むち打ち損傷の発症時期と事故との因果関係

むち打ち損傷の発症時期を受傷から2、3日までしか認めない損保

交通事故では老舗格の小松弁護士のサイトからの引用です。

いわゆるむち打ち症は、交通事故での追突事故での発症例が典型ですが、事故直後は大したことがなく、病院にも行かなかったが、翌日或いは数日後から徐々に頸部等の痛みがひどくなってきたという交通事故被害者の方が,結構、多くおられます。

ところが,保険会社側では、むち打ち症に対する誤解のひとつに「後になって症状(後遺症)が出るので怖い」などというのがあります。医師の中にもそのように言う人もいますが、受傷後相当期間たっての症状発現は、医学的に考えられず、他の事故以外の原因を疑うのが合理的だと思われます。 外傷は、受傷直後に症状が現れるのが特徴であり、それはせいぜい3日位までで、受傷後長期間を経て頑固な症状が出ることはありえません。

と主張し、事故後1週間後に発症した場合などは,事故とは無関係と主張します。

「交通事故むち打ち損傷痛み発症時期-受傷直後とは限らず」

その根拠は

損保の主張を図にするとこんな感じでしょうか。
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損保側の資料です。この図だと事故から48時間あれば症状はほぼすべて出揃っているはずだということになりますし、その資料の説明文でも「1次損傷(事故時の損傷であり、外力エネルギーの大きさに比例)」後の「2次炎症反応」として「完成までに24時間~48時間を要する」となっています。

この図から読み取れることは、外傷すなわち組織損傷というものは、受傷直後がいちばん重篤で、その後は症例に波があったり治る速度に違いはあったりするものの、その外傷だけに注目すれば、ほぼ直線的に治癒に向って進行するはずだ。したがって、受傷直後には症状がなく、その後何日か経って症状が出現したばあい、純粋な交通外傷以外の別の因子、たとえば経年性変化に基づく症状の顕在化、あるいは事故とは別の新たな疾病の発症や心因性因子のかかわりなど、「素因」がかかわっているのではないかというものです。頸部損傷の場合は、ときに発症までにやや時間的ずれがあることがわかっているので、そのことが図に反映されています。しかし、ずれがあるとしても、、受傷直後、遅くとも2、3日のうちに症状が現れるというのがこの図で表現したかったことです。

ところで、この分野ではよく引用される「むち打ち損傷ハンドブック」や「Orthopaedics・外傷性頸部症候群」の田中ほか論文「外傷性頸部症候群の臨床徴候学」ではどうなっているのでしょうか。たとえば「むち打ち損傷ハンドブック」では、
 

むち打ち損傷につきものの頸部痛(Radanov論文では慢性患者の97%に発症)について、GreenfieldらとDeansらの研究結果を引用して(注1)「むち打ち損傷後、救急外来で60%以上の患者が頸部痛を訴え、その後も6時間以内に65%、24時間以内に93%、72時間以内に100%の患者に出現する」(P36)としています。

 
つぎに「Orthopaedics・外傷性頸部症候群」の田中ほか論文「外傷性頸部症候群の臨床徴候学」では、同じDeansらの研究結果を引用して同じ結論を述べています。Deansの原資料を(注1)に示しました。

(注1)出典
Deans GT、Magalliard JN、Kerr M、Rutherford WH:Neck sprain–a major cause of disability following car accidents.
 
そして、「外傷性頸部症候群の臨床徴候学」論文中で、以下の「むち打ち損傷での頻度の高い症状」表を「むち打ち損傷ハンドブック」から引用しています。
 
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損保がよく言う「それはせいぜい3日位まで」は、GreenfieldらとDeansらの研究結果が根拠のように思われます。したがって、受傷から1週間も経ってからの発症などありえないわけです。

