物損事故については警察は無関心。だから、事故報告書でお茶を濁しています。そのため、それが裁判になったら大変です。証拠といっても事故当事者の説明くらいで、刑事記録がありません。
今の時代、弁護士特約があるため、たとえ軽微な物損事故でも弁護士が登場してきます。その場合、どこに気を付けたらいいのでしょうか。
目次
簡裁での交通事故訴訟が急増
交通事故訴訟、10年で5倍に…弁護士保険利用
交通事故の損害賠償請求訴訟が全国の簡易裁判所で急増し、昨年の提訴件数は10年前の5倍の1万5428件に上ったことが、最高裁の調査でわかった。任意の自動車保険に弁護士保険を付ける特約が普及し、被害額の少ない物損事故でも弁護士を依頼して訴訟で争うケースが増えたことが原因。弁護士が報酬額を引き上げるために審理を長引かせているとの指摘も出ており、日本弁護士連合会は実態把握に乗り出した。
弁護士保険は2000年、日弁連と損害保険各社が協力して商品化した。事故の当事者が示談や訴訟の対応を弁護士に依頼した場合、その費用が300万円程度まで保険金で賄われる。契約数は12年度で約1978万件。重大事故で保険加入者を保護する目的で導入された側面があるが、被害が軽微な物損事故で使われているのが実態だ。
2014年10月25日 04時00分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
ちょっと前の記事だけれども、簡裁管轄の訴額140万円以内の物損事故の訴えが急増したという報道です。
物損事故を裁判で争うことの困難さ
このことに関してどういう意見があるのか、「交通事故訴訟、10年で5倍に」でネット検索したら、弁護士によって書かれた解説記事がいくつもヒットしました。検索画面で表示されたトップ面および第2面の記事をすべて拝見しましたが、その中で興味深い記事がみつかりました。
それは、軽微物損事故を訴訟で争うことの困難さに言及した「交通事故訴訟急増とのニュースに違和感」という、小松弁護士が書かれた記事です。以下に引用します。
「被害が軽微な物損事故」だと簡単に処理できるのではと一般の方は考えると思われますが、実は、この「被害が軽微な物損事故」が、極めて難しい事件で、本気でその実態解明をしようとしたら大変な手間暇がかかり、挙げ句に立証できないと言うのが殆どです。
人損事件は加害者側に無過失の立証責任がありますが、物損事故は被害者側に加害者の過失立証責任があるところ、軽微な物損事故は、警察も、当事者間で話し合いをして下さいと言って実況見分などしません。ですから被害者側で現場の実況見分調書等を作成しなければなりません。
これが大変な作業です。仮に被害者側主張実況見分調書ができたとしても、それが正しいとする第三者目撃証言等裏付け証拠が必要ですが、殆どの場合これを準備することはできません。従って被害者側の立証ができるかというと殆ど不可能です。
ですから私は、軽微な物損事故については立証可能性を吟味して、裁判になっても先ず無理なので、不満があっても話し合いで解決した方が宜しいですとアドバイスするのが殆どです。
調査員時代、私も多くの軽微物損事故を扱いました。物損事故だと実況見分がされていないのがふつうで、ときには現場臨場さえしていませんから、かんたんに書かれた事故報告書を見るだけでは調査としてはぜんぜん足りません。そのため、担当の警察官から事故の当事者がどんなことを話していたのかをうまく聞きだす必要がありました。
一度、事故証明書に書いてあるようなことしか話さない担当官をつかまえて、ふだん私は警察に協力しているのに、なんなんだお前は・・・と、その担当官と大ゲンカになったこともありました。
加害者側からの調査のメリット
私のようにほぼ毎日警察署に出向いていたからこそ少しは話してくれたけれども、弁護士がふだん行かない警察署交通課に行き、顔見知りでもない警察官から、事故当事者の話を聞きだすのは至難のワザだろうと思います。
加えてもっと困難な問題があります。私は加害者の損保側の人間として被害者とお会いします。被害者というのは示談が首尾よく進み、きっちり損害賠償されることをなによりも願っています。だから、必ずしも加害者側の人間だからという理由で私を敵視しません。おカネを支払う側である加害者側の私に、賠償金の支払手続きをうまくやってほしいという期待・願望が被害者にあるからです。
だから、明らかに非協力的というのはきわめて少ないものです。被害者にとってもメリットが期待されているわけです。警察の協力が得られなかったとしても、私たち調査員は、被害者からの情報収集が可能なのです。
被害者側からの調査の困難さ
しかし、被害者側からの調査だったらどうでしょうか。被害者の相手である加害者が情報の提供に協力してくれるでしょうか。加害者にはメリットがないのです。メリットがないどころか、デメリットが予想されます。
先に紹介したサイトは、事故被害者側の依頼しか受けない小松弁護士の記事です。その立証は大変だろうと思います。「物損事故は被害者側に加害者の過失立証責任がある」こと、その立証がどれほど大変なことなのか、私もそのことで毎日苦労しっぱなしだったので、少しはわかる気がします。
損保顧問弁護士に依頼した場合の問題点
顧問弁護士の安い報酬からの制約
さらにこんな経験もしました。ある人の依頼で法律事務所に同行したことがあります。軽微物損事故における過失割合が争点でした。弁護士費用特約があったので依頼者の持ち出しがないことから、軽微物損事故とはいえ必要があれば依頼者は裁判でも争うつもりでした。
