PTSDの後遺障害認定はたいてい入口で締め出される

相談

子供が交差点の横断歩道を歩いていて、バイクと衝突しました。幸いかすり傷ていどでしたが、それ以来バイクを見ると恐がってしまいます。PTSDなのかもと思ってしまいます。子供の将来を考えてると、PTSDになってしまったら色々大変な事になるのではと思います。

PTSDと認定されたら、保険金請求額の積み増しはどの位になるのか、又どれ位時間がかかるものなのでしょうか。

PTSDはそのうち治るものだと思われている

ネットを見ると、PTSDによる後遺障害の記事がたくさんヒットします。そのため、後遺障害として認定されやすいのかもと、誤解されている方がいます。この相談者の方もその1人のようです。

茶化して言っているのではなくて、自賠責で後遺障害認定されることはほとんどありません。理由はいたってかんたんです。誤解を恐れずにいえば、PTSDを後遺障害と考えていないからです。後遺障害とは、永続性のあるものです。未来永劫治らないものです。ところが、画像上異常所見もないようなPTSDは、一時的なもの、そのうちに治っちゃうものだろうと考えられているからです。人によっては10年かかるか15年かかるかもしれない。が、結局は治るものだと考えられている。

したがって、自賠責は後遺障害として認めたがらない。例外的に認めるばあいがあったとしても、せいぜい14級です。12級は、宝くじに当たる確率くらいにしか認定されないと思っておいたほうがいいと思います。9級は? これはお題目に挙げてあるだけですね。すなわち、自賠責上、PTSDは「非器質性精神障害」に分類され、9級(就労可能な職種が相当な程度に制限される)・12級(多少の障害を残す)・14級(軽微な障害を残す)・非該当に分類されますが、ほとんどは非該当です。

以上のようにPTSDで後遺障害の認定を受けるというのは相当に厳しいことです。したがって、そのための要件も厳しくならざるをえない。

認定を困難にさせている要件その1・外傷体験の激烈さ

その要件とは、外傷体験の激烈さです。主観的に外傷体験が激烈だと思っていても、それだけでは足りません。客観的に外傷体験が激烈でないとダメです。すなわち、ふつうにだれが考えても命の危険を感じるほどの体験内容でないとダメだということです。主観と客観の両方が備わっていないとダメだということです。問題になるのは客観のほうです。客観的事実があってはじめて事故とPTSDの因果関係が認められる。

相談者の事故の態様――「バイクと衝突しました。幸い外傷はかすり傷です」。この内容では、後遺障害に認定されることは相当に困難です。スリ傷程度の事故では命の危険を感じることは常識的にはないだろうから、因果関係は否定される可能性が高いでしょう。いや、肯定されることなどありえないと言ってもいいくらいです。参考のために、後遺障害に認定された裁判例と認定されなかった裁判例をひとつずつ紹介しておきます。

認定された例

被害者が息子(生後10か月)を抱いて車両後部座席に搭乗中に事故に遭遇し、息子は事故から2日後に死亡、意識回復した被害者本人は、病院で息子の最後をみとる。被害者は、息子の死亡直後から強い抑鬱状態となりフラッシュバック症状が出現し、夫とは離婚する。その後も意識が飛ぶ解離症状や意欲低下、フラッシュバック、外出不能状態が継続し、事故後1年半余りが経過した頃から器質的原因がないのに嗅覚脱出が生じる。その結果、被害者は軽微な労務や日常生活を辛うじて送るのが精一杯な状態が継続した例。

 

認定されなかった例

大学在学中の被害者が自転車で走行中軽四輪自動車に衝突され、外傷性頚部症候群、打撲のほかに自動車恐怖症を症状とする心的外傷後ストレス障害に罹患したという訴えに対し、本件事故がPTSDを誘発するような強度の外傷的出来事には該当しないとし、DSM-IV(アメリカ精神医学会の基準)の定める基準である再体験症状が被害者に認められるとは言い難いとして原告の訴えを退けた例。

認定を困難にさせている要件その2・症状の発症時期

裁判で認定された例をもう一度確認してください。「被害者は、息子の死亡直後から強い抑鬱状態となりフラッシュバック症状が出現し」と書いてあります。PTSD様の症状が出たのは息子の死亡直後、すなわち事故から2日目です。

が、たいていはこんな早くに症状を訴えることはありません。訴えていたとしても、骨折などによる痛みなど他の重い症状にばかり注意がいって、PTSD症状については見逃されることが多い。そのため、事故から半年あるいは1年ほどたってPTSDで精神科に通院しても、もう後の祭りです。

症状はいつから? 記録上確認できるのは精神科に通院しだした半年後あるいは1年後ということになってしまう。半年あるいは1年間も精神科に通院しなかったのだから・・・ということになって、PTSDでの後遺障害認定ではたいへん不利な事実となってしまう。事故との因果関係が否定されてしまう。

