アクセス数と問い合わせ数

いろいろ考えることがあり、記事出しを当分の間やめるつもりでいたし、そのように宣言もしたが、あれから何人かの方から貴重な助言をいただき、何か月も空白期間を置くのはよくなく、せめて1週間か10日にひとつでもいいから記事出しをすることにした。記事出しをやめようとした理由は、このまま多くの記事を書きつづけたとしても、アクセス数は増えるだろうが、それがそのまま問い合わせに直結しないだろうと思えたからだった。

問い合わせにつながるなにかが足りないのだと思った。記事は毎日のようにコピーされまくりなのだから、記事自体は信頼されているものと思う。しかし、問い合わせがないということは、記事自体に問題がなくても記事を書いている当人に問題があるのだと考えるしかなかった。

ところで、以下が当サイトのアクセス数である。

701
 
アメブロのほうのアクセス数は以下のとおりである。
7011
 
2つのブログの数値を合計すると、

項目当サイトアメブロ合計数
セッション数6475706313538
訪問者数5277595911236
ページ閲覧数87201039719117

 
決して誇るほどの数値ではないものの、電話番号や事務所所在地、名前を公開したにもかかわらず、公開したこの1か月間に問い合わせがあったのはたったの3件。3件もあったのならいいではと思われるかもしれないが、仕事につながるような問い合わせは1件もなかったし、そのうち1件は「あいおいさんですか・・・」などと、どうしてそこと間違えるのだろうかという不審な電話の1件も含めての数字である。

ところで、業種も違うし、どこまで参考になるのかわからないが、ひとつの目安として、ネット営業だけで食えているという高島司法書士さんのサイト記事から引用しよう。

①「司法書士・士業事務所ホームページへのアクセス数」という記事で、

Google Analyticsでの1か月間の訪問数は21,852なので、1日平均は730弱です。(2013-10-08)

とされている。

続けて、

これだけのアクセス数があるからこそ、ウェブサイト経由のお客様のみによって10年以上もの間、事務所経営が成り立っているのです。

と書いておられる。

それから10か月後、訪問数をさらに伸ばされて、

②「相続で司法書士が生き残る道!」という記事で、

62,000アクセスで、問い合わせ100件 問い合わせ率は1.6%(2014-08-20)

とされていた。

さらに③もっとも新しい情報(2015・2・2)では、

1日あたりの新規お問い合わせは平均して2,3件くらいのイメージです。フリーダイヤル番号を大きく掲示しているせいか遠方からのお電話も多いため、現実のご相談・ご依頼につながるのはもっと少ないですが、それでも毎日数件の新規お問い合わせ電話が入るのは、インターネットによるマーケティングがうまくいっている証といっていいでしょう。・・・上記のような新規お問い合わせをいただくためには、ホームページやブログそのものに力を入れる必要があるのは当然ですが、それよりも重要なのはサイトにアクセスしてもらうことです。訪問した人がすべて問い合わせをすることはあり得ませんから、1日のアクセスが数件というような状態では問い合わせも入るはずがありません。

アクセス数が多いメインサイト(ドメインは office-takashima.com )への2015年1月のセッション数(訪問数)は54,499です。・・・このサイトだけで1日平均1,800を超えるアクセスがあることになります。このほかにも、1日200,300件のアクセスがあるサイトを複数運営していますから、全体では相当なアクセス数があるはずですが、それでも1日あたりの新規お問い合わせ電話は数件にとどまるわけです。

 
以上から、「食えている」という数字がセッション数(訪問数)1日730なので、730×30=21900が当面の目標である。当サイトの現・セッション数の3倍、当サイトとアメブロを合計した数値の倍である。

その数値にいずれは達するだろうが、その時点で問い合わせが「食っていける」分あるかといったら、たぶんないだろう。その原因は記事自体にはなくて、ぼくたちにあることは間違いない。その対策についても複数の方から助言をいただいた。とりあえず、記事数自体を増やすとともに、ターゲットをどこにおくのかの明確化・意識化など、改善のための試行錯誤も行っていくつもりである。

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事務所所在地・連絡先

ホームズ調査事務所:
石川県加賀市
電話番号:090-1314-0234

電話・メールをされる前に、「お問い合わせ」欄を読んでくださいね。なお、メールについてはお返事に時間を要することもあるし、内容によっては、たとえば記事に書いてあることの再確認とか、あまり深刻とは思えないものについてはお返事しないこともありえます。電話ならその点確実です。

当事務所の立場

突然、交通事故にあわれた被害者は、怪我をされたり、車を破損などされたりして大変なことです。その損害の賠償をしてもらうために、これから、加害者そして加害者側の損保担当者を相手に示談交渉を進めなければならなくなります。しかし、交通事故は人生でそう何度も経験するわけではありません。なにをどのようにしたらいいのか途方に暮れてしまうのがふつうです。

ところが、事故被害者がまず相手にするのが加害者であり、そして、実際は加害者側損保の担当者です。損保の担当者はそのことで生計を立てているいわばプロであり、百戦錬磨で鍛えた知識と経験があります。かたや、知識も経験もほとんどない事故被害者。そんな素人がプロ相手にどのように交渉していったらいいのでしょうか。

