過失割合のバイブルといわれる「判例タイムズ過失相殺率基準本」には、T字路交差点での左折車同士や右折車と左折車の事故の過失割合が載っていません。ネットでも「T字路交差点での左折車同士や右折車と左折車の事故の過失割合」は、どうしてだか無視されています。
どうしてでしょうか。では、どのような過失割合になるのでしょうか。
T字路(丁字路)交差点の事故類型
T字路交差点で発生する事故にどのようなものがあるのか、そのすべての類型を以下にあげてみますね。
①突き当たり路からの左折車と右方交差道路からの直進車
②突き当たり路からの左折車と左方交差道路からの直進車
③突き当たり路からの左折車と右方交差道路からの左折車
④突き当たり路からの左折車と左方交差道路からの右折車
⑤突き当たり路からの右折車と右方交差道路からの直進車
⑥突き当たり路からの右折車と左方交差道路からの直進車
⑦突き当たり路からの右折車と右方交差道路からの左折車
⑧突き当たり路からの右折車と左方交差道路からの右折車
これで全部です。
判例タイムズ未掲載の事故類型
ところが、過失割合のバイブルである判タ「過失相殺率基準本」では、そのうちの①⑤⑥⑧しか載っていないのです。えー・えーと思われる方がおられるだろうから、判例タイムズの該当箇所を載せておきます。
どうでしょう。②③④⑦が完全に抜けているのがわかってもらえたかと思います。
判タで出ているのは交点が生じる事故だけ
その理由は、図に両車両の通常の進路軌道を描いていただくとわかりやすい。前者については、必ず交差します。すなわち、どちらかに優先劣後の関係をつけないと必ず交差(衝突)するわけです。たとえばこの図をみたらわかります。
しかし、後者については、通常の進路軌道を走行している限り決して交差せず、衝突しない。本来は衝突しようのない事故なのです。このような事故を「交点の生じない事故」と呼んでいます。判タに掲載されている事故は、交点が生じる事故に限られます。
交点の生じない事故
「交点の生じない事故」は判タの「過失相殺率基準本」に載っていません。その理由は別の事故類型に属するためです。
したがって、判タの適用は許されません。これらは通常の進路軌道を走行している限り決してクロス(衝突)しない事故であり、これが衝突するということはどちらかが相手車線上に進入したことが原因です。
さて、この前提知識から、以下の相談に対してどう答えるかです。
T字路交差点で、相手車は突き当たり路から左折し、当方は直線路から突き当たり路側へ右折した事故
T字路交差点で、相手車は突き当たり路から左折し、当方は直線路から突き当たり路側へ右折したところ、衝突してしまいました。自車側は優先道路です。
ところが、判例タイムズの過失相殺率基準本にはこのような事故形態が載っていません。過失割合はどうなるのでしょうか。
(回答)
本件事故は判タの過失相殺率基準本に掲載されておらず、いわゆる典型事故に該当しません。その意味で非典型事故です。今回のケースは④に該当し、したがって両車両は交点が生じないため、両車両間に優先劣後の関係は原則として生じません。
優先劣後の関係が必要になるのは、通常の進路軌道を走行していると必ずクロスしてしまう関係にある場合です。クロスするからこそどちらかを優先させ、どちらかを劣後させる必要が生じます。
しかし、「交点が生じない事故」は通常に運転している限りクロスが生じないのだから、そもそも双方に優先劣後の関係を作る必要がありません。繰り返しますが、双方の車が双方の車線内を走行している限り、双方は決してクロスすることがないからです。
ということは、「交点が生じない事故」の場合、相談者側が優先道路を走行していたという事情は、そのことで相手に対する優位性を主張できる理由に原則としてならないということです。
この主張については反対意見もあります。優先道路側に優先性を認める見解です。しかし、その理由がはっきりしません。優先道路だから優先なのだというトートロジに陥っているだけで、どうして優先・劣後の関係をここでつくり出す必要があったのかについて、私がこれまで見た範囲では論理的に明確に答えたものをみたことがありません。
繰り返しますが、優先・劣後の関係が必要なのは、そのままだとぶつかってしまうからです。ぶつからないようにするために、その間に優劣をつくり出す必要があるからですね。そのままだとぶつかりようもない関係にまで優先道路であることを理由に優先性ありとするのはおかしいことです。
たとえばこんな事故だったらどうでしょうか。黄色車が早回り(ショートカット )右折をして赤色車と衝突した場合、黄色車が優先道路側だからという理由で、過失が小さいなんてありえないことです。
