不法行為上の損害賠償債権との相殺で、物損で過失ゼロの場合

【画像の説明文から、加害者に腹いせに被害者がぶつけたのかと思ったが、そうではなくて、追突しておいて、さらに腹いせに被追突車を壊した事例らしい】

代車代を総損害賠償額から相殺するのはおかしくないかという相談

このところ相談が多くなってちょっとアップアップ気味である。つい最近いただいた相談だが、実際は人身事故でもっと複雑なのだが、単純化して紹介しよう。

交通事故で追突され、車が壊れた。加害者側損保と壊れた車について示談交渉していたが、車が特殊なものだったため、車の時価額で争いがあるし、特殊ゆえに部品の調達などでも手間取りそのため修理期間が延びて、どこまで修理期間を認めるかでも争いになった。

そうこうしているうちに、加害者損保が手配してくれた代車について、代車を1か月間についてだけ認める。その後についての代車代は、事故被害者である相談者がレンタカー会社に直接支払ってくれ、支払ってくれないなら、今回の事故により発生した損害賠償額から相殺する・・・という内容証明が相手側弁護士から送られてきた。

こんなことを今さら突然に言い出すことが許されるのか。

 
許されるわけがない。内容証明の文言を確認してみたが、相殺(一方的な意思表示)は許されないが、相談者の同意があれば相殺が許される、つまり相殺契約が許されるため、相殺の提案というような内容なのだろうとも予想していたのだが、実際の文言は一方的な相殺宣言であった。

実を言うと、この種の内容証明は今回が初めてではない。損保側弁護士が一方的に相殺を主張する文言を調査員時代に何度か見たことがあったからである。

不法行為により生じた債権を受働債権とする相殺の禁止規定

民法第509条

債務が不法行為によって生じたときは、その債務者は、相殺をもって債権者に対抗することができない。

 
いわゆる不法行為により生じた債権を受働債権とする相殺の禁止規定である。どうして禁止されているのか。わかりやすい例で説明しよう。

交通事故で自分の車が壊された。加害者がのらりくらりして、賠償してくれない。そうか、だったら、お前を一発ぶん殴る。それで加害者に損害賠償請求権が発生するからそれと相殺しよう。こういうのは許されない。「殴る」では人聞きが悪いから、じゃ、今度は加害者の車に自分の車をぶつけて、それでチャラにしよう――でもいい。

こういう行為を誘発しかねないので、禁止されているのだ。

内田貴の「民法Ⅲ」では、こう説明している。ぼくが説明したことは、②にあたる。

不法行為による損害賠償債務を負う債務者は、これを受動債権として相殺することができない(509条)。その趣旨としては、通常2点が挙げられる。

①加害者(債務者)は、現実にかつ迅速に被害者(債権者)の損害を填補すべきだとの考慮、このことを、「薬代は現金で」などと表現する。

②通常の金銭債権を有する債権者が、債務者に弁済してくれないので、その腹いせに債務者に対して不法行為を働き、その賠償義務で相殺する、ということを防ぐ狙い(腹いせ防止)。(P250)

民法509条が改正されるようだが・・・

ところで、今回この記事を書くまで、この509条が改正されることを知らなかった。どういうふうに改正されるのか。

民法第509条の規定を次のように改めるものとする。

次に掲げる債権の債務者は、相殺をもって債権者に対抗することができない。
(1)債務者が債権者に対してした悪意による不法行為に基づく損害賠償請求権
(2)債務者が債権者に対してした人の生命又は身体の侵害に基づく損害賠償請求権((1)に該当するものを除く。)

509条の相殺禁止の制度趣旨

従来、現509条の規定に関する最高裁判例に批判があった。どういうことかというと、509条の相殺禁止は、自働債権・受動債権がともに不法行為から生じた損害賠償債権の場合でも、最高裁(昭和54年9月7日判決)は相殺禁止を妥当だとしていたためである。当判決の事例を単純化すると以下のような事案である。

