保険調査は、どこまでやるのか

どこまで調査するか

どこまで調査するかは、依頼先である損保の意向によります。いわゆるスクーリニング調査(前調査)というような、本格的な調査を要するかどうかを検討するためのプレ調査から、徹底的にやる本格調査までその幅は広い。警察じゃないから民間の調査員に捜査権があるわけではありませんが、かなり徹底的にやることが多い。この業界のことを知らない人は、そこまでやるかと思うほどのことはやると考えてもらったほうが間違いが少ないと思います。そのような徹底調査ではなくて、ごく標準的な調査の例をご紹介しましょう。それでも「そこまでやるんだ」と思えてくるはずです。

たとえば海外で盗難にあった場合

たとえば海外旅行に出かけるとき、盗難にあった場合に備えて保険をかけますよね。海外旅行保険というやつ。そこに携行品担保特約というのがあります。海外旅行の際に、万が一、盗難にあった場合でも盗難にあった身の回り品の時価額を補償してくれます。ところが、どうせ海外のことだからわからんだろうし、調べようもないだろうと思って、盗難にあってもいないのに、盗難にあったとウソをついてカメラだのパソコンだの高級時計だの比較的値の張る物品が盗まれたことにして、保険金の請求をしてくる連中がいます。その場合どこまで調査するのか。

海外旅行保険の携行品損害担保特約について

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【出典:損保ジャパン日本興亜HP】

とくに注意したいのは以下の3点である。
①盗難品で保険の対象になるのは、旅行行程中に携行する身の回り品に限られていること。

②パスポートの盗難は5万円が限度だということ。

③盗難が対象であり、紛失や置忘れは対象外だということ。「盗難」とは、自分の管理下ないし占有空間内にあった目的物が第三者によって不法に持ち去られること。「紛失」は、保険の目的物を失った日時、場所が不明確であること。それらが明確な置忘れも対象外である。

国内にいながらにして調査する

ぼくも何度かこの調査をやったことがあります。本当ならその旅先である海外の地に出向いて調査をやるべきだし、ぼくはそんな調査がやりたくて仕方がなかった。しかし、保険金の請求といっても数十万円程度です。そのためにかかる海外調査費用とその数十万円とを天秤にかけたら海外調査費用のほうが持ち出しは断然多くなってしまいます。だから、海外に出かけて調査するなんてことは普通ありません。もっと高額ならあるのでしょうが、ぼくのような並みの調査員にはそういうおいしい話はまずきません。それでも、調査依頼はきます。日本国内にいながら、自宅にあるインターネットや電話などを駆使して調査をやるのです。これなら、足が出ません。でも、そういう調査の担当が自分に回ってきたときは、もう涙目ですね。

詳細を確認し、それが可能かどうかのウラをとる

まず保険請求者である盗難被害者から旅行の全日程とその内容を確認します。仮に1週間、タイに旅行したとしましょう。その全日程の行き先、たとえば利用した交通機関、宿泊先、飲食店ほか訪問先、会った人物など詳細を確認します。そして、盗難にあったのが3日目で、盗難にあったのが首都バンコクのチャトチャック ウィークエンドマーケットに隣接する公園だったとします。もちろん盗難の状況も確認します。そこの公園のベンチに腰掛けていたら、2人組の男たちがやって来て、かばんをかっぱらっていったとかね。その男たちの年格好とか、人相、どっちの方向に逃げていったのかとか。念入りに聞く。
 
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その後、インターネットを駆使して、盗難の被害に遭った「チャトチャック ウィークエンドマーケットに隣接する公園」だけでなくて、保険金請求者の説明する全日程に関する情報をとにかくなんでもかき集めるのです。ぼくの場合は、まるまる1週間、会社もしくは自宅で食事と睡眠以外はインターネット漬けのほぼ缶詰状態です。探るのは日本語サイトだけではありません。それだけではまったく不十分なので、英語のサイトなどを含め可能なあらゆるサイトから情報をかき集める。そして、保険金請求者がぼくに説明したことが事実としてありうるのかどうかを確認するのです。

たとえば、どこそこの駅で何時何分ごろ出発のどこそこ行きの電車に乗ったと説明したとしましょう。インターネットでその駅を確認し、時刻表の情報を探し出して、確認し・・・それが実際可能なのかどうかを検証します。宿泊先が大手ならたいてい日本人スタッフや日本語のわかるスタッフがいるので電話をかけてみる。宿泊先から駅までの所要時間ももちろん調べます。盗難にあったとされるチャトチャック公園の写真くらいはインターネットで難なく入手できます。さらに盗難にあった物品の中にパスポートがあるなら、日本大使館に確認してみる。警察への盗難届が出ているなら、警察へ電話するなり照会するなりする。つまり、国内にいながら可能な限りの調査をやってみて、保険金請求者の説明する旅の内容が実際可能なのかどうかをできるだけ再現してみる。