ただこういうことはありえます。精神科の通院はなくても、整形外科で治療をしていて、たまたま診断書やカルテにPTSDの症状が記載されている場合がある。その場合は、「PTSD様の症状が事故当初から発症していた」との間接証明になります。

認定を困難にさせている要件その3・精神科等専門医の治療歴

初医である整形外科主治医が診断書あるいはカルテに「PTSD様の症状あり」と書いてくれていたとしても、それだけではたりません。理由は、整形外科医はPTSDの専門医じゃないからです。したがって、後でもいいから、専門医にかかることがPTSDによる後遺障害認定の条件になります。専門医の確定診断が必要なのです。これが自賠責の認定条件です。ああ、なんて厳しいんだ。

PTSDの診断基準

診断基準についてはWHOによるものとアメリカ精神医学会によるものとの2つが存在します。いずれも外傷体験の激烈さが要件になっており、それに続発する各症状の出現がないと認められません。続発する各症状の内容の詳細については、ネットで検索すればすぐに見つかります。ここでは詳しい説明は省略して、PTSDの診断基準である現行のDSM-Ⅴからあげておきます。

心的外傷後ストレス障害の診断基準(DSM-5)

注:以下の基準は成人、青年、6歳を超える子どもについて適用する。6歳以下の子どもについては後述の基準を参照すること。

A.実際にまたは危うく死ぬ、重症を負う、性的暴力を受ける出来事への、以下のいずれか1つ(またはそれ以上)の形による曝露:
(1)心的外傷的出来事を直接体験する。
(2)他人に起こった出来事を直に目撃する。
(3)近親者または親しい友人に起こった心的外傷的出来事を耳にする。家族または友人が実際に死んだ出来事または危うく死にそうになった出来事の場合、それは暴力的なものまたは偶発的なものでなくてはならない。
(4)心的外傷的出来事の強い不快感をいだく細部に、繰り返しまたは極端に曝露される体験をする(例:遺体を収集する緊急対応要員、児童虐待の詳細に繰り返し曝露される警官)。
注:基準A4 は、仕事に関連するものでない限り、電子媒体、テレビ、映像、または写真による曝露には適用されない。

B.心的外傷的出来事の後に始まる、その心的外傷的出来事に関連した、以下のいずれか1つ(またはそれ以上)の侵入症状の存在:
(1)心的外傷的出来事の反復的、不随意的、および侵入的で苦痛な記憶
注:6歳を超える子どもの場合、心的外傷的出来事の主題または側面が表現された遊びを繰り返すことがある。
(2)夢の内容と情動またはそのいずれかが心的外傷的出来事に関連している、反復的で苦痛な夢
注:子どもの場合、内容のはっきりしない恐ろしい夢のことがある。
(3)心的外傷的出来事が再び起こっているように感じる、またはそのように行動する解離症状(例:フラッシュバック)(このような反応は1つの連続体として生じ、非常に極端な場合は現実の状況への認識を完全に喪失するという形で現れる)。
注:子どもの場合、心的外傷に特異的な再演が遊びの中で起こることがある。
(4)心的外傷的出来事の側面を象徴するまたはそれに類似する、内的または外的なきっかけに曝露された際の強烈なまたは遷延する心理的苦痛
(5)心的外傷的出来事の側面を象徴するまたはそれに類似する、内的または外的なきっかけに対する顕著な生理学的反応

C.心的外傷的出来事に関連する刺激の持続的回避。心的外傷的出来事の後に始まり、以下のいずれか1 つまたは両方で示される
(1)心的外傷的出来事についての、または密接に関連する苦痛な記憶、思考、または感情の回避、または回避しようとする努力
(2)心的外傷的出来事についての、または密接に関連する苦痛な記憶、思考、または感情を呼び起こすことに結びつくもの(人、
場所、会話、行動、物、状況)の回避、または回避しようとする努力

D.心的外傷的出来事に関連した認知と気分の陰性の変化。心的外傷的出来事の後に発現または悪化し、以下のいずれか2つ(またはそれ以上)で示される。
(1)心的外傷的出来事の重要な側面の想起不能(通常は解離性健忘によるものであり、頭部外傷やアルコール、または薬物など他の要因によるものではない)
(2)自分自身や他者、世界に対する持続的で過剰に否定的な信念や予想(例:「私が悪い」、「誰も信用できない」、「世界は徹底的に危険だ」、「私の全神経系は永久に破壊された」)
(3)自分自身や他者への非難につながる、心的外傷的出来事の原因や結果についての持続的でゆがんだ認識
(4)持続的な陰性の感情状態(例:恐怖、戦慄、怒り、罪悪感、または恥)
(5)重要な活動への関心または参加の著しい減退
(6)他者から孤立している、または疎遠になっている感覚
(7)陽性の情動を体験することが持続的にできないこと(例:幸福や満足、愛情を感じることができないこと)

