石川県の弁護士、行政書士は本当に敷居が高くて・・・

本日は、県外のあるやり手の行政書士さんに電話をしました。その方のサイトで交通事故業務に詳しい方の連絡を待つというような、仲間作りのための記述があったからです。それで、お互い情報交換ができたらいいのにと思って、迷いながらも連絡してみました。最後に、わからないことがありましたらまた教えていただいていいでしょうかと問うと、またいいよとは言ってくださったものの、ぼくの思い違いかもしれませんが、あまり乗り気でない印象でした。

こういうことは今回が初めてではありません。いや、これはまだよいほうです。以前、石川県内の、後遺障害業務をやっていたりやろうとしている行政書士さんの何人かにも電話をしたことがあります。声の印象から、いずれもあきらかに不審がっている。元調査員で後遺障害の調査も1000件ほどありますと自己PRするものの、後遺障害業務をやり始めたばかりの行政書士の先生方はまったく関心がないようです。そこでぼくのサイトも紹介するのですが、そのときは褒めてくださる人も中におられたものの、その後電話しても、どうしてなのかあまり歓迎されません。もうこういうのは慣れっこになりました(そんなにたくさん電話をしたわけではありませんが、福井の行政書士の方でいろいろアドバイスをしてくれた親切な方がおひとりおりました。みんながみんなというわけでもありません。)。

弁護士も同様です。ぼくが調査会社をやめてすぐくらいに近くの弁護士事務所を訪問したことがあります。自分を売り込むために。でも、まるで示談屋扱いをされて、ホウホウのテイで逃げ帰りました。法律相談に来たのかとおもったら、どうも売り込みらしいと知ったためにいたしかたがないということもありますが(ぼくのために時間を割いてくれたので、法律相談の名目で5000円支払っています。念のため。)、仮に話を聞いてくれたとしても、30分や1時間で、ぼくの何が分かるのでしょう。あきらかにぼくの失敗でした。もうこりごりです。

それに懲りてからは、そのような目的で弁護士事務所を訪問する気がまったくなくなりました。もうこっちからは連絡するものか。あっちから連絡していただくのを待つ。そのために、自分のサイトを作って、自分はこういう人間で、こういうことなら知っているぞと自己主張することにしました。ぼくの書いた記事が自己主張が強いのもそのためです。

そのかいもあってか、ぼくのサイトをみて、あっちから連絡していただいた弁護士さんがおふたりいます。いずれも、交通事故業務に長けた弁護士です。ようやく認められたのだと、ぼくはもう天にものぼらんくらいにうれしくてうれしくて。赤飯を炊きたいくらいのうれしさでした。それがきっかけでメールでのやりとりも始まりました。でも、いずれもお忙しい方だから、そのうちメールをするのをぼくは躊躇してしまいます。事務所に訪問でもできたらいいのですが、お二方ともかなり遠方です。家庭の事情をかかえているぼくにとっては、絶望的な遠さでした。

ぼくのサイトにどれほどの弁護士が訪問しているのかはわかりませんし、弁護士はぼくの記事にどのような評価をしてくださっているのかもわかりません。が、ぼくの記事を熱心にコピーしていくのはだれなのか、それはIPをたどればすぐにわかります。実は損保なのです。国内・外資系いずれかの1社あるいは複数社がもう毎日のように訪問しています。これは、自信喪失気味のぼくにとってたいへんうれしいことです。ほかでもない、プロ中のプロである損保がこのぼくのことを認めたのだと、ぼくは自分にいいように解釈するようにしました。

お互い、情報交換していただける専門家の方いらっしゃいませんか。できれば遠方でない方で、直接事務所訪問が可能な方。手持ち資料の共有等いろいろできることがあるかと思います。・・・と書いてみたけれども、けっきょくはナシのツブテなのだろうなあ。士業のみなさんは、なんだかんだいって、やはり敷居が高いもの。石川県の後遺障害をやっている行政書士は、情報を喉から手が出るほどほしがっていいはずなのに、どうしてあんなにつっけんどんなのだろう。他県の行政書士さんの中には、後遺障害を教わりたいと言って、ぼくに連絡してくれた方がこれまで何人もいたというのに。

もっとアクセス数を増やし、交通事故被害者の信頼を勝ち取ったあかつきには、たいした経験も知識もないくせに、たとえば経験年数1年だと自ら「若葉マーク」であることを告白しておきながら、経験年数10数年のぼくと実力は同じくらいだと、何の根拠もなく言ってのけた行政書士たちの鼻を明かしてやりたいですね。ほんと。

本日は、ぼくの愚痴でした。聞いてくれたみなさん、どうもありがとう。
 

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事務所所在地・連絡先

ホームズ調査事務所:
石川県加賀市
電話番号:090-1314-0234

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当事務所の立場

突然、交通事故にあわれた被害者は、怪我をされたり、車を破損などされたりして大変なことです。その損害の賠償をしてもらうために、これから、加害者そして加害者側の損保担当者を相手に示談交渉を進めなければならなくなります。しかし、交通事故は人生でそう何度も経験するわけではありません。なにをどのようにしたらいいのか途方に暮れてしまうのがふつうです。

ところが、事故被害者がまず相手にするのが加害者であり、そして、実際は加害者側損保の担当者です。損保の担当者はそのことで生計を立てているいわばプロであり、百戦錬磨で鍛えた知識と経験があります。かたや、知識も経験もほとんどない事故被害者。そんな素人がプロ相手にどのように交渉していったらいいのでしょうか。

