広路と狭路の過失割合

分類から始めてみる

分類は、いうまでもなく、ある意図をもとにした体系化であるから、意図が変われば同じ対象についてまったく異なる体系・分類が可能である。たとえば人間を男と女というふうに二大別することもできるし、大人と子供というふうに二大別することもできる。分類は、それをすることによって、これまでよくわからなかったことがわかるようになることもあるだろうし、複雑なものが単純化され、物事が整理しやすくなる。ただしそのことによる弊害もあって、分類化=カテゴラズのため個体をみないことによる思考の省略・停止につながる。このことからまったく自由な人は稀だろう。

交点が生じるか否かでまずは分類してみた

交通事故で過失割合を考える場合でもっともわかりやすい分類は「交点の生じない事故」と「交点の生じる事故」にまずは二大別することである。これは教科書に書いてあったことではなくて、自己流の勝手な分類である。そうすることで、ぼくにはわからなかったことがわかるようになったし、説明の便宜のうえでもたいへん有効だからである。ほかにもっと有効な分類があるのかもしれない。どんな分類が事故の過失割合を説明しようとする上で有効なのかを自前で試行錯誤することが、交通事故の過失割合を考える上での整理に役立つように思う。

前にも説明したことだけれども、「交点の生じる事故」というのはそのまま進んでしまうと相手車と必ずぶつかってしまうため、双方に優先・劣後の関係を作る必要がある事故のことである。それに対して「交点の生じない事故」は、ふつうの運行をしている限り、双方は決して衝突することがないため、優先・劣後の関係を作る必要がない。

典型的な例として、たとえば直進対向車同士の場合である。自分の車線を走行している限り双方は決して永遠にぶつからないのだから、そこに規制を加える必要がないが、直進車が路外に右折するときなどのように、相手車線に進行しようとするときは、対向車の進路を妨害しないよう優先劣後の関係作り出すために規制を加えなければいけなくなる。

交差点において交点が生じる場合も同様であって、やはり優先・劣後の関係が必要である。そのために考案されたのが、信号による規制であったり、優先道路であったり、一時停止規制であり、広路狭路、左方優先であったりする。これも優劣をつけるために適用の優先順位がある。
 

第一:優先道路かどうか
第二:一時停止規制があるかどうか
第三:広路か狭路か
第四:左方側がどちらか
なお、信号のある交差点では、信号機の規制による。ただし例外あり(例:右折車と直進車の事故で、双方の信号が黄色の場合は、右折車側に優先がある)

相談

見通しのいい信号のない交差点でクルマ同士の出会い頭衝突事故を起こしてしまいました。相手は右方交差道路の県道を走行しており、こちらは農道を走行していました。県道ではありますが、優先道路というわけでなく、双方ともに一時停止規制もありません。その結果、相手損保からは広路・狭路を主張されています。こちらの幅員は3.6m、県道側は路側帯も含めて5.7mです。広路・狭路といえるのでしょうか。

判タの過失相殺率認定基準本による広路・狭路について

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広路狭路について

道路(車道)が広いか狭いかは、「広い」・「狭い」が相対的な概念なのだから、これだけでは何の解決にもならない。「広路狭路」については、最高裁は、

明らかに広い道路であるかどうかの判断は、交差点の入口で徐行状態になるため必要な制動距離だけ手前の地点において、自動車を運転中の通常の運転者が、その判断により、道路の幅が客観的にかなり広いと一見して見分けられるもの」(昭和45年11月10日)

 
としている。

こんな説明でわかる人がいるのだろうか。だって、上記判例の「客観的にかなり広いと一見して見分けられるもの」という定義自体がおよそ客観的とはいいがたいからである。このような胡散臭い、主観の入り込む要素がいっぱいある定義の仕方だから、保険実務上はまったく使えない。事故被害者と加害者側損保は利益相反の関係にあるから、はっきりした基準でないと、示談がまとまりづらいからである。そこで、保険実務では、広路が狭路の1.5倍以上あることが目安とされている。これなら客観的である。

なお、裁判では上記判例のとおり1.5倍なる基準は存在しない。判例上「明らかに広い」と認めたものと、否認したものとにわけて、そのときの道路幅員がどうだったのかをご紹介したい。
 
