「交差点」の事故。「交差点」って、わかっているつもりで、よく考えてみると、どこまでが「交差点」なのか、「交差点」の「範囲」のことですが、実務上もよくわからないことが多いのです。
そしてさらに問題なのが、「交差点」か「交差点でない」かで、過失割合が大きく違ってくることです。
目次
基準本では「交差点の事故」と「交差点以外の事故」の2大別から始まる
過失割合を決めるときのバイブルである「判例タイムズ38の過失相殺率基準本」の車両同士の事故に関する分類は、目次をみればわかるように、まず「交差点の事故」と「交差点以外の事故」に2大別されています。
第3章 四輪車同士の事故
1序文
2交差点における直進車同士の出会い頭事故
3交差点における右折車と直進車との事故
4交差点におけるその他の態様の事故
5道路外出入車と直進車との事故
6対向車同士の事故(センターオーバー)
7同一方向に進行する車両同士の事故
8転回車と直進車との事故
9駐停車車両に対する追突事故
10緊急自動車と四輪車との事故第4章 単車と四輪車との事故
1序文
2交差点における直進車同士の出会い頭事故
3交差点における右折車と直進車との事故
4交差点における左折車と直進車との事故
5渋滞中の車両間の事故
6道路外出入車と直進車との事故
7対向車同士の事故(センターオーバー)
8同一方向に進行する車両同士の事故
9転回車と直進車との事故
10ドア開放事故
11駐停車車両に対する単車の追突事故第5章 自転車と四輪車・単車との事故
1序文
2交差点における直進車同士の出会い頭事故
3交差点における右折車と直進車との事故
4交差点における左折四輪車と直進自転車との事故
5歩行者用信号機が設置された横断歩道又は「歩行者・自転車専用」の表示のある信号機が設置された横断歩道若しくはこれに隣接して設けられている自転車横断帯により道路を横断する普通自転車と四輪車との事故
6道路外出入車と直進車との事故
7対向車同士の事故
8進路変更に伴う事故
9転回車と直進車との事故
10交差点以外における横断自転車の事故
問題の所在
では、どういう事故なら「交差点の事故」といえるのでしょうか。すなわち、「交差点」とはどこからどこまでなのかという「交差点」の範囲の問題です。
もし「交差点の事故」なのに、「交差点以外の事故」と判断されたり、その逆に、「交差点以外の事故」なのに「交差点の事故」だと判断されたりすると、事故類型そのものを間違えたことになるから、過失割合のほうだって大きく違ってくるのです。
そんなことがありえるのかと思われた方がもしおられたなら、下に紹介する事故は「交差点の事故」か、それとも「交差点以外の事故」なのか答えられるでしょうか。言い換えれば、どこまでが「交差点」で、どこからが「交差点」でないのか、ぜひお答えいただきたい。
交差点かそうでないかの限界事例
【大阪支部平成19年3月8日裁定・大審第604号】
(過失相殺)
信号機のないT字路交差点において、東から北に右折しようとした申込人搭乗の自転車と、北から東に左折しようとした相手方運転の普通乗用車とが衝突し、申込人が負傷した事故につき、相手方には、前方不注視の過失があったが、申込人にも、一定程度の速度で早周り右折をした過失があったとして、40%の過失相殺を認めた事例。(事故概要)
(1)日時:平成16年7月9日午前11時10分頃(2)場所:兵庫県川西市向陽台3丁目11番地の73
(3)態様:
上記地点における北に向け逆T字形の三叉路において、申込人の運転する自転車が右折して北進しようとしたところ、北から左折しようと進行してきた相手方の運転する普通乗用自動車と衝突した。(4)過失相殺
本件において、申立人運転の自転車が交差点を右折してから約5m入ったところで相手方の車と衝突している状況からして、申立人が一定程度の速度で内回りして右折したことも衝突の一因と認められるが、他方、相手方にも、自動車の運転者として、早期に自転車の走行に気づき、急ブレーキ操作をすれば衝突が回避可能であったというべきであり、その前方不注視の過失は否定できない。以上の双方の過失・事故態様を勘案すると、申立人の過失割合は40%と認めるのが相当である。
(以上、「交通事故裁定例集25 P473~475))
当事故現場の航空図を示します。
×で示したところがおおよその衝突地点です。この裁定例では「交差点」の事故としていますが、衝突地点(自転車が右折をしたところから突き当たり路側に5m入ったところと書かれているのですが、どこで右折を開始したのかの記載がない)から判断するなら交差点外の単路上の事故だと判断できるかもしれません。
もし単路上の事故だとすると、適用すべき事故類型も当然に違ってきます。すなわち、前者ならT字路交差点における事故(私の言い方ならT字路交差点であっても判例タイムズに載っていないいわゆる交点の生じない事故)ですが、後者なら単路上のセンターオーバー事故です。
T字路交差点での左折車同士や右折車と左折車の事故の過失割合
交差点とは(定義)
あらためて「交差点」とは何か、その定義について道交法の規定を確認しておきます。
交差点を理解するための予備知識
「交差点」を考える上で必要な知識を、以下に列挙します。
さて、道交法に「交わる部分」とありますが、どこまでがそうなのか。このことに関しては実は諸説が存在しており、一義的に決まっているわけではありません。
一義的に決まらないのは、「交差点」と一言でいっても典型的な十字路交差点以外に、変形交差点や3つ以上の道路が交差する場合など多種の「交差点」が存在すること、ひとつの説に固執するとそれでは解決しがたいデメリットがあるからです。諸説の中の代表的なもの4つをご紹介しよう。
交差点 定義 図解
①始端結合方式