交通事故に詳しい弁護士が知人にいるような幸運な方は別にして、たいていの方は途方に暮れてしまうことでしょう。一昔前は、素人とプロの交渉ごとということにふつうはなって、プロの思い描くストーリーどおりに押し切られるのがふつうでした。しかし、ネットが発達した現在、示談交渉を進める上での情報がネットを検索すればあふれかえっています。が、その情報は正しいものもあれば正しくないものもある。玉石混淆です。それらの情報に接した事故被害者にとって、どの情報が正しくて信頼できるのかがまずわかりづらいし、自分だけでは手に負えなくて、調査や交渉ごとをだれかに任せることも時に必要になってきます。が、ネット上には、われこそは事故被害者のためだと謳っているものばかりなので、実際にいったいだれを信頼したらいいのかわかりません。

知識とは中立なものであること

ここで注意してほしいのは、情報の正確さもさることながら、その情報(知識)そのものが中立なことです。

昔、東大卒が多い自民党が間違えるはずがないと豪語している自民党支持者に会ったことがあります。ぼくは苦笑するしかありませんでした。たしかに東大卒は勉強をいっぱいしているわけだから、その知識量も多くかつ正確だといえるかもしれません。ただ、知識それ自体はあくまで中立なものであり、どちらにも役に立つ武器なのです。したがって、その正確でたくさんの知識をどちらの側に使うかにある。わかりやすいたとえ話をしてみましょう。

知識は刀という武器と同じ


その昔、武士という職業が存在しました。この武士は帯刀を許された職業のことであり、刀の専門家です。殿様を頂点にして、殿様に雇用され、殿様を守るために武器である刀の技術を日夜みがいていた。

この武器である刀自体は殿様を守るためにも使えるし、農民に加勢して殿様に刃向かうためにも使えます。しかし、悲しいかな、現実は殿様を守るために使われた例が圧倒的に多く、農民に加勢するために使われた例など不幸にしてきわめて少なかった。ごく稀に後者のような武士が現れますが、こういう武士こそ庶民にとっての英雄であり、「七人の侍」はまさにそのようなタイプの武士たちでした。

利益が一致しているか相反しているかが重要

したがって、問題はその使い手自身にあります。使い手がどちらの側に立つかで知識もそれぞれの側の武器になる。そして、その使い手がどちらの側に立つかは双方の利益が一致するか相反するかでふつうは決まってきます。

この、肝心要のことを説明したサイトが皆無といっていいほどにみあたらないのは不思議なことです(というか、あえて否定しているサイトさえいくらでもみつかるくらいです)。

記事を読んでいただければたちどころにわかることですが、当事務所は「立場」を鮮明にしております。あえて鮮明にしているのは、人間や社会に対する見方は、その人自身の立場から自由にはならないからです。中立を装うことは考察を浅くし、論旨を不明確にし、自己を無責任な立場に置くことになる。「立場」のない「立場」などありようがない。当事務所の立場は、ぼく自身が社会的弱者であるため、弱者の立場に徹することです。ぼくのような弱虫は「七人の侍」のようには決してなれないけれど、せめてその心意気だけでも真似して、社会的強者に阿らないようにしたい。そういう気持ちで当サイトをたちあげました。丸山真男のことばを最後に引用しておきます。

丸山真男から

ゲーテは「行動者は常に非良心的である」といっておりますが、私たちが観照者、テオリア(見る)の立場に立つ限り、この言葉には永遠の真実があると思います。つまり完全にわかっていないものをわかったとして行動するという意味でも、また対立する立場の双方に得点と失点があるのに、決断として一方に与するという意味でも、非良心的です。にもかかわらず私たちが生きていく限りにおいて、日々無数の問題について現に決断を下しているし、また下さざるを得ない。純粋に観照者の立場、純粋にテオリアの立場に立てるものは神だけであります。その意味では神だけが完全に良心的であります。

私たちの社会というものは、私たちの無数の行動の網と申しますか、行動の組合せから成り立っております。社会がこうして私たちの行動関連から成り立つ限りにおいて、私たちは行動あるいは非行動を通じて他人に、つまり社会に責任を負っています。その意味では純粋に「見る」立場、ゲーテの言う意味での完全に良心な立場というものは、完全に無責任な立場ということになります。

したがってこの点でも神だけが、完全に無責任でありうるわけであります。認識することと決断することとの矛盾中に生きることが、私たち神でない人間の宿命であります。私たちが人間らしく生きることは、この宿命を積極的に引き受け、その結果に責任を取ることだと思います。この宿命を自覚する必要は行動関連が異常に複雑になった現代においていよいよ痛切になってきたのです。

世のなかには一方では、認識の過程の無限性に目をふさぎ、理論の仮説性を忘れる独断主義者もいれば、またそもそも認識の意味自体を頭から蔑視する肉体的行動主義者がいます。しかし他方その半面では、物事はそう簡単にはイエスかノーかきめられないのだ、もっとよく研究してからでなければなんともいえないという名目の下に、いつも決断を回避することが学者らしい態度だという考え方がかなり強い。

あるいは対立する政治的争点に対して、あれももっとも、これももっとも、逆にそれを裏返しとして、あれもいけない、これもいけないということで、結局具体的な争点に対して明瞭な方向性を打ち出すことを避ける態度をもって、良識的であるとか、不偏不党であるとか考える評論家やジャーナリストもかなりいるようであります。

たびたびゲーテの言葉を引いて恐縮ですが、ゲーテはこういうことをいっています。「自分は公正であることを約束できるけれども、不偏不党であるということは約束できない。」今申しましたような世上いわゆる良識者は対立者に対してフェアであるということを、どっちつかずということと混同しているのではないでしょうか。
「現代政治の思想と行動」丸山真男 P452-454

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