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七人の侍は農民に加勢するために刀を使った
その昔、武士という職業が存在した。この武士は帯刀を許された職業のことであり、刀の専門家であって、殿様を頂点にして、殿様に雇用され、殿様を守るために武器である刀の技術を日夜みがいていた。
この武器である刀自体は殿様を守るためにも使えるし、農民に加勢して殿様に刃向かうためにも使える。しかし、悲しいかな、現実は殿様を守るために使われた例が圧倒的に多く、農民に加勢するために使われた例など不幸にしてきわめて少なかった。ごく稀に後者のような武士が現れるが、こういう武士こそ庶民にとっての英雄であり、黒澤明映画「七人の侍」はまさにそのようなタイプの武士たちであった。
*後者の武士を映画にしたのが日本映画の傑作「七人の侍」。「おのれのことばかりを考える奴は、おのれをも滅ぼす奴だ」 という名セリフがよかった。
知識も同様だが、利益相反の関係のあるなしを考える必要がある
知識についても同様なことがいえて、それ自体はどちらにも役立つ武器である。問題はその使い手にある。使い手がどちらの側に立つかで知識もそれぞれの側の武器になる。そして、その使い手がどちらの側に立つかは双方の利益が一致するか相反するかで決まる。
自分の加入している損保に聞いていいことと悪いこと
交通事故にあったとき、わからないことがあれば自分が加入している保険会社に聞いてみるべきだとアドバイスする人が多い。たしかに保険会社の担当者はその道の専門家だし、素人の事故当事者よりもはるかに多くの知識を持っている。しかし、このことには重要な前提条件があって、アドバイスをする人と受ける人とで利益が相反してはならないことである。このことを交通事故による損害賠償を主題にして考えてみたい。
損害賠償額は2つの要素で決まる。1つが損害賠償の範囲、もう1つが過失割合だ。つまり、損害賠償の範囲に含まれる損害項目の合計額×過失割合で損害賠償額が決定する。「損害賠償の範囲に含まれる」かどうかは、たとえば代車代はどうだとか、買替諸費用はどうだとか、医者へのお礼にかかった費用がどうだとかそれ以外にもたくさんあるが、要するにそれらの各項目が「損害賠償の範囲内」なら賠償しなければいけないし、範囲外なら賠償しなくてもすむ。
以上は損害賠償についての基本中の基本の知識だが、ほとんどだれも取り上げようとしないのが利益相反の関係である。まずもっともプリミティブな形態でそのことを考えてみよう。つまり、損保を抜きに被害者Aと加害者Bとの関係で考える。次にAの加入保険会社CとBの加入保険会社Dが介在した場合について考える。
前者の場合、過失割合について。Aの過失が大きいときBの過失は小さくなる。Aの過失が50ならBの過失は50。30なら70。ゼロなら100。Aが利益を得ればBは不利益をこうむる。この関係は明らかに利益相反の関係である。では、損害賠償の範囲についてはどうだろうか。これも、損害賠償の範囲が広がれば広がるほど、Aの利益は大きくなるし、それに反比例して、Bの出費は大きくなる。これも利益相反の関係にあたる。
次に、後者の場合である。
過失割合については、たとえばAが過失50の場合、相手損保から自分のこうむった全損害額の50%が支払われ、自己負担は50%になる。Aの過失が30なら、全損害額の70%が支払われ、自己負担は30%ですむ。ゼロなら、Aには一切の負担が発生しない。その過失割合にしたがって、双方加入の保険会社に支払い責任が発生する。これも相手との関係では利益相反の関係にあたるが、事故当事者と加入損保とは利益が一致する。
では、損害賠償の範囲についてはどうだろうか。先ほど挙げた代車代や買替諸費用などを使って説明すると、約款には「法律上の損害賠償責任を負担することによって」とあるだけで、代車代や買替諸費用が損害項目に含まれるのかどうかが書かれていない。実務では、保険会社は代車代についてはかなり厳しい条件をクリアーしないかぎり支払いの対象にしていない。たとえば過失ゼロでないと支払わないとか、代車を借りてしまった場合にだけ支払うとか。理由にならない理由を持ち出して支払いを拒絶する。その他の買替諸費用や医者へのお礼も原則として支払わない。ところが、裁判だと代車代も買替諸費用も医者へのお礼も、その相当額について認められている。
私たちが保険に加入するとき、自賠責だけでは足りないからとか、相手に十分な補償をするためとか言われ、それに納得して加入する人が多い。つまり、裁判所が認めている損害項目については保険会社も当然にそれにならい、支払いの対象にしていると勝手に思い込んでいる。しかし、現実はそうではない。
すなわち、先ほどの例でもわかるように、保険会社は契約上の責任を十分には果たしていないといえる。これでは事故被害者だけでなく契約者である事故加害者の利益にも反する。他方、保険会社は損害項目が広がるのを嫌がり、先ほどの例のような損害項目については支払いの対象にしたくないから、そのことで保険会社同士は利益が完全に一致する。
労働能力喪失期間を35年分カットするために、片目喪失でも10年経てば慣れるものらしい
そのことをもっとわかりやすい具体例で示してみたい。
事故当事者で利益が合う具体例
取り上げた事例は柳原三佳さん執筆の記事だが、要約すると、自損事故を起こした車の同乗者が片目を失明し、友人である運転者の加入損保に補償を求めた。ところが、その代理人である弁護士が、片目なら10年も経てば慣れて、ふつうに見えるようになるはずだからなどと、とんでもない言いがかりをつけて、労働能力喪失期間を10年にカットして、示談しようとした事例である。開いた口が塞がらないとはこういう場合にこそ使うべきだろう。その時片目喪失の被害にあった同乗者は、加害者である運転者の友人に協力を要請した。友人は、こんなアホな主張するために示談代行を加入損保に依頼したわけではないと、損保がつけた弁護士(タテマエ上友人が委任したことになっている)に抗議した。その顛末は引用先に詳しいのでぜひご参照ください。
こういうことがよくあるため、実は私自身が事故の被害にあったときに、相手損保との示談交渉がうまくいかなくなった時のことをあらかじめ想定して、加害者に必ず協力をしていただけるように要請することにしている。これは、契約者でない第三者(事故被害者)に冷たい態度の損保でも、契約者の抗議は最悪契約を破棄されてしまうリスクがあるため無視できず、効果テキメンなのである。
保険会社はどこまで契約者の味方なのか
結局のところ、保険加入している場合の利益相反の関係は以下のような図式が成立する。
被害者A・被害者の損保C VS 加害者B・加害者の損保D
過失割合については、自分の加入している損保に大いに相談に乗ってもらったらいい。
事故両当事者AB VS 両損保CD
損害の範囲については、自分の加入している損保よりも事故の相手方と利益が一致する。この点が、示談交渉でもまったく軽視されている。そのため、事故当事者はたいへん損をしていると思う。
損害の範囲について損保に相談するのは愚の骨頂である
結論。過失割合については、自分の加入する保険会社と利益が一致するから相談してもかまわない。しかし、賠償の範囲については利益が相反するのだから、相談してもむだというか、そもそも相談するべきでない。このことに無知で、自分の加入している保険会社はきっと自分の味方になってくれるだろうなんてくだらない幻想を持っているなら、そんなものはさっさと捨てるべきである。