偽装事故の手口と、逮捕にいたるまで

事案概要

本件事例は、自動車事故による車両保険の有無責調査(車両保険金を出していいかどうかの調査)だった。車の破損部位と事故状況、事故現場の整合性の確認が当初の目的だった。調査の結果、このケースでは車の破損部位が多方面にわたっているなどしたため、果たして1回の事故でこのような破損が発生するのかどうか大きな疑問が生じた。契約者は車修理販売業を営むA、運転者はその客のBであった。

調査開始後、ぼくはA・Bと何度も面談し、その他関係者とも面談した。その結果、Bより本件事故は偽装事故であったとの告白を得た。最終的にはBを警察署へ自首させることによって、本件事故はもとより、芋づる式に、それ以外の10数件に及ぶ偽装事故解決に発展し、最終的には逮捕者8名という形で終結した。

偽装事故は、不正請求者の意図した作為があるため、事故のどこかしらに作為、すなわち偶然でない部分がある。保険調査員は、その偶然でない部分がどこにあるのかを嗅ぎわける嗅覚が必要だ。その詳細について書いてみたい。

事故状況・事故原因

事故現場が国道下ということ以外不明だったため、事故現場を現認するため、事故当時運転していたBに同行した。現場は国道下高架橋内であった。

Bの説明では、道を間違え現場にてUターンを試みた際に高架下のコンクリート壁面に複数回衝突し破損したということであった。なんでこんなところで、あえてスイッチターンしてUターンを試みるのはたいへん不自然である。さらに、、事前に確認していた車の破損部位【正面・左右フェンダー・グリル下等】と、衝突物であるコンクリート壁面の破損箇所の高さや付着色の整合性を現場にて検討するも、事故状況との整合性が確認できなかった。また、コンクリート壁面は凸凹のないものだが、事故車の損傷には明らかに凸凹のある物体との接触痕も含まれていた。たった1回の事故で、当該車のすべての損傷が発生することは不可能だと判断した。つまり、その時点では、古い事故で発生した損傷も請求する、いわゆる過剰請求(注1)かと思った。

(注1)過剰請求

車両保険の請求は1事故につき1回である。複数の事故での損傷による賠償をまとめて請求することは許されない。すなわち、今回の事故で破損した分を請求する際に、過去に事故して壊れた部分を、今回の請求に便乗して請求することを過剰請求と呼んでいる。損傷部位が違っていると、事故状況などから複数請求事案であることがすぐにわかる。ただし、今回の破損部位が過去の破損部位と重なっていると、便乗請求なのかどうかわかりづらいこともある。

破損部の見方・10条

①傷は相対的に見よ
②破損部は、互いに相手側の証拠を残す
③損傷部位、部品の移動方向に注意せよ
④整合性は、傷の高さで見よ
⑤時には、1次衝突損傷と2次衝突損傷とが重なっていることがある
⑥衝突変形により車輪は拘束されたかに注意せよ
⑦傷には、押込み変形と引きずり変形とがある
⑧押しつぶされた痕と押し上げられた痕に注意
⑨車室内の乗員の2次衝突痕に注意
⑩古傷は錆で見分けよ

(「実用自動車事故鑑定工学」(林洋著)より)


 
本件については、車と衝突物の整合性判断において、①②④⑩の視点が特に重要である。たとえば①については、「衝突すると、剛性の高い車体部位は剛性の低い車体部位にそのかたちを刻印する。だから、衝突し合った車をもう一度合わせて、衝突部位を突き合せると、凸凹の部分が割り符のようにかみ合う。これを「傷合わせ」という。事故の存在性や衝突姿勢が問題になっているときには、特にこの「傷合わせ」が重要である」。今回のケースではさらに、コンクリート壁に接触した場合に特有の傷跡だけでなく、凸凹の物体と接触した傷跡も残されていた。たとえば、表面に凸凹がないものと、あるものとでは刻印に違いがある。

下の写真は、車両同士の事故で、破損していない車をぶつけたのと、破損した車の凸凹のある部分をぶつけた場合の違いである。

また、④については、「作り話かどうかを判断する際には損傷部位の地上高を比較するのが最も的確である。塗料、合成樹脂、タイヤ等の摩擦粉の付着位置(地上高)の整合性も重要。ただし、追突車の急制動によるノーズダイブ(注2)や急転舵によるローリングのために、損傷部位の地上高が合わない場合もある」。本件は高架下内の速度の出しようがない場所で発生しており、そのようなケースではもちろんない。

(注2・ノーズダイブ)

自動車が急減速したときに、車体の慣性のために前部が沈み込む現象。

その場で、疑問をぶつけてみる

1回の事故では起こり得ようがないと判断し、これは複数回の事故であると、Bさんに率直に自分の意見を述べた。が、事前の説明では、Bは、事故車を購入するかどうか検討するための試運転中の事故とぼくに説明していた。

「Bさん、車は購入するかどうか決めるための試運転中の事故だと言っていたよね」

「・・・たしかにそうだよ」

「これは1回の事故でついた傷じゃない。(複数回の事故であったことの根拠などの説明をしたのち)今回の事故前に傷がいくつもあったことになる。どうして、こんな傷だらけの車を買おうと思ったのかそこのところがぼくにはわからない。説明してください」

「・・・この車が気に入っていたので。もちろん買う前に直してもらう予定だった」

「ビンテージものの車でならそういうこともあるのかもわからんが、代わりがすぐにみつかる国産車でしょ。ふつう、直した後で試運転し、買うかどうか検討するもんじゃないかしら。Bさんは太っ腹だね」

これで、過剰請求であることが、決まった。

その後の展開

(つづく)
(実際にあった事件をモデルにしているが、ありのままに書いてしまうとなにかと問題があるため、一部脚色した。)

