U2の「SUNDAY BLOODY SUNDAY」。いったい、いつまで。


久しぶりにロック記事。80年代の最高のバンドだといわれたU2。ぼくも一時期いれこんだことがあって、80年代を中心にCDを8枚持っている。最近はあまり聴かないけれど。

U2にかぎったことではないが、やはり賞味期限みたいなものがあって、U2はその賞味期限がもうとっくに切れている。いまは全盛時の遺産で食っているといったら失礼かもしれないが、もう最初の頃のようなインパクトは感じられない。

今回はその全盛時に出された「WAR」というアルバムに収められている「SUNDAY BLOODY SUNDAY」。出だしからU2色全開・インパクト満載のお気に入り曲。邦名だと「血塗られた日曜日」(注1)だが、いわゆる政治色の強い曲である。

ネットで調べてみたら、「SUNDAY BLOODY SUNDAY」のすばらしい訳がありましたので、「ボーンさんのブログ」から拝借いたしました。お許しください。

Yes

そう…

I can’t believe the news today
Oh, I can’t close my eyes and make it go away
How long, how long must we sing this song?
How long? How long?
‘Cause tonight we can be as one, tonight

今日のニュースは信じられない
目を閉じても忘れられない
いつまで、いつまでこの曲を歌わねばならないのだろう?
いつまで、いつまで?
今夜僕たちは一つになれる

Broken bottles under children’s feet
Bodies strewn across the dead end streets
But I won’t heed the battle call
It puts my back up, puts my back up against the wall

子供たちの足元には割れたビン
通りの行き止まりには死体が散らばる
でも僕は戦えという声を気に留めはしない
どうしようもない
僕にはどうすることもできない

Sunday, Bloody Sunday
Sunday, Bloody Sunday
Sunday, Bloody Sunday

日曜日 血に染まった日曜日
日曜日 血に染まった日曜日
日曜日 血に染まった日曜日

And the battle’s just begun
There’s many lost but tell me who has won
The trench is dug within our hearts
And mothers, children, brothers, sisters torn apart

戦いが今始まった
多くの命が失われたが、誰が勝ったのだろうか
僕らの心には塹壕が掘られてしまった
母と子、兄弟達は引き裂かれてしまう

Sunday, Bloody Sunday
Sunday, Bloody Sunday

日曜日 血に染まった日曜日
日曜日 血に染まった日曜日

How long, how long must we sing this song?
How long? How long?
‘Cause tonight we can be as one
Tonight, tonight

いつまで、いつまでこの曲を歌わねばならないのだろう?
いつまで、いつまで?
今夜僕たちは一つになれる
今夜こそ

Sunday, Bloody Sunday
Sunday, Bloody Sunday

日曜日 血に染まった日曜日
日曜日 血に染まった日曜日

Wipe the tears from your eyes
Wipe your tears away
Oh, wipe your tears away
Oh, wipe your tears away
Oh, wipe your blood shot eyes

涙を拭うんだ
涙を拭え
涙を拭うんだ
涙を拭うんだ
そんな赤みがかった目を見せないで

Sunday, Bloody Sunday
Sunday, Bloody Sunday

日曜日 血に染まった日曜日
日曜日 血に染まった日曜日

And it’s true we are immune when fact is fiction and TV reality
And today the millions cry
We eat and drink while tomorrow they die
The real battle just begun to claim the victory Jesus won on

確かに僕らは慣れてしまって、事実を嘘だと思いテレビを真実だと思い込んでいる
そして今日多くの人々が泣いている
僕らが飲み食いしている明日にも、多くの人々が死んでいく
神のつかんだ勝利の声を上げる真の戦いは始まったばかりだ

Sunday Bloody Sunday
Sunday Bloody Sunday

日曜日 血に染まった日曜日
日曜日 血に染まった日曜日

(注1)1972年、北アイルランドで起こった「血の日曜日事件」のこと。

ウィキペティアの解説によると、

デモ行進中の市民27名がイギリス陸軍落下傘連隊に銃撃された事件。14名死亡、13名負傷。事件のあった地区の名を取って「ボグサイドの虐殺(Bogside Massacre)」とも呼ばれる。IRA暫定派は、1970年からイギリス統治に対する反対運動を行っていた。軍が非武装の市民を殺傷したこの事件は、現代アイルランド史における重要な事件である。

軍隊が民衆に銃を向けることは、世界中で今も続いている。

How long? How long? いったいいつまで。

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当事務所の立場

突然、交通事故にあわれた被害者は、怪我をされたり、車を破損などされたりして大変なことです。その損害の賠償をしてもらうために、これから、加害者そして加害者側の損保担当者を相手に示談交渉を進めなければならなくなります。しかし、交通事故は人生でそう何度も経験するわけではありません。なにをどのようにしたらいいのか途方に暮れてしまうのがふつうです。

ところが、事故被害者がまず相手にするのが加害者であり、そして、実際は加害者側損保の担当者です。損保の担当者はそのことで生計を立てているいわばプロであり、百戦錬磨で鍛えた知識と経験があります。かたや、知識も経験もほとんどない事故被害者。そんな素人がプロ相手にどのように交渉していったらいいのでしょうか。

