歩行者用信号が青になってすぐに渡り始めたのに、車に轢かれてしまった高齢者や子供たち

歩行者用信号での横断時間

歩行者用信号が青になったので横断を開始したところ、途中で赤になってしまい、そのため交差点進入車と衝突し、怪我をしたという高齢者の事例をぼくは何度か担当したことがあります。道路幅が広い道路だと、足早に歩かないと途中で信号が点滅しだし、あせったことがぼく自身何度かあります。のんびり歩いていたら危ないです。

その事案を担当したときに、歩行者用の信号の横断時間はどれくらいなのか調べてみたことがありました。そしたら、1秒につき1mでした。今もその運用どおりなのかを確認してみたところ、大分県交通安全協会のサイトでその運用どおりで間違いないことが書いてありました。引用します。
 

横断歩道を渡っている人の歩行速度を量ってみると、約九五%以上の人が、1秒に1mの速さで歩いています。信号機の歩行者青信号の最低秒数も、この数値により設定されています。もちろん、これよりも早い人もいれば、遅い人もいます。都心と郊外、関西と関東、若者と高齢者などさまざまな要因が考慮されます。

交通弱者のための押しボタン

さらに、高齢者保護のために、

一つの方法として、弱者用押しボタン箱の設置があります。ボタンを押すと歩行者青信号が約一.三倍の長さになります。

 
【弱者用押しボタン箱】(所沢市議会議員浅野みえ子氏のブログより)
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【盲人用押しボタン箱】(交通機器調査所のHPより)
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横断時間1秒で1mは妥当か

歩行者が100人いて、早い方から数えて95番目に遅い人(変な言い方かも)を基準に、1秒1mの原則が決められたようです。しかし、歩行者100人の中には高齢者だって子どもだっているわけだし、それにしては1秒1mは速すぎるように思いました。なんだか怪しいぞ。

そこで、科警研交通部「道路交通管理の技術的基礎知識」で確認してみたところ、
 
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となっていました。「1秒1mの原則」が、上記「子ども・老人が歩く速さ」の平均値に一致します(注1)。それだと、子どもや老人の半数は青信号で渡りきれないことになります。したがって、「歩行者が100人いて、早い順に95番目に遅い人を基準」にしたときの100人の調査対象が「子ども・老人」ではなくて、健康な大人なのだろうと推測できます。あるいは健康体の成人に偏った対象です。これだから、速いわけだ。他のサイトでは、子どもや老人にも配慮した時間設定だと紹介していますが、とんでもない間違いです。1秒1mなら、眼の見えない人だったら、どれほど恐ろしいことでしょう。外に出るなと言っているのと同じです。
 
長谷川貞夫氏のブログより】
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(注1 平均値と中央値)

)余談になるが、「平均」ということばが出てきたらそれが「平均値」の意味なのか、それとも「中央値」の意味なのかを注意したほうがいいと「統計でウソをつく法」という本の中で紹介されており、「平均でだます法」の章が年収などの例を使った説明が詳しい。また、「身近な統計」という本ではこのように説明されている。

平均値と中央値の性質と読み方
 
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もし、データーが左右対称に分布していれば、平均値と中央値は同じ位置になりますが、対称性が崩れて全体から外れたデーターが出てくると、平均値はその値に引き寄せられて、外れ値のある方向(分布の歪んだ方向)に偏った値になります。

一方、中央値はデーターの値そのものの情報というよりは順位情報を利用しているため、分布の両端の値には依存せず、常にデーターを半分に分ける位置を示します。つまり、中央値は外れ値や分布の歪みに対して頑健(ロバスト)であるのに対して、平均値は外れ値や歪みに対して頑健(ロバスト)ではないということです。したがって、外れ値があったり歪んだ分布では、もはや平均値で分布の中心傾向を測ることはできないので、中央値で測るほうが適切です。(P51‐52)

日本人は早足なのか

ところで、外国の調査研究ではどうなっているのでしょうか。「歩行者・人動車・道 路上の運転と行動の科学」・牛生扇(平尾収)著によると、
 

歩行者のことを考えた道路の設計を行う場合に、設計に用いる基準歩行速度に歩行者集団の平均値を用いれば、平均値以下の遅い約半数の歩行者は切り捨てられてしまうことになる。これでは困るので、基準歩行速度は少なくとも歩行者集団の95%以上が歩ける速さとする必要があるとシャイナーはいう。前述のスレイトが1972年にスウェーデンで行った研究によれば、この95%限界の速度は成人集団では毎秒0.66m、高齢者集団では毎秒0.54mである。(P384~385)

