「人間のための街路」の著者であるB・ルドフスキーは、「西欧文明を覗くためのバックミラーであるイタリアをはじめ、ヨーロッパ、アジア、アフリカに及び10余の国々の街路と、そしてそこに営まれている豊かに人間的な生活とを(この本で)紹介してい」ます。
本の中で出てくる写真は一昔前のものですが、今はどうなっているのか。現況を知りたくて探してみました。中には見つかったものもありますが、見つからなくて、それと似た、あるいは同趣旨の「風景」を探してみることにしました。
「人間のための街路」表紙に描かれている「風景」
我々は、街路が砂漠ではなくむしろオアシスであることに気づいていない。街路の機能がまだハイウェイや駐車場に堕落してない国では、人間のための街路に相応しい数々の配慮がある。すなわちパーゴラあり、日除けあり、恒久的な屋根あり…。「人間のための街路」ルドフスキーhttps://t.co/b59myGaIun
— ホームズ事務所 (@9qAjddBmc9FsCu9) November 21, 2019
人生を楽しむための散歩の話
「街路を散歩する以上に人生を良く理解できる方法はない」とヨーロッパに帰化したヘンリー・ジェイムズは主張している。人生を楽しむために、イタリア人は毎日の儀式としてぶらぶら歩きをする。「人間のための街路」(B・ルドフスキー)https://t.co/yLxIbSubCp pic.twitter.com/CPKBLqJXN8
— ホームズ事務所 (@9qAjddBmc9FsCu9) November 8, 2019
馬車は貴族のぜいたく品だったという話
馬車を持っていたのは貴族だけだった。馬車置き場をはじめ、厩舎や数頭の馬や御者や下男などが必要だった。ヨーロッパの馬車館を訪問した人なら、だれも、馬車が現在の車と同じようにたやすく購入でき、維持できたなどとは思わず、本当のぜいたく品だった。「人間のための街路」(B・ルドフスキー) https://t.co/0As5nrEvvI
— ホームズ事務所 (@9qAjddBmc9FsCu9) May 27, 2020
自動車が大衆化されたとき、歩行者は街路から追っ払われる結果になった
馬車は貴族の贅沢品だったが、自動車が発明されそれが大衆化したとき、民衆でも入手できるようになった。が、街路の景観という視点からすると、その結果は悲惨なものになった。自動車が街路を独占し、それまで街路をそぞろ歩きしていた歩行者を追っ払う結果になったからだ。「人間のための街路」 https://t.co/2CKiRvCckj
— ホームズ事務所 (@9qAjddBmc9FsCu9) May 29, 2020
歩車混在しているインド・アッサムでは路上店舗は評価されず
商店の延長として人々の共同利用の街路として「人間のための街路」(B・ルドフスキー)では肯定的評価。しかし、歩車混在のインドアッサムでは路上店舗が常態化し、歩行者の邪魔になり車道への進入による車との接触リスクを高めているとして否定的評価なのが興味深い。https://t.co/fa3HxSDsvB
— ホームズ事務所 (@9qAjddBmc9FsCu9) June 29, 2020
ヘロドトスのことばどおり、古代都市バビロンはこれほど美しい都市はないと言っていいほどだが、とりわけ行列のための街路がすばらしい
メソポタミアの古代都市バビロンはすぐれたプランで造られ、他のどんな都市よりも美しいというヘロドトスの言葉が、発掘することで正しいことが証明された。とりわけ行列のための60フィート幅の街路は、今だにこれを凌駕するものが造られていない。「人間のための街路」(B・ルドフスキー) https://t.co/FXOMxKF200
— ホームズ事務所 (@9qAjddBmc9FsCu9) May 20, 2020
バビロンの行列街路のつづき。この聖なる街路に敷かれた石は血統つきのものであった。ひとつひとつが楔状文字で次のように銘刻されている。「我はバビロン王ネブカドネザルなり。我は神の行列のために、山から切り出した石をバビロンの街路に敷いた。我が神よ、永遠の生命を授けたまえ」。 https://t.co/bvv12mxzrY
— ホームズ事務所 (@9qAjddBmc9FsCu9) May 21, 2020
クルマが都市の景観を台無しにしてしまうという話
以下は現代の作品。
かつて、裸足かサンダルで歩くためだけに造られた街路を大理石のモザイクで飾るのは誇らしい名工だった。が、現代はその哀れな末裔である。車輪によって踏みしだかれるか上からタールで塗り固められるため、跡形もなく消えてしまうからだ。「人間のための街路」ルドフスキーhttps://t.co/8vZ3AIP0aq pic.twitter.com/O7ll5UNjxz
— ホームズ事務所 (@9qAjddBmc9FsCu9) November 17, 2019
こちらがかつての名工の作品。
ストアの床は、トリポリス特有の縞大理石と黒大理石を用いたオプス・セクティレ手法による幾何学的デザインのモザイクで飾られている。 pic.twitter.com/7WbLf3JrmL
— Verde*Antalya (外出自粛継続中 #evdekalmayadevam) (@VillaVerde_Ant) February 12, 2019
宇沢弘文はこう書いている。
自動車を中心とした経済、社会は、人間的にも、文化的にも、きわめて魅力のとぼしい、殺伐としたものとなっている。このことはとくに都市において深刻である。もともと、文化の形成は、人間と人間とのコミュニケーションを通じてはじめて可能となるものである。また、人々の生活もまた、このような人間的接触を通じてはじめて、うるおいのある、ゆたかなものとなる。都市が、自動車を中心とするようなかたちでつくられるとき、このような人間的接触を最小化するものとなり、文化的水準を著しく低めることになる。
(「「豊かな社会」の貧しさ」P136‐)