欲ばりはばれやすい

盗難自体の確認ももちろん詳しくやります。どういう大きさでどういう形状のかばんが盗まれたのか。その中身は何と何か。その中身の個々の物品の形状と大きさはどれくらいなのか。

こういった海外での虚偽による盗難被害申告の特徴は、単品被害ではないことです。たとえば腕時計ひとつとかカメラひとつとかの被害申告でなくて、カメラも腕時計もパソコンも、それこそ全部カバンにいれていて盗難にあったと申告してくる。そのほうがおりる保険金が多くなるからです。

こういう場合、ぼくはカバンの寸法や大きさを聞いて、カメラだの腕時計だのパソコンだのの大きさも聞いて、それらが全部収納できるかどうかを常に確認しています。そうすると、収まりきらないことがあり、そこで虚偽であることがばれるのです。

猪瀬直樹元都知事の場合

もっとわかりやすく説明しましょう。たとえば、医療法人「徳洲会」グループから5000万円を受け取った問題で、東京都議会で厳しい追及を受け最後は退陣に追い込まれた猪瀬直樹元都知事。「現金は普段使っているカバンに入れた」との証言を裏付けようと、現物のカバンを議会に持ち込んだ。ところが、都議が用意した5000万円のサイズの箱を詰めたところ、入りきらないから、ウソだとばれてしまった。これと同じです。

調査は経験と根気が必要

以上のように、不実申告ということで保険請求を拒否できます。調査すべきことは他にもいろいろあってあまり公開すると保険会社に白い目でにらまれるのでごく一部の公開にとどめます。ごく普通の調査でもこの程度のことはやります。労ばかり多くて大変な作業なのです。

しかし、こういう不正は許すわけにいかず、今回の例としてとりあげたケースは、保険金請求者が過去に2度同じように盗難にあったとして調査もせずに支払われていたものであり、今回は3度目の請求でした。もう慣れっこになっていたのです。で、徹底的にやりました。2度目の面談のとき、彼はぼくがタイにまで調査に行ったに違いないと信じて疑わなかった。そう思わせるくらい徹底的に調べました。

調査業務はもっと評価されてしかるべきだ

それにしても、数十万円と自分の良心とを交換する価値があるのでしょうか。ぼくは貧乏人だし、数十万円はたいへんな大金ですが、だからといってここまで自分を落としたくありません。もし保険金詐欺をたくらんでここに来たのだったら、そんなことに一生懸命になるより、もっとやるべきことがあるはずだと思いますが。

この調査に限りませんが、交通事故の調査もふくめて、調査員による調査がいかにたいへんなことなのか。にもかかわらず、その評価があまりに低すぎはしないでしょうか。いつもどこか上から目線の損保担当者や弁護士の方(もちろん例外はおりますが、あくまで例外ですね)に言いたいです。もう少し調査の仕事に対して正当に評価されてもいいのではないでしょうか。損保担当者にしろ、弁護士にしろ、自分たちは頭がいいから(ここもぼくにはよくわからないところだが)、俺たちの優秀な頭脳をもってすれば調査もかんたんにできると勘違いされていませんか。法律の解釈とかよりも調査の方がよほど頭を使いますよ。
 

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当事務所の立場

突然、交通事故にあわれた被害者は、怪我をされたり、車を破損などされたりして大変なことです。その損害の賠償をしてもらうために、これから、加害者そして加害者側の損保担当者を相手に示談交渉を進めなければならなくなります。しかし、交通事故は人生でそう何度も経験するわけではありません。なにをどのようにしたらいいのか途方に暮れてしまうのがふつうです。

ところが、事故被害者がまず相手にするのが加害者であり、そして、実際は加害者側損保の担当者です。損保の担当者はそのことで生計を立てているいわばプロであり、百戦錬磨で鍛えた知識と経験があります。かたや、知識も経験もほとんどない事故被害者。そんな素人がプロ相手にどのように交渉していったらいいのでしょうか。

交通事故に詳しい弁護士が知人にいるような幸運な方は別にして、たいていの方は途方に暮れてしまうことでしょう。一昔前は、素人とプロの交渉ごとということにふつうはなって、プロの思い描くストーリーどおりに押し切られるのがふつうでした。しかし、ネットが発達した現在、示談交渉を進める上での情報がネットを検索すればあふれかえっています。が、その情報は正しいものもあれば正しくないものもある。玉石混淆です。それらの情報に接した事故被害者にとって、どの情報が正しくて信頼できるのかがまずわかりづらいし、自分だけでは手に負えなくて、調査や交渉ごとをだれかに任せることも時に必要になってきます。が、ネット上には、われこそは事故被害者のためだと謳っているものばかりなので、実際にいったいだれを信頼したらいいのかわかりません。