 
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となっていました。

日本の基準歩行速度は明らかに速すぎる

日本人がいくらせっかちで早歩きだからと言っても、日本の基準歩行速度は明らかに速すぎますね。繰り返しますが、日本の基準は「子ども・老人が歩く速さ」の平均値に一致するため、平均値以下の、歩くのが遅い約半数の子どもや高齢者は切り捨てられてしまうことになります。その結果、横断しきれないうちに信号が赤になってクルマに轢かれてしまうわけです。クルマの流れが滞らないことばかりを優先させた結果です。交通ルールを守らないとか信号無視するとか言って、子どもや高齢者を非難するサイトが目に付きますが、あまりに一方的でしょう。お前らだって、かつてはガキで歩くのが遅かっただろうし、いずれ老人になればもっと遅くなることくらい想像したらどうか。

他に参考にした記事

「多くの高齢者にとって横断用信号機の時間設定は短すぎる」(ヘルスデージャパン・2012.6.25掲載)
 
当記事によると、
 

医学誌「Age and Ageing(年齢と加齢)」6月14日号に掲載された研究で、英ロンドン大学(UCL)のLaura Asher博士らは、英国健康調査(HSE)に参加した65歳以上の高齢者の平均歩行速度と、設定された歩行者横断時間で道路を渡るのに必要な速度を比較した。この必要速度は、英国や世界の多くの国で4フィート(約1.2m)/秒とみられている。

研究の結果、高齢男性の平均歩行速度は約3フィート(約0.9m)/秒、高齢女性では2.5フィート(0.76m/秒)であった。加齢に伴い、歩行速度は低下した。全体では男性の76%、女性の85%で、歩行速度が必要速度よりも遅かった。また、男性の84%および女性の93%に歩行障害がみられた。

Asher氏は「高齢の歩行者は若年者に比べて歩行速度も意思決定も遅く、知覚障害があるため、道路交通事故に巻き込まれる可能性が高い。また事故に遭った場合、その損傷により死亡する可能性も高い。コミュニティ(地域社会)は、横断時間を延長することを検討する必要がある」と述べている。(HealthDay News 6月14日)

 

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ところが、事故被害者がまず相手にするのが加害者であり、そして、実際は加害者側損保の担当者です。損保の担当者はそのことで生計を立てているいわばプロであり、百戦錬磨で鍛えた知識と経験があります。かたや、知識も経験もほとんどない事故被害者。そんな素人がプロ相手にどのように交渉していったらいいのでしょうか。

交通事故に詳しい弁護士が知人にいるような幸運な方は別にして、たいていの方は途方に暮れてしまうことでしょう。一昔前は、素人とプロの交渉ごとということにふつうはなって、プロの思い描くストーリーどおりに押し切られるのがふつうでした。しかし、ネットが発達した現在、示談交渉を進める上での情報がネットを検索すればあふれかえっています。が、その情報は正しいものもあれば正しくないものもある。玉石混淆です。それらの情報に接した事故被害者にとって、どの情報が正しくて信頼できるのかがまずわかりづらいし、自分だけでは手に負えなくて、調査や交渉ごとをだれかに任せることも時に必要になってきます。が、ネット上には、われこそは事故被害者のためだと謳っているものばかりなので、実際にいったいだれを信頼したらいいのかわかりません。

知識とは中立なものであること

ここで注意してほしいのは、情報の正確さもさることながら、その情報(知識)そのものが中立なことです。

昔、東大卒が多い自民党が間違えるはずがないと豪語している自民党支持者に会ったことがあります。ぼくは苦笑するしかありませんでした。たしかに東大卒は勉強をいっぱいしているわけだから、その知識量も多くかつ正確だといえるかもしれません。ただ、知識それ自体はあくまで中立なものであり、どちらにも役に立つ武器なのです。したがって、その正確でたくさんの知識をどちらの側に使うかにある。わかりやすいたとえ話をしてみましょう。

