てんかんと自動車保険

三ノ宮暴走、覚えていない。頭の手術も。

日本テレビ系(NNN) 5月4日(水)5時25分配信

3日午前、兵庫・神戸市のJR三ノ宮駅前で車が暴走し、歩行者ら7人が重軽傷を負った。警察は、運転していた男を現行犯逮捕し、事故の原因などについて詳しく調べを進めている。

3日午前11時すぎ、神戸市中央区のJR三ノ宮駅の北側で、「車が歩道に突っ込んだ」と110番通報があった。警察などによると、乗用車が暴走して次々と歩行者をはね、歩行者5人と車に乗っていた2人の合わせて7人がけがをした。このうち、歩行者の51歳の父親と44歳の母親、14歳の娘の3人が重傷。

目撃した人「1人は1回ボンネットに乗りました。ボンネットに乗った人は道の真ん中で落ちて、(車が)またひいて、そのまま一方通行の角でスピード落とさずにボカンと当たって止まった」

警察は、車を運転していた神戸市のA容疑者(63)を過失運転致傷の疑いで現行犯逮捕した。A容疑者は警察に対して、「交通事故を起こして逮捕されましたが、その時の状況はよく覚えていません」と話したという。

また、A容疑者をよく知る人の話では、過去にも交通事故を起こしたことがあるという。

A容疑者を知る人「交通事故を2回起こして、頭の手術もして。手が震えると言っていたから」

警察によると、A容疑者が事故当時、酒や薬物を使用していたなどの情報はないということで、今後、事故の経緯について詳しく事情を聴く方針。

(実名で報道されていたが、Aとした。また職業を無職としていたが、これも不必要なのでカットした。)

こういう事故が起こるたびに、かつて書いた記事について、その後の道交法の改正も踏まえ、書き改めねばと思うのだが、ついつい怠けていた。今回はてんかんが原因なのかはまだわからないが、この機会に、道交法改正部分もふくめて別ブログの記事を加筆することにした。

相談

てんかんで治療中だと車の運転はしてはいけないのでしょうか?また運転して事故を起こした場合保険はおりないのでしょうか?

(回答)

てんかんで治療中なら運転できないのか

道交法90条の免許の拒否理由の一つとして、てんかんが挙がっています。ただし、「発作が再発するおそれがないもの、発作が再発しても意識障害及び運動障害がもたらされないもの並びに発作が睡眠中に限り再発するものは除く」(令33条の2の3)としています。より詳しくいうと、

1.過去5年以内に発作がなく、今後発作が起こるおそれがない人
2.過去2年以内に発作がなく、今後○年程度であれば、発作が起こるおそれがない人
3.医師が2年間経過観察をし、発作が睡眠中に限って起こり、今後症状の悪化のおそれがない人

などに該当するなら、てんかん患者であっても免許はOKです(注1)。

注1

「日本てんかん協会」より

てんかん (令第33条の2の3第2項第1号関係)
【1】以下のいずれかの場合には拒否等は行わない。
ア 発作が過去5年以内に起こったことがなく、医師が「今後、発作が起こるおそれがない」旨の診断を行った場合

イ 発作が過去2年以内に起こったことがなく、医師が「今後、x年程度であれば、発作が起こるおそれがない」旨の診断を行った場合

ウ 医師が、1年間の経過観察の後「発作が意識障害及び運動障害を伴わない単純部分発作に限られ、今後、症状の悪化のおそれがない」旨の診断を行った場合

エ 医師が、2年間の経過観察の後「発作が睡眠中に限って起こり、今後、症状の悪化のおそれがない」旨の診断を行った場合

【2】 医師が、「6月以内に上記【1】に該当すると診断できることが見込まれる」旨の診断を行った場合には、6月の保留又は停止とする。(医師の診断を踏まえて、6月より短期間の保留・停止期間で足りると認められる場合には、当該期間を保留・停止期間として設定する。)

保留・停止期間中に適性検査の受検又は診断書の提出の命令を発出し、
〈1〉適正検査結果又は診断結果が上記【1】の内容である場合には拒否等は行わない。

〈2〉「結果的にいまだ上記【1】に該当すると診断することはできないが、それは期間中に○○といった特殊な事情があったためで、さらに6月以内に上記【1】に該当すると診断できることが見込まれる」旨の内容である場合にはさらに6月の保留又は停止とする。(医師の診断を踏まえて、6月より短期間の保留・停止期間で足りると認められる場合には、当該期間を保留・停止期間として設定する。)

