リンク(ブックマーク)先の承諾について

相談者にA先生とリンクされているのでと言われた

ここ1週間ばかりのことだが、後遺障害の相談だけでなく仕事の依頼を2件受けた。ひとつは視力障害。昨日のは椎間板ヘルニアだった。いずれも症状としてはかなり重篤で、立証に困難が伴うが上位等級が現状では望みにくいという共通点があった。そのため、何人もの弁護士に受任するのを断られたらしい。受けてくれる弁護士も中にはいるが、後遺障害が得意と本人は言うけれど、話していて、医学的知識・経験に欠けるのがわかるため、着手金目当てではないかなどと、いずれの相談者も弁護士不審をあらわにしていた。

切羽詰った様子なのが電話をとおしてでもよくわかった。なんとかしてあげたい気持ちにもなった。いずれの方も関係資料を送るから、いちど目を通しほしい。できるなら受任していただけないかというものだった。ぼくは、相談にはいつでも応じますが、受任はできません・・・と、お断りするしかなかった。

ところで、相談者の中に、ぼくのところに電話した理由として、A弁護士とリンク(ブックマーク)しているからだと言われた方がおられた。ぼくのサイトはぼくの名前が載っておらず、それで電話するか迷ったそうだ。A弁護士とリンクしているなら、信用してもいいと思ったという。ぼくはA弁護士の承諾もなく勝手にリンクしていたので、相談者にはそのように説明した。

リンク(ブックマーク)の理由

ぼくのサイト正面の一番下のところに、リンク(ブックマーク)一覧が載っている。ぼくが比較的よく訪問するところなため、自分の便宜のためにリンクした。もう1つの理由は、リンクしている先は、ぼくにとってはどれもとても参考になるすばらしいところなので、ぜひここを訪問される皆さんにも知ってほしいと思ったからである。ところが、先日の相談者にこのように言われたものだから、そんな効果もあるのだと知って驚いたしだいだ。

リンクに承諾が必要かどうか

リンクするのにリンク先の承諾が必要かどうかについては、一般的にはいらないとされている。そうはいうものの、ぼくのサイトが公序良俗に反するような、たとえばエロサイトにリンクされたらいやだから、公的なもの以外については、ネチケットとして、承諾を得たほうが得ないよりいいというのが一般的な考えではないだろうか。とりわけ、今回のような信用を特に重んじる弁護士などの「威」を利用する場合も考えられるから、承諾を得ておいたほうがいいだろう。今回のことをきっかけに、リンクしていたいずれも一流だとぼくが考える5人の弁護士のうちで、すでに承諾を得ていた2人の弁護士以外の、まだ承諾を得ていなかった3人の弁護士に、「もし不適当ということでしたら、即刻削除いたします」との承諾の可否の問合せを行った。

承諾の可否をもとめて

結果は、以下のとおり。

1件は快諾。
1件はいまのところ回答なし。
1件は「進んでリンクしてほしいとは思いませんが、勝手にリンクしていただくのは放置します」という回答だった。

無回答については、黙認されたものだと判断し、そのまま残すことにした。「進んでリンクしてほしいとは思いませんが、勝手にリンクしていただくのは放置します」については、当の弁護士はすでに故人であり、交通事故被害者の遺族の方が運営されているので、どうしようか迷ったが、やはりぼくのリンク先から削除することにした。

承諾をもとめる行為というのはかなり勇気がいる。承諾をもとめることによって、自分のサイトがどのようにみられているのかがわかるからである。一流の弁護士に快諾されると天にものぼらんくらいうれしくなる。無回答だと微妙な気持ちになるし、リンクされるのをあまり望まないと言われると、やはりショックだ。

しかし、しかたがない面もある。ぼくは元調査員というだけで何の資格もない。弁護士は行政書士でさえ警戒しているところがあると聞いたことがある。法に触れることをやるつもりはまったくないが、当サイトで書いてある内容をみると、ぼくのばあいは警戒されて当たり前だと思う。にもかかわらず、快諾していただいた諸先生方には感謝の気持ちしかない。

当サイトのリンク(ブックマーク)先の承諾概要

以上の作業を行った結果、当サイトのブックマーク先14件の承諾の有無については、以下のように分類できるようになった。

①承諾を得ているもの。4件。
②承諾を得ていないもの。10件。

承諾を得ていない②については、以下のように下位分類できる。

ⅰ承諾を得ていないが、以前からメール等を通しての知り合いなので、とくに承諾を必要としなかったもの。2件。

ⅱ承諾を得ようとしたものの、連絡がとれない・あるいはその方法が存在しない。2件。

ⅲ「もし不適当ということでしたら、即刻削除いたします」と承諾をもとめたが、無回答なもの。2件。

ⅳ 損害保険料率算定機構など承諾を特に必要としないもの。4件。
 
【17・09・04】
ブックマークを2つ追加した。まだ承諾を得ていない。
 

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突然、交通事故にあわれた被害者は、怪我をされたり、車を破損などされたりして大変なことです。その損害の賠償をしてもらうために、これから、加害者そして加害者側の損保担当者を相手に示談交渉を進めなければならなくなります。しかし、交通事故は人生でそう何度も経験するわけではありません。なにをどのようにしたらいいのか途方に暮れてしまうのがふつうです。

ところが、事故被害者がまず相手にするのが加害者であり、そして、実際は加害者側損保の担当者です。損保の担当者はそのことで生計を立てているいわばプロであり、百戦錬磨で鍛えた知識と経験があります。かたや、知識も経験もほとんどない事故被害者。そんな素人がプロ相手にどのように交渉していったらいいのでしょうか。