「道路交通法解説」に重要な指摘がありましたので追記します。
法37条「車両等は、交差点で右折する場合において、当該交差点において直進し、又は左折しようとする車両等があるときは、当該車両等の進行妨害をしてはならない」。
ここで、右折車と左折車との関係を取り上げています。図にするとこうなります。
A車に対する「左折車」というのは1~4まであります。37条によれば、右折A車は左折車の進行妨害をしてはならないとあります。この場合、「交点が生じない」のは2~4です。私の見解では、2~4はそもそも交わらないのだから、進行妨害ということはあり得ません。「解説」ではそのあたりの関係についてこう記載されています。
「左折しようとする車両等」とは、右折しようとする車両等が、それまで進行して来た道路を反対方向から進行して来て交差点において左折しようとする車両等のことである(図の「1」)。したがって、その他の箇所(図の2~4)での左折車は、本条の「左折しようとする車両等」に当たらないと解される。(P342)
T字路交差点事故のまとめ
以上を整理すると以下のようになります。
判タの取り上げているT字路交差点における事故は①④⑤⑥⑧だけです。それ以外の②③④⑦は「交点が生じない事故」ということになり、判タの想定していない事故であり、非典型事故です。判例も、②③④⑦については優先関係に言及していないものが多いです。
では、このようなケースだと具体的にどのような過失割合になるのでしょうか。ネットで調べてみたところ、②については判タの適用があるなどと間違った解説をしているものもあります。
センターオーバー事故で対向車にも過失ありとした判例
③④のいずれについてもいえることですが、どちらが相手車線に進入したかがはっきりしないケースも目立ちます。このような場合は、50対50を基本にして、速度や車体の幅などを勘案して過失割合を決定すべきではないでしょうか。実際の和解案ではその点に言及されているようです。
また、「交点が生じない事故」いうのは一般的な用語ではないため(事故鑑定人の林洋氏などごく一部が唱えているだけである)、ご批判もあるかもしれません。建設的批判をお願いいたします。
初めてメールします。
④の例。丁字路の突き当たりを左折するため、徐行し、停止直前に、直線優先道路左方からの右折車が当方の前バンパー右角に側面を接触しながら通過した事故について。
接触地点は、直線道路の歩道の直前。相手車が徐行せずに早回りし接触。
保険会社の提示は、双方とも、145に準じて基本2:8。
①交差点内の事故になるのでしょうか。
②接触時の相手車の車速が30〜40kmの場合、右折時の徐行義務違反のほか重大な違反になるでしょうか。
③優先道路からの右折車が自車の走行ラインを横切ることを想定し、通過を待つなどの回避義務があり過失になるでしょうか。
お願いします。
下記のツイートで損保関係者からの反論があるまでお待ちを。反論あるといいのだけれど期待薄ですが、しばらく待ってみましょう。なんでしたら、その査定者にここで答えてもらうよう相談者から言ってみたらどうですか。
https://twitter.com/9qAjddBmc9FsCu9/status/1300911341297831936
当方の高齢の母親も、信号機の無い広いT字路交差点内で、一時停止後に優先道路に左折中(軽トラ、MT車)に、優先道路からの早回り右折車(高齢者、AT車)が衝突して来ました。
当方が事故状況図(航空写真を元に)を作成して提出するも、相手側A損保会社は優先道路が優先だと言い「7:3」でこちらが悪い(こちらが外回りしたとも言って来た)と言い張ってらちがあかず。
仕方なく弁護士を通じ(弁護士特約を利用)警察署から事故の図面(通常物損事故では作成せず、請求してから作成したみたいです)を入手し、相手の右折早まわりが原因と証明されても同じ対応。
仕方なく交通事故紛争処理センターに弁護士を通じ斡旋を依頼するも、右折早まわりを認められたが、優先道路じゃ無いこちらが悪い「6:4」と言って来た。納得出来ないので簡易裁判所に控訴。
最初の和解案は「2:8」で相手が悪いと認められました。しかし相手はその和解案を蹴り、簡易裁判所で本日尋問を受け、二度目の和解案(担当裁判官が変更、「こちらが3:相手が7」)が出されました。これ以上関わりたくないし、当方の言い分は全面的に認められたので和解しました。
裁判官の話では、似たケースで横浜での判例(4:6)が有り、それよりこちらの過失が少ないと判断したとの事です。ここまで来るのに1年半掛かりました(T . T)