道路の各側線の始端を結ぶ線によって囲まれた道路の部分を交差点とする考え方。長所はわかりやすく、容易にその範囲が決められること。短所は、丁字路の場合、始端を4角で結べないこと。変形交差点でも不具合が生じる場合があること。
②側線延長方式
各道路の側道を延長させ、他の道路の各側線との接点をつくり、もっとも外側にある始端または接点を結ぶ線によって囲まれた道路の部分を交差点とする考え方。長所は、丁字路交差点の範囲決定に有効なこと。短所はたとえばすみ切りがある場合、交差点の範囲が狭くなることなど。
③始端垂直方式
道路の各側線の始端から対向する側線に対し、垂直線を引いて接点をつくり、それらの接点と始端とを結ぶ線によって囲まれた道路の部分を交差点とする考え方。
④車両衝突推定地点方式
それぞれの道路から進行してくる車両が相互に衝突するおそれのある道路の部分までを交差点とするとの考え方。長所は、車両の流通及び交差点における危険防止という観点からすれば、他の説よりもすぐれた実際的な見解だということ。短所は、各人の主観によって抽象的にその範囲を決めることになりやすいこと。
判例は、かつて「始端結合方式」を採用したものが多かったのですが、最近は「始端垂直方式」や「側線延長方式」を採用するものが現れています。
ところで、ご紹介した事故は交差点の事故とされているのですが、先ほど述べた交差点の定義のうちのいずれに該当するのでしょうか。①②③の定義には該当しないですね。④の立場に立たないかぎり、本件事故は交差点の事故に該当しないように思えます。
④を主観的(注1)だとして排除すると、本件事故は交差点の事故ではなくなる。単路上の事故という見方も可能かと思います。
(注1)
調査実務では④説に立って判断することもあります。ただし、主観的要素が強く交差点の範囲が恣意的になるため、通常は裁判所でないと④の採用は難しいのかもしれません。
【参考図書】
上記以外の「交差点」として、調査実務上よく用いられる交差点
調査実務上、交差点を中心にして停止線よりも内側を「交差点」とすることがよくあります。私自身、信号のある交差点については停止線から対向側の停止線までその長さを計測し、交差道路側も同様に計測していました。
その範囲内で事故が発生したなら、交差点の事故だし、その範囲よりも外で発生したのなら「交差点の外の事故」というのが基本的な捉え方です。
*また、警視庁に勤務されていた藤岡弘美氏は、氏の著書「交通事故調査の手法・手引き」(P61)において、交差点の範囲を以下のように定義しております。
交差点は、その直近に横断歩道または自転車横断帯がある場合は、その横断歩道または自転車横断帯の内側の範囲をいう。
複合交差点のケース
「複合交差点」といってもなんのことだかわからないかもしれませんが、形の上では二つの交差点なのに、評価として一つの交差点になるものがあります。超難問かもしれないので、頭の体操のクイズくらいに考えて、以下の例を見てください。
赤車は、対面信号が黄点滅で→線のようにT字路交差点内を進行右折した。すると右折先の対面信号が赤点滅だった。が、一時停止せずにそのまま進行した。他方、黄車は対面信号が黄点滅で十字路交差点に進入し、赤車と衝突した。
大阪高裁(昭和44年7月18日判決)は、接続した二つの交差点も信号処理などの規制方式によっては一つの複合交差点となり、赤車の赤点滅無視は成立しないと判示している。
それをうけて、「執務資料 道交法解説」(P29)は、
複合交差点とみるかどうかの判断の基準は、先の判例等から考えると一応次の二つをあげることができよう。
①二つの交差点を一つの交差点として信号処理などの規制方式がとられているとき。
②信号処理などは行われていないが、赤車・黄車間の距離が非常に接近しているとき、すなわち、一つの交差点と考える方が交差点の交通方法に適合するとき。(一部表現を変えた)
事故現場確認の大切さについて
警察官にくどいほど言われたのは、現場に100回は行ってみろってことです。そういう警察官自身が100回も現場に行っているとはちっとも思えませんが、100回は無理にしても、やはり現場に何度か行き、しかも事故発生時間に行くことが大切です。
そして、現場に数時間立ち、車の流れや道路環境を理解すること。そこを手抜きにすると、たとえば「交差点」の事故なのかどうか、「交差点」の事故だったとして、ではどの説を採用するべきなのかについて説得力を持ち得るだけの情報が得られません。そこをサボると、過失割合で大きく損をすることにもなりますね。
一番いいのは、現場を確認することの大切さをよく知っている弁護士に依頼することです。しかし、残念ながらそういう弁護士は非常に少ないように思います。
死亡事故で過失割合が争点になっていても、事故現場を確認しない弁護士がいると、ある弁護士が嘆いていたからです。死亡事故でこれですから、それ以下の事故、まして物損事故だといくわけがありません。
交通事故を得意と自称する某損保の某顧問弁護士は、現場に行くと赤字になる。googleの地図で現場確認は十分なのだと、私の前で自信ありげに言ってのけたのです。
簡裁交通事故訴訟。物損事故は立証が大変だ
現場に行こうともしないやむを得ない理由があることがわかるかと思います。
このように、弁護士というのは、法律のプロではあっても調査についてはまったくの素人です。その大切さについて理解していないことが多い。弁護士自身が現場の確認をぜひやるべきというのではありません。弁護士の眼となりうる調査員にその仕事を任せるという手があると思うのです。
このことは何度強調してもし足りないくらいなのだが、カエルの面に小便らしいんですね。事故被害者にとっても、ためいきをつくしかないでしょう。まあ、そういう弁護士に依頼しない。敬遠するにかぎる。そのためには、弁護士選任の際に、こう質問してみることです。
事故現場に行く予定はありますか。行くと言ったら、じゃ同行しましょう。