脊髄損傷における学会スタンダードと賠償スタンダード

損保の医学意見書なるもの

偏見は愉しいが、無知では困る――という趣旨のことを書いていたのは竹内好だった。昔読んだので竹内のどの本に書いてあったのかまったく記憶にないが、たしかにそうだなあと痛感させられる出来事があった。
 

頚髄損傷に関する相談があったため情報収集をしていたところ、ある裁判例を調べていて、考え込んでしまった。交通事故にあい頚髄損傷を負った被害者が裁判に訴えた事例で、加害者側損保の医学意見書に沿った判決が下された事例なのだが、その意見書に対する反対意見をある弁護士が述べられていて、考え込まざるをえなくなった。医学意見書の内容はぼくがふだん目にするような知識・見解も多く、それへの弁護士による反対意見が医学界のいわゆるスタンダードに基づく反論だった。つまり、ぼくが持っている情報というのはきわめて損保寄りに偏向した情報だということがわかったからである。損害賠償実務での「定説」が、必ずしも学界のスタンダードに依拠しているわけではないということなのだ。過去に記事としてとりあげたRSDにもPTSDにもそんなところがあった。脊髄損傷についても同様なことがいえる。

頚髄損傷における輝度変化が常に重症度と相関するわけではない

たとえば、頚髄損傷での後遺障害における立証資料としてMRIの必要性が強調されている。自賠責調査事務所の認定要件は、MRIのT2強調画像で急性期に高輝度が認められること、T1強調画像で慢性期に軟化型損傷が認められること。あるいは、48時間以内の急性期においてMRIのT2強調画像で低信号があり(注:出血を示唆しているとされる。)、広範囲であること。約1か月の慢性期にMRIのT2強調画像が高信号で広範囲、T1強調画像が低信号であることなどとしている。

自賠責上の扱いはそのとおりなのだと思う。ところがその反対意見では、「頚椎症性脊髄症診療ガイドライン」から引用して、「MRI上の輝度変化は必ずしも重症度の指標にはなりえない」としている。すなわち、頚髄損傷における輝度変化が常に重症度と相関するわけではないから、頚髄損傷ならMRIのT2強調画像において頚髄内の輝度変化が認められないことはありえないという意見書の内容は疑問だというのだ。

念のため、「頸椎症性脊髄症診療ガイドライン」でその箇所を引用しよう。

頚椎症性脊髄症の軽症例に対して保存療法を行った症例のうち,MRI上の頚髄における輝度変化の有無により保存療法施行後の結果に差異があるかを検討した報告では,輝度変化の有無によって術後成績に差異は認めないとしており(MF00120, EV level 7),MRI上の輝度変化も必ずしも重症度の指標にはなりえないと思われる.

 

 

ぼくの知識は偏っている

保険調査員の医療に関する知識は、このように損保からの一方的な情報によるものだから、偏っているのは当然であり、それが必ずしも医学界のスタンダードではないのではないかというのはぼくも前々から恐れていたことだった。ぼくの知識はただ偏向しているだけでなく無知に基づくということになるから、竹内のいうようには無知に基づく偏見は愉しくないのだ。しかし、どのように偏向しているのかを知るためには医学界のスタンダードを勉強しなければならない。ぼくのような者に、本格的な医学書が読破できるのだろうか。

シロウトだからといってあきらめないこと

そう考えていたら、ある本に書いてあった勇気付けられる一節を思い出した。ある本というのは、「医者が患者をだますとき」ロバート・メンデルソン著のP46である。

病気の自覚症状がまったくなければ、医者にかかる必要はない。もし自覚症状があったり、実際に病気の場合は、その病気について医者よりも多くの知識を身につけておくことが必要である。

病気について勉強することはそれほど難しいことではない。まず、医者が使った本を入手する。おそらく医者は本の内容のほとんどを忘れているだろう。そして、自分の病気について書かれている一般向けの本を読んでみる。要は、情報面で医者と対等か、あるいはそれ以上の立場で話し合えるように、自分の病気についてできるだけ知識をしこんでおくことが大切なのである。

 

 
医者でなくても、医者よりももっと詳しくなれる。ということが可能だということだ。最初からあきらめてしまうのが一番よくない。

診断書にはウソは書けない

他にも弁護士による批判は的を射たものだったように思う。ところが、加害者側損保の医学意見書は、学会のお歴々が書いたものであることが多いから、裁判所はそのような疑問だらけの意見書でもそちらのほうに軍配をあげることのほうが多いのだという。

加害者側損保からお金を積まれてホイホイと損保に有利に書かれた医学意見書なるもの。かりにそこにどんなウソが書かれていても、私文書なので、それだけでは罪に問われることはないだろう。しかし、主治医の書いた診断書にウソを書けば犯罪になるのだ。こんな大きな違いがあるというのに、そのことを一考だにしない裁判例が多すぎはしないだろうか。
 

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