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汽車が輸送機関の切り札だった時代の話
汽車が輸送機関の切り札だった時代。路上に線路を通すことに反対する者はなかった。しかしやがて汽車は追い立てられ、現代では、街路を自動車と分け合って何とも感じなくなった人間ばかり、その鈍感さに未来の人々はきっと驚きを覚えることだろう。「人間のための街路」(B・ルドフスキー) pic.twitter.com/YoLvwSOhlJ
— ホームズ事務所 (@9qAjddBmc9FsCu9) December 13, 2019
街路の一部になっている本当のカフェ
本当のカフェーというのは、かならずといってよいほど、それが歩道であるにしろないにしろ街路の一部なのだ。夕刻にはとりわけそうなのだが、数限りない予備の椅子が持ち出され、カフェーの座席が街路や広場中に広がる。(「人間のための街路」B・ルドフスキー)https://t.co/4CURkVr3dx
— ホームズ事務所 (@9qAjddBmc9FsCu9) November 2, 2019
天国への階段としての「バベルの塔」
天国への階段。建築家たちは階段を日常性からの超脱という人間の欲望のシンボルと見なしていたのだ。もしもあの大きな野心が神の意志によって妨げられずに完成していたとすれば、バベルの塔もその一つの例になっていただろう。「人間のための街路」(ルドフスキー)。
— ホームズ事務所 (@9qAjddBmc9FsCu9) March 14, 2020
Sebastiano Serlioの描いたルネッサンスの街路
Sebastiano Serlioの描いた喜劇のための舞台装置は、ルネッサンスの街路を主題にしている。右の画像にある「rvfia」は、売春宿のことらしい。 https://t.co/j9KybBhj7A
— ホームズ事務所 (@9qAjddBmc9FsCu9) April 29, 2020
現在のナポリ広場はかつて湖だった。G・Pパンニーニ 1756年
水による洗礼の儀式のようなこの光景は、都市の戸外空間における初期の空調システムを示している。水の溢れた街路や広場が気温をさげるのだ。こうした水のスペクタルは、現在のナポリ広場がかつて古代ローマのドミティアン闘技場であった時代にもよく催されたことだろう。「人間のための街路」 https://t.co/G74b5qNazB
— ホームズ事務所 (@9qAjddBmc9FsCu9) June 26, 2020
かつてのパリの橋の上には家々が建ち並んでいた
ラグネの「ノートルダム橋とシャンジュ橋の間の船上槍試合」という絵は、かつてパリの橋の上に建っていた家々を想像させる。およそ18世紀までは、橋上に家が建ち並びときに5層に及んだ。住人たちはだれも橋の上にいるとは気づかなかったことだろう。「人間のための街路」(B・ルドフスキー) https://t.co/n3C9MbMVWk
— ホームズ事務所 (@9qAjddBmc9FsCu9) May 7, 2020
ナポレオンの計画した勝利の凱旋ゾウ記念碑
1809年に建設される予定であったが、まぼろしで終わったナポレオンの計画した勝利の凱旋ゾウ記念碑。「人間のための街路」(B・ルドフスキー)https://t.co/ktNEJHBe30
— ホームズ事務所 (@9qAjddBmc9FsCu9) March 22, 2020
ムッソリーニが造った壮大な建築の不幸
ムッソリーニが造った壮大な建築の不幸。「人間のための街路」(B・ルドフスキー)。画像はLittoriaリットーリアの例だが、東京オリンピックの新建造物も歴史上同じ評価を受けるかもしれない。https://t.co/ymEfxmyjOe @limesonlineさんから
— ホームズ事務所 (@9qAjddBmc9FsCu9) March 20, 2020
19世紀のローマでは都市の街路は競馬場だったという話
19世紀のローマでは都市の街路は競馬場だった。馬の競争は首都では途絶えたが、シエナでは、イタリアでもっとも有名なレース(パリオ)が行われている。「人間のための街路」(ルドフスキー)https://t.co/0qXG35FQOI
— ホームズ事務所 (@9qAjddBmc9FsCu9) November 24, 2019
今やイタリア有数の散歩道で知られるかつての要塞都市ルッカ
ルッカの城壁は、1799年にオーストリア人が大砲を全部撤去して以来かつての要塞としての役割を終えている。大砲の代わりに植林され、イタリヤでも有数の散歩道に木陰を提供している。https://t.co/SAu3hU5fMZ @さんから
— ホームズ事務所 (@9qAjddBmc9FsCu9) April 30, 2020
アメリカの街路が汚すぎてローマと較べられなかったホーソン(アメリカの小説家)
こうした街路をみると(アメリカの街路があまりに汚すぎて)、なぜホーソン(アメリカ合衆国の小説家)がローマを自分の町と較べたがらないのかが理解できるだろう。「人間のためのが街路」(B・ルドフスキー) pic.twitter.com/QomsTYh4jk
— ホームズ事務所 (@9qAjddBmc9FsCu9) June 1, 2020
マヨルカ島パルマの古い城壁
マヨルカ島パルマの古い城壁は、現在では海からのそよ風を求めてそぞろ歩きする人びとのための遊歩道になっている。「人間のための街路」(B・ルドフスキー) https://t.co/zmYXhEk0yF
— ホームズ事務所 (@9qAjddBmc9FsCu9) May 23, 2020
世界一美しいといわれるイタリア南部にある白い町アプリア
世界一美しいといわれるイタリア南部・アプリア。哲学者ジョージ・バークリーのアプリア冒険記(1717年)によれば、山賊に対する恐れなど疑心暗鬼にすぎないとし、彼をもっとも魅了したのはアプリアの白い町々だった。「人間のための街路」(B・ルドフスキー) https://t.co/lwxP5MGLMy
— ホームズ事務所 (@9qAjddBmc9FsCu9) June 9, 2020
