「人間のための街路」(バーナード・ルドフスキー)の中の「風景」を訪ねてみた

「人間のための街路」の著者であるB・ルドフスキーは、「西欧文明を覗くためのバックミラーであるイタリアをはじめ、ヨーロッパ、アジア、アフリカに及び10余の国々の街路と、そしてそこに営まれている豊かに人間的な生活とを(この本で)紹介してい」ます。

本の中で出てくる写真は一昔前のものですが、今はどうなっているのか。現況を知りたくて探してみました。中には見つかったものもありますが、見つからなくて、それと似た、あるいは同趣旨の「風景」を探してみることにしました。

目次

「人間のための街路」表紙に描かれている「風景」

人生を楽しむための散歩の話

馬車は貴族のぜいたく品だったという話

自動車が大衆化されたとき、歩行者は街路から追っ払われる結果になった

歩車混在しているインド・アッサムでは路上店舗は評価されず

ヘロドトスのことばどおり、古代都市バビロンはこれほど美しい都市はないと言っていいほどだが、とりわけ行列のための街路がすばらしい

クルマが都市の景観を台無しにしてしまうという話

以下は現代の作品。

こちらがかつての名工の作品。

宇沢弘文はこう書いている。

自動車を中心とした経済、社会は、人間的にも、文化的にも、きわめて魅力のとぼしい、殺伐としたものとなっている。このことはとくに都市において深刻である。もともと、文化の形成は、人間と人間とのコミュニケーションを通じてはじめて可能となるものである。また、人々の生活もまた、このような人間的接触を通じてはじめて、うるおいのある、ゆたかなものとなる。都市が、自動車を中心とするようなかたちでつくられるとき、このような人間的接触を最小化するものとなり、文化的水準を著しく低めることになる。

(「「豊かな社会」の貧しさ」P136‐)

汽車が輸送機関の切り札だった時代の話

街路の一部になっている本当のカフェ

天国への階段としての「バベルの塔」

Sebastiano Serlioの描いたルネッサンスの街路

現在のナポリ広場はかつて湖だった。G・Pパンニーニ 1756年

かつてのパリの橋の上には家々が建ち並んでいた

ナポレオンの計画した勝利の凱旋ゾウ記念碑

ムッソリーニが造った壮大な建築の不幸

19世紀のローマでは都市の街路は競馬場だったという話

今やイタリア有数の散歩道で知られるかつての要塞都市ルッカ

アメリカの街路が汚すぎてローマと較べられなかったホーソン(アメリカの小説家)

マヨルカ島パルマの古い城壁

世界一美しいといわれるイタリア南部にある白い町アプリア

ローマにある「スペイン階段」は「階段」というより、都市的な広場というべきである

街角の演奏会である「カンポ・サン・リオの聖遺物の奇跡」

昔の吟遊詩人の唯一の生き残り「カンタストーリエ」

ボンペイの街路にある踏み石の話

ポンペイのフォーラム入口には、墓石のような車止めが突っ立っている

ジョパンニ・バティスタ・ピラネージの版画。古代ローマの街路のペイヴメント

不思議な魅力にあふれている迷路の町「マルティーナ・フランカ」

1940年代のトラステヴェレの祝宴会の様子

死体公示所のようなスーパーよりも、行商人の売り声とともに新鮮な野菜が売られる露店のあるエルベ広場の魅力

性事を大っぴらに、食事を隠し事にして、その価値観が逆転している民族だって存在する

ペルージャの水道橋

小便小僧は、アメリカ合州国では敬遠されているの?

ボローニャのボルティコ

アメリカのポルティコはあまりに貧相すぎて、アメリカ人は口にすらしない

スペルロンガの迷路

フライング・バットレスの話

スイス・ベルンの街路は、かつて罪人がきちんとした洋服を着、帽子を被って掃除していた

道路真ん中に歩道のあるワシントンのペンシルバニア・アベニュー構想

1828年のニューヨークサウスストリートは、海岸の魅力的な姿をとどめることなく、さびれた往来にすぎない

ニューヨーク商業図鑑にみるニューヨーク市民のカネ儲け第一主義

禁酒法時代にもあった「巡回インチキ医者」の話

街路を楽しむことができないニューヨーク市民の話

アメリカ人っていうのは即物的というか、せっかくの散歩のためにいっぱい趣向をこらしたブルックリン橋上の遊歩道を台無しにしてしまったらしい。

警察の演出下にあるアメリカのブロックパーティー

ブロードウェイの新奇な歩道橋

アメリカの街路名は味も素っ気もありゃしない

ちっぽけな公共銀行であるパーキングメーター荒しは街路におけるヒマつぶしで小遣い稼ぎになっている

マンハッタンのペイリーパークは都会の「オアシス」とか言われているけれど、ちょっと騒々しくない?

