素因減額における若杉試案・渡辺試案

wakasugi

watanabe
 

素因減額について

素因減額とか寄与度、寄与率とかいう言葉は交通賠償でよく出てくる。通常は、被害者に何かの負の素因があるときに、この負の素因をもって、過失相殺における相殺率と同じような形で、賠償額を減額するときに使われる言葉だ。教科書的に言うなら、素因を「病的素因」「心因的素因」「加齢的素因」に分け、「加齢的素因」の場合は素因減額できないが「病的素因」「心因的素因」ならできるとされている。ただし、判例タイムズの過失相殺本にあるような基準化はむずかしいと言われている。

なぜなら、「道路交通法等により車両相互あるいは人対車の関係が法によって詳細にあらかじめ規定され、従うことを余儀なくされている場合の過失相殺においては、過失の割合の基準化はかなりの程度可能であり、また事故は通常その場面は単一であるので、事故に寄与した過失以外の要素をあまり考慮しなくてもよいが、かなりの治療期間にわたって患者の変化すべてを判断し、これが患者のもの、事故のもの、あるいは医療上のもの、誰にもある通常のもの、希有な素因で特別なもの等と一つずつ判断し、これに適切な評価を下すのは至難といわざるを得ない」(「寄与度と非典型過失相殺」P10~11)からだとされている。

過失相殺本の問題点


判例タイムズの過失相殺本が事故当事者の過失を基準化できたのは、「事故に寄与した過失以外の要素をあまり考慮しなくてもよい」としているためだが、はたして考慮しなくてよいのだろうか。すなわち、言うまでもないが、交通事故は、「(人-車-道)システムの欠陥によって起こる」(「路上の運転と行動の科学」シャイナー著・P22)。過失相殺本は、(人-車-道)システムの中の「人」だけを取り上げたものであり、「車」や「道」がすっぽり抜け落ちているからである。「車」や「道」が抜け落ちていてもいいくらい事故原因にかかわっていないとの判断が前提なのだろうが、はたしてどこまで正しいのだろうか(その正しさが検証されているのだったら、無知なぼくにどなたか教えてください。)。ぼくは、過失相殺本のもっとも大きな問題はここにあると思っている。

素因減額に明確な基準はない

それはさておき、「寄与度と非典型過失相殺」という本では、結論として、素因減額について、判例を検討したものの、明確な基準は読み取れなかったとしている。極論を言えば、判例により、てんでばらばらなのだ。裁判官がそれぞれ自由に判断している(要するに勘で判断している)と言ってもいい。そのような現状があったことから、素因減額の基準化を試みたのが、上記「若杉方式試案」および「渡辺方式試案」なのである。

さて、こうした現状があるにもかかわらず、医療調査で素因減額や寄与度をどのようにして判断しているのか。一つは主治医に確認する方法だ。たとえぼくが過去に書いた記事からそこのところを引っ張り出すと、

同性・同年齢層よりも骨粗しょう症が進んでいるとの回答が主治医からもし得られたなら、次は骨折にいたった原因として骨粗しょう症がどれくらい影響したのかを確認する。すなわち、

1:まったく影響なし
2:少し影響あり
3:半分程度あり
4:かなり影響あり
5:100%影響あり(骨粗しょう症がなければ骨折しなかった)

のいずれに該当するかを確認する。2~4が素因減額、5は因果関係の問題である。

 

というふうな回答例を示して、主治医に答えてもらう。中には10%刻みで答えてもらっている医療調査もあるようだ。だがしかし、これもかなり主観的要素の混入がさけられない回答の仕方だ。たとえば素因減額率を30%と主治医が答えたとしよう。さて、20%でなく30%としたその根拠は・・・となると明確に答えられず、これも一種の勘なのである。

他の方法としては、裁判例を持ち出す方法がある。しかし、これは裁判官の勘による判断なので、同じ傷病で素因ほかの条件もよく似ているにもかかわらず、ある判例では素因減額を40%とし、別の判例では10%としているような、はっきり言って統一されておらず、マチマチなのが現状である。したがって、損保が判例を根拠に素因減額を主張してきたら、他の判例ではまったく違う減額率になっているのでは・・・とまずは疑ってみて、他の判例にあたってみることが必要だ。