ローマにある「スペイン階段」は「階段」というより、都市的な広場というべきである
1721年から25年かけて建設されたローマの137段の「スペイン階段」は、非常に巧みにデザインされていて、その非対称性に気づく者はほとんどいないくらいで、完全な形で現存するもっとも名高い階段だが、階段というよりも勾配のある都市的な広場というべきだ。「人間のための街路」(B・ルドフスキー) https://t.co/qNiCJjicHc
— ホームズ事務所 (@9qAjddBmc9FsCu9) May 13, 2020
街角の演奏会である「カンポ・サン・リオの聖遺物の奇跡」
ジョヴァンニ・マンスエティ作。「カンポ・サン・リオの聖遺物の奇跡」。街角での演奏会を描写したもの。「人間のための街路」より(B・ルドフスキー)。日本だったら警察に追い立てられるのかもしれないが、この種の伝統は、今も息づいていることがユーチューブで検索すると確認できる。 pic.twitter.com/zCHiSmF9tm
— ホームズ事務所 (@9qAjddBmc9FsCu9) March 13, 2020
昔の吟遊詩人の唯一の生き残り「カンタストーリエ」
昔の吟遊詩人の唯一の生き残りは「カンタストーリエ」と呼ばれるイタリアの民謡歌いである。彼らは中世の吟遊詩人の直接の子孫であり、路上でギターや手回しオルガンを奏でながら歌い誦ずる。シシリーの孤立した山岳地帯で生き延びている。「人間のための街路」(B・ルドフスキー) https://t.co/SrhS4CWv0E
— ホームズ事務所 (@9qAjddBmc9FsCu9) April 20, 2020
ボンペイの街路にある踏み石の話
ポンペイの街路は重い荷馬車の連輪が特徴ある深い轍の跡を残している。そこを日本庭園の石に似通った大きさの踏み石が横切っている。この踏み石は、速度の速すぎる馬車を低い速度に落とすと同時に歩行者の便宜を計るためのものであった。「人間のための街路」B・ルドフスキーhttps://t.co/qXROTo1PEA
— ホームズ事務所 (@9qAjddBmc9FsCu9) November 4, 2019
ポンペイのフォーラム入口には、墓石のような車止めが突っ立っている
ポンペイの街路は交通信号の「はしり」ともいうべきもの――車に対する停止信号を残している。常時馬車の通行が禁じられていたフォーラムへの入口で、それは街路の中央に墓石のように突っ立っている。「人間のための街路」(B・ルドフスキー) https://t.co/Nkjg24nWDX
— ホームズ事務所 (@9qAjddBmc9FsCu9) June 11, 2020
ジョパンニ・バティスタ・ピラネージの版画。古代ローマの街路のペイヴメント
ジョパンニ・バティスタ・ピラネージの版画。古代ローマの街路のペイヴメントを詳細に記録している。路床にはセメントと砂利の混合物が敷かれ、カットされた丸石が隙間なく嵌め込まれている。「人間のための街路」
L’Architecture de la voie, Éric Alonzo https://t.co/J2D7EiSdji @isdaT_frより— ホームズ事務所 (@9qAjddBmc9FsCu9) June 26, 2020
不思議な魅力にあふれている迷路の町「マルティーナ・フランカ」
迷路の町というのは、何マイルも1直線に伸びる街路で生活していてもその想像力の枯渇していない人々には、不思議な魅力を感じさせるものだ。その最良の状態に保たれている迷路のひとつがアプリア地方の町マルティーナ・フランカである。「人間のための街路」B・ルドフスキーhttps://t.co/NZzL8Tl58v
— ホームズ事務所 (@9qAjddBmc9FsCu9) November 3, 2019
1940年代のトラステヴェレの祝宴会の様子
古代ローマ人の末裔であるトラステヴェレの住民は、祭日をローマ時代のサターン祭りのような大祝宴で祝う。教会前の広場では労働者階級の人々に貝と子豚の食事が振舞われる。「人間のための街路」(B・ルドフスキー) https://t.co/wmjOxbE4O0
— ホームズ事務所 (@9qAjddBmc9FsCu9) March 16, 2020
死体公示所のようなスーパーよりも、行商人の売り声とともに新鮮な野菜が売られる露店のあるエルベ広場の魅力
12世紀に造られたラジョーネ宮殿にあるエルベ広場。露店が新鮮な野菜を売っており、建築と料理の極致をひとつに結び付ける。空調の施された死体公示所のようなスーパーマーケットよりも、けっして小奇麗とはいえないが行商人の売り声がある街路上の市を好む。「人間のための街路」(B・ルドフスキー) https://t.co/ekwLtfpbV5
— ホームズ事務所 (@9qAjddBmc9FsCu9) May 17, 2020
性事を大っぴらに、食事を隠し事にして、その価値観が逆転している民族だって存在する
マリノウスキーのトロブリアンド島人類学調査では、女は6歳から男は10歳すぎから性事を始めるが、結婚前の男女が会食することは不道徳だとされる。つまり、性事と食事がそこでは逆になっていること。「街路での食事はだれの好みにでも合うわけではない。」「人間のための街路」(B・ルドフスキー)。 https://t.co/VmO5HcCzWA
— ホームズ事務所 (@9qAjddBmc9FsCu9) May 14, 2020
ペルージャの水道橋
ペルージャのヴィア・デル・アケデットは、13世紀の水道橋が歩行路に転用されたものである。この橋は建設者たちのぶこつな競争によってつくられたすぐれた景観を持つ街路のひとつ。が、水道橋だったことに言及した案内書がひとつもない。「人間のための街路」(B・ルドフスキー) https://t.co/7nvQIM4kXv
— ホームズ事務所 (@9qAjddBmc9FsCu9) March 20, 2020
小便小僧は、アメリカ合州国では敬遠されているの?