〈3〉その他の場合には拒否又は取り消しとする。

〈4〉上記【1】イに該当する場合については、一定期間(x年)後に臨時適性検査を行うこととする。

〈5〉なお、日本てんかん学会は、現時点では、てんかんに係る発作が、投薬なしで過去5年間なく、今後も再発のおそれがない場合を除き、通常は、大型免許及び第二種免許の適性はないとの見解を有しているので、これに該当する者がこれら免許の申請又は更新の申請を行った場合には、上記〈2〉及び〈3〉の処分の対象とならない場合であっても当該見解を説明の上、当面、免許申請・更新申請に係る再考を勧めるとともに、申請取消しの制度の活用を慫慂することとする。

その後の道交法改正内容

平成25年6月14日公布の改正道路交通法より、(道交法改正内容については、シンク出版株式会社のHPから参考・引用・一部転載しました。)

(1)免許取得時・更新時などにおける質問制度の新設

都道府県公安委員会は、運転免許取得や免許更新のために申請する人に対して、免許の拒否又は保留の基準となる「一定の病気の症状等」(注1)があるかを判断するために質問票(注2)で質問をすることができる。

(注1)「一定の病気の症状等」((道路交通法第90条第1項第1号~2号、道路交通法施行令第33条の2の3)

  • 統合失調症(自動車等の安全な運転に必要な認知、予測、判断又は操作のいずれかに係る能力を欠くこととなるおそれがある症状を呈しないものを除く。)
  • てんかん(発作が再発するおそれがないもの、発作が再発しても意識障害及び運動障害がもたらされないもの並びに発作が睡眠中に限り再発するものを除く。)
  • 再発性の失神(脳全体の虚血により一過性の意識障害をもたらす病気であって、発作が再発するおそれがあるものをいう。)
  • 無自覚性の低血糖症(人為的に血糖を調節することができるものを除く。)
  • そううつ病(そう病及びうつ病を含み、自動車等の安全な運転に必要な認知、予測、判断又は操作のいずれかに係る能力を欠くこととなるおそれがある症状を呈しないものを除く。)
  • 重度の眠気の症状を呈する睡眠障害 
  • そのほか、自動車等の安全な運転に必要な認知、予測、判断又は操作のいずれかに係る能力を欠くこととなるおそれがある症状を呈する病気
  • 認知症(介護保険法第5条の2に規定するもの)
  • アルコール、麻薬、大麻、あへん又は覚醒剤の中毒

(注2)質問票

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また、免許保有者に対して、免許の停止・取消の対象となる病気に該当するかどうかを調査する必要があると認めるときは「一定の病気の症状等」に関する報告を求めることができる。

病気の症状があるにも関わらず、公安委員会に虚偽の回答をして免許を取得または更新した者には、罰せられる。

(2)診断した医師による任意届出制度の新設
「一定の病気」 等にかかっている運転者を診断した医師は、 その診断結果を都道府県公安委員会に任意で届け出ることができる。

(3)免許の暫定的な停止制度の新設
交通事故を起こした運転者が一定の病気等に該当すると疑われる場合は、専門医の診断による取消処分を待たずに、3か月を超えない範囲で免許の停止措置ができる。
 

てんかんの病態はさまざま

てんかんと一口にいってもこのように病態はさまざまであり、発作を起こして意識を完全に喪失するものから意識が混濁するだけのもの、意識喪失を伴わないものまでいろいろあります。てんかん発作→意識喪失→責任無能力→保険が使えないというような、論理の飛躍をいくつも重ねた上での議論が横行しているように思いますので注意が必要だと思います。

運転して事故を起こした場合保険はおりるのか?

民法上はどうなるのか

民法713条に、「精神上の障害により自己の行為の責任を弁識する能力を欠く状態にある間に他人に損害を加えた者は、その賠償の責任を負わない」とあります。裁判でも、運転中にてんかん発作を起こした運転者の責任能力を否定したものがあります(名古屋地裁昭和38年8月30日)。

特記

交通事故における不法行為能力についての肯定例と否定例
【肯定例】くも膜下出血により意識を失った例、脳梗塞再発例など
【否定例】てんかん発作例、睡眠無呼吸症候群例

自賠責はどうなるのか

ただし、自賠責保険については民法713条の適用を否定し、心神喪失状態にある者であっても運行供用者責任が認められるとして、自賠責はおりるとした判例があります(大阪地裁・平成17年2月14日)。 この判決で心神喪失者自身の運行供用者責任を認めた理由は、もし認めないと上記の判例との均衡を失するためとしています。上記判例をもう少し詳しく述べると、

運行供用者A会社が運転をゆだねた従業員Bが車の運転中てんかん発作を起こし、心神喪失状態になったため事故になり、Cを死亡させたケースで、Bの不法行為責任は否定したものの、A会社の運行供用者の責任を認めた(名古屋地裁昭和38年8月30日)。