知識とは中立なものであること

ここで注意してほしいのは、情報の正確さもさることながら、その情報(知識)そのものが中立なことです。

昔、東大卒が多い自民党が間違えるはずがないと豪語している自民党支持者に会ったことがあります。ぼくは苦笑するしかありませんでした。たしかに東大卒は勉強をいっぱいしているわけだから、その知識量も多くかつ正確だといえるかもしれません。ただ、知識それ自体はあくまで中立なものであり、どちらにも役に立つ武器なのです。したがって、その正確でたくさんの知識をどちらの側に使うかにある。わかりやすいたとえ話をしてみましょう。

知識は刀という武器と同じ


その昔、武士という職業が存在しました。この武士は帯刀を許された職業のことであり、刀の専門家です。殿様を頂点にして、殿様に雇用され、殿様を守るために武器である刀の技術を日夜みがいていた。

この武器である刀自体は殿様を守るためにも使えるし、農民に加勢して殿様に刃向かうためにも使えます。しかし、悲しいかな、現実は殿様を守るために使われた例が圧倒的に多く、農民に加勢するために使われた例など不幸にしてきわめて少なかった。ごく稀に後者のような武士が現れますが、こういう武士こそ庶民にとっての英雄であり、「七人の侍」はまさにそのようなタイプの武士たちでした。

利益が一致しているか相反しているかが重要

したがって、問題はその使い手自身にあります。使い手がどちらの側に立つかで知識もそれぞれの側の武器になる。そして、その使い手がどちらの側に立つかは双方の利益が一致するか相反するかでふつうは決まってきます。

この、肝心要のことを説明したサイトが皆無といっていいほどにみあたらないのは不思議なことです(というか、あえて否定しているサイトさえいくらでもみつかるくらいです)。

記事を読んでいただければたちどころにわかることですが、当事務所は「立場」を鮮明にしております。あえて鮮明にしているのは、人間や社会に対する見方は、その人自身の立場から自由にはならないからです。中立を装うことは考察を浅くし、論旨を不明確にし、自己を無責任な立場に置くことになる。「立場」のない「立場」などありようがない。当事務所の立場は、ぼく自身が社会的弱者であるため、弱者の立場に徹することです。ぼくのような弱虫は「七人の侍」のようには決してなれないけれど、せめてその心意気だけでも真似して、社会的強者に阿らないようにしたい。そういう気持ちで当サイトをたちあげました。丸山真男のことばを最後に引用しておきます。

丸山真男から

ゲーテは「行動者は常に非良心的である」といっておりますが、私たちが観照者、テオリア(見る)の立場に立つ限り、この言葉には永遠の真実があると思います。つまり完全にわかっていないものをわかったとして行動するという意味でも、また対立する立場の双方に得点と失点があるのに、決断として一方に与するという意味でも、非良心的です。にもかかわらず私たちが生きていく限りにおいて、日々無数の問題について現に決断を下しているし、また下さざるを得ない。純粋に観照者の立場、純粋にテオリアの立場に立てるものは神だけであります。その意味では神だけが完全に良心的であります。

私たちの社会というものは、私たちの無数の行動の網と申しますか、行動の組合せから成り立っております。社会がこうして私たちの行動関連から成り立つ限りにおいて、私たちは行動あるいは非行動を通じて他人に、つまり社会に責任を負っています。その意味では純粋に「見る」立場、ゲーテの言う意味での完全に良心な立場というものは、完全に無責任な立場ということになります。

したがってこの点でも神だけが、完全に無責任でありうるわけであります。認識することと決断することとの矛盾中に生きることが、私たち神でない人間の宿命であります。私たちが人間らしく生きることは、この宿命を積極的に引き受け、その結果に責任を取ることだと思います。この宿命を自覚する必要は行動関連が異常に複雑になった現代においていよいよ痛切になってきたのです。

世のなかには一方では、認識の過程の無限性に目をふさぎ、理論の仮説性を忘れる独断主義者もいれば、またそもそも認識の意味自体を頭から蔑視する肉体的行動主義者がいます。しかし他方その半面では、物事はそう簡単にはイエスかノーかきめられないのだ、もっとよく研究してからでなければなんともいえないという名目の下に、いつも決断を回避することが学者らしい態度だという考え方がかなり強い。

あるいは対立する政治的争点に対して、あれももっとも、これももっとも、逆にそれを裏返しとして、あれもいけない、これもいけないということで、結局具体的な争点に対して明瞭な方向性を打ち出すことを避ける態度をもって、良識的であるとか、不偏不党であるとか考える評論家やジャーナリストもかなりいるようであります。

たびたびゲーテの言葉を引いて恐縮ですが、ゲーテはこういうことをいっています。「自分は公正であることを約束できるけれども、不偏不党であるということは約束できない。」今申しましたような世上いわゆる良識者は対立者に対してフェアであるということを、どっちつかずということと混同しているのではないでしょうか。
「現代政治の思想と行動」丸山真男 P452-454

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