X会社のライトバンとY会社のトラックが交通事故を起こし、物損被害が生じ、双方に過失があった。XからYに対する損害賠償請求に対し、Yは自らの損害賠償請求権で相殺すると主張した。このYの相殺を認めなかったのが最高裁の判断だった。

最高裁判決に対する批判

それに対して、批判があった。先に、509条の制度趣旨を書いた。その制度趣旨を満たさないというのが批判の内容である。

すなわち、第一に「薬代は現金で」の考慮については、本件は物損であり、しかも双方が会社であって、通常の金銭債権と比較して弁済を迅速に得させる要請が特に高いとはいえないこと。第二に、腹いせ防止に関しても、双方に過失があり、どっちも悪いのだから、腹いせは起こりづらいということ。

以上から、判例の例では相殺を禁止すべきでないとしている。相殺禁止の原則は、受働債権が人身の場合というようなすぐにも医療的救済が必要な場合や、一方的に損害を被った被害者が腹いせのために故意に不法行為を行うのを防止するといった場合に妥当だが、双方過失がある事故で損害が物損の場合には妥当しないとされていた。最高裁の判例は、まさにそのような事案(双方過失ありで物損事故)であった。

今回の債権法改正試案は、制度趣旨に合っているのか

さて、今回の債権法改正試案は、従来の判例批判を踏まえたものかと思った。が、この改正のされ方だと、今回の相談例は、物損で悪意があるわけではないから、過失相殺も可能ということにならないだろうか。双方過失がある場合という条件が加わっていないからである。これでは今回の相談者のようなケース(被追突事故で過失ゼロの場合)では救われないのではないだろうか。そして、損保にたいへん有利な改正のように思えるのだが、どうなんだろうか。

民法の規定やその解釈は市民法ゆえに市民間の公平・平等を律するのだと言われることがある。が、この例のように、ぼくの偏見かもしれないが、大資本とりわけ金融資本に甘いものが、民法の条文やその解釈としての判例に少なくないように思える(たとえば根抵当権制度の創設の経緯)。日本は資本主義の国だから、したがって金儲けをすることがなによりも評価される国だから、しゃ―ないのかな。
 

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交通事故に詳しい弁護士が知人にいるような幸運な方は別にして、たいていの方は途方に暮れてしまうことでしょう。一昔前は、素人とプロの交渉ごとということにふつうはなって、プロの思い描くストーリーどおりに押し切られるのがふつうでした。しかし、ネットが発達した現在、示談交渉を進める上での情報がネットを検索すればあふれかえっています。が、その情報は正しいものもあれば正しくないものもある。玉石混淆です。それらの情報に接した事故被害者にとって、どの情報が正しくて信頼できるのかがまずわかりづらいし、自分だけでは手に負えなくて、調査や交渉ごとをだれかに任せることも時に必要になってきます。が、ネット上には、われこそは事故被害者のためだと謳っているものばかりなので、実際にいったいだれを信頼したらいいのかわかりません。

知識とは中立なものであること

ここで注意してほしいのは、情報の正確さもさることながら、その情報(知識)そのものが中立なことです。

昔、東大卒が多い自民党が間違えるはずがないと豪語している自民党支持者に会ったことがあります。ぼくは苦笑するしかありませんでした。たしかに東大卒は勉強をいっぱいしているわけだから、その知識量も多くかつ正確だといえるかもしれません。ただ、知識それ自体はあくまで中立なものであり、どちらにも役に立つ武器なのです。したがって、その正確でたくさんの知識をどちらの側に使うかにある。わかりやすいたとえ話をしてみましょう。

知識は刀という武器と同じ


その昔、武士という職業が存在しました。この武士は帯刀を許された職業のことであり、刀の専門家です。殿様を頂点にして、殿様に雇用され、殿様を守るために武器である刀の技術を日夜みがいていた。