E.心的外傷的出来事と関連した、覚醒度と反応性の著しい変化。心的外傷的出来事の後に発現または悪化し、以下のいずれか2つ(またはそれ以上)で示される。
(1)人や物に対する言語的または肉体的な攻撃性で通常示される、(ほとんど挑発なしでの)いらだたしさと激しい怒り
(2)無謀なまたは自己破壊的な行動
(3)過度の警戒心
(4)過剰な驚愕反応
(5)集中困難
(6)睡眠障害(例:入眠や睡眠維持の困難、または浅い眠り)

F.障害(基準B,C,DおよびE)の持続が1 カ月以上

G.その障害は、臨床的に意味のある苦痛、または社会的、職業的、または他の重要な領域における機能の障害を引き起こしている。

H.その障害は、物質(例:医薬品またはアルコール)または他の医学的疾患の生理学的作用によるものではない。

▶ いずれかを特定せよ
解離症状を伴う:症状が心的外傷後ストレス障害の基準を満たし、加えてストレス因への反応として、次のいずれかの症状を持続的または反復的に体験する。
1. 離人感:自分の精神機能や身体から遊離し、あたかも外部の傍観者であるかのように感じる持続的または反復的な体験(例:夢の中にいるような感じ、自己または身体の非現実感や、時間が進むのが遅い感覚)
2. 現実感消失:周囲の非現実感の持続的または反復的な体験(例:まわりの世界が非現実的で、夢のようで、ぼんやりし、またはゆがんでいるように体験される)
注:この下位分類を用いるには、解離症状が物質(例:アルコール中毒中の意識喪失、行動)または他の医学的疾患(例:複雑部分発作)の生理学的作用によるものであってはならない。

▶ 該当すれば特定せよ
遅延顕症型:その出来事から少なくとも6カ月間(いくつかの症状の発症や発現が即時であったとしても)診断基準を完全には満たしていない場合

A.6歳以下の子どもにおける、実際にまたは危うく死ぬ、重症を負う、性的暴力を受ける出来事への、以下のいずれか1つ(またはそれ以上)の形による曝露:
(1)心的外傷的出来事を直接体験する。
(2)他人、特に主な養育者に起こった出来事を直に目撃する。
注:電子媒体、テレビ、映像、または写真のみで見た出来事は目撃に含めない。
(3)親または養育者に起こった心的外傷的出来事を耳にする。
B.心的外傷的出来事の後に始まる、その心的外傷的出来事に関連した、以下のいずれか1つ(またはそれ以上)の侵入症状の存在:
(1)心的外傷的出来事の反復的、不随意的、および侵入的で苦痛な記憶
注:自動的で侵入的な記憶は必ずしも苦痛として現れるわけではなく、再演する遊びとして表現されることがある。
(2)夢の内容と情動またはそのいずれかが心的外傷的出来事に関連している、反復的で苦痛な夢
注:恐ろしい内容が心的外傷的出来事に関連していることを確認できないことがある。
(3)心的外傷的出来事が再び起こっているように感じる、またはそのように行動する解離症状(例:フラッシュバック)(このような反応は1つの連続体として生じ、非常に極端な場合は現実の状況への認識を完全に喪失するという形で現れる)。このような心的外傷に特異的な再演が遊びの中で起こることがある。
(4)心的外傷的出来事の側面を象徴するまたはそれに類似する、内的または外的なきっかけに曝露された際の強烈なまたは遷延する心理的苦痛
(5)心的外傷的出来事を想起させるものへの顕著な生理学的反応
C.心的外傷的出来事に関連する刺激の持続的回避、または心的外傷的出来事に関連した認知と気分の陰性の変化で示される、以下の症状のいずれか1つ(またはそれ以上)が存在する必要があり、それは心的外傷的出来事の後に発現または悪化している。

刺激の持続的回避
(1)心的外傷的出来事の記憶を喚起する行為、場所、身体的に思い出させるものの回避、または回避しようとする努力
(2)心的外傷的出来事の記憶を喚起する人や会話、対人関係の回避、または回避しようとする努力
認知の陰性変化
(3)陰性の情動状態(例:恐怖、罪悪感、悲しみ、恥、混乱)の大幅な増加
(4)遊びの抑制を含め、重要な活動への関心または参加の著しい減退
(5)社会的な引きこもり行動
(6)陽性の情動を表出することの持続的減少