交通事故に詳しい弁護士が知人にいるような幸運な方は別にして、たいていの方は途方に暮れてしまうことでしょう。一昔前は、素人とプロの交渉ごとということにふつうはなって、プロの思い描くストーリーどおりに押し切られるのがふつうでした。しかし、ネットが発達した現在、示談交渉を進める上での情報がネットを検索すればあふれかえっています。が、その情報は正しいものもあれば正しくないものもある。玉石混淆です。それらの情報に接した事故被害者にとって、どの情報が正しくて信頼できるのかがまずわかりづらいし、自分だけでは手に負えなくて、調査や交渉ごとをだれかに任せることも時に必要になってきます。が、ネット上には、われこそは事故被害者のためだと謳っているものばかりなので、実際にいったいだれを信頼したらいいのかわかりません。

知識とは中立なものであること

ここで注意してほしいのは、情報の正確さもさることながら、その情報(知識)そのものが中立なことです。

昔、東大卒が多い自民党が間違えるはずがないと豪語している自民党支持者に会ったことがあります。ぼくは苦笑するしかありませんでした。たしかに東大卒は勉強をいっぱいしているわけだから、その知識量も多くかつ正確だといえるかもしれません。ただ、知識それ自体はあくまで中立なものであり、どちらにも役に立つ武器なのです。したがって、その正確でたくさんの知識をどちらの側に使うかにある。わかりやすいたとえ話をしてみましょう。

知識は刀という武器と同じ


その昔、武士という職業が存在しました。この武士は帯刀を許された職業のことであり、刀の専門家です。殿様を頂点にして、殿様に雇用され、殿様を守るために武器である刀の技術を日夜みがいていた。

この武器である刀自体は殿様を守るためにも使えるし、農民に加勢して殿様に刃向かうためにも使えます。しかし、悲しいかな、現実は殿様を守るために使われた例が圧倒的に多く、農民に加勢するために使われた例など不幸にしてきわめて少なかった。ごく稀に後者のような武士が現れますが、こういう武士こそ庶民にとっての英雄であり、「七人の侍」はまさにそのようなタイプの武士たちでした。

利益が一致しているか相反しているかが重要

したがって、問題はその使い手自身にあります。使い手がどちらの側に立つかで知識もそれぞれの側の武器になる。そして、その使い手がどちらの側に立つかは双方の利益が一致するか相反するかでふつうは決まってきます。

この、肝心要のことを説明したサイトが皆無といっていいほどにみあたらないのは不思議なことです(というか、あえて否定しているサイトさえいくらでもみつかるくらいです)。

記事を読んでいただければたちどころにわかることですが、当事務所は「立場」を鮮明にしております。あえて鮮明にしているのは、人間や社会に対する見方は、その人自身の立場から自由にはならないからです。中立を装うことは考察を浅くし、論旨を不明確にし、自己を無責任な立場に置くことになる。「立場」のない「立場」などありようがない。当事務所の立場は、ぼく自身が社会的弱者であるため、弱者の立場に徹することです。ぼくのような弱虫は「七人の侍」のようには決してなれないけれど、せめてその心意気だけでも真似して、社会的強者に阿らないようにしたい。そういう気持ちで当サイトをたちあげました。丸山真男のことばを最後に引用しておきます。

丸山真男から

ゲーテは「行動者は常に非良心的である」といっておりますが、私たちが観照者、テオリア(見る)の立場に立つ限り、この言葉には永遠の真実があると思います。つまり完全にわかっていないものをわかったとして行動するという意味でも、また対立する立場の双方に得点と失点があるのに、決断として一方に与するという意味でも、非良心的です。にもかかわらず私たちが生きていく限りにおいて、日々無数の問題について現に決断を下しているし、また下さざるを得ない。純粋に観照者の立場、純粋にテオリアの立場に立てるものは神だけであります。その意味では神だけが完全に良心的であります。

私たちの社会というものは、私たちの無数の行動の網と申しますか、行動の組合せから成り立っております。社会がこうして私たちの行動関連から成り立つ限りにおいて、私たちは行動あるいは非行動を通じて他人に、つまり社会に責任を負っています。その意味では純粋に「見る」立場、ゲーテの言う意味での完全に良心な立場というものは、完全に無責任な立場ということになります。

したがってこの点でも神だけが、完全に無責任でありうるわけであります。認識することと決断することとの矛盾中に生きることが、私たち神でない人間の宿命であります。私たちが人間らしく生きることは、この宿命を積極的に引き受け、その結果に責任を取ることだと思います。この宿命を自覚する必要は行動関連が異常に複雑になった現代においていよいよ痛切になってきたのです。

世のなかには一方では、認識の過程の無限性に目をふさぎ、理論の仮説性を忘れる独断主義者もいれば、またそもそも認識の意味自体を頭から蔑視する肉体的行動主義者がいます。しかし他方その半面では、物事はそう簡単にはイエスかノーかきめられないのだ、もっとよく研究してからでなければなんともいえないという名目の下に、いつも決断を回避することが学者らしい態度だという考え方がかなり強い。

あるいは対立する政治的争点に対して、あれももっとも、これももっとも、逆にそれを裏返しとして、あれもいけない、これもいけないということで、結局具体的な争点に対して明瞭な方向性を打ち出すことを避ける態度をもって、良識的であるとか、不偏不党であるとか考える評論家やジャーナリストもかなりいるようであります。

たびたびゲーテの言葉を引いて恐縮ですが、ゲーテはこういうことをいっています。「自分は公正であることを約束できるけれども、不偏不党であるということは約束できない。」今申しましたような世上いわゆる良識者は対立者に対してフェアであるということを、どっちつかずということと混同しているのではないでしょうか。
「現代政治の思想と行動」丸山真男 P452-454

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