車にお辞儀するのは日本人の美徳、習慣なのだそうだ。ウソつけ。そんな急ごしらえの美徳や習慣があってたまるものか。
車が優先?昔昔のことだけれど、(人が道を歩いていて)江戸時代の大八車や牛車で人を死亡させたりはねたりすると死罪・遠島の刑(公事方御定書)があった
大石慎三郎「江戸時代」(中公新書)
――ことにまでさかのぼらなくてもいい。
以下のとおり。
車は道路を運行したらだめ。そういうふうに禁止しておいて、歩行者に対し安全運転できる者にのみ、禁止を解除する。「移動の自由に対する一般的禁止を個別的に解除するのが「運転免許」の性質(櫻井敬子他「行政法」)なのよ。だから、道を独占してすみませんと、本来、お辞儀するのは車のほうだよ。
櫻井敬子他「行政法」
これなんかも参考にしたらいい。伊勢参宮名所図会寛政9年(1797)(大津市歴史博物館蔵)。歩行者が道の真ん中、車は道の隅っこだよ。これこそが美徳、習慣だ。いや、おれはそう主張したい。

ついでにこれなんかどうでしょうか。外国にも同じ発想のものがある。道の真ん中が歩行者・端っこが車(馬車とか)。 B・ルドフスキー「人間のための街路」
車より人のほうが大切なんだから、きわめて当たり前の発想だよね。

B・ルドフスキー「人間のための街路」
実はこの図に噛みついてきたのがいた。道路環境の研究者らしかった。なんでも、歩行者が道路の真ん中だったら道路の横断に困るだったか、あるいは車が右左折するに困るだったかと、難癖をつけてきた(どっちだか忘れた)。ユーモアのわからん奴やな。
