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俳優の高畑氏を診察もしないで発達障害などとほのめかす精神科医たち
ちょっと前に、俳優の高畑祐太氏が起こした強姦事件でワイドショウがバカ騒ぎしていたことがあったらしい。ネット上でも彼を発達障害者と断定し、どさくさに紛れて差別発言を喜々として語るヤカラが多く存在した。火元は女性週刊誌の記事だったらしく、インタビューを受けた精神科医が「ある種の発達障害だった可能性も考えられます」と述べたのが発端だったらしい。それからは、「高畑裕太は発達障害。知的にも問題がある」とか、さらに「今すぐこの国からショーガイシャを叩きだせ」などと差別発言がネット上多く見られた。
アホくさ。可能性だと断っているのだから断定しているわけでもないのに、他人の知的能力を云々する前に、お前らの方こそ自分の知的能力をちょっとは疑ったらどうだ。
この問題――すなわち、直接診察もしないで判断を下すこと――は、この精神科医に限らずよくあることだ。とりわけ問題が深刻なのは、保険会社の顧問医の意見書に関してである。
相談
事故直後から首と肩の痛みを覚え、整形外科に行ったところ診断は頚部捻挫ということでした。しかし、ぜんぜん良くならないどころか肩が痛くなる一方で、総合病院を紹介され、MRI検査をしてもらいました。そしたら肩の関節内部に強い力がかかった時におこる症状がでているので、交通事故が原因であろうという診断でした。その後も改善しないので肩の専門医である主治医から肩の手術をするしかないと言われ保険会社にそのことを伝えたら、手術代は払えないといわれました。
理由は、保険会社の顧問医の見解では画像を確認したところ石灰沈着化らしい影があるため、肩については事故によるものではなく、四十肩なので退行性の変化が原因だとし、肩の手術代は支払えないと言われてしまいました。事故前は肩の痛みがなかったのに、それでも手術代は請求できないのでしょうか。
「四十肩」(五十肩)とは
まず「四十肩」の定義から説明します。「四十肩」(肩関節周囲炎)というのは肩関節周辺の退行性変化を基盤にした疼痛性肩関節制動症だと言われている。
この「四十肩」(広義)には、
②上腕二頭筋長頭腱炎
③癒着性肩関節包炎
④腱板損傷(断裂を含む)
⑤インピジンメント症候群
⑥変性性肩関節症
などが含まれる。
診察技術の進歩により、専門医なら上記のいずれかの傷病名をつけるのがふつうである。専門医なら「四十肩」とか「五十肩」という言い方をあまりしない。もし使ったしても、「四十肩」は通常①~③の意味で使い、明確な原因がなく、3~12か月程度で自然治癒するとされている。④⑤⑥は自然治癒が期待できないため区別している。
ところで、この「四十肩」「五十肩」の確定診断は容易でないことはあまり知られていない。
「プライマリケアのための整形外科疼痛マニュアル」という本の中の、第3章の「Common dis./inj.の疼痛コントロール」の中の「五十肩の鑑別診断と治療」というところで、
最初に患者本人を詳しく問診し、その後、肩の変形、位置の左右差等を詳しく視診し、さらに熱感・圧痛点等を詳しく触診し、可動域や筋力測定をして、必要に応じて特殊な肢位での検査を行い、その上でレントゲンなど各種画像診断を実施し、そのような過程を経て最終的診断を下すとされているからだ。今回レントゲン検査で見つかったとされる「石灰沈着化」については、「X線像で石灰沈着があっても、必ずしも症状と結びつかないことがある」(P245)との指摘もある。
ところが今回は、相手損保の顧問医は、肝心の診察もしないで、画像と診断書、レセプト等だけで、相談者の言葉を信じるなら、「石灰沈着化らしい影」があったから「四十肩」だと決め付けたわけである。「らしい」とか、「それっぽい」とかで安易に決め付けるその無神経さにはただただ驚き、呆れるばかりだ。そんなことが不可能なことは、上記の記載でわかっていただけたかと思う。
損保の顧問医の問題については、「ハンドブック交通事故診療」(P183)でもこのような指摘がある。
質問:
顧問医は主治医と患者の間にあって、どのような立場にあるのですか。手術拒否、症状固定の時期、ヘルニアが事故前からあったかどうか、打切りの決定など、顧問医はどのような法的根拠から(介入)できるのでしょうか。回答:
損保会社が、被害者との交渉をする際の医学的知識を得るために、顧問契約をしている医師が顧問医です。多くは大学病院等の医師ですが、彼らは、単に求めに応じて意見を述べるだけで、法的根拠などは何もありません。資料も不十分でとりあえずの意見を述べているに過ぎないのですが、損保会社は自分に有利な点のみを主張してくるのです。裁判などでは、現に治療に当たった臨床医の意見が尊重されます。
100歩ゆずって本当に四十肩だったら
100歩ゆずって、仮にたまたま顧問医の見解が正しかったとして、「四十肩」だったとしよう。
私の書く文章でたびたび登場していただく損保協会医研センター講師の井上久医師は、この四十肩(五十肩)についてこのようなことを述べられている。