交通事故に詳しい弁護士が知人にいるような幸運な方は別にして、たいていの方は途方に暮れてしまうことでしょう。一昔前は、素人とプロの交渉ごとということにふつうはなって、プロの思い描くストーリーどおりに押し切られるのがふつうでした。しかし、ネットが発達した現在、示談交渉を進める上での情報がネットを検索すればあふれかえっています。が、その情報は正しいものもあれば正しくないものもある。玉石混淆です。それらの情報に接した事故被害者にとって、どの情報が正しくて信頼できるのかがまずわかりづらいし、自分だけでは手に負えなくて、調査や交渉ごとをだれかに任せることも時に必要になってきます。が、ネット上には、われこそは事故被害者のためだと謳っているものばかりなので、実際にいったいだれを信頼したらいいのかわかりません。

知識とは中立なものであること

ここで注意してほしいのは、情報の正確さもさることながら、その情報(知識)そのものが中立なことです。

昔、東大卒が多い自民党が間違えるはずがないと豪語している自民党支持者に会ったことがあります。ぼくは苦笑するしかありませんでした。たしかに東大卒は勉強をいっぱいしているわけだから、その知識量も多くかつ正確だといえるかもしれません。ただ、知識それ自体はあくまで中立なものであり、どちらにも役に立つ武器なのです。したがって、その正確でたくさんの知識をどちらの側に使うかにある。わかりやすいたとえ話をしてみましょう。

知識は刀という武器と同じ


その昔、武士という職業が存在しました。この武士は帯刀を許された職業のことであり、刀の専門家です。殿様を頂点にして、殿様に雇用され、殿様を守るために武器である刀の技術を日夜みがいていた。

この武器である刀自体は殿様を守るためにも使えるし、農民に加勢して殿様に刃向かうためにも使えます。しかし、悲しいかな、現実は殿様を守るために使われた例が圧倒的に多く、農民に加勢するために使われた例など不幸にしてきわめて少なかった。ごく稀に後者のような武士が現れますが、こういう武士こそ庶民にとっての英雄であり、「七人の侍」はまさにそのようなタイプの武士たちでした。

利益が一致しているか相反しているかが重要

したがって、問題はその使い手自身にあります。使い手がどちらの側に立つかで知識もそれぞれの側の武器になる。そして、その使い手がどちらの側に立つかは双方の利益が一致するか相反するかでふつうは決まってきます。

この、肝心要のことを説明したサイトが皆無といっていいほどにみあたらないのは不思議なことです(というか、あえて否定しているサイトさえいくらでもみつかるくらいです)。

記事を読んでいただければたちどころにわかることですが、当事務所は「立場」を鮮明にしております。あえて鮮明にしているのは、人間や社会に対する見方は、その人自身の立場から自由にはならないからです。中立を装うことは考察を浅くし、論旨を不明確にし、自己を無責任な立場に置くことになる。「立場」のない「立場」などありようがない。当事務所の立場は、ぼく自身が社会的弱者であるため、弱者の立場に徹することです。ぼくのような弱虫は「七人の侍」のようには決してなれないけれど、せめてその心意気だけでも真似して、社会的強者に阿らないようにしたい。そういう気持ちで当サイトをたちあげました。丸山真男のことばを最後に引用しておきます。

丸山真男から

ゲーテは「行動者は常に非良心的である」といっておりますが、私たちが観照者、テオリア(見る)の立場に立つ限り、この言葉には永遠の真実があると思います。つまり完全にわかっていないものをわかったとして行動するという意味でも、また対立する立場の双方に得点と失点があるのに、決断として一方に与するという意味でも、非良心的です。にもかかわらず私たちが生きていく限りにおいて、日々無数の問題について現に決断を下しているし、また下さざるを得ない。純粋に観照者の立場、純粋にテオリアの立場に立てるものは神だけであります。その意味では神だけが完全に良心的であります。

私たちの社会というものは、私たちの無数の行動の網と申しますか、行動の組合せから成り立っております。社会がこうして私たちの行動関連から成り立つ限りにおいて、私たちは行動あるいは非行動を通じて他人に、つまり社会に責任を負っています。その意味では純粋に「見る」立場、ゲーテの言う意味での完全に良心な立場というものは、完全に無責任な立場ということになります。

したがってこの点でも神だけが、完全に無責任でありうるわけであります。認識することと決断することとの矛盾中に生きることが、私たち神でない人間の宿命であります。私たちが人間らしく生きることは、この宿命を積極的に引き受け、その結果に責任を取ることだと思います。この宿命を自覚する必要は行動関連が異常に複雑になった現代においていよいよ痛切になってきたのです。

世のなかには一方では、認識の過程の無限性に目をふさぎ、理論の仮説性を忘れる独断主義者もいれば、またそもそも認識の意味自体を頭から蔑視する肉体的行動主義者がいます。しかし他方その半面では、物事はそう簡単にはイエスかノーかきめられないのだ、もっとよく研究してからでなければなんともいえないという名目の下に、いつも決断を回避することが学者らしい態度だという考え方がかなり強い。

あるいは対立する政治的争点に対して、あれももっとも、これももっとも、逆にそれを裏返しとして、あれもいけない、これもいけないということで、結局具体的な争点に対して明瞭な方向性を打ち出すことを避ける態度をもって、良識的であるとか、不偏不党であるとか考える評論家やジャーナリストもかなりいるようであります。

たびたびゲーテの言葉を引いて恐縮ですが、ゲーテはこういうことをいっています。「自分は公正であることを約束できるけれども、不偏不党であるということは約束できない。」今申しましたような世上いわゆる良識者は対立者に対してフェアであるということを、どっちつかずということと混同しているのではないでしょうか。
「現代政治の思想と行動」丸山真男 P452-454

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