昔から知られている湧き出る水のエロティックな魅力。それが放尿の模倣であることなどが清教徒の国アメリカから街路の噴水を締め出した原因であることは間違いない。「人間のための街路」(B・ルドフスキー)
https://t.co/kAuYetFEmN— ホームズ事務所 (@9qAjddBmc9FsCu9) March 15, 2020
ボローニャのボルティコ
ボローニャの中心部にあるこの背の高い16世紀のボルティコは、夏には人々の涼しい避難所となる。そのスペースの半分をカフェー・バーの椅子とテーブルが占拠している。「人間のための街路」(B・ルドフスキー) https://t.co/VbNF53TrHQ
— ホームズ事務所 (@9qAjddBmc9FsCu9) March 29, 2020
アメリカのポルティコはあまりに貧相すぎて、アメリカ人は口にすらしない
アメリカ人の中に街路のポルティコを望んだ者があったとしても、決して口に出さなかっただろう。貧しい人間のためのポルティコがあるだけだから。ソール・スタインバーグ作。「人間のための街路」(B・ルドフスキー)https://t.co/TfLjWJphxl! https://t.co/0BCfVlqq8V
— ホームズ事務所 (@9qAjddBmc9FsCu9) June 17, 2020
スペルロンガの迷路
ローマから遠くないところにスペルロンガの迷路がある。階段状の街路を登ることは快活さを生み出す。歩いていて物思いに耽りながらゆっくりと足を動かすことが好きな人なら、この町がいにしえの思い出に満ちていることに気づくはず。「人間のための街路」(B・ルドフスキー)https://t.co/x1In3MMoOi
— ホームズ事務所 (@9qAjddBmc9FsCu9) April 18, 2020
フライング・バットレスの話
ギリシャやイタリアは他のヨーロッパ諸国と較べて地震が激しいので、街路で「フライング・バットレス」(仏語Arc-boutant)を見かけることも珍しくない。そしてこのアーチはしばしば建物の増築部分の支持構造(土台)として使われる。「人間のための街路」B・ルドフスキ-https://t.co/Es8MoAboN3 pic.twitter.com/uD7wIBNkq5
— ホームズ事務所 (@9qAjddBmc9FsCu9) November 18, 2019
スイス・ベルンの街路は、かつて罪人がきちんとした洋服を着、帽子を被って掃除していた
きわめて実際的で実利的なスイス人は、安上がりな街路の清掃方法を思いついた。罪人に罪を償う機会を与えるために、彼らを清掃人として使ったのだ。この18世紀の版画は、きちんとした洋服を着、帽子を被った一団がベルンの街路で働いている姿を描写している。「人間のための街路」(B・ルドフスキー) pic.twitter.com/6fHNtsH2Ba
— ホームズ事務所 (@9qAjddBmc9FsCu9) June 10, 2020
道路真ん中に歩道のあるワシントンのペンシルバニア・アベニュー構想
歩道というのはたいてい道路の端っこに造られている。道路中央に歩道がある例など極めて少なく、車がどっかり真ん中を占拠している。下の画像は1850年、ワシントンのペンシルバニア・アベニューで構想された中央が歩道の例だが、けっきょくは実現しなかった。(「人間のための街路」B・ルドフスキー。 pic.twitter.com/EdXaQjOxyp
— ホームズ事務所 (@9qAjddBmc9FsCu9) May 2, 2020
1828年のニューヨークサウスストリートは、海岸の魅力的な姿をとどめることなく、さびれた往来にすぎない
世界の主な港は、ほとんどが海岸の魅力的な姿を部分的には現在まで残している。が、ニューヨークは例外だ。ウイリアム・ベネットの描いた1828年のサウスストリートは、現在ではさびれた往来にすぎない。「人間のための街路」(ルドフスキー)。ニューヨーク公共図書館より。https://t.co/bdmr6nVW0i
— ホームズ事務所 (@9qAjddBmc9FsCu9) May 9, 2020
ニューヨーク商業図鑑にみるニューヨーク市民のカネ儲け第一主義
ニューヨーク市民が関心があるのは「カネ儲け」だけ。カネの作り方には関心があってもその使い方がわからない。これはニューヨーク商業図鑑の1ページ目だが、ニューヨークが商業都市であることを表している。たしかにそれ以外の何ものでもなかった。「人間のための街路」(B・ルドフスキー) pic.twitter.com/ZJW5BXFVkR
— ホームズ事務所 (@9qAjddBmc9FsCu9) June 24, 2020
禁酒法時代にもあった「巡回インチキ医者」の話
「人間のための街路」では、街路で口舌する「巡回インチキ医者」について触れている。下記記事は、アメリカの例。飲酒が禁止された禁酒法時代に民間薬を医者と称して売りつけていた。が、実際は密造業者たちの取締り回避のためのアルコール飲料。重篤な神経作用があった。https://t.co/t5XzKzMRSp
— ホームズ事務所 (@9qAjddBmc9FsCu9) June 14, 2020
街路を楽しむことができないニューヨーク市民の話
アメリカ人っていうのは即物的というか、せっかくの散歩のためにいっぱい趣向をこらしたブルックリン橋上の遊歩道を台無しにしてしまったらしい。
ブルックリン橋上の遊歩道。ニューヨーク市民の散策のため特別にデザインしたのに、この遊歩道のことは忘れられている。こうした街路を楽しむという習慣がニューヨーク市民にはないからである。まるで、ブリシゲラの骨董品だね。「人間のための街路」B・ルドフスキーhttps://t.co/aRbDhvuRVw