中年以降では、軽い肩の「打撲」や、時に「頚椎捻挫」の際に頚部に響いて痛いということでしばらく上肢(肩)の運動を控えめにしたといった程度のことが誘因となって、この「五十肩」に移行(続発)する場合があります。外傷が発症の誘因になったということで、因果関係が全く無いとは言えず、素因競合による割合認定の対象になり得るものと思われますが、一般論として当初の外傷そのものが治るべき(症状固定)時期までは、すべて因果関係ありとして許容し(もっとも肩の打撲と五十肩の症状や治療を明確に区別することも困難だが)、その後は、状況に応じて素因競合の概念から適宜対処して行くべきではないかと考えます。
【「医療調査・照会の留意点」(井上久著)P267-】
すなわち、素因減額するとは言うものの、事故との因果関係そのものは必ずしも否定していないのだ。
中年以降の場合、単なる打撲や鎖骨骨折の後、あるいは頚椎捻挫の際の肩から上肢の安静、他の部位の骨折による全身的安静をきっかけにして「四十肩」が発症することが多いと、私も習ったことがある。
したがって、事故そのものの受傷ではないもののそれに続発した症状として事故との因果関係があった可能性は否定できない。また、肩の周辺を支配する第4、5頚椎神経根の神経根障害による痛みから肩が思うように動かせなくなって、四十肩に移行することはよく知られている。
損保側ともいうべき医師でもこのように説明されているにもかかわらず、診察もしないで因果関係がないなんてどうしていえるのだろうか。事故前症状がなく、事故後、手術を要するまでに症状が発現・悪化したわけなのだから、事故との因果関係をまずは疑うべきだろう。
肩関節周囲炎で、事故との因果関係を認めた判例
今回、損保から疑われた肩関節周囲炎について、今回と同じように事故前症状がなく、事故後に症状が発現したケースについての裁判例を紹介しておきたい。
傘をさして片手運転の自転車がふらついて後方からの乗用車に衝突され転倒した46歳主婦が一審ではRSDの後遺症を残し、終生右上肢運動障害等60%の労働能力喪失を認められたが、二審では右手も使用しての自転車走行が可能であり、これを否認、12級の右肩関節運動制限として10年間14%喪失で逸失利益を認定した事例である。
当判決の、本件交通事故と被控訴人の右肩関節周囲炎との相当因果関係の箇所を引用する。
被控訴人は、本件交通事故後に右肩関節周囲炎に罹患したものであり、本件交通事故以前に既に右疾患に罹患していたものではないといえる。
すなわち、A鑑定などによると、被控訴人は本件交通事故により、右肩、頸、腰部の打撲を受けたことが認められる。ところが、A鑑定人は、本件交通事故以前に被控訴人が右肩関節周囲炎に罹患し、それに基づく症状があったかのように証言する。しかし、右証人は、被控訴人のレントゲン所見から推測して、右証言をしているのであるから、これをにわかに採用することができない。
B証人によると、肩関節周囲炎を窺わせるレントゲン所見がみられても、必ずしも同疾患が発症し、症状が存在していたとはいえないとしている。そうであるから、 本件交通事故以前には、被控訴人は右肩関節周囲炎に罹患していなかったものというべきである。
肩関節周囲炎は、外傷性でない場合もあるが、外傷性を原因とする場合もある。しかし、肩関節周囲炎が、外傷等により、外力が直接又は間接的に肩に加わることによって発症することも明らかである。そうであるから、被控訴人の右肩関節周囲炎の発症機序について、本件交通事故によって引き起こされた外傷性のものであるとみるのが相当である。
すなわち、被控訴人の右肩関節周囲炎は、外傷性肩関節周囲炎ともいうべきものである。したがって、本件交通事故と右肩関節周囲炎との間には、相当因果関係があるというべきである。
この判決では外傷性であることを最終的に認定しているが、決め手は事故前症状がなかったことと、事故直後に発症したことから、事故による外傷性だと「擬制」していることである。外傷であることそのものの立証ができなくても、事故の前に発症していなかったこと、事故直後に発症したことが立証できれば、その間の、事故時に受傷したのだとするものである。
まとめ
五十肩だといわれたからといってその診断はむずかしく、誤診の可能性もありうる。また、五十肩だったとしても、それだけで事故との因果関係は必ずしも否定されない。まして、診察もしていない顧問医が画像等だけで、五十肩だ、したがって退行性変化であり、事故との因果関係は否定されるなどと、言うべきすじあいのものではない。
今回の相談内容についていえば、受傷機転についての説明がないとか、ほかにどのような傷病名があるのかなど必要なことが書かれていない。たとえば肩を強打したなどの受傷機転の説明があれば、事故との因果関係が認められやすい。逆にそういう事実がないあるいは記録として残っていないなら、事故との因果関係の立証が困難なばあいもありうる。
意見書問題について
意見書の問題については、西川雅晴弁護士の、たいへん参考になる論考がある。すごく記憶に残ったところだけ抜粋すると、
>損保側の意見書が不当なものであるならば、医学の素人である弁護士でもその不備を突くことはある程度は可能と思います。
>不思議なことはネット上には交通事故を主力業務と宣伝する弁護士が溢れているにもかかわらず、彼らが意見書について何の発言もしていないことです。・・・なお、私以外に意見書を問題視し、発言をしているのは仙台の弁護士小松亀一先生のみです。
かつて私も問題にしたことはあるのだけれど(汗)。