アメリカで公衆トイレを探すのはたいへんだが、その珍しい例であるブライアント公園の公衆トイレ

マンハッタンでは、車のハケがなにより重視される

アメリカの都市住民がソローの真似しても、都会のゲリラ戦の舞台の延長にしかならない

サン・ジェナーロ祭は毎年9月にマンハッタンで開かれる。ルドフスキーによると、聖ジェナーロはパレードがお好きでないみたい

ニューヨークの貧しい子供たちは、路上が最高の教育の場

かつてのニューヨークでは、並木のない街路に日陰を作る術を知っていたという話

ベルニーニの「蜜蜂の泉」の話

サン・ピエトロ大聖堂の水飲み場

シシリー島レオンフォルテの山岳都市にある、24の泉口と溝を備えた飲用の泉。

「人間のための街路」(B・ルドフスキー)

パリ街路の公衆便所の話

パリの街路の楽しみ方(ハンナ・アレント)

マネの「テュイルリー公園の音楽会」

19世紀パリ・シャンゼリゼでの野外コンサート風景

ロンドンの今昔。かつてのロンドン・ブリッジはぎっしり建て込んだ建築物で人工の島のようだった

日本にだってある、戸外の暖簾のある食事施設

「自由業の権化」としての辻強盗の話

アメリカにあった「ニュー・アムステルダム」と、本当の「アムステルダム」の違い

「合衆国でもっともむさくるしい環境の都市」ニューヨーク

1840年ニューヨークのオリンピック劇場

街路は目的もなしでぶらぶらするのがいいことなのに

日本にはその「歩道」すら整備されておらず、こんなところを小学生に通学させていて、当たり前だと思っている

東京という、いわゆる「先進都市」のど真ん中に高速道路をぶちぬいている最悪例

今は蜘蛛男(スパイダーマン)が感謝祭の主役

かつてはミッキーマウスとかだったけど、時代を反映してちょっと前は蜘蛛男。

街路上空にある可動式日除け

「人間のための街路」(ルドフスキ-)で紹介されている例は大阪商店街の風景だが、宮島にもある。スペインのセビリアにも同種のものがあるらしい。

『はつかいち』ぶらり」様のブログより拝借いたしました。

街路は祭りにふさわしい ポルトガル・アゲダの傘祭り

もっとも有名なバンコックのテント街

https://twitter.com/9qAjddBmc9FsCu9/status/1245102080139726848

ネパール山岳部にある「テント街」

「人間のための街路」(B・ルドフスキー)でテント街が紹介されていたことを先に書いたけど、ネパールのこっちの「テント街」はどうだろう。いろいろ批判されているみたいだけれど。

去西藏,8月不带帐篷,有钱没用,准备睡地上吧? https://www.sohu.com/a/162916597_449345

花でつくられた絨毯で街路を覆いつくす。イタリア・ネス湖畔の町ジェンツァーノのフラワーフェスティバル。

豪華絢爛のモロッコにある街中の水飲み場

シャウエンの青い街路。有名ですね。ここは。

モロッコ メクネスの迷路

色彩豊かなマラケッシュのスック(souk)の街路

炭火で焼いた串刺しの肉、カバブっていうんだけれど、モロッコに限らず世界中に広く分布している

1832年当時のコンスタンティノープルのグランド・バザール

サハラ砂漠北の武装都市リサーニに造られた、日陰のない共同市場

ヨナ・フリードマンの空間都市による歩車分離構想

旅行は両刃の刃である。建築家の頭が文化的な混乱を惹き起こしうるから(ハリー・ウィーズ)

「人間のための都市」とは、「人間のための街路」を中心に見据えた、基本は「歩く・自転車・路面電車」だ

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください