術後感染、たとえば骨髄炎発症による素因競合の問題について(1)

骨折からの骨髄炎発症、保険会社はどう考えるか

前回の記事「後遺障害における人工骨頭置換術や人工関節置換術の危ない話」で、私が理想とする後遺障害専門家像について、感染症を例にして思うことを書いた。この感染症について、損保業界にもっとも影響力のある井上久医師の論考(医研センタージャーナルの医学記事(注))が手元にある。交通外傷による骨折からの骨髄炎についてである。骨髄炎について損保がどのように考えているのかを知るための一助になると思われるので、大切と思われるところをとりあげてみたい。

(注)医研ジャーナル1995年7月・10月・12月号および96年4月号の「骨髄炎」という記事

骨髄炎とは?骨髄炎による医療過誤の立証の困難さ

  • 骨髄炎とは、病原微生物が骨内(骨髄、皮質骨、骨膜)で増殖し、化膿性炎症を引き起こした結果、人体に不都合な状況を作り出すこと。
  • 骨髄炎を発症させてしまうと、骨癒合という目的が達成できにくくなるだけでなく、種々の変形や機能障害を残すことになりうる。
  • 病原微生物としては、ほとんどが細菌による感染。
  • 発症するかどうかは、細菌に対する抵抗力(免疫力)と、細菌の繁殖力(毒力)との戦いになる。したがって、細菌の毒力が強かったり、身体の抵抗力が落ちていたりすると発症リスクが格段に高まる。
  • しかし、どんなに予防措置をとっても、術後感染率をゼロにすることはできない。
  • 閉鎖性骨折に対する術後感染率はおよそ4~5%、汚染創を伴う開放性骨折の術後感染率は10~20%前後。
  • このように術後感染は避けられないから、医者の立場からは、骨髄炎が発症したからというだけで、医療側に責任ありと言われるのはかなわない。
  • しかし、現在考えられる最低限の常識的な抗感染措置をおろそかにしたとか、感染症の発症を促進するような行為をしてしまった場合は責任が問われる。
  • 判例によると具体的には、「ガーゼを創内に置き忘れた」「手術用のゴム手袋の破片を創内に残した」「外傷患者の衣服を取り替えずに手術をしてしまった」「術後高熱が続いたにもかかわらず、創の観察を一度もせず、感染に関する諸検査も行なわないまま放置した」「手術時の医師や看護婦の手および手術器具を消毒するための消毒液を1週間取り替えなかった」といったような初歩的ミスがある場合は医療側の過失が問われる。
  • だが、患者側がこのような初歩的ミスによる医療側の過失を立証することは密室の行為であるため相当に困難であり、そのため、損保側からする医療過誤による責任追及は非常に難しいという現状がある。

骨折事案での注意点について

  • 骨折事案において、開放性骨折か閉鎖性骨折かの区別は重要。両者の違いにより、措置・手術内容、薬物使用、入院期間、通院期間、就労不能期間、後遺障害などが大幅に違ってくる。
  • ちょっとした擦り傷程度で、「開放性骨折」と診断書に書く医療機関があるため、疑問があるときは、具体的にどの部位にどの程度の長さ・広さ・深さの開放創があったのか確認が必要。
  • ただし、創が小さくても(pin hole)、骨折部の上にあるものは、鋭利な骨折端が一度外に出た後に再び皮下に埋まった可能性が高いため、開放性骨折に準じた治療や経過観察を行なう点に注意する。
  • 以上から、損保担当者がまず確認すべきことは①正確な骨折部位・形態・状況、つまり診断名の再確認②開放性か否か③開放性の場合は、開放創の部位・大きさ・深さ。
  • 軟部組織はレントゲンに写らないため、開放性か否か、軟部組織の挫滅程度を顧問医に確認すること。
  • 生体側の抵抗力を低下させる原因としては、①多発重度外傷②経口摂取不能③抗がん剤(免疫抑制剤)使用中④副腎皮質ホルモン剤使用中⑤基礎疾患(ex糖尿病・肝硬変・血管疾患・・・)⑥感染症の合併(ex肺炎・膀胱炎・皮膚化膿創・敗血症・・・)⑦栄養不良⑧高齢⑨安静不良⑩飲酒⑪喫煙⑫その他。
  • ③~⑥は感染症を起こしやすい私病・既往症にあたり、素因減額の対象になりうる。
  • ex、副腎皮質ホルモンの関節内注射の既往のある患者に人工関節置換術を実施すると、術後感染のリスクが高いのは常識。
  • 既往症がみつかると即素因競合だと考えるべきでないこと。たとえば血糖値や肝機能検査値が正常範囲を少し越えた程度、あるいは単なる健保病名からそのように判断しないこと。
  • ⑧の高齢を素因競合の対象にすべきでないこと。
  • ⑨~⑪は、患者の受療態度の問題になりうるから、患者の損害拡大行為として責任追及が可能。
  • 以上から確認すべき事項は、第一に「骨折以外の合併外傷の病態の詳細、その正確な傷病名が書かれているか」、第二に「骨折の治療や病状経過に影響を及ぼすと思われる基礎疾患やその他の因子があったか。あれば、その内容、程度(検査結果や治療内容)など」。第三。「経過中、他の部位の併発症(とくに肺炎・尿路感染・ジョクソウなど感染性疾患)は生じなかったのか。あれば、その内容、程度(治療内容)、発症時期、治癒時期など」。第四としては「患者に、療養上のポイントとなる指導(立位・荷重、関節運動、外出など)をいつごろから、どのようにしていたか。患者はその指導をどの程度守っていたか」。
  • 医療側の問題として、①開放性骨折に対する初期治療の不備②手術(直達牽引も含め)における感染予防措置の不備③抗感染療法の不備④骨髄炎発生の可能性を考慮に入れた入念な経過観察の不足がある。
  • 開放性骨折における適切な初期治療とは、①的確かつ迅速な局所病態ならびに全身状態の評価②十分な麻酔③適切かつ豊富な機器・材料を使っての洗浄とデブリードマン④組織修復⑤十分なドレナージ(排液。細菌の格好の培地となる血腫形成の予防)⑥強固な固定(牽引、創外固定、汚染の強い場合は6時間、軽度の場合は8~10時間、すなわちゴールデンアワー内なら内固定具による観血的固定術も可)ということ。