D.心的外傷的出来事と関連した覚醒度と反応性の著しい変化。心的外傷的出来事の後に発現または悪化しており、以下のうち2つ(またはそれ以上)によって示される。
(1)人や物に対する(極端なかんしゃくを含む)言語的または肉体的な攻撃性で通常示される、(ほとんど挑発なしでの)いらだたしさと激しい怒り
(2)過度の警戒心
(3)過剰な驚愕反応
(4)集中困難
(5)睡眠障害(例:入眠や睡眠維持の困難、または浅い眠り)

E.障害の持続が1カ月以上

F.その障害は、臨床的に意味のある苦痛、または両親や同胞、仲間、他の養育者との関係や学校活動における機能の障害を引き起こしている。

G.その障害は、物質(例:医薬品またはアルコール)または他の医学的疾患の生理学的作用によるものではない。

▶ いずれかを特定せよ
解離症状を伴う:症状が心的外傷後ストレス障害の基準を満たし、次のいずれかの症状を持続的または反復的に体験する。
1. 離人感:自分の精神機能や身体から遊離し、あたかも外部の傍観者であるかのように感じる持続的または反復的な体験(例:夢の中にいるような感じ、自己または身体の非現実感や、時間が進むのが遅い感覚)
2. 現実感消失:周囲の非現実感の持続的または反復的な体験(例:まわりの世界が非現実的で、夢のようで、ぼんやりし、またはゆがんでいるように体験される)
注:この下位分類を用いるには、解離症状が物質(例:意識喪失)または他の医学的疾患(例:複雑部分発作)の生理学的作用によるものであってはならない。

▶ 該当すれば特定せよ
遅延顕症型:その出来事から少なくとも6カ月間(いくつかの症状の発症や発現が即時であったとしても)診断基準を完全には満たしていない場合

 
詳細については、内閣府のHPで確認してください。なお、上記表はそこからの引用です。

PTSDの鑑別診断

なんでもかんでもPTSDだという悪しき風潮があるので、その鑑別診断についても参考までにあげておきます。

PTSDではないPTSD症状
典型的なPTSD症状は認めるものの、臨床的に著しい苦痛または機能の障害を生じるほどの程度でないもの。

急性ストレス障害
ストレス因子を経験した最初の1か月以内に症状が限定されるもの。

適応障害
PTSDと同様に、これはストレスに対する反応として生じているが、ストレス因子が十分に強くないか、または反応としての症状が閾値下のもの。

他の精神疾患
極度のストレス因子への反応には抑うつ障害、不安症、または短期精神病性障害があるが、PTSDの特徴的な徴候を伴っていないもの。

フラッシュバックを引き起こす他の要因
たとえば、物資使用による知覚変容、頭部外傷、双極性障害、抑うつ障害、または精神病性障害。

詐病
ストレス因子が強いものでなく、かつ/またはPTSDと診断されることによって経済的もしくはその他の利益が得られる場合にとくに考えられる。
「DSM‐5 精神疾患診断のエッセンス」(P114‐)

 
鑑別診断のポイントについては、「DSM‐5 精神疾患診断のエッセンス」(P115)に書かれているので、そちらで確認してください。

PTSDの過剰診断

なお、「〈正常〉を救え 精神医学を混乱させるDSM-5への警告」の著者のアレン・フランセスはDSM-Ⅳの監修者でもあるのですが、同書では、PTSDについての過剰診断になるうるとの批判をこのように書かれています。
 


 

DSM-Ⅳに載っている全疾患のなかで、心的外傷後ストレス障害(PTSD)は診断が過小な代表例であると同時に、診断が過剰な代表例でもあるという矛盾した病気になっている。この正反対の誤りはありがちで犯しやすい――私も両方の誤りを犯すので、そのことをよく知っている。苦しみに黙然と耐えるとき、PTSDは見落とされる。金銭的利益の引き金になるとき、PTSDは過剰に診断される。(P247)

 

反応が正常と見なせるほど一過性のものなのか、それとも精神疾患と見なせるほど強烈なものなのかどうかは、何によって決まってくるのだろうか。トラウマの性質と持続期間には多くのものがかかわってくる。ストレスが過酷で、長くつづき、当事者として鮮烈に体験し、無力感を覚えるほど、PTSDになりやすい。銃撃された人は銃撃を見た人よりリスクが高いし、銃撃を見た人は銃声を遠くから聞いただけの人よりリスクが高い。人間によって故意に与えられた恐怖は――拷問、レイプ、暴行などは――事故や天災より重い症状を引き起こしやすい。経過も被害者の人となりや背景に左右される。トラウマの前に精神的な問題をかかえていた人ほど、つらい反応が長引きやすい。それに、トラウマは積み重なる――体験すればするほど、PTSDのリスクは増す。家族、仕事、支援システム、治療は助けになる。飲酒や薬物の使用は事態を大きく悪化させる。