交通事故に詳しい弁護士が知人にいるような幸運な方は別にして、たいていの方は途方に暮れてしまうことでしょう。一昔前は、素人とプロの交渉ごとということにふつうはなって、プロの思い描くストーリーどおりに押し切られるのがふつうでした。しかし、ネットが発達した現在、示談交渉を進める上での情報がネットを検索すればあふれかえっています。が、その情報は正しいものもあれば正しくないものもある。玉石混淆です。それらの情報に接した事故被害者にとって、どの情報が正しくて信頼できるのかがまずわかりづらいし、自分だけでは手に負えなくて、調査や交渉ごとをだれかに任せることも時に必要になってきます。が、ネット上には、われこそは事故被害者のためだと謳っているものばかりなので、実際にいったいだれを信頼したらいいのかわかりません。

知識とは中立なものであること

ここで注意してほしいのは、情報の正確さもさることながら、その情報(知識)そのものが中立なことです。

昔、東大卒が多い自民党が間違えるはずがないと豪語している自民党支持者に会ったことがあります。ぼくは苦笑するしかありませんでした。たしかに東大卒は勉強をいっぱいしているわけだから、その知識量も多くかつ正確だといえるかもしれません。ただ、知識それ自体はあくまで中立なものであり、どちらにも役に立つ武器なのです。したがって、その正確でたくさんの知識をどちらの側に使うかにある。わかりやすいたとえ話をしてみましょう。

知識は刀という武器と同じ


その昔、武士という職業が存在しました。この武士は帯刀を許された職業のことであり、刀の専門家です。殿様を頂点にして、殿様に雇用され、殿様を守るために武器である刀の技術を日夜みがいていた。

この武器である刀自体は殿様を守るためにも使えるし、農民に加勢して殿様に刃向かうためにも使えます。しかし、悲しいかな、現実は殿様を守るために使われた例が圧倒的に多く、農民に加勢するために使われた例など不幸にしてきわめて少なかった。ごく稀に後者のような武士が現れますが、こういう武士こそ庶民にとっての英雄であり、「七人の侍」はまさにそのようなタイプの武士たちでした。

利益が一致しているか相反しているかが重要

したがって、問題はその使い手自身にあります。使い手がどちらの側に立つかで知識もそれぞれの側の武器になる。そして、その使い手がどちらの側に立つかは双方の利益が一致するか相反するかでふつうは決まってきます。

この、肝心要のことを説明したサイトが皆無といっていいほどにみあたらないのは不思議なことです(というか、あえて否定しているサイトさえいくらでもみつかるくらいです)。

記事を読んでいただければたちどころにわかることですが、当事務所は「立場」を鮮明にしております。あえて鮮明にしているのは、人間や社会に対する見方は、その人自身の立場から自由にはならないからです。中立を装うことは考察を浅くし、論旨を不明確にし、自己を無責任な立場に置くことになる。「立場」のない「立場」などありようがない。当事務所の立場は、ぼく自身が社会的弱者であるため、弱者の立場に徹することです。ぼくのような弱虫は「七人の侍」のようには決してなれないけれど、せめてその心意気だけでも真似して、社会的強者に阿らないようにしたい。そういう気持ちで当サイトをたちあげました。丸山真男のことばを最後に引用しておきます。

丸山真男から

ゲーテは「行動者は常に非良心的である」といっておりますが、私たちが観照者、テオリア(見る)の立場に立つ限り、この言葉には永遠の真実があると思います。つまり完全にわかっていないものをわかったとして行動するという意味でも、また対立する立場の双方に得点と失点があるのに、決断として一方に与するという意味でも、非良心的です。にもかかわらず私たちが生きていく限りにおいて、日々無数の問題について現に決断を下しているし、また下さざるを得ない。純粋に観照者の立場、純粋にテオリアの立場に立てるものは神だけであります。その意味では神だけが完全に良心的であります。

私たちの社会というものは、私たちの無数の行動の網と申しますか、行動の組合せから成り立っております。社会がこうして私たちの行動関連から成り立つ限りにおいて、私たちは行動あるいは非行動を通じて他人に、つまり社会に責任を負っています。その意味では純粋に「見る」立場、ゲーテの言う意味での完全に良心な立場というものは、完全に無責任な立場ということになります。

したがってこの点でも神だけが、完全に無責任でありうるわけであります。認識することと決断することとの矛盾中に生きることが、私たち神でない人間の宿命であります。私たちが人間らしく生きることは、この宿命を積極的に引き受け、その結果に責任を取ることだと思います。この宿命を自覚する必要は行動関連が異常に複雑になった現代においていよいよ痛切になってきたのです。

世のなかには一方では、認識の過程の無限性に目をふさぎ、理論の仮説性を忘れる独断主義者もいれば、またそもそも認識の意味自体を頭から蔑視する肉体的行動主義者がいます。しかし他方その半面では、物事はそう簡単にはイエスかノーかきめられないのだ、もっとよく研究してからでなければなんともいえないという名目の下に、いつも決断を回避することが学者らしい態度だという考え方がかなり強い。

あるいは対立する政治的争点に対して、あれももっとも、これももっとも、逆にそれを裏返しとして、あれもいけない、これもいけないということで、結局具体的な争点に対して明瞭な方向性を打ち出すことを避ける態度をもって、良識的であるとか、不偏不党であるとか考える評論家やジャーナリストもかなりいるようであります。

たびたびゲーテの言葉を引いて恐縮ですが、ゲーテはこういうことをいっています。「自分は公正であることを約束できるけれども、不偏不党であるということは約束できない。」今申しましたような世上いわゆる良識者は対立者に対してフェアであるということを、どっちつかずということと混同しているのではないでしょうか。
「現代政治の思想と行動」丸山真男 P452-454

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