そして、そのときお会いした弁護士は、裁判で決着をつけてもいいと言ってくれました。ただし、「保険会社から弁護士費用が出ると言ってもたいして出ないんですよ。」したがって、「現場の確認は対費用効果からするつもりはありません」とはっきりおっしゃいました。
現場確認までしていたら足が出るというのです。googleの地図という便利なものがあるので現場確認はいらないそうです(注)。
事務所経営上の問題について私は知りようがありませんが、立証責任がこちらにあり、ただでさえ情報が少ないのに、客観的情報源である現場確認を怠るというのでは最初から白旗を揚げて降参しているのも同じではないでしょうか。「せめて、調査会社に依頼する考えはないのでしょうか」と聞いたのですが、それもないという。
それだったら、最初から受けなければいいのでは・・・と思いました。現場の確認さえしないのだったら、小松弁護士のアドバイスにあるような、「不満があっても話し合いで解決した方が宜しいです」と言っていただいたほうがよほど良心的だと思います。
実をいうと、訪問した先の弁護士というのは、相談者が加入している損保から紹介していただいた弁護士でした。いわゆる顧問弁護士です。顧問弁護士については、以下のような問題があるようです。
交通事故で弁護士費用特約を使用する場合、損保会社から弁護士の紹介を受けることができる。この場合、紹介を受ける弁護士は、弁護士費用特約の損保会社と、提携契約を交わしている。そして、損保会社の弁護士費用特約から、提携先の弁護士にたいする報酬の支払いは、著しく低いものになっている。
例えば、有る保険会社が、提携先の弁護士に対して、支払れる報酬は、着手金一律15万円の成功報酬なしとなっているようである。私は、当該損保険会社の複数の支店の社員から、その話を聞いている。(中略)
上記のような低額の着手金かつ成功報酬なしという報酬による場合、弁護士としては、経済的にペイするためには、多くの事件をこなす必要があるので、一件あたりにかかる時間を減らす必要がある。端的に言えば、手を抜かざるを得ないことになる。よって、保険会社からの紹介により弁護士に依頼した交通事故の被害者は、提携契約により、本来であれば受けられたはずの弁護活動を受けられなくなる。
これは、ある弁護士のサイトからの引用です。損保紹介の弁護士はやめといたほうがいいと、あらためて痛感したしだいですね。
加害者側だと立証活動に不慣れ
他にも問題がありそうです。損保顧問弁護士というのは加害者側の弁護士であるため、原則として、被害者側が立証すべき損害、過失、因果関係につきその経験がないことになります。そのため、立証の苦労をしらないはずです。これまでの加害者側の経験だけでは被害者側の業務をこなせないのではないかと思います。
簡裁交通事故訴訟実務について
裁判とか訴訟とかという難しい話は私にはさっぱりわからないので、「判例をよむ 簡裁交通事故損害賠償訴訟の実務」から、重要だと思われたことを紹介します。
①簡裁には、第1審訴訟事件を訴額に応じて分担する役割と、簡易、迅速な小額裁判所としての役割とがあるとされ、後者については通常訴訟(140万円以下)と小額訴訟(60万円以下)がある。したがって、交通事故訴訟としては「軽微物損事件」がその特徴である。
②「物損請求事件」は、事故態様や過失割合、損害額が争われることが圧倒的に多く、他方で客観的な証拠が乏しいため、裁判所の認定が困難なことが少なくない。
③簡裁では準備書面が不要なのが原則(民訴法276条)なのだが、実務上は準備書面が使われることが圧倒的に多い。
④続行期日における準備書面の陳述擬制が可能なこと(民訴法276条3項)。
⑤物損請求事件では証拠である書類の取調べが重要であるため、理論上、書証の写しは省略可能であっても、実務上は省略できない。
⑥司法委員の活用。交通事故業務に精通している人(損保関係者など)がいいのだが少なく、特に地方では該当者がほとんどいないのが現状である。車の運転を経験していればいいくらいの条件で司法委員になっている。
⑦集中証拠調べ(民訴法182条)は、1期日で済ませる。物損請求事件の対象となる事案では、人証は原則として当事者双方で2人、例外的に多くて3、4人(双方本人と証人1人か、多くて2人)であろうし、原則として、証拠調べの調書を作成しないから可能である。
⑧簡裁は調書判決ができるばあいがあるが(民訴法254条1項)、原告に問題があるばあいがあること(損害請求額が不当に高いとか、自分の過失を過小に評価したり無過失を主張しているなど)から、調書判決のできる事件は、理論上はともかく実際は少ない。
裁判で一般的に必要になる書証一覧表
■発生日時について
交通事故証明書
■事故現場
事故発生状況説明書
捜査関係資料(実況見分調書等)
現場の地図
現場の写真(カラー写真であること)
■車両の特定
自動車の登録事項等証明書(車検証)
■損傷の状況及び時価額
保険会社または調査会社が作成した事故状況報告書
事故後の車両(全体)のカラー写真
損傷部位のカラー写真
修理見積書・修理明細書・領収書
代車使用料の領収書・見積書
レッドブック等中古市場価格を証する書面
■客観的証拠書類
ドライブレコーダーやタコメーター
信号サイクル表
■人身損害関係書類
診断書
診断明細書
交通費内訳書
休業損害証明書