字面でこそPTSDは単純明快だが、現実世界で正確に評価するのはたいてい困難だし、不可能ですらある。定義の最初の部分は――トラウマとなるストレスの性質を定めるのは――たやすい。日常生活にありがちな問題など及びもつかない、激烈な恐怖をもたらすものでなければならない。レイプ、暴行、車の大破、天災、拷問、戦争、暴力による愛する人の死傷などは――みな条件を満たす。暴力をともなわない災難は――離婚、失業、破産、失恋はどは――PTSDを引き起こさない。(P248-)

PTSDが認定されづらい背景

PTSDということばは、昔から知られているのではなくて、比較的最近になってからです。その名を世に知らしめたのは中井久夫氏です。中井氏の著書から引用しましょう。

PTSDという障害名は米国の精神医学の診断基準「DSM」の第3版(1980年)に初めて登場して、われわれを驚かせた。それは「不安障害」の一項目であって、「その特徴は極度の(心的)外傷的事件を再体験することであって過剰覚醒症状と外傷と連合している刺激の回避とを伴う」と要約されている。

この障害にはDSMⅢという診断基準の中で大きな例外となっている重大な点が1つある。それは何であろうか。この米国の診断基準は第3版になって初めて世界的に有名になり、1980年代のわが国の精神医学にも1853年のペリー提督のような「診断学的黒船」の衝撃を与えたものであるが、その大原則の1つに「操作的診断」すなわち診断を満たす条件を列記して、全項目のいくつかを満たせば何々障害と診断してよろしいという方式を採って、一切、原因については触れないということがあった。ところが、PTSDに限り、「心的外傷的事件に続発する」という原因の規定を述べてあるから、明らかに例外である。1994年に出た改訂版DSMⅣでは「急性ストレス反応」が分離されて、例外が2つになった。これはPTSDの急性型であるが、基本的には同じものである。

1つであろうと、2つであろうと、この大きな例外はどういうことを意味するのであろうか。多分こういうことであろう。精神医学において、従来の精神障害を「内科的疾患」とすれば、心的外傷に続発する障害は「外科的障害」である。こちらのほうは、個人的に耐え忍び、自分の中に抱え、自力で処理されるべきものとされてきた。たとえば肉親・近親者・親友との離別、死別、幼児虐待、性的虐待、犯罪被害、被災、戦争体験、死に至る病の告知を受けること等々である。ところが、そうではなくて、コミュニティの中で支えられ、援助されるべきであると考えなおされてきた。この最近の世界的な思想的・社会的開眼という大きな文脈の精神医学版がPTSDとなって現れたのである。(P155)

 

急性ストレス反応との線引きの難しさ

PTSDが認定されづらいことについて、事故との因果関係を中心に説明したとおりですが、さらにその背景として、後遺障害の対象にならない急性ストレス反応との境界線引きがむずかしいことです。ネットで調べてみたところ、急性ストレス反応とPTSDの区別について、このような説明をみつけました。

強いストレス因と症状の発現との間に「即座で明らかな時間的関連」が必要とされています。症状の発現が4週間以内で、終息するのも4週間以内とされています。

なお、症状が1ヵ月を超えて持続し、PTSD(心的外傷後ストレス障害)の基準を満たすような場合には、診断は「急性ストレス反応」から「PTSD(心的外傷後ストレス障害)」へと変更されます。

 
教科書的にはこのとおりなのでしょうが、実際は線引きがむずかしい。診断書の症状所見の初診時からの推移をチェックしていると、PTSDと急性ストレス反応の差が判然としない記載をしている事案が大半なのです。教科書的な区別が通用しないのが実態なのです。なぜそうなのかというと、中井氏によれば、PTSDと急性ストレス反応は本質的に同じものだからです。本質的には同じものをどうして2つの傷病名(PTSDと急性ストレス反応)に分ける必要があったのか。そのことについて、中井氏は同書でこのように説明しています。

通常の心理的メカニズムで解消できるものをPTSR(心的外傷後ストレス反応)としてPTSD(心的外傷後ストレス障害)から区別しているが、本質的に相違はなく、補償の対象になるか否かを決めるために境界線を引いたのであろう。アメリカではPTSDがらみの訴訟がはなはだ多い。(P162)

 
医学的要請によるものではなくて、政策的要請、もっと露骨にいえば保険会社の注文に応じたということでしょう。このあたりの事情を知らないでPTSDの後遺障害に関わっていると、泥沼にはまってしまいますよ。
 

ことばの説明

これまでに似たよう傷病名であるPTSD(心的外傷後ストレス反応)とPTSR(心的外傷後ストレス反応)と急性ストレス反応(ASD)と、3つ出てきました。一応説明しておきますと、