— ホームズ事務所 (@9qAjddBmc9FsCu9) November 13, 2019
警察の演出下にあるアメリカのブロックパーティー
アメリカのブロックパーティーはよそよそしい。入れるのは招かれた人だけである。そして、参加者は胸にタッグをつけるのだ。目につく玩具といえば通行止めのバリケードだけである。つまり、このパーティーは警察に演出されているのだ。「人間のための街路」(B・ルドフスキー) https://t.co/6CaSWrHuGX
— ホームズ事務所 (@9qAjddBmc9FsCu9) May 8, 2020
ブロードウェイの新奇な歩道橋
ブロードウェイの新奇な歩道橋は、交通問題を解決しようというよりは、むしろ顧客となり得る人々の生命を助けようという商売人のアイデアであった。ニューヨーク公立図書館Eno Collection
「人間のための街路」(B・ルドフスキー)
https://t.co/bVgsDfXy8K— ホームズ事務所 (@9qAjddBmc9FsCu9) April 12, 2020
アメリカの街路名は味も素っ気もありゃしない
かつては、街路の名称がその行き先を、すなわち町や山あるいは海などに由来していることが多かった。マンハッタンの南端にある「アルバニーストリート」。アメリカの街路名は総じてそうなのだが、この名称にも地理的、歴史的あるいは神話的な含蓄がない。「人間のための街路」(B・ルドフスキー) pic.twitter.com/QesS4sm9h1
— ホームズ事務所 (@9qAjddBmc9FsCu9) May 6, 2020
ちっぽけな公共銀行であるパーキングメーター荒しは街路におけるヒマつぶしで小遣い稼ぎになっている
街路でヒマつぶしの儲けになる方法は、パーキングメーターを荒らすことだ。こうしたちっぽけな公共銀行は、路上に突っ立って、人々を現代のホレイショ・アルジャーへと招いている。主に子供の小遣い稼ぎ源になっていて、歩行者からカネをせびる必要をなくしている。https://t.co/0OYE0Iuvps
— ホームズ事務所 (@9qAjddBmc9FsCu9) May 18, 2020
マンハッタンのペイリーパークは都会の「オアシス」とか言われているけれど、ちょっと騒々しくない?
マンハッタンでもっとも有名でかつ小さな「空地」のペイリーパーク。椅子・テーブルが配置されている。眺望の大きさに欠けるところは2人の守衛による安全によって穴埋めされている。ここの一番の魅力は20フィートの「ナイアガラの滝」だが、落下する水音が騒々しくて人々の会話を不可能にしている。 https://t.co/8r9Pg6MZoj
— ホームズ事務所 (@9qAjddBmc9FsCu9) May 18, 2020
アメリカで公衆トイレを探すのはたいへんだが、その珍しい例であるブライアント公園の公衆トイレ
かつて犯罪の温床だとされたニューヨークのブライアント公園。今は全面改装され、こんな立派なトイレもある。散歩中、アメリカでは公衆トイレがなく、探すのがたいへん「人間のための街路」
New York's most luxurious public restroom just got a makeover https://t.co/dVhF9fj590 @CNNMoneyより
— ホームズ事務所 (@9qAjddBmc9FsCu9) June 21, 2020
マンハッタンでは、車のハケがなにより重視される
マンハッタンを南北に1マイル歩くためには20もの交通信号を渡らなければならない。しかも、老人や体の弱い者が無事に渡り切れば、それは現代都市におけるもっとも感動的な光景だ。ここでは車のハケがなによりも重視されるからだ。「人間のための街路」(B・ルドフスキー)https://t.co/AtGpcmC4np
— ホームズ事務所 (@9qAjddBmc9FsCu9) June 6, 2020
アメリカの都市住民がソローの真似しても、都会のゲリラ戦の舞台の延長にしかならない
定期的に自分たちの都市を逃れて、白人のためのインディアン保留地である多くの国立公園を訪れる人々は、自然と親しくしたところで、小さなソローに変わることはできない。彼らにとっての大いなる戸外空間は都会におけるゲリラ戦の舞台の延長でしかない。「人間のための街路」(B・ルドフスキー) https://t.co/v3klMBlW2A
— ホームズ事務所 (@9qAjddBmc9FsCu9) May 11, 2020
サン・ジェナーロ祭は毎年9月にマンハッタンで開かれる。ルドフスキーによると、聖ジェナーロはパレードがお好きでないみたい
サン・ジェナーロ祭は毎年9月にマンハッタンの1マイルに及ぶマルベリー通りで行われる。しかし、聖パトリックとは異なり、聖ジェナーロはパレードが行われるのを栄誉とは思っていない。「人間のための街路」(B・ルドフスキー)
ITALY Magazine https://t.co/AzlZWUuzJZ— ホームズ事務所 (@9qAjddBmc9FsCu9) April 25, 2020
ニューヨークの貧しい子供たちは、路上が最高の教育の場
毎日の徒歩通学は、子供の人生観を形成する上での決定的な要素のひとつだ。ニューヨークの貧しい子供たちは、学校で受ける教育よりも路上での教育から書物にない人に先んじるための生の情報を得ている。「人間のための街路」(B・ルドフスキー)
Evergood 1 #flickr https://t.co/ABgYjXVaKi— ホームズ事務所 (@9qAjddBmc9FsCu9) April 20, 2020
かつてのニューヨークでは、並木のない街路に日陰を作る術を知っていたという話