【広路狭路だと認定したときの道路幅員】
①8.9m対4.4m 
②15.9m対6.5m
③10.07m対6.4m
④9.6m 対3.0m
⑤7.0m 対 3.5m
⑥8.7~6.8m 対 4.6m
⑦6.0m 対 4.2m
⑧6.0m 対 3.8m
⑨5.6m 対 2.0m

【広路狭路を否認したときの道路幅員】
①7.0m対6.4m
②9.0m対7.9~5.5m
③8.85m 対 6.55~6.2m
④8.5m 対 5.4m
⑤4.9~4.77m 対 2.9m

広路狭路の測り方

客観的な目安が決まったとして、次に問題になるのが道路(ここでは車道のこと)のどこからどこまでを測って「広路狭路」を決めるのだろうか。「道路交通法解説」(16訂版P334)にはこう書いてある。

ここに「幅員が明らかに広い」にいう、その「道路の幅員」は、道路の路肩部分(路肩構造のない道路においては、路肩相当部分――0.5メートル)を含めた幅によって比較しなければならない。法第17条4項で述べたとおり、本条(36条のこと)で道路という場合で歩道等と車道の区別のある道路では、「車道」と読みかえなければならないことになっているので、本条の道路の幅員の広狭は、歩道又は路側帯を除いた車道の部分によって比較しなければならない(昭47・1・21最高裁)。

 

道路両側に非舗装部分(歩道設置予定)がある場合には、法第17条4項、第36条2項、3項の趣旨から判断して、道路の広狭の判断は舗装部分の幅員を道路幅員とみるのが相当であると考えられる(昭50・5・28東京高裁)。

 
もうひとつ、広路狭路を決める際に重要なことがある。すなわち、下図に示すように、

交差点をはさむ前後を通じて、交差点をはさむ左右の交差道路のいずれと比較しても明らかに幅員の広い道路をいい、その一方のみと比較して明らかに幅員が広い道路は含まれないと解すべきであるから、原判決が乙車の進行する幅員10,1mの東西道路と甲車の進行する幅員6.2mの北方道路のみを比較して前者が明らかに幅員の広い道路にあたると判断し、幅員9.1mの南方道路との比較をしなかったのは法令に違反するものというほかない(最高裁昭和50年9月11日)

 
としている。
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広路・狭路は、甲側の車道幅の「10.1」に対して、「6.2」ではなく、「9.1」のほうで比較せよということなのである。したがって上記判例のケースでは広路・狭路には該当しないことになる。

「明らかに広い」かどうかの結論

では本件はどうなるのだろうか。農道側の幅員が3.6mである。したがって、3.6m×1.5=5.4mになる。県道側が路側帯を含めて5.7mである。その差は0.3m。路側帯は通常0.5~1.0mあるので、保険実務上、本件は広路狭路には該当しないと考えられる。

道路とは

では、あらためて本件事故はどの事故類型に該当するのだろうか。まず考えてほしいのは、農道が「道路」なのかどうかである。当該農道が「道路」だったら、当該事故は「交差点の事故」になるが、「道路」でなかったら、「路外からの進入車との事故」となる。その違いが過失割合に影響する。

そこで、「道路」とは、

Wikipediaによると、

日本の法律上の定義としては、道路法、道路交通法、建築基準法などの法律が、それぞれ道路の定義を定めている。

 
――としている。ここで問題になるのは道路交通法の「道路」である。

道路交通法第2条1項は、以下の3つに該当する場合を「道路」としている。

1道路法第2条第1項に規定する道路(いわゆる公道)
2道路運送法第2条第8項に規定する自動車道(専ら自動車の交通の用に供することを目的として設けられた道で道路法による道路以外のもの)
3一般交通の用に供するその他の場所

 
1、2はわかる。問題は「一般交通の用に供するその他の場所」である。「一般交通の用に供するその他の場所」とは、公道や自動車の交通のために設けられた道以外で、現実の交通の実態から道路とみなされる土地のことをいう。不特定の人や車が自由に通行することができる場所で、現実に通行に使用されている場所が該当する。そのため、一般に道路としての形態を有していなくても該当する場合があり、私有地であるか公有地であるかは関係がない。具体的には、農道、林道、赤線が該当し、一般の交通に供用されていれば、私道、広場、公園、河川敷、地下街等も含まれる。