小松弁護士の反撃

このような見解に対して、小松弁護士は柔道整復師や理学療法士、さらに、医師の論文を使って反撃を試みています。医師の論文に言及されたところだけ引用すると、

平成元年12月初版新日本法規発行「現代民事裁判の課題⑧交通損害労働災害」622頁以下掲載当時美唄市立病院外科部長浅井登美彦医師著論文「むち打ち症患者の診療の実情と問題点」に「2 症状 桐田氏(「臨床整形外科」1968年第3巻289頁)には「頸部挫傷の受傷より発症までの期間は、6時間以内22%、24時間以内73%、3日以内85%、1週間以内92%であるという。」との記載があります。これによれば15%の患者が4日以降に症状を発症させ、8%(約10人に1人)が1週間経過後に症状を発症させていることが明らかです。

○また整形・災害外科2009年2月発行Vol.52№2の139頁小谷善久医師論文「外傷性頚部症候群の病態解析に関するmultidisciplinary approach」には、「臨床上、頚部痛が受傷後遅れて発現することはよく知られているが、211名の追突事故被害者の調査からは受傷直後の発現が28%程度であることが報告されている。」と記述されています。

 
しかし、カエルの面に小便なのでしょう、「これらのデータから上記保険会社側の主張は、医学的根拠に欠けていると思うのですが、決して譲りません」として、損保の頑なな姿勢を嘆いておられました。

ぼくもネットで調べてみた

発症時期がいつなのか、そのことに関する研究がほかにあるかどうかネットで調べてみたところ、以下のものがみつかりました。
 
むちうち損傷の診断と治療
小山 正信1), 黒瀬 眞之輔1), 山本 良輔1), 大宮 克弘1), 原田 洋1), 前 隆男1)

福岡市民病院で治療した107例中、受傷から受診までの期間は,受傷日13例,翌日と3日目までが26例と計39例(36%)が受傷から3日目までに受診し,半数の53例(50%)が,受傷後2週間までに受診,残りは受傷後1か月より1年半までで慢性期に移行して受診している。

 
となっていて、受傷から72時間までの発症は107例中39例、すなわち36%にすぎません。

損保顧問医の著書からの反撃

小松弁護士がご紹介された先生方は、損保からみると反・損保あるいは反・損保寄りくらいにしかみえないのかもしれないので、損保がふだんよく贔屓にしている損保側の医師の著作などから引用して、さらなる反撃をしてみましょう。損保側の信頼が厚い重鎮とも目される井上久医師の著作からです。
 

受傷後しばらく経過して、当初なかった症状が出てくる場合は確かにあるようです。したがって、我々医師仲間では、「交通事故の診断書はできるだけ遅く書け受傷当日には書かない方が良い」ということが、半ば常識になっています。事故直後の患者さんは、交通事故に遭遇したという社会的・心理的環境の急変により、かなりの精神的ショックもしくは興奮状態であるのが普通です。軽い追突事故なのに、救急車で病院に着いた時には顔面蒼白に冷汗といったショック症状を呈し、事実、一過性に血圧も低下している場合もあります。そのような患者さんは、初診時に、あそこが痛い、ここがしびれるなどと訴えることはあまりありません。ところが、翌日あるいは数日後になって、精神的に落ち着いてみると、アチコチ痛いところが出てくるということはよくあります。

また、人体においては、外傷によって筋線維が断裂し、毛細血管が破れて出血が起こった場合、その結果発生する血腫や浮腫がある程度の大きさにまで増大し、神経を圧迫するようになって、初めて神経症状、すなわち疼痛やシビレなどの種々の症状を呈することになると考えられます。あるいは、ある程度大きくなった血腫や浮腫の周囲にある筋線維の反応性痙縮が二次的に発生して、疼痛やツッパリ感が自覚されるようになるという過程も考えられます。こう考えると、受傷すなわち組織損傷発生の瞬間から、患者さんが種々の症状を自覚するまでには、ある程度のタイムラグがあってもおかしくはないという理屈も成り立ってきます。

以上のことから、受傷後1週間くらいまでに、事故に直接起因して発生した(と損害賠償論上みなすべき)病態がすべて出揃うだろうというのが、臨床医療の現場にいる者の感覚です。つまり原則的には(あくまで原則で例外的ケースもあるはずです)、1週間後までに出たものが、すべて事故による病態と考えて良いのではないでしょうか。(P25-26)「鞭打ち損傷と周辺疾患」(自動車保険ジャーナル)