ナサニエル・カリアーの1847年作品。ニューヨーク・チャタム広場のリトグラフ。昔は人々が並木のない街路に日陰を作る術を知っていた。手前の本物そっくりの丸石は、ニューヨークにも彫刻的な敷石があったことを証明している。 エノ・コレクションより。https://t.co/G55cqYynXV
— ホームズ事務所 (@9qAjddBmc9FsCu9) April 28, 2020
ベルニーニの「蜜蜂の泉」の話
ローマにあるベルニーニの「蜜蜂の泉」。1644年以来、ローマ市民に奉仕してきた。この町では古い泉を常に良い状態に保つと同時に、代々街路に新しい泉を加えている。「人間のための街路」(B・ルドフスキー)https://t.co/S4Xo9CJc94 pic.twitter.com/Am2LLdS80T
— ホームズ事務所 (@9qAjddBmc9FsCu9) November 10, 2019
サン・ピエトロ大聖堂の水飲み場
「人間のための街路」(B・ルドフスキー)では「聖ピーター寺院」となっているけど、イタリア語表記の「ピエトロ」に改め検索すると「サン・ピエトロ大聖堂」――の水飲み場。1927年作。
Fountains turned off as Italy battles drought https://t.co/Pjn8qQuk8F— ホームズ事務所 (@9qAjddBmc9FsCu9) July 4, 2020
シシリー島レオンフォルテの山岳都市にある、24の泉口と溝を備えた飲用の泉。
「人間のための街路」(B・ルドフスキー)
La Granfonte #Fontana dei 24 cannoli – monumentale barocca.#Leonforte #Enna pic.twitter.com/Jq6C5C4G4G
— Visit Sicily (@VisitSicilyOP) June 23, 2015
パリ街路の公衆便所の話
公衆便所の歴史は古く、古代ローマ皇帝ヴェスパシアヌスが、高価な液体を公衆の小便所に溜めさせ、それを瓶に集めて水槽に貯蔵させ、税金をかけて染物屋へ売らせたのが始まり。パリ街路の公衆便所「ヴェスパジエン」は皇帝の名前から。「人間のための街路」B・ルドフスキーhttps://t.co/xfl3tXXQyC pic.twitter.com/OEAlCoALvk
— ホームズ事務所 (@9qAjddBmc9FsCu9) November 6, 2019
パリの街路の楽しみ方(ハンナ・アレント)
道路工事中のパリ街路の楽しみ。パリは快適に街中を歩き回れる唯一の大都市であり、その活気は、街路を通る人々に依存している。だから、技術的な諸要因以上に、車がその存在を危うくしている(ハンナ・アレント)。「人間のための街路」(B・ルドフスキー) https://t.co/13tZTAOWfd
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マネの「テュイルリー公園の音楽会」
マネの「テュイルリー公園の音楽会」。「人間のための街路」(B・ルドフスキー)では、「19世紀初期パリでは、野外でのコンサートが人々の好んだ気晴らしだった」と解説されている。
Musica alle Tuileries di Edouard Manet https://t.co/UOhj2Hx5cU— ホームズ事務所 (@9qAjddBmc9FsCu9) April 21, 2020
19世紀パリ・シャンゼリゼでの野外コンサート風景
パリ・シャンゼリゼでの野外コンサート風景。「人間のための街路」(B・ルドフスキー)では、「19世紀初期には、街頭でのコンサートが人々の好んだ気晴らしだった」と解説されている。
Les promenades de Paris / Concert des Champs-Elysées | Paris Musées https://t.co/D9IrSfbFfp
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ロンドンの今昔。かつてのロンドン・ブリッジはぎっしり建て込んだ建築物で人工の島のようだった
ヴィッシャーの1616年「ロンドンの風景」。旧のロンドン・ブリッジはぎっしりと建て込んだ人工の島のようだ。右端のブリッジゲイトの「棒付きキャンディー」は人の頭部の展示。「人間のための街路」(B・ルドフスキー)
Here's How 1616 London Compares With 2016 London https://t.co/OlZNkQ4JQK
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日本にだってある、戸外の暖簾のある食事施設
日本の大都市街路に並ぶこうした小さな飲食店以上に工夫の凝らされた戸外食事施設はないが、ご馳走は十分楽しめる。しかも客はある程度のプライバシーを、少なくとも上半身のプライバシーを保てるのだ。短いカーテン(暖簾)はこの国における日除けの変種である。「人間のための街路」B・ルドフスキー pic.twitter.com/d26FTfPNlx
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「自由業の権化」としての辻強盗の話
アメリカ人にとって、外国の街路上の乞食の存在は永久に不快なものだ。理由は痛ましいからでなく無能を示すから。他方、彼らは自由業の権化である辻強盗を恐れている。コイトタワーWPA壁画には辻強盗が身なりの良い市民として描かれている。「人間のための街路」ルドフスキーhttps://t.co/FhHCFeW6xj pic.twitter.com/5vcXAOnkZN
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アメリカにあった「ニュー・アムステルダム」と、本当の「アムステルダム」の違い