PTSRは心的外傷にあった全ての人が多かれ少なかれ経験する正常な反応。PTSRが時間経過しても軽減せず特定の症状が持続し、その後の社会生活に大きな影響を与える場合が有り、このような状態を急性ストレス反応(ASD)や外傷後ストレス障害(PTSD)と言う。

すなわち、ASDは外傷体験後に顕著な症状や障害が2日間~4週間持続する場合であり、PTSDはこのようなASDで見られた症状が1か月以上持続した場合をいう。後者のふたつは、通常の心理的メカニズムでは解消できない。

 
中井氏によれば、この区別は結果論だといっているのです。症状が長引いて1か月以上持続したらPTSD、それ以下だったらASD、治療を要するまでもないものはPTSR、その境界を「正常」だとか「異常」だとかと区別しているのは、医学的説明をつけたいための苦し紛れ、帳尻あわせだということでしょう。

PTSDはだれでもがなりえること

 
もうひとつ。これまでのPTSDは、「個人的に耐え忍び、自分の中に抱え、自力で処理されるべきものとされてきた。・・・ところが、そうではなくて、コミュニティの中で支えられ、援助されるべき」ものというふうに変わってきた。日本は社会的な観点からとらえたPTSD認識にまだまだ欠けていることが背景にあると思います。

このふたつの背景が、PTSDに対する後遺障害認定実務上の冷淡さ・無理解に現れているのだと、ぼくは、中井氏の他の著書もふくめて示唆されているように感じました。
 
PTSDを考える上での必読書籍として、中井氏訳の「心的外傷と回復」(ジュディス・L. ハーマン)

という本もあります。そこでは、事故体験による心的外傷を負ってからかなりの年月が経ち、もう思い出さないかと思っていたころになって、ある小さな刺激を受けたことで突然よみがえり、それを起因としてさまざまな精神的症状が出現する例をいくつも挙げています。いったん無意識の中に取りこまれた心的外傷の記憶が、ささいなきっかけで、亡霊のようによみがえり、そのため精神的な危機に陥る。

そして、これまでの精神的な病気は、「内科的疾患」として、ある特定の人々のかかるものだと考えられていました。それが、心的外傷は外傷体験を契機として起こる「外科的障害」のため、PTSDはだれにでも起こりうることになってしまった。精神医学が、心的外傷を通路にして、いっきに外に向かって開かれてしまうことになった。

裁判ではどう評価されているのか

最近の裁判例は、PTSDの発症が争われた場合には、DSM等の一般的な診断基準を厳格に適用してPTSDを否定する傾向にあるが、PTSDを否定しつつも非器質的精神障害を認めて後遺障害等級表14級の後遺障害を認めるものもある。

 

裁判所は、症状の原因を特定する基準が不明確な時期には、柔軟に後遺障害を認定しつつ素因減額により損害額を調整する手法をとることもあるが、裁判の認定基準が明確になってくると、議論の軸足は、当該基準の該当性に移ってゆく。現時点において、事故と事実的因果関係のある症状について、個別柔軟に後遺障害を認定しつつ素因減額により損害額を調整する手法をとることができる分野は、PTSDが否定された場合の非器質的精神障害の認定に絞られてきたように思われる。

以上、「交通関係訴訟の実務」P148-
 

ついでに、発達障害について思ったこと

名大の元女子学生の殺人事件のことが過日の新聞記事に載っていた。

弁護側は冒頭陳述で「発達障害の影響で善悪の判断ができなかったことに加え、双極性障害(そううつ病)のそう状態で行動をコントロールできなかった」と強調。(日刊スポーツ)

 
日刊スポーツの報道だからどこまで信用していいのかわからない。が、弁護士のこの声明には、腰が抜けるほどぼくはびっくりしました。交通事故ではあまり聞いたことがありませんが、犯罪がらみで、発達障害はよく話題にされます。

発達障害というのは精神的な不調を抱えていれば、だれでも発達障害に認定されるほど相当にあいまいな広い概念なのに(注)、それを理由にして善悪の判断ができないは、いくらなんでも誇張が過ぎるでしょう。加えて、双極性障害で、「そう」になったから行動のコントロールができず、殺人まで犯す??? 明らかな「過剰診断」の例です。

(注)

「発達障害」は精神医学用語ではなく、法律用語である。発達障害者支援法の第2条に次のように定義される。

この法律において「発達障害」とは、自閉症、アスペルガー症候群その他の広汎性発達障害、学習障害、注意欠陥多動性障害その他これに類する脳機能の障害であってその症状が通常低年齢において発現するものとして政令で定めるものをいう。
この「政令で定めるもの」により、現在、文部省令により、幼少期に発症するあらゆる「メンタル不調」が「発達障害」として扱われる。

 

躁うつ病のキーワードは「後悔」である。うつ状態のときは「取り返しがつかない」(木村敏)と悔やみ(土居健郎)、躁状態のときは「なんとか取り返し、埋め合わせ、つぐないをつけよう」とがんばる。(P154)

 


 
躁うつ病のキーワードは「後悔」です。「後悔」は内方向に向かうエネルギーです。人を殺すような、外に向けた反社会的な行動に出るわけではありません。そもそも、発達障害で「そう」になるのでしょうか???

