脳梗塞と交通事故との因果関係

(先ごろ亡くなられたモハメド・アリ。大好きなボクサーのひとりでした。反骨精神がいっぱいあって。フォアマンとの試合もテレビでもちろんみました。すごい試合でした。スマートというか、あの勝ち方しかなかったのでしょう。そのアリも、パーキンソン病を長らく患っていたとのことです。そのパーキンソン病ですが、ボクシングによる頭部打撲が原因だとも伝えられていました。パーキンソン病患者の医療調査をしたことがありますが、打撲が原因だと聞いてびっくりです。今回取り上げる脳梗塞も外傷が原因だとする説があります。)

〈相談例〉

1か月前、主人が赤信号で停車中に追突されました。100%相手の過失です。翌日、病院に行き打撲で5日間入院と診断される。

事故の日は前日までの気温に比べこの冬一番の寒さでした。主人は、3台の玉突き事故で車外で警察の事情聴取を受けている間、寒さで喋るのが困難になりどうにか終えて家に帰り着きました。私はあまりの聞き取りにくさに、翌日病院へ連れて行ったのですが、脳梗塞と診断され、すぐに入院しました。その後右半身麻痺になり現在治療中です。

ところが、相手方の保険会社は交通事故との因果関係がないのではないかと釘を刺してきました。しかし、当時の寒さの中、発症した要因にはなるのではないかと考えています。主人は日雇いのため仕事もできず職も失っています。脳梗塞の発症は補償の対象にならないのでしょうか。

(回答)

交通事故が原因で脳梗塞になるかどうかですが、症例報告は少ないものの、まったくないわけではありません。頸部打撲などにより血管が閉塞し、脳梗塞を発症することがあるようです。特に内頸動脈が損傷され、その結果、血液が十分に流れにくくなって脳梗塞を発症した例などを、神経外傷学会の機関誌(2003年)にて埼玉医科大学の佐藤医師が報告しています。最新号はこちらから閲覧できます。
 
naikeidomyaku
 
頸部動脈における外傷性障害としては、梗塞が最も多く、受傷機転では頸部の打撲のほか、上肢や胸部などへの外力が作用したものが多かったとしています。

「打撲」の部位がどこなのか書いてないので不明ですが、頭部なら因果関係が認められやすい傾向にあるといえるし、仮にそうではなくても、頸部打撲や上肢、胸部の打撲の場合であっても、因果関係がないとはいえないということです。

また、椎骨動脈損傷によって脳梗塞を発症するという見解もあります。椎骨動脈損傷は、頸部の打撲以外にも、追突事故等により頸部が過伸展する際に、内膜の亀裂や中膜の解離を生じて、これらの部位に生じた血栓が、しばらくして脳に閉塞を起こすとされています。

法医学者の吉田謙一氏は、その見解をもとに、以下の鑑定を行い、死因は病的脳梗塞ではなくて、椎骨動脈損傷による事故死としています。
 

自動車に同乗中追突され入院していた患者が、事故の約2週間後、突然高度の小脳梗塞を起こし、開頭手術等を受けたが死亡した。解剖により、椎骨動脈の軽度の解離とその近傍で器質化した血栓を認めたことにより、衝突時、椎骨動脈に生じた外傷性の解離部に血栓を生じ、これが成長して小脳の動脈に閉塞したものと鑑定した。(「事例に学ぶ法医学・医事学」吉田謙一著・P95-96)


 
ほかにも、下記URLも参照されたらよろしいかと思います。参照すべきとした平岩幸一医師の「損害賠償の立場から見た交通事故医療の問題」という論文の該当部分だけ引用します。

1)外傷性脳血管閉塞
頸部内頸動脈閉塞症の発生は、交通事故が原因となることが最も多く41,42)、非開放性頸動脈損傷により生じ、頸部に所見のないものが75%とされ、内膜損傷による血栓形成での閉塞や、内・中膜の断裂による動脈壁解離で血管が徐々に閉塞される場合がある。

内頸動脈閉塞による症状は受傷12~48時間後に出現することが多く、早いものでは4時間後、遅いものでは75日後との報告もある41~43)。さらに、残存する解離性動脈瘤の血栓が剥離して前大脳動脈や中大脳動脈を閉塞し44)、数か月~数年後に発症を見ることもある42)。