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むち打ち損傷発症時期に対する自賠責調査事務所の姿勢

自賠責はむち打ち損傷に対する発症時期についてどのように考えているのでしょうか。自賠責保険・共済紛争処理機構紛争処理委員、つまり自賠責側に所属する佐久間豊弁護士は、「民事交通事故訴訟の実務II」という本の中で後遺障害等級14級9号も認められない場合のひとつの理由としてこのように述べています。
 

まず、「初診が遅い場合」です。これは一概に何日間とは言えないのですけれども、事故に遭ってから1週間以上経ってから最初に病院に行くというのは、認められにくいかと思います。

普通、むち打ち症というのは事故直後よりも、数時間後に症状が出るといいます。何時間か経ってから後頸部、首の後ろ辺りに痛みが出てくるのです。通常であれば、遅くともその日か翌日に行くでしょう。遅れて病院へ行くというのには、何か特別な事情、例えばどうしてもやる必要のある仕事があったというような事情があるかもしれません。そこを合理的に立証できればいいのですけれども、立証できない場合は、痛みが大したことないから病院に行かなかったと判断されてしまいます。画一的な処理からすると、認められにくいのです。(P184)

 


 
自賠責は画一的処理を旨とするのだから、事故日の翌日までは認めるが、それを超えると、大して痛くないのだろうと判断され、合理的な理由がない限り認めない、(たとえどれほどたくさんの例外があったとしても)そのように画一的に処理するのだと言明しているわけです。さらに、事故日から離れすぎていると、事故との因果関係そのものも否定されるということです。自賠責がそういう姿勢なら、任意保険もそれに従うということです。
 

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突然、交通事故にあわれた被害者は、怪我をされたり、車を破損などされたりして大変なことです。その損害の賠償をしてもらうために、これから、加害者そして加害者側の損保担当者を相手に示談交渉を進めなければならなくなります。しかし、交通事故は人生でそう何度も経験するわけではありません。なにをどのようにしたらいいのか途方に暮れてしまうのがふつうです。

ところが、事故被害者がまず相手にするのが加害者であり、そして、実際は加害者側損保の担当者です。損保の担当者はそのことで生計を立てているいわばプロであり、百戦錬磨で鍛えた知識と経験があります。かたや、知識も経験もほとんどない事故被害者。そんな素人がプロ相手にどのように交渉していったらいいのでしょうか。

交通事故に詳しい弁護士が知人にいるような幸運な方は別にして、たいていの方は途方に暮れてしまうことでしょう。一昔前は、素人とプロの交渉ごとということにふつうはなって、プロの思い描くストーリーどおりに押し切られるのがふつうでした。しかし、ネットが発達した現在、示談交渉を進める上での情報がネットを検索すればあふれかえっています。が、その情報は正しいものもあれば正しくないものもある。玉石混淆です。それらの情報に接した事故被害者にとって、どの情報が正しくて信頼できるのかがまずわかりづらいし、自分だけでは手に負えなくて、調査や交渉ごとをだれかに任せることも時に必要になってきます。が、ネット上には、われこそは事故被害者のためだと謳っているものばかりなので、実際にいったいだれを信頼したらいいのかわかりません。

知識とは中立なものであること

ここで注意してほしいのは、情報の正確さもさることながら、その情報(知識)そのものが中立なことです。

昔、東大卒が多い自民党が間違えるはずがないと豪語している自民党支持者に会ったことがあります。ぼくは苦笑するしかありませんでした。たしかに東大卒は勉強をいっぱいしているわけだから、その知識量も多くかつ正確だといえるかもしれません。ただ、知識それ自体はあくまで中立なものであり、どちらにも役に立つ武器なのです。したがって、その正確でたくさんの知識をどちらの側に使うかにある。わかりやすいたとえ話をしてみましょう。

知識は刀という武器と同じ

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その昔、武士という職業が存在しました。この武士は帯刀を許された職業のことであり、刀の専門家です。殿様を頂点にして、殿様に雇用され、殿様を守るために武器である刀の技術を日夜みがいていた。