こんな声明をみるたびに、発達障害で苦しんでいる方にどれほどの迷惑がかかり、差別を助長するのだろうかと、ぼくはゆううつになります。
   
【17・06・01】「〈正常〉を救え 精神医学を混乱させるDSM-5への警告」から本文を追記した。

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当事務所の立場

突然、交通事故にあわれた被害者は、怪我をされたり、車を破損などされたりして大変なことです。その損害の賠償をしてもらうために、これから、加害者そして加害者側の損保担当者を相手に示談交渉を進めなければならなくなります。しかし、交通事故は人生でそう何度も経験するわけではありません。なにをどのようにしたらいいのか途方に暮れてしまうのがふつうです。

ところが、事故被害者がまず相手にするのが加害者であり、そして、実際は加害者側損保の担当者です。損保の担当者はそのことで生計を立てているいわばプロであり、百戦錬磨で鍛えた知識と経験があります。かたや、知識も経験もほとんどない事故被害者。そんな素人がプロ相手にどのように交渉していったらいいのでしょうか。

交通事故に詳しい弁護士が知人にいるような幸運な方は別にして、たいていの方は途方に暮れてしまうことでしょう。一昔前は、素人とプロの交渉ごとということにふつうはなって、プロの思い描くストーリーどおりに押し切られるのがふつうでした。しかし、ネットが発達した現在、示談交渉を進める上での情報がネットを検索すればあふれかえっています。が、その情報は正しいものもあれば正しくないものもある。玉石混淆です。それらの情報に接した事故被害者にとって、どの情報が正しくて信頼できるのかがまずわかりづらいし、自分だけでは手に負えなくて、調査や交渉ごとをだれかに任せることも時に必要になってきます。が、ネット上には、われこそは事故被害者のためだと謳っているものばかりなので、実際にいったいだれを信頼したらいいのかわかりません。

知識とは中立なものであること

ここで注意してほしいのは、情報の正確さもさることながら、その情報(知識)そのものが中立なことです。

昔、東大卒が多い自民党が間違えるはずがないと豪語している自民党支持者に会ったことがあります。ぼくは苦笑するしかありませんでした。たしかに東大卒は勉強をいっぱいしているわけだから、その知識量も多くかつ正確だといえるかもしれません。ただ、知識それ自体はあくまで中立なものであり、どちらにも役に立つ武器なのです。したがって、その正確でたくさんの知識をどちらの側に使うかにある。わかりやすいたとえ話をしてみましょう。

知識は刀という武器と同じ


その昔、武士という職業が存在しました。この武士は帯刀を許された職業のことであり、刀の専門家です。殿様を頂点にして、殿様に雇用され、殿様を守るために武器である刀の技術を日夜みがいていた。

この武器である刀自体は殿様を守るためにも使えるし、農民に加勢して殿様に刃向かうためにも使えます。しかし、悲しいかな、現実は殿様を守るために使われた例が圧倒的に多く、農民に加勢するために使われた例など不幸にしてきわめて少なかった。ごく稀に後者のような武士が現れますが、こういう武士こそ庶民にとっての英雄であり、「七人の侍」はまさにそのようなタイプの武士たちでした。

利益が一致しているか相反しているかが重要

したがって、問題はその使い手自身にあります。使い手がどちらの側に立つかで知識もそれぞれの側の武器になる。そして、その使い手がどちらの側に立つかは双方の利益が一致するか相反するかでふつうは決まってきます。

この、肝心要のことを説明したサイトが皆無といっていいほどにみあたらないのは不思議なことです(というか、あえて否定しているサイトさえいくらでもみつかるくらいです)。

記事を読んでいただければたちどころにわかることですが、当事務所は「立場」を鮮明にしております。あえて鮮明にしているのは、人間や社会に対する見方は、その人自身の立場から自由にはならないからです。中立を装うことは考察を浅くし、論旨を不明確にし、自己を無責任な立場に置くことになる。「立場」のない「立場」などありようがない。当事務所の立場は、ぼく自身が社会的弱者であるため、弱者の立場に徹することです。ぼくのような弱虫は「七人の侍」のようには決してなれないけれど、せめてその心意気だけでも真似して、社会的強者に阿らないようにしたい。そういう気持ちで当サイトをたちあげました。丸山真男のことばを最後に引用しておきます。