頭部外傷の際、意識があれば麻痺に気づくが、意識障害が高度な場合は、本症を見逃すことがある40)。しかも高齢者で既存疾病があれば、病的脳梗塞と誤診されやすい。いずれにせよ突然死することは少なく45)、結果的に長期にわたる寝たきり状態となり、肺炎などの合併症により死亡することが多い。損害賠償の観点からは、病的脳梗塞と誤診されると、因果関係は中断し、傷害のみが損害賠償の範囲となるので、診断には細心の注意が必要である。

筆者もこれまでに、交通事故後に発症し、病的脳梗塞と診断された例について、事故状況・梗塞の発生部位・発症時期などを検討し、脳梗塞の原因は外傷による脳血管閉塞の可能性が高く、その後寝たきり状態での肺炎合併による死亡例では、事故と死亡との因果関係を認めた例がある46,47)。

 
筆者の平岩幸一氏は、他に、「賠償科学」という雑誌にて「交通事故後の脳梗塞」という論文を3つ書いています。
 

特記

●交通事故後の脳梗塞【郡司啓文・平岩幸一】(賠償医学No.16)
●再び,交通事故後の脳梗塞【郡司啓文・平岩幸一】(賠償医学No.22)
●三たび、交通事故後の脳梗塞【郡司啓文、平岩幸一ほか】(賠償科学No.30)

 

特記

上記論文や当該神経外傷学会の機関誌が必要な方は、料金がかかりますが、当方に申し出てください。ただし、割高になると思いますので、CiNii医中誌Web(デモ版)などで探された方がいいと思います。

 

事故との因果関係が不明なばあいの自賠責の取り扱い

最後に、こういったケースでの自賠責の取り扱いについて付記します。

自賠責は、重大な過失による減額以外に、「受傷と死亡又は後遺障害との間の因果関係の有無の判断が困難な場合の減額」について、

被害者が既往症等を有していたため、死因又は後遺障害発生原因が明らかでない場合等受傷と死亡との間及び受傷と後遺障害との間の因果関係の有無の判断が困難な場合は、死亡による損害及び後遺障害による損害について、積算した損害額が保険金額に満たない場合には積算した損害額から、また、保険金額以上となる場合には保険金額から5割の減額を行う。(「損害保険料率算定機構HP」より)
 
今回のケースは、事故直後に脳梗塞の症状が現れており、その後右半身麻痺にいたっているわけなので、事故との因果関係があるかもしれないと疑われる可能性がある。打撲箇所が頭部ならなおさら因果関係が示唆される。

因果関係がまったく否定される場合はだめですが、因果関係があるかもしれないと判断できる場合は50%減額されるものの、保険金の支払い対象になります。そのあたりが、因果関係がはっきりあるとの証明を求める任意保険との大きな違いです。ただし、脳梗塞はいわゆる生活習慣病だと一般的に考えられているため、「真偽不明」に持ち込むまでのハードルはかなり高いように思います。外傷が原因だと強く示唆される、ただしその証拠がないレベルでないとダメかもしれません。

なお、自賠責には素因減額という考え方はありません。自賠責保険の減額事由は、自賠責保険の支払基準上、「重大な過失による減額」と「受傷と死亡又は後遺障害との因果関係の有無の判断が困難な場合の減額」の2点に限定されているためです。ただし、自賠責保険の後遺障害における加重の取扱いは、素因減額の考え方に近いものだとはいえそうです。したがって、今回のケースは、事故との因果関係を全部認めるか、まったく認めないか、その中間かです。

自賠責の運用例(ただし、心筋梗塞)と裁判例

脳梗塞ではありませんが、同じ生活習慣病だといわれている参考になりそうな自賠責の運用例(心筋梗塞)をあげておくと、

バイクとの接触事故で歩行者Aが腕関節脱臼で入院。5日後に心筋梗塞で死亡している例です。Aは薬が手離せないほど心臓が弱かったのですが、医師は事故による精神的ショックで心筋梗塞を起こした可能性も否定しきれないとして、自賠責が適用されています。