「若杉方式」「渡辺方式」の使われ方

そこで考案されたのが「若杉方式」であり「渡辺方式」なのである。いずれもお医者さんが考え出したものである。詳細については「賠償科学概説」にゆずるとして、実務に有効かどうかについては否定的見解もある。抽象度が高く判断が困難だという弁護士による批判である。だから、基準としての評価はなく、あくまで試案なのである。とりあえず現物を最初に示したので、各自でまず見ていただいて判断してほしい。
賠償科学―医学と法学の融合/民事法研究会


 
ぼくはこの資料を文書回答の際に何度も添付したことがあるが、実際の医師との面談のときは、ただの1度も持参したことがない。医師の、何だこの資料は?から始まって、その説明だけで5分や10分くらいの時間を要しそうだからである。わずか15分くらいの医師面談時間内では、この試案の説明だけで運が悪ければ時間切れになってしまいかねないからである。

しかし、損保内では、素因減額の基準としては判例が使われるか、これら試案が使われるしかないだろう。現に、損保に提出する医療調査報告書に判例もしくは試案が添付されることがよくあった。したがって、一定の役割を果たしているのではないかと思われる。このように、医療調査を行うぼくたちような調査員でも重要資料のひとつとして位置づけており、事故被害者にとって決して無視できないものだろう。

自賠責に素因減額なし

自賠責の「素因減額」についてもこの際に一言したい。

交通事故と死亡との因果関係については、

①外因による障害→直接的外因による死亡
②外因による障害→関係のある内因による死亡
――は因果関係100%ありと判断。

③外因による障害→関係不詳の内因による死亡は因果関係認否不能と判断され、――因果関係は50%と評価。

④外因による障害→無関係の内因による死亡は――因果関係なし。

すなわち、自賠責の場合は100%、50%、ゼロの3段階方式になる点に注意したい。さらに、自賠責には「重過失減額」があるだけで、素因減額という概念はないのである。ただし、後遺障害における加重がそれに近い役割をはたしている。

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交通事故に詳しい弁護士が知人にいるような幸運な方は別にして、たいていの方は途方に暮れてしまうことでしょう。一昔前は、素人とプロの交渉ごとということにふつうはなって、プロの思い描くストーリーどおりに押し切られるのがふつうでした。しかし、ネットが発達した現在、示談交渉を進める上での情報がネットを検索すればあふれかえっています。が、その情報は正しいものもあれば正しくないものもある。玉石混淆です。それらの情報に接した事故被害者にとって、どの情報が正しくて信頼できるのかがまずわかりづらいし、自分だけでは手に負えなくて、調査や交渉ごとをだれかに任せることも時に必要になってきます。が、ネット上には、われこそは事故被害者のためだと謳っているものばかりなので、実際にいったいだれを信頼したらいいのかわかりません。

知識とは中立なものであること

ここで注意してほしいのは、情報の正確さもさることながら、その情報(知識)そのものが中立なことです。

昔、東大卒が多い自民党が間違えるはずがないと豪語している自民党支持者に会ったことがあります。ぼくは苦笑するしかありませんでした。たしかに東大卒は勉強をいっぱいしているわけだから、その知識量も多くかつ正確だといえるかもしれません。ただ、知識それ自体はあくまで中立なものであり、どちらにも役に立つ武器なのです。したがって、その正確でたくさんの知識をどちらの側に使うかにある。わかりやすいたとえ話をしてみましょう。

知識は刀という武器と同じ


その昔、武士という職業が存在しました。この武士は帯刀を許された職業のことであり、刀の専門家です。殿様を頂点にして、殿様に雇用され、殿様を守るために武器である刀の技術を日夜みがいていた。