丸山真男から

ゲーテは「行動者は常に非良心的である」といっておりますが、私たちが観照者、テオリア(見る)の立場に立つ限り、この言葉には永遠の真実があると思います。つまり完全にわかっていないものをわかったとして行動するという意味でも、また対立する立場の双方に得点と失点があるのに、決断として一方に与するという意味でも、非良心的です。にもかかわらず私たちが生きていく限りにおいて、日々無数の問題について現に決断を下しているし、また下さざるを得ない。純粋に観照者の立場、純粋にテオリアの立場に立てるものは神だけであります。その意味では神だけが完全に良心的であります。

私たちの社会というものは、私たちの無数の行動の網と申しますか、行動の組合せから成り立っております。社会がこうして私たちの行動関連から成り立つ限りにおいて、私たちは行動あるいは非行動を通じて他人に、つまり社会に責任を負っています。その意味では純粋に「見る」立場、ゲーテの言う意味での完全に良心な立場というものは、完全に無責任な立場ということになります。

したがってこの点でも神だけが、完全に無責任でありうるわけであります。認識することと決断することとの矛盾中に生きることが、私たち神でない人間の宿命であります。私たちが人間らしく生きることは、この宿命を積極的に引き受け、その結果に責任を取ることだと思います。この宿命を自覚する必要は行動関連が異常に複雑になった現代においていよいよ痛切になってきたのです。

世のなかには一方では、認識の過程の無限性に目をふさぎ、理論の仮説性を忘れる独断主義者もいれば、またそもそも認識の意味自体を頭から蔑視する肉体的行動主義者がいます。しかし他方その半面では、物事はそう簡単にはイエスかノーかきめられないのだ、もっとよく研究してからでなければなんともいえないという名目の下に、いつも決断を回避することが学者らしい態度だという考え方がかなり強い。

あるいは対立する政治的争点に対して、あれももっとも、これももっとも、逆にそれを裏返しとして、あれもいけない、これもいけないということで、結局具体的な争点に対して明瞭な方向性を打ち出すことを避ける態度をもって、良識的であるとか、不偏不党であるとか考える評論家やジャーナリストもかなりいるようであります。

たびたびゲーテの言葉を引いて恐縮ですが、ゲーテはこういうことをいっています。「自分は公正であることを約束できるけれども、不偏不党であるということは約束できない。」今申しましたような世上いわゆる良識者は対立者に対してフェアであるということを、どっちつかずということと混同しているのではないでしょうか。
「現代政治の思想と行動」丸山真男 P452-454

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【推薦図書】

これまでに購入した中で、特に役に立った図書です。アマゾンから購入可能なものに限定しました。アマゾン以外からの購入図書については、こちらこちらの記事をごらんになっていただきたい。

(事故調査)

1⃣
林洋氏の代表作。定番教科書である。現場調査に欠かせない視点を提供してくれる。

 

2⃣
江守一郎氏の代表作。新版(と言っても1984年)あり。これも定番教科書のひとつと言われている。

(過失割合・賠償の範囲に役立つ本)

 

2⃣
交通事故訴訟をリードする東京地裁民事27部の裁判官が参加している。裁判所の判断の傾向を知るのに有用。

 

3⃣
道交法の定番教科書。

 

4⃣
「信頼の原則」という記事を書いた際に、たいへん参考になった。この本なくして「信頼の原則」の記事の信頼度は無きに等しい。

(保険を知るのに役立つ本)

1⃣
これ一冊あれば、任意保険のたいていのことはわかる。

 

2⃣
自賠法条文の解説書。

(後遺障害を知るのに役立つ本)

後遺障害をやるのだったら、これは必読書である。参考文献の紹介も豊富。

 

8⃣
先に紹介した弁護士本をたぶんに意識した本である。つまり、高野他本に載っていない遷延性意識障害とかPTSDとかを積極的にとりあげている。

(交通心理学に関する本)



類書はたくさんあれど、外国の調査研究が宝庫のように詰まっている。

(特殊分野編)
いいもわるいも特殊分野の本なので、これを見るしかないという本。

1⃣
旧版(第2集)は持っているが、その後の判例の展開を示した新版の第3集あり。全損賠償の決定版。

 

 

 

4⃣
上の3著の著者・海道野守氏が一般向けに書かれた物損請求書。古いが、わかりやすくてすごくいい本である。

 

5⃣
これも休業損害分野の唯一の本。毎年のように改定されている。ここの先生は休業損害だけでなく、実は休車損の調査もやられていたから、休車損の本も書いていただけるとありがたいのだが。

(交通事故を考える上で、最初に読んでおきたい本)

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