参考になる裁判例もあげておきます。

【肯定例】

福島地裁 昭和55年12月26日判決
交通事故により左下腿骨開放性骨折、左膝関節血腫等の傷病名で入院中、高血圧と貧血がひどくなり心不全で48日後に死亡した事案。骨および軟部組織傷害が誘因となって汎発性血管内凝固症候群が発生し、これに基づく両側腎皮質壊死が原因となって急性腎不全に陥ったとされ、死亡と事故との相当因果関係が認められた。

 

【否定例】

東京地裁 昭和55年5月27日判決
事故後109日後に脳血栓で死亡した事案につき、横断歩行中の73歳男子は加害車に衝突され、左第5指中手骨骨折、右手・胸部挫傷、左肘部擦過傷で頭部に打撲等はなく、意識清明で通院治療していたが、事故前血清肝炎、心筋梗塞、脳軟化症等で受診していたこと等から死亡と事故との相当因果関係が否定された事案。

 
他の裁判例について、むさしの森法律事務所さんのHPで判例紹介とそれに対する解説がありました。判決文のみの引用になります。当方は判決文に直接あたったわけではありませんので、詳細については上記HPにあたったほうがよろしいかと思います。

否定例

高松高裁 平成7年9月25日判決
高校教師Aが2度に亘る追突事故を起こした後、搬送された病院で脳梗塞と診断され、肺炎を併発し死亡したが、頭部を打撲した事実を認めるに足りる証拠はないとして、外傷性ではないとした。

 

大阪地裁 平成5年3月17日判決
事故で脳挫傷を受傷した被害者が、脳梗塞に罹患した後、急性心不全で死亡したが、脳梗塞の成因は主に脳血栓症(アテロ-ム硬化症による動脈の一時的閉塞)、脳塞栓症(主として心臓由来の栓子による)等であることが認められるところ、右認定事実、すなわち、亡太郎の本件事故による傷害はまだ見当識障害が残り、尿失禁を繰り返すことはあるものの、歩行もでき、CT検査などからは改善傾向にあったこと、入院治療中に心房細動などの心臓疾患を発症したこと、心臓疾患等の既往症があったことに照らすと、亡誠治の脳梗塞は脳塞栓症による可能性が高いものというべき。

 

肯定例

東京高裁 平成12年8月29日判決
頭部外傷頸椎捻挫及びこれに合併した外傷性椎骨動脈不全等に伴う右上肢の無力、右下肢のしびれ・痛み・右耳鳴等の訴える現症状については、受傷当初から症状が明らかに認められるとの所見の推移から見て、本件事故の関与を否定しがたい面が考えられることから,現症状については、所見及び症状の程度等を総合的に評価し、精神神経症状として捉え、「障害を残し、服することのできる労務が相当な程度に制限されるもの」として、(自賠責が)自賠法施行令後遺障害等級9級10号に該当すると判断していることからしても、右によって、医学的にも、右の因果関係が認められる。

自賠責でも認定されているということが決め手だったようです。
 

名古屋地裁 平成13年6月29日判決
主婦が衝突事故で脳挫傷・硬膜内血腫から脳梗塞を発症した。事故との因果関係を認めて7級4号該当性を肯定したが、素因を減額。このような後遺障害は原告の脳梗塞に基づくものであるところ、この脳梗塞は原告の右内頸動脈閉塞に基づくものであること、この右内頸動脈閉塞は本件事故と直接の因果関係を有するとは認められず、原告の脳動脈硬化により生じたものであること、もっとも、原告は糖尿病・高血圧症にり患しており、このような者が脳梗塞を引き起こす可能性は通常人よりはるかに高いが、必ず脳梗塞になるというものではなく、本件事故により精神的負担が増し、血圧が不安定となり、脳血流の自動調節能が破綻し発症するという意味で本件事故が脳梗塞の誘因となった可能性は否定できない。

 

名古屋地裁 平成14年8月16日判決
高齢女性(当時71歳)の右肘負傷後の脳梗塞との因果関係を肯定したもの。既往症に加えて、本件事故による情動的ストレスと血圧上昇もまた、上記既往症が進行、増悪して本件脳梗塞・本件片麻痺が発症するに至る契機となり、その発症に寄与、加功していたものと認めるのが相当である。

 