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交通事故に詳しい弁護士が知人にいるような幸運な方は別にして、たいていの方は途方に暮れてしまうことでしょう。一昔前は、素人とプロの交渉ごとということにふつうはなって、プロの思い描くストーリーどおりに押し切られるのがふつうでした。しかし、ネットが発達した現在、示談交渉を進める上での情報がネットを検索すればあふれかえっています。が、その情報は正しいものもあれば正しくないものもある。玉石混淆です。それらの情報に接した事故被害者にとって、どの情報が正しくて信頼できるのかがまずわかりづらいし、自分だけでは手に負えなくて、調査や交渉ごとをだれかに任せることも時に必要になってきます。が、ネット上には、われこそは事故被害者のためだと謳っているものばかりなので、実際にいったいだれを信頼したらいいのかわかりません。

知識とは中立なものであること

ここで注意してほしいのは、情報の正確さもさることながら、その情報(知識)そのものが中立なことです。

昔、東大卒が多い自民党が間違えるはずがないと豪語している自民党支持者に会ったことがあります。ぼくは苦笑するしかありませんでした。たしかに東大卒は勉強をいっぱいしているわけだから、その知識量も多くかつ正確だといえるかもしれません。ただ、知識それ自体はあくまで中立なものであり、どちらにも役に立つ武器なのです。したがって、その正確でたくさんの知識をどちらの側に使うかにある。わかりやすいたとえ話をしてみましょう。

知識は刀という武器と同じ


その昔、武士という職業が存在しました。この武士は帯刀を許された職業のことであり、刀の専門家です。殿様を頂点にして、殿様に雇用され、殿様を守るために武器である刀の技術を日夜みがいていた。

この武器である刀自体は殿様を守るためにも使えるし、農民に加勢して殿様に刃向かうためにも使えます。しかし、悲しいかな、現実は殿様を守るために使われた例が圧倒的に多く、農民に加勢するために使われた例など不幸にしてきわめて少なかった。ごく稀に後者のような武士が現れますが、こういう武士こそ庶民にとっての英雄であり、「七人の侍」はまさにそのようなタイプの武士たちでした。

利益が一致しているか相反しているかが重要

したがって、問題はその使い手自身にあります。使い手がどちらの側に立つかで知識もそれぞれの側の武器になる。そして、その使い手がどちらの側に立つかは双方の利益が一致するか相反するかでふつうは決まってきます。

この、肝心要のことを説明したサイトが皆無といっていいほどにみあたらないのは不思議なことです(というか、あえて否定しているサイトさえいくらでもみつかるくらいです)。

記事を読んでいただければたちどころにわかることですが、当事務所は「立場」を鮮明にしております。あえて鮮明にしているのは、人間や社会に対する見方は、その人自身の立場から自由にはならないからです。中立を装うことは考察を浅くし、論旨を不明確にし、自己を無責任な立場に置くことになる。「立場」のない「立場」などありようがない。当事務所の立場は、ぼく自身が社会的弱者であるため、弱者の立場に徹することです。ぼくのような弱虫は「七人の侍」のようには決してなれないけれど、せめてその心意気だけでも真似して、社会的強者に阿らないようにしたい。そういう気持ちで当サイトをたちあげました。丸山真男のことばを最後に引用しておきます。

丸山真男から

ゲーテは「行動者は常に非良心的である」といっておりますが、私たちが観照者、テオリア(見る)の立場に立つ限り、この言葉には永遠の真実があると思います。つまり完全にわかっていないものをわかったとして行動するという意味でも、また対立する立場の双方に得点と失点があるのに、決断として一方に与するという意味でも、非良心的です。にもかかわらず私たちが生きていく限りにおいて、日々無数の問題について現に決断を下しているし、また下さざるを得ない。純粋に観照者の立場、純粋にテオリアの立場に立てるものは神だけであります。その意味では神だけが完全に良心的であります。

私たちの社会というものは、私たちの無数の行動の網と申しますか、行動の組合せから成り立っております。社会がこうして私たちの行動関連から成り立つ限りにおいて、私たちは行動あるいは非行動を通じて他人に、つまり社会に責任を負っています。その意味では純粋に「見る」立場、ゲーテの言う意味での完全に良心な立場というものは、完全に無責任な立場ということになります。

したがってこの点でも神だけが、完全に無責任でありうるわけであります。認識することと決断することとの矛盾中に生きることが、私たち神でない人間の宿命であります。私たちが人間らしく生きることは、この宿命を積極的に引き受け、その結果に責任を取ることだと思います。この宿命を自覚する必要は行動関連が異常に複雑になった現代においていよいよ痛切になってきたのです。

世のなかには一方では、認識の過程の無限性に目をふさぎ、理論の仮説性を忘れる独断主義者もいれば、またそもそも認識の意味自体を頭から蔑視する肉体的行動主義者がいます。しかし他方その半面では、物事はそう簡単にはイエスかノーかきめられないのだ、もっとよく研究してからでなければなんともいえないという名目の下に、いつも決断を回避することが学者らしい態度だという考え方がかなり強い。

あるいは対立する政治的争点に対して、あれももっとも、これももっとも、逆にそれを裏返しとして、あれもいけない、これもいけないということで、結局具体的な争点に対して明瞭な方向性を打ち出すことを避ける態度をもって、良識的であるとか、不偏不党であるとか考える評論家やジャーナリストもかなりいるようであります。

たびたびゲーテの言葉を引いて恐縮ですが、ゲーテはこういうことをいっています。「自分は公正であることを約束できるけれども、不偏不党であるということは約束できない。」今申しましたような世上いわゆる良識者は対立者に対してフェアであるということを、どっちつかずということと混同しているのではないでしょうか。
「現代政治の思想と行動」丸山真男 P452-454

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