アメリカへの移住者は、新天地での自分たちの根拠地をニュー・アムステルダムとかニュー・ロンドンとかと名付けた。が、名前はその将来の姿を保証しない。17世紀アムステルダムののどかさは、ハドソン湖畔にあったその姉妹都市とはまったく異質な世界だった。「人間のための街路」(B・ルドフスキー) https://t.co/l9Fc3vRlva
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「合衆国でもっともむさくるしい環境の都市」ニューヨーク
リンゼイ市長が言うには、ニューヨークは「合衆国でもっともむさくるしい環境の都市」ということだが、1797年に描かれたこの絵を見ると、昔から魅力に欠けていたことがわかる。ウォールストリートと市役所の光景。「人間のための街路」(B・ルドフスキー)
https://t.co/mFVLP3GHmK— ホームズ事務所 (@9qAjddBmc9FsCu9) May 25, 2020
こちらも加えておこう。それから半世紀後。あいかわらず殺風景というか、殺伐としている。https://t.co/yNG8vwTvrS
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1840年ニューヨークのオリンピック劇場
1840年ニューヨークのオリンピック劇場。ヴィチェンツァにあった同名の劇場とは似ても似つかない。竪型ピアノに似た格好。演じられる劇も通俗的なものが多かった。「人間のための街路」(B・ルドフスキー)
Mitchell's Olympic Theatre. From @nypl digital collections. https://t.co/tRg4H9b6PH
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街路は目的もなしでぶらぶらするのがいいことなのに
オレゴン州ポートランドは「アメリカでもっとも白い都市」といわれている。「人間のための街路」(ルドフスキー)では、ここでは夜間外出禁止令が敷かれ、不当だと争った市民に対し、法廷は「正気の人間が、目的もなしに街路にいることなどありえない」とした土地柄である。 https://t.co/AvRFa2kWDh
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日本にはその「歩道」すら整備されておらず、こんなところを小学生に通学させていて、当たり前だと思っている
歩道―それは一方を建物、もう一方を死の危険を伴う道路に挟まれた安全性の疑わしい地帯である。しかし、現代の都市住民はそれを当然であると感じている。この狭い小道を通るのはまるで両側から拷問を受けているようなものなのに、それを屈辱とも感じないのだ。「人間のための街路」(ルドフスキー) pic.twitter.com/bE1gYeZiCG
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東京という、いわゆる「先進都市」のど真ん中に高速道路をぶちぬいている最悪例
「状況という鎖の一環にすぎない役人たちは、街路がハイウェイとして使われることに疑問を抱くことなど決してない」「人間のための街路」。それでも、ニューヨークだのパリだのロンドンだの、いわゆる「先進都市」のど真ん中に高速道路をぶちぬいている例などありえない。https://t.co/0XrqmsrmVj
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今は蜘蛛男(スパイダーマン)が感謝祭の主役
感謝祭。非清教徒たちは収穫が終わると感謝を捧げるのに、アメリカ人はクリスマスの買物騒ぎの序曲として、パレードを行う。そのパレードには聖なる像は登場せず、スーパーマンとかミッキーマウスとかのアイドルの風船が、百貨店の宣伝をしながら通りを練り歩く。「人間のための街路」ルドフスキー pic.twitter.com/0IF1qb2Jbk
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かつてはミッキーマウスとかだったけど、時代を反映してちょっと前は蜘蛛男。
街路上空にある可動式日除け
「人間のための街路」(ルドフスキ-)で紹介されている例は大阪商店街の風景だが、宮島にもある。スペインのセビリアにも同種のものがあるらしい。
「『はつかいち』ぶらり」様のブログより拝借いたしました。
街路は祭りにふさわしい ポルトガル・アゲダの傘祭り
ポルトガル アゲダの傘祭り。街路上空を傘で覆いつくす。「行進がまだ厳粛な性質を失っていない落ち着いた静かな社会では、鎮寺の森よりも街路のほうが祭りの舞台にふさわしい。「人間のための街路」(B・ルドフスキー)https://t.co/r0jDp5U8rt @boredpandaさんから
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もっとも有名なバンコックのテント街
https://twitter.com/9qAjddBmc9FsCu9/status/1245102080139726848
ネパール山岳部にある「テント街」
「人間のための街路」(B・ルドフスキー)でテント街が紹介されていたことを先に書いたけど、ネパールのこっちの「テント街」はどうだろう。いろいろ批判されているみたいだけれど。
去西藏,8月不带帐篷,有钱没用,准备睡地上吧? https://www.sohu.com/a/162916597_449345