この武器である刀自体は殿様を守るためにも使えるし、農民に加勢して殿様に刃向かうためにも使えます。しかし、悲しいかな、現実は殿様を守るために使われた例が圧倒的に多く、農民に加勢するために使われた例など不幸にしてきわめて少なかった。ごく稀に後者のような武士が現れますが、こういう武士こそ庶民にとっての英雄であり、「七人の侍」はまさにそのようなタイプの武士たちでした。

利益が一致しているか相反しているかが重要

したがって、問題はその使い手自身にあります。使い手がどちらの側に立つかで知識もそれぞれの側の武器になる。そして、その使い手がどちらの側に立つかは双方の利益が一致するか相反するかでふつうは決まってきます。

この、肝心要のことを説明したサイトが皆無といっていいほどにみあたらないのは不思議なことです(というか、あえて否定しているサイトさえいくらでもみつかるくらいです)。

記事を読んでいただければたちどころにわかることですが、当事務所は「立場」を鮮明にしております。あえて鮮明にしているのは、人間や社会に対する見方は、その人自身の立場から自由にはならないからです。中立を装うことは考察を浅くし、論旨を不明確にし、自己を無責任な立場に置くことになる。「立場」のない「立場」などありようがない。当事務所の立場は、ぼく自身が社会的弱者であるため、弱者の立場に徹することです。ぼくのような弱虫は「七人の侍」のようには決してなれないけれど、せめてその心意気だけでも真似して、社会的強者に阿らないようにしたい。そういう気持ちで当サイトをたちあげました。丸山真男のことばを最後に引用しておきます。

丸山真男から

ゲーテは「行動者は常に非良心的である」といっておりますが、私たちが観照者、テオリア(見る)の立場に立つ限り、この言葉には永遠の真実があると思います。つまり完全にわかっていないものをわかったとして行動するという意味でも、また対立する立場の双方に得点と失点があるのに、決断として一方に与するという意味でも、非良心的です。にもかかわらず私たちが生きていく限りにおいて、日々無数の問題について現に決断を下しているし、また下さざるを得ない。純粋に観照者の立場、純粋にテオリアの立場に立てるものは神だけであります。その意味では神だけが完全に良心的であります。

私たちの社会というものは、私たちの無数の行動の網と申しますか、行動の組合せから成り立っております。社会がこうして私たちの行動関連から成り立つ限りにおいて、私たちは行動あるいは非行動を通じて他人に、つまり社会に責任を負っています。その意味では純粋に「見る」立場、ゲーテの言う意味での完全に良心な立場というものは、完全に無責任な立場ということになります。

したがってこの点でも神だけが、完全に無責任でありうるわけであります。認識することと決断することとの矛盾中に生きることが、私たち神でない人間の宿命であります。私たちが人間らしく生きることは、この宿命を積極的に引き受け、その結果に責任を取ることだと思います。この宿命を自覚する必要は行動関連が異常に複雑になった現代においていよいよ痛切になってきたのです。

世のなかには一方では、認識の過程の無限性に目をふさぎ、理論の仮説性を忘れる独断主義者もいれば、またそもそも認識の意味自体を頭から蔑視する肉体的行動主義者がいます。しかし他方その半面では、物事はそう簡単にはイエスかノーかきめられないのだ、もっとよく研究してからでなければなんともいえないという名目の下に、いつも決断を回避することが学者らしい態度だという考え方がかなり強い。

あるいは対立する政治的争点に対して、あれももっとも、これももっとも、逆にそれを裏返しとして、あれもいけない、これもいけないということで、結局具体的な争点に対して明瞭な方向性を打ち出すことを避ける態度をもって、良識的であるとか、不偏不党であるとか考える評論家やジャーナリストもかなりいるようであります。

たびたびゲーテの言葉を引いて恐縮ですが、ゲーテはこういうことをいっています。「自分は公正であることを約束できるけれども、不偏不党であるということは約束できない。」今申しましたような世上いわゆる良識者は対立者に対してフェアであるということを、どっちつかずということと混同しているのではないでしょうか。
「現代政治の思想と行動」丸山真男 P452-454

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