聞に「検視官の臨場率78%」という記事があったので、ご紹介しておきたい。

昨年に全国の警察が取り扱った遺体は前年より1474体少ない16万1407体で事件性の有無を判断する検視官が現場に立ち会った割合の臨場率は78.2%だったことが警察庁のまとめで分かった。臨場率は前年より2.2ポイント高くなり、過去最高だった。

2007年の力士暴行死事件など、犯罪による死亡事案の見逃しが相次いだことをきっかけに、政府は死因の究明体制を強化。07年4月に147人だった検視官は、昨年4月時点で341人と2倍以上となり、臨場率も11.9%から大幅に向上している。

これに対し、全国の医療機関などの解剖医は昨年4月時点で約145人。解剖率も12.7%にとどまっている。

警察が取り扱った遺体の内訳は、犯罪による死亡が明らかな遺体が598体、犯罪の疑いがある遺体が2万144体、病死の疑いなども含むそれ以外の遺体が14万665体だった。東日本大震災関連や交通事故関連は含んでいない。

事件性が強く、捜査や死因特定のため裁判所の令状に基づいて実施する司法解剖は8326体で、前年より98体の減少。事件性が不明でも遺族の承諾なく解剖できると規定した死因・身元調査法による解剖は2605体で、13年4月の施行から増加傾向にある。

事件性は薄いが死因不明な場合に、自治体の監察医が行う行政解剖や医師が遺族の承諾を得て行う解剖は9487体だった。

この件にかぎらないことだが、私が参考にしたのは古い資料なため、最新の情報や最新の法律(たとえば死因・身元調査法が新法であるなど)を踏まえていません。この記事を書くために参考にした資料の中には「標準法医学・医事法第4版」がありますが、発行が1995年であり、そのことよる古い情報に基づいた間違いがあるかもしれません。いずれ調べて訂正・修正があれば行いたい(18・10・1追記)。

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