すなわち、運行供用者が他人に運転を委ねている時に、その運転者が運転中に突然心神喪失状態になって事故を起こした場合は、自賠責法3条により運行供用者は当然に運行供用者責任を負うと解されるのに対し、運行供用者自身が自動車を運転中に突然心神喪失状態になって事故を起こした場合は、責任無能力を理由に運行供用者責任を免れるとすると、他人に運転を委ねた者が責任無能力者となった場合に責任を負わせることとの均衡を失することになるからだとしています。

したがって、てんかん発作を起こし、事故時に意識喪失状態だったことがわかった場合でも、自賠責保険が適用されます。(追記2)

対人・対物保険はどうなるのか

任意保険ですが、これは場合を分けて考える必要があります。すなわち、人身損害については、自賠責の運行供用者責任が任意保険の「法律上の損害賠償責任」にふくまれるとしており(「自動車保険の解説」参照)、任意保険の対人賠償は有責、つまり保険金はおります。

問題は対物のほうです。対物損害については、心神喪失が免責事由に該当するのかどうかについて保険約款に何も記載されていないためです。その結果、民法713条が適用になり、免責になる可能性も否定できません。それでもっと調べてみたら、インターネット上の情報として、てんかん患者に対する任意保険支払い状況の調査報告書を見つけました。

それによると、対人・対物の両方で保険金が支払われると回答した保険会社が複数あります。逆に支払われないと回答している保険会社は1社もありません。したがって、対人・対物については保険の支払いはされると考えられます。以下の論文で詳細を確認していただけたらと思います。

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「てんかんを持つ人の自動車任意保険の現況」より

傷害保険はどうなるのか

次は傷害保険についてです。傷害保険では、てんかんは「急激かつ偶然な外来の事故」(注3)に該当せず、さらに疾病先行要件(事故前にてんかん発作が起こり、それが事故の原因となったとするもの)に抵触する可能性(意識喪失の証明という問題がある)もあるため、傷害保険はおりない可能性があります。

注3

傷害保険は「急激かつ偶然な外来の事故」によって身体に被った損害を担保します。

(1)「急激」とは、事故発生状態についての時間的側面を言い表すものであり、原因となった事故から結果としての傷害までの過程が直接的で、時間的間隔がないこと。

(2)「偶然」とは、原因または結果のl発生が、被保険者の立場からみて予知できない状態をいい、①原因の発生が偶然である場合②結果が偶然である場合③原因・結果が偶然である場合のいずれかに該当する必要あり。

(3)「外来」とは、内在に対する概念であり、傷害発生の原因が結果にいたるまでの過程において、なんらかの外部要因が身体に及ぶこと。

まとめ

①てんかんは、道交法90条の免許の拒否理由の一つにあげられているが、だからといって、車の運転ができないとは限らない。

②民法713条により、運転中にてんかん発作を起こした運転者の責任能力が否定されている。

③しかし、自賠責では運行供用者責任が認められており、自賠責はおりる。

④任意保険については、対人・対物はおりる。傷害保険については、おりない可能性が高い。

⑥設問についての道交法改正による影響は、てんかんにつき虚偽申告したばあいは、傷害保険はいずれしろおりない可能性が高く、自賠責、対人・対物任意保険には影響がないと思われる。

(16・5・5追記)
傷害保険はおりない可能性が高く・・・などとアイマイな書き方をしたので補足説明をしたい。傷害保険は、担保危険や中性危険が先行する場合は有責、つまり保険金がおりるが、免責危険が先行する場合は免責、すなわち保険金がおりない。わかりやすくいうと、意識を喪失したてんかん発作の結果、事故を起こしたなら免責。しかし、事故の結果、頭を強打し、てんかん発作を起こしたなら、有責ということになる。

(16.5.11 追記1)
記事の表題を改めた。旧記事と同じだったので。

(16・6・29 追記2)
東京地裁平成25年3月7日判決。事故以前より低血糖症を発症していた加害者が意識障害を起こし、相手を死亡させた事故につき、当判決は、「自賠法3条は、自動車の運行に伴う危険性等に鑑み、被害者の保護及び運行の利益を得る運行供用者との損害の公平な分担を図るため、自動車の運行によって人の生命又は身体が害された場合における損害賠償責任に関し、過失責任主義を修正して、運行を支配する運行供用者に対し、人的損害に係る損害賠償義務を負わせるなどして、民法709条の特則を定めたものであるから、このような同条の趣旨に照らすと、行為者の保護を目的とする民法713条は、自賠法3条の運行供用者責任には適用されないものと解するのが相当である。したがって、被告は、自賠法3条に基づき、本件事故による人的損害に係る賠償責任を免れない。」と判示した。

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