そのため、農道は「一般交通の用に供するその他の場所」にあたる可能性がある。ただし、農道であれば何でも「道路」に該当するというわけでなくて、「現実の交通の実態から道路とみなされる土地のことをいう。不特定の人や車が自由に通行することができる場所で、現実に通行に使用されている場所が該当する」ということが「道路」であるかどうかのメルクマールである。

道路であるための4つの要件

もう少し詳しく説明する。

道路法第2条1項に規定する道路(注:高速道路や国道、都道府県道、市町村道のこと)及び道路運送法第2条8項に規定する自動車道を除いた場所において、現実の交通の有無をとらえてこの法律上の道路とするものをいう。

具体的には、事実上道路の体裁をなして交通の用に供されているいわゆる私道がはいるほか、道路の体裁をなしていないが、広場、大学の構内の道路、公園内の通路というようなところで、それが一般交通の用に供され開放され、しかも一般交通の用に客観的にも使用されている場所をいう。しかし、それが管理者の意思によって閉鎖されたときは、ここにいう道路でなくなる(国会審議における政府説明要旨)」(「執務資料・道路交通法解説」より)。


 
上記「解説」によれば、①道路の体裁の有無②客観性・継続性・反復性の有無③公開性の有無④道路性の有無を挙げている。

要は、道路としての体裁に欠けるところがあったしても、道路らしさがいちおうあり、「不特定の人や車が自由に通行できる状態になっている場所が道路」(昭和44年7月11日最高裁)ということである。

以上から、本件はこう考えるべきである。かりに左方の農道が袋小路になっていて農作業で訪れる人くらいしか利用されていないのであれば、不特定多数の通行があるとはいえないから、「道路」ではない。どこかへ通り抜けが可能で、不特定多数の通行に利用されているなら「道路」にあたるということだ。左方の農道が袋小路なのかどうかを確認する必要がある。

路側帯と車道外側線外について
①通常の路側帯(軽車両通行可。車両の駐停車可)
②車両駐停車禁止路側帯
③歩行者専用路側帯

 
に区分される。

歩道がない場合は、その代用としての③の歩行者専用路側帯である。今回のケースは③の歩行者専用路側帯である。

「道路」(正確には「車道」とすべき)は、③の「路側帯」部分は含まれない。次に「路側帯」とよく間違える「車道外側線外」についても説明したい。ここは「車道」に含まれる。

車道外側線と路側帯の区別

外側線を表示する区画線のうち、歩道の設けられていない道路又は道路の歩道の設けられていない側の路端寄りに設けられ、かつ実線で表示されているものに限り、道交法の適用については「路側帯」とみなす(標識令7条)
歩道側にあるのは通常車道外側線ということになる。

最終結論

ご相談の事例は、農道が「道路」に当たるのかどうかをまず判断する。もし、「道路」なら「交差点内の事故」、「道路」でないなら、「路外からの進入車との事故」になる。過失割合が違ってくる。

今回はとりあげなかったが、農道が「道路」に該当したばあい、「交差点内の事故」になるが、そのばあい、広路狭路に該当しないことはすでに述べたとおりである。では、左方優先の原則で処理するのかどうかという問題がある。そのことについては、またの機会にしたい。

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知識は刀という武器と同じ

hitininnno
その昔、武士という職業が存在しました。この武士は帯刀を許された職業のことであり、刀の専門家です。殿様を頂点にして、殿様に雇用され、殿様を守るために武器である刀の技術を日夜みがいていた。

この武器である刀自体は殿様を守るためにも使えるし、農民に加勢して殿様に刃向かうためにも使えます。しかし、悲しいかな、現実は殿様を守るために使われた例が圧倒的に多く、農民に加勢するために使われた例など不幸にしてきわめて少なかった。ごく稀に後者のような武士が現れますが、こういう武士こそ庶民にとっての英雄であり、「七人の侍」はまさにそのようなタイプの武士たちでした。

利益が一致しているか相反しているかが重要

したがって、問題はその使い手自身にあります。使い手がどちらの側に立つかで知識もそれぞれの側の武器になる。そして、その使い手がどちらの側に立つかは双方の利益が一致するか相反するかでふつうは決まってきます。

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