花でつくられた絨毯で街路を覆いつくす。イタリア・ネス湖畔の町ジェンツァーノのフラワーフェスティバル。
「人間のための街路」(B・ルドフスキー)では「かつてあった」と表現されているが、今もこの花のフェスティバルは行われている。街路一面に生花による絨毯を敷き、子供たちが街路を駆け下りて花の創造物を破壊するエンディングで終わる。各地にあるが、ネミ湖畔の町ジェンツァーノがもっとも有名だ。 https://t.co/VvCCnerCc5
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豪華絢爛のモロッコにある街中の水飲み場
モロッコの街中にある水飲み場。なんとも豪勢な造りにびっくり。「人間のための街路」(B・ルドフスキー)ではもう少しこぶりの造りの水飲み場が紹介されている。 https://t.co/jJDJLUaDKR
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シャウエンの青い街路。有名ですね。ここは。
「人間のための街路」で紹介されていたモロッコにある「テトゥアンの歩道カフェ」を探していたのですが、見つからず、もっと有名な「シャウエンの青い街路」のほうを載っけた。
https://t.co/AhC9o5XWtt— ホームズ事務所 (@9qAjddBmc9FsCu9) April 7, 2020
モロッコ メクネスの迷路
モロッコ メクネスの迷路。街路はまっすぐよりも曲がりくねっているほうがいい。一歩歩くごとに新しいものがみえ、またすべての家の前面と入口は直接街路の中央に面する。それは健康的でしかも楽しい。「人間のための街路」(B・ルドフスキー)
https://t.co/ZZS1gcfk0X— ホームズ事務所 (@9qAjddBmc9FsCu9) May 5, 2020
色彩豊かなマラケッシュのスック(souk)の街路
色彩豊かな街路やその生活について考えるとき、どこよりも心に浮かぶのはオリエントの町々である。とくに、回教の都市の原型を示すフェズでは、メディナすなわち中世につくられたマラケッシュのスックの街路が当時のまま保存されている。「人間のための街路」(B・ルドフスキー) https://t.co/ZOsyoyWGOV
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炭火で焼いた串刺しの肉、カバブっていうんだけれど、モロッコに限らず世界中に広く分布している
モロッコにある街路沿いの屋台では、炭火で焼いた串刺しの肉を売っている。「人間のための街路」(B・ルドフスキー)。ぼくもこの屋台にはよくお世話になった。
10 Street Foods to Eat When Traveling to Morocco, Your Morocco Tour Guide https://t.co/XyFcvj5RKw @MoroccoTravelsより
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1832年当時のコンスタンティノープルのグランド・バザール
この版画は、1832年当時のコンスタンティノープルのグランド・バザールを描いている。この豪華なバザールは1894年の地震で崩壊している。「人間のための街路」(B・ルドフスキー) https://t.co/5x1QYXLJK2
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サハラ砂漠北の武装都市リサーニに造られた、日陰のない共同市場
この純粋に抽象化されたボルティコは、サハラ砂漠の北の境にある武装都市リサーニに造られた共同市場である。この地方のスックには似合わず日陰を提供していない。理由は測りがたく不明である。「人間のための街路」(B・ルドフスキー) pic.twitter.com/lum2g28DGG
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ヨナ・フリードマンの空間都市による歩車分離構想
下のスケッチは、建築家ヨナ・フリードマンの空間都市の概念を示している。都市住民の歩行の権利を維持するために、彼は、都市をいわばブーツの皮ひものようなロープのネットで浮き上がらせている。地上は自動車交通専用で歩車分離を徹底させようとしている。「人間のための街路」(B・ルドフスキー) https://t.co/UrfiEwXB3A
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旅行は両刃の刃である。建築家の頭が文化的な混乱を惹き起こしうるから(ハリー・ウィーズ)
今日の建築家は人々の福祉に関心をもたない。都市を窒息させることや、その結果必然的に生じる悲惨な有様にためらいさえ感じない。かつての建築家は異文化と接することを好んだが、今は嫌がっている。ハリー・ウィーズは「旅行は両刃の刃である。建築家の頭が文化的な混乱を惹き起こしうるから」。 https://t.co/3nzaldruC7
— ホームズ事務所 (@9qAjddBmc9FsCu9) June 18, 2020
「人間のための都市」とは、「人間のための街路」を中心に見据えた、基本は「歩く・自転車・路面電車」だ
ぼくが考える「人間のための都市」は、「人間のための街路」を中心に見据えた、基本は「歩く・自転車・路面電車」だ。そして、その道路を主役にして、人は立ち話や演劇に興じ、子供は道で遊ぶ。車のハケが悪くなるからデモを規制するなんていうのは本末転倒な話である。 https://t.co/KsC3MIAhoM
— ホームズ事務所 (@9qAjddBmc9FsCu9) December 3, 2018