この武器である刀自体は殿様を守るためにも使えるし、農民に加勢して殿様に刃向かうためにも使えます。しかし、悲しいかな、現実は殿様を守るために使われた例が圧倒的に多く、農民に加勢するために使われた例など不幸にしてきわめて少なかった。ごく稀に後者のような武士が現れますが、こういう武士こそ庶民にとっての英雄であり、「七人の侍」はまさにそのようなタイプの武士たちでした。

利益が一致しているか相反しているかが重要

したがって、問題はその使い手自身にあります。使い手がどちらの側に立つかで知識もそれぞれの側の武器になる。そして、その使い手がどちらの側に立つかは双方の利益が一致するか相反するかでふつうは決まってきます。

この、肝心要のことを説明したサイトが皆無といっていいほどにみあたらないのは不思議なことです(というか、あえて否定しているサイトさえいくらでもみつかるくらいです)。

記事を読んでいただければたちどころにわかることですが、当事務所は「立場」を鮮明にしております。あえて鮮明にしているのは、人間や社会に対する見方は、その人自身の立場から自由にはならないからです。中立を装うことは考察を浅くし、論旨を不明確にし、自己を無責任な立場に置くことになる。「立場」のない「立場」などありようがない。当事務所の立場は、ぼく自身が社会的弱者であるため、弱者の立場に徹することです。ぼくのような弱虫は「七人の侍」のようには決してなれないけれど、せめてその心意気だけでも真似して、社会的強者に阿らないようにしたい。そういう気持ちで当サイトをたちあげました。丸山真男のことばを最後に引用しておきます。

丸山真男から

ゲーテは「行動者は常に非良心的である」といっておりますが、私たちが観照者、テオリア(見る)の立場に立つ限り、この言葉には永遠の真実があると思います。つまり完全にわかっていないものをわかったとして行動するという意味でも、また対立する立場の双方に得点と失点があるのに、決断として一方に与するという意味でも、非良心的です。にもかかわらず私たちが生きていく限りにおいて、日々無数の問題について現に決断を下しているし、また下さざるを得ない。純粋に観照者の立場、純粋にテオリアの立場に立てるものは神だけであります。その意味では神だけが完全に良心的であります。

私たちの社会というものは、私たちの無数の行動の網と申しますか、行動の組合せから成り立っております。社会がこうして私たちの行動関連から成り立つ限りにおいて、私たちは行動あるいは非行動を通じて他人に、つまり社会に責任を負っています。その意味では純粋に「見る」立場、ゲーテの言う意味での完全に良心な立場というものは、完全に無責任な立場ということになります。

したがってこの点でも神だけが、完全に無責任でありうるわけであります。認識することと決断することとの矛盾中に生きることが、私たち神でない人間の宿命であります。私たちが人間らしく生きることは、この宿命を積極的に引き受け、その結果に責任を取ることだと思います。この宿命を自覚する必要は行動関連が異常に複雑になった現代においていよいよ痛切になってきたのです。

世のなかには一方では、認識の過程の無限性に目をふさぎ、理論の仮説性を忘れる独断主義者もいれば、またそもそも認識の意味自体を頭から蔑視する肉体的行動主義者がいます。しかし他方その半面では、物事はそう簡単にはイエスかノーかきめられないのだ、もっとよく研究してからでなければなんともいえないという名目の下に、いつも決断を回避することが学者らしい態度だという考え方がかなり強い。

あるいは対立する政治的争点に対して、あれももっとも、これももっとも、逆にそれを裏返しとして、あれもいけない、これもいけないということで、結局具体的な争点に対して明瞭な方向性を打ち出すことを避ける態度をもって、良識的であるとか、不偏不党であるとか考える評論家やジャーナリストもかなりいるようであります。

たびたびゲーテの言葉を引いて恐縮ですが、ゲーテはこういうことをいっています。「自分は公正であることを約束できるけれども、不偏不党であるということは約束できない。」今申しましたような世上いわゆる良識者は対立者に対してフェアであるということを、どっちつかずということと混同しているのではないでしょうか。
「現代政治の思想と行動」丸山真男 P452-454

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