抗生物資使用上の問題点について

  • 世界一濫用されている抗生物資の問題について。術後の感染予防としての抗生物資の使用は、原則として1剤、場合によっては抗菌スペクトルの異なる薬剤を2種類併用し、せいぜい2~3日間で十分。長くても術後1週間程度。しかし、それ以上に多用・多期間運用されている現実がある。
  • 抗生物資の副作用について。5%前後に肝機能や造血機能における異常。濫用による耐性菌の増加(MRSAの蔓延)。

感染症について

  • 感染徴候の早期発見。
  • 術後感染は早くて2~3日後に発症。3か月以内の発症は、受傷時や手術時の感染によるとみられるが、それ以降の発症は遅発性感染であり、その原因は感染病巣(咽頭、膀胱、肺、皮膚、四肢の創など)からの血行性の新たな感染あると言われている。
  • 感染徴候の早期発見に努めたかどうかも含めたチェックポイント。第一に、医療機関の規模。第二に、初期治療時のスタッフ、手術時間(長いほど感染リスクが高まる)、麻酔法(局所麻酔では洗浄、デブリードマンが不十分になりうる)、具体的措置内容の確認。第三。細菌培養の実施回数や結果とその推移。第四。術後の熱型・創所見・血液検査実施回数とその結果。第五。使用した抗生物資の種類・投与経路・量・期間・変更の有無。第六。いつから骨髄炎を疑ったのか・診断したのか。その根拠。第七。骨髄炎診断後の措置内容。第八。全経過レントゲン。第九。医師の経時的指導内容。第十。患者の受診態度。第十一として、骨髄炎にならなかった場合、すなわち順調に経過していたなら、いつごろに症状固定し、どのような後遺障害が残存するか。
  • 第十二。3か月ごとに定期的病状打診を実施。ADL能力の詳細、後遺障害予測のための隣接関節の可動域、下肢短縮がある場合の下肢長。今後の治療方針の確認。再手術の可能性、手術内容など。最後の第十三として、骨髄炎になった原因の確認。

(なお、黒字部分は私が強調したいためにつけた)

井上久「医療調査」のかんたんな紹介

井上久医師の最新の論考は、氏の著書「医療審査」(自動車保険ジャーナル)である。
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その本でどういうことが書かれているのかの参考のために目次のみ紹介する。

第1章〔基礎編〕
 紛争の主因はやはり保険会社側に
 誠意無くして保険実務無し
 医学知識をひけらかせて良いことはない
 医師は診断書の書き方を知らない
 素因は医学界では遺伝
 理想的な照会は一問一答
 専門の顧問医にこまめに聞く

第2章〔実務編〕
 症状固定に向けての理屈、素因競合は二の次
 画像所見上、新鮮か陳旧性かの区別ができるか?
 純粋な外傷性椎間板ヘルニアはほとんどない
 相談の多い外傷・疾患の実務上の留意点
 昨今話題の病名・治療
 後遺障害等級と実情のギャップは大きい
 
井上氏が自動車保険ジャーナル社から過去に出版された本は全部読んでいたので、この新刊は、特に新鮮味があるわけではない。基礎編については表題をみただけで何が書いてあるのか想像できそうで、実際に読んでみてそのとおりだった。しかし、実務編は目新しい話題もいくつかある。過去に書かれた本はかなり昔に出版されたものなので、新たな知見や発展もあった。医療調査を志す人にとって必見の本だと思う。

今回私が書いた記事である骨髄炎については、新刊本にはHP上(自動車保険ジャーナル)その目次立てがないが、「骨折は治療が適切でもすべて順調に経過する訳ではない」(P150)で簡単に触れている。いずれ、MRSAなどの感染による素因競合については、当方が入手している資料をもとにもう少し詳しく書いてみたいと思う。

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