名古屋地裁 平成16年11月17日判決
原告のMRI画像等により頭部に明確な損傷等が確認されないとしても、原告の前記症状は、本件事故による頭部外傷により、原告の脳内に微小の虚血性変化が生じたことから、左上下肢に疼痛及びしびれが生じ、現在も症状(主として左上肢の症状)が残存していると認めるのが相当である。なお、救急搬送時において意識は清明だった。

 

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突然、交通事故にあわれた被害者は、怪我をされたり、車を破損などされたりして大変なことです。その損害の賠償をしてもらうために、これから、加害者そして加害者側の損保担当者を相手に示談交渉を進めなければならなくなります。しかし、交通事故は人生でそう何度も経験するわけではありません。なにをどのようにしたらいいのか途方に暮れてしまうのがふつうです。

ところが、事故被害者がまず相手にするのが加害者であり、そして、実際は加害者側損保の担当者です。損保の担当者はそのことで生計を立てているいわばプロであり、百戦錬磨で鍛えた知識と経験があります。かたや、知識も経験もほとんどない事故被害者。そんな素人がプロ相手にどのように交渉していったらいいのでしょうか。

交通事故に詳しい弁護士が知人にいるような幸運な方は別にして、たいていの方は途方に暮れてしまうことでしょう。一昔前は、素人とプロの交渉ごとということにふつうはなって、プロの思い描くストーリーどおりに押し切られるのがふつうでした。しかし、ネットが発達した現在、示談交渉を進める上での情報がネットを検索すればあふれかえっています。が、その情報は正しいものもあれば正しくないものもある。玉石混淆です。それらの情報に接した事故被害者にとって、どの情報が正しくて信頼できるのかがまずわかりづらいし、自分だけでは手に負えなくて、調査や交渉ごとをだれかに任せることも時に必要になってきます。が、ネット上には、われこそは事故被害者のためだと謳っているものばかりなので、実際にいったいだれを信頼したらいいのかわかりません。

知識とは中立なものであること

ここで注意してほしいのは、情報の正確さもさることながら、その情報(知識)そのものが中立なことです。

昔、東大卒が多い自民党が間違えるはずがないと豪語している自民党支持者に会ったことがあります。ぼくは苦笑するしかありませんでした。たしかに東大卒は勉強をいっぱいしているわけだから、その知識量も多くかつ正確だといえるかもしれません。ただ、知識それ自体はあくまで中立なものであり、どちらにも役に立つ武器なのです。したがって、その正確でたくさんの知識をどちらの側に使うかにある。わかりやすいたとえ話をしてみましょう。

知識は刀という武器と同じ

hitininnno
その昔、武士という職業が存在しました。この武士は帯刀を許された職業のことであり、刀の専門家です。殿様を頂点にして、殿様に雇用され、殿様を守るために武器である刀の技術を日夜みがいていた。

この武器である刀自体は殿様を守るためにも使えるし、農民に加勢して殿様に刃向かうためにも使えます。しかし、悲しいかな、現実は殿様を守るために使われた例が圧倒的に多く、農民に加勢するために使われた例など不幸にしてきわめて少なかった。ごく稀に後者のような武士が現れますが、こういう武士こそ庶民にとっての英雄であり、「七人の侍」はまさにそのようなタイプの武士たちでした。

利益が一致しているか相反しているかが重要

したがって、問題はその使い手自身にあります。使い手がどちらの側に立つかで知識もそれぞれの側の武器になる。そして、その使い手がどちらの側に立つかは双方の利益が一致するか相反するかでふつうは決まってきます。

この、肝心要のことを説明したサイトが皆無といっていいほどにみあたらないのは不思議なことです(というか、あえて否定しているサイトさえいくらでもみつかるくらいです)。

記事を読んでいただければたちどころにわかることですが、当事務所は「立場」を鮮明にしております。あえて鮮明にしているのは、人間や社会に対する見方は、その人自身の立場から自由にはならないからです。中立を装うことは考察を浅くし、論旨を不明確にする。「立場」のない「立場」などありようがない。当事務所の立場は、ぼく自身が社会的弱者であるため、弱者の立場に徹することです。ぼくのような弱虫は「七人の侍」のようには決してなれないけれど、せめてその心意気だけでも真似して、社会的強者に阿らないようにしたい。そういう気持ちで当サイトをたちあげました。よろしくです。

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