知識は刀という武器と同じ

hitininnno
その昔、武士という職業が存在しました。この武士は帯刀を許された職業のことであり、刀の専門家です。殿様を頂点にして、殿様に雇用され、殿様を守るために武器である刀の技術を日夜みがいていた。

この武器である刀自体は殿様を守るためにも使えるし、農民に加勢して殿様に刃向かうためにも使えます。しかし、悲しいかな、現実は殿様を守るために使われた例が圧倒的に多く、農民に加勢するために使われた例など不幸にしてきわめて少なかった。ごく稀に後者のような武士が現れますが、こういう武士こそ庶民にとっての英雄であり、「七人の侍」はまさにそのようなタイプの武士たちでした。

利益が一致しているか相反しているかが重要

したがって、問題はその使い手自身にあります。使い手がどちらの側に立つかで知識もそれぞれの側の武器になる。そして、その使い手がどちらの側に立つかは双方の利益が一致するか相反するかでふつうは決まってきます。

この、肝心要のことを説明したサイトが皆無といっていいほどにみあたらないのは不思議なことです(というか、あえて否定しているサイトさえいくらでもみつかるくらいです)。

記事を読んでいただければたちどころにわかることですが、当事務所は「立場」を鮮明にしております。あえて鮮明にしているのは、人間や社会に対する見方は、その人自身の立場から自由にはならないからです。中立を装うことは考察を浅くし、論旨を不明確にし、自己を無責任な立場に置くことになる。「立場」のない「立場」などありようがない。当事務所の立場は、ぼく自身が社会的弱者であるため、弱者の立場に徹することです。ぼくのような弱虫は「七人の侍」のようには決してなれないけれど、せめてその心意気だけでも真似して、社会的強者に阿らないようにしたい。そういう気持ちで当サイトをたちあげました。丸山真男のことばを最後に引用しておきます。

丸山真男から

ゲーテは「行動者は常に非良心的である」といっておりますが、私たちが観照者、テオリア(見る)の立場に立つ限り、この言葉には永遠の真実があると思います。つまり完全にわかっていないものをわかったとして行動するという意味でも、また対立する立場の双方に得点と失点があるのに、決断として一方に与するという意味でも、非良心的です。にもかかわらず私たちが生きていく限りにおいて、日々無数の問題について現に決断を下しているし、また下さざるを得ない。純粋に観照者の立場、純粋にテオリアの立場に立てるものは神だけであります。その意味では神だけが完全に良心的であります。

私たちの社会というものは、私たちの無数の行動の網と申しますか、行動の組合せから成り立っております。社会がこうして私たちの行動関連から成り立つ限りにおいて、私たちは行動あるいは非行動を通じて他人に、つまり社会に責任を負っています。その意味では純粋に「見る」立場、ゲーテの言う意味での完全に良心な立場というものは、完全に無責任な立場ということになります。

したがってこの点でも神だけが、完全に無責任でありうるわけであります。認識することと決断することとの矛盾中に生きることが、私たち神でない人間の宿命であります。私たちが人間らしく生きることは、この宿命を積極的に引き受け、その結果に責任を取ることだと思います。この宿命を自覚する必要は行動関連が異常に複雑になった現代においていよいよ痛切になってきたのです。

世のなかには一方では、認識の過程の無限性に目をふさぎ、理論の仮説性を忘れる独断主義者もいれば、またそもそも認識の意味自体を頭から蔑視する肉体的行動主義者がいます。しかし他方その半面では、物事はそう簡単にはイエスかノーかきめられないのだ、もっとよく研究してからでなければなんともいえないという名目の下に、いつも決断を回避することが学者らしい態度だという考え方がかなり強い。

あるいは対立する政治的争点に対して、あれももっとも、これももっとも、逆にそれを裏返しとして、あれもいけない、これもいけないということで、結局具体的な争点に対して明瞭な方向性を打ち出すことを避ける態度をもって、良識的であるとか、不偏不党であるとか考える評論家やジャーナリストもかなりいるようであります。

たびたびゲーテの言葉を引いて恐縮ですが、ゲーテはこういうことをいっています。「自分は公正であることを約束できるけれども、不偏不党であるということは約束できない。」今申しましたような世上いわゆる良識者は対立者に対してフェアであるということを、どっちつかずということと混同しているのではないでしょうか。
「現代政治の思想と行動」丸山真男 P452-454

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