この武器である刀自体は殿様を守るためにも使えるし、農民に加勢して殿様に刃向かうためにも使えます。しかし、悲しいかな、現実は殿様を守るために使われた例が圧倒的に多く、農民に加勢するために使われた例など不幸にしてきわめて少なかった。ごく稀に後者のような武士が現れますが、こういう武士こそ庶民にとっての英雄であり、「七人の侍」はまさにそのようなタイプの武士たちでした。

利益が一致しているか相反しているかが重要

したがって、問題はその使い手自身にあります。使い手がどちらの側に立つかで知識もそれぞれの側の武器になる。そして、その使い手がどちらの側に立つかは双方の利益が一致するか相反するかでふつうは決まってきます。

この、肝心要のことを説明したサイトが皆無といっていいほどにみあたらないのは不思議なことです(というか、あえて否定しているサイトさえいくらでもみつかるくらいです)。

記事を読んでいただければたちどころにわかることですが、当事務所は「立場」を鮮明にしております。あえて鮮明にしているのは、人間や社会に対する見方は、その人自身の立場から自由にはならないからです。中立を装うことは考察を浅くし、論旨を不明確にし、自己を無責任な立場に置くことになる。「立場」のない「立場」などありようがない。当事務所の立場は、ぼく自身が社会的弱者であるため、弱者の立場に徹することです。ぼくのような弱虫は「七人の侍」のようには決してなれないけれど、せめてその心意気だけでも真似して、社会的強者に阿らないようにしたい。そういう気持ちで当サイトをたちあげました。丸山真男のことばを最後に引用しておきます。

丸山真男から

ゲーテは「行動者は常に非良心的である」といっておりますが、私たちが観照者、テオリア(見る)の立場に立つ限り、この言葉には永遠の真実があると思います。つまり完全にわかっていないものをわかったとして行動するという意味でも、また対立する立場の双方に得点と失点があるのに、決断として一方に与するという意味でも、非良心的です。にもかかわらず私たちが生きていく限りにおいて、日々無数の問題について現に決断を下しているし、また下さざるを得ない。純粋に観照者の立場、純粋にテオリアの立場に立てるものは神だけであります。その意味では神だけが完全に良心的であります。

私たちの社会というものは、私たちの無数の行動の網と申しますか、行動の組合せから成り立っております。社会がこうして私たちの行動関連から成り立つ限りにおいて、私たちは行動あるいは非行動を通じて他人に、つまり社会に責任を負っています。その意味では純粋に「見る」立場、ゲーテの言う意味での完全に良心な立場というものは、完全に無責任な立場ということになります。

したがってこの点でも神だけが、完全に無責任でありうるわけであります。認識することと決断することとの矛盾中に生きることが、私たち神でない人間の宿命であります。私たちが人間らしく生きることは、この宿命を積極的に引き受け、その結果に責任を取ることだと思います。この宿命を自覚する必要は行動関連が異常に複雑になった現代においていよいよ痛切になってきたのです。

世のなかには一方では、認識の過程の無限性に目をふさぎ、理論の仮説性を忘れる独断主義者もいれば、またそもそも認識の意味自体を頭から蔑視する肉体的行動主義者がいます。しかし他方その半面では、物事はそう簡単にはイエスかノーかきめられないのだ、もっとよく研究してからでなければなんともいえないという名目の下に、いつも決断を回避することが学者らしい態度だという考え方がかなり強い。

あるいは対立する政治的争点に対して、あれももっとも、これももっとも、逆にそれを裏返しとして、あれもいけない、これもいけないということで、結局具体的な争点に対して明瞭な方向性を打ち出すことを避ける態度をもって、良識的であるとか、不偏不党であるとか考える評論家やジャーナリストもかなりいるようであります。

たびたびゲーテの言葉を引いて恐縮ですが、ゲーテはこういうことをいっています。「自分は公正であることを約束できるけれども、不偏不党であるということは約束できない。」今申しましたような世上いわゆる良識者は対立者に対してフェアであるということを、どっちつかずということと混同しているのではないでしょうか。
「現代政治の思想と行動」丸山真男 P452-454

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