商売だけが目的で立ち上げたサイトではない

先週、後遺障害認定業務でネット営業を中心に「食べている」何人かの専門家の方に、どのようにしたら事業としてやれるのかについてご相談に乗っていただいた。これまではボランティアでやっていたし、このままでもいいかとも思っていたのだが、それを許さないのっぴきならない個人的な事情が発生したため、そうも言ってられなくなった。それで、ご意見をいただいたのだ。さらにもう1つの理由は、このサイトの当面の目標にしていたアクセス数に達したからである。そのアクセス数に達したとき、次のステップについて考えるつもりだった。そのことを踏まえて以下のような1文を書いた。

弊サイトはネット集客に力をいれております。googleアナリティックスの本日(3・10)の過去30日間の集計は以下のとおりです。

セッション
22,035

ユーザー
17,892

ページビュー数
28,119

ぼく自身は、当面の目標としてセッション数21900を意識しておりました。これはすでに達成したわけです。このセッション数21900にどういう意味があるのかと申しますと、ネットだけで集客し、事務所運営が可能になるアクセス数の目安だったからです。ある士業の方がこう言っておられます。

司法書士の高島氏は「司法書士・士業事務所ホームページへのアクセス数」という記事の中で、

Google Analyticsでの1か月間の訪問数(注:セッション数のこと)は21,852なので、1日平均は730弱です。これだけのアクセス数があるからこそ、ウェブサイト経由のお客様のみによって10年以上もの間、事務所経営が成り立っているのです。(2013-10-08)

 
と書いておられたからです。登記業務と調査業務とでは業務内容も違います。しかし、法的サービスを提供する、あるいはそれに隣接するサービスを提供するという大きな枠でいうなら、他業種と比較するよりも参考になる数値かと思いました。

特記

ただし、士業の中でも税金ネタをメインにする税理士はアクセスされやすいようです。たとえばニホンプログ村の「士業」アクセス(PV)ランキングでは上位10位までを税理士が独占しているのは偶然ではないと思います。税金は年に一度の確定申告時のみならずふだんから関心を呼びやすい。それに反して、交通事故は事故にあうのが一生のうちに何度もあるわけではありません。きわめてマイナーなテーマです。登記はどうなんでしょう。不動産を買ったときとか、相続のときとか、不動産を担保にするときとか、こちらも一生でそう何度もあるテーマではなさそうです。

交通事故に関するサイトのアクセス数を伸ばそうとするなら、今後は自動車保険の話題を多くいれるべきだろうと思います。この分野の想定読者は相当存在することがわかるからです。まだとてもそこまでは手が回りそうにありませんが、いずれ検討したい分野です。

 

弊サイトをみて、その方々の共通の意見をまとめると、アクセス数が1日1000を越えるサイトはめったにあるものではない。これほどのアクセス数があるにもかかわらず、相談件数が少なすぎる。平均すると10数件の相談があってようやく1件の受注にむすびつく。週に3、4件ていどの相談では事業にならない。毎日相談があるくらいでないとダメである。相談件数が少ない理由は、事務所のことが書かれていない、だれがこのサイトの運営者なのか名前さえ載っていない。これでは来る相談も来なくなる。こんな正体不明のサイトで週に3、4件の相談があるほうが驚きだ。

ネット上は無料相談を謳っているサイトなどいくらでもある。相談者は自分の抱えているトラブルをすぐにも解決したいのだ。ところが、ここは相談に乗るだけで解決はしてくれない。相談数が少ないのはこういう事情もあるだろう。

アクセス数は十分すぎるくらいにあるのだから、これをなんとか事業で生かしたい。こんなもったいないサイトがあるほうが不思議だ。ただし、石川県という保守的かつ田舎だというネックがある。都会に進出するならこれらの問題はすぐにも解消されるが、石川県という特殊事情がどういうものなのかわからないため、これ以上のアドバイスは難しい。

ハッキリいえることは、ネット集客ための記事出しに集中するよりも、受注できる環境作りのほうが今は大切だ。そっちに集中したほうがいいくらいである。環境づくりといってもすぐにできることとできないことがある・・・。

ということで、いくつかの具体的なアドバイスもいただいた。先週はそれで実際にいくつか動いてもみた。結果については来週でないとわからないものもあるが、ハッキリ言ってあまり期待していない。ダメもとだと思っているのでそれはそれでいい。とにかく、リアルの世界で実際に動かないことには何も進まない。

記事出しについては今後も続けたい。現状の記事数が170と少なすぎるため、少なくとも300くらいにはしたい。ぼく以外にも記事を書いていただける方がおられるので、今後の記事出稿数も激減したりはしないだろう。そして、仮に事業化がむずかしいとしても、ぼく個人はボランティアで書き続け、ボランティアで答え続ける。どうしてか。その理由はこれまでに書いた記事を読んでいただいた方にはわかることかと思う。商売だけが目的で立ち上げたサイトではない。

受注できる環境が整いさえすれば、当サイトも一新したい。
 

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事務所所在地・連絡先

ホームズ調査事務所:
石川県加賀市
電話番号:090-1314-0234

電話・メールをされる前に、「お問い合わせ」欄を読んでくださいね。なお、メールについてはお返事に時間を要することもあるし、内容によっては、たとえば記事に書いてあることの再確認とか、あまり深刻とは思えないものについてはお返事しないこともありえます。電話ならその点確実です。

当事務所の立場

突然、交通事故にあわれた被害者は、怪我をされたり、車を破損などされたりして大変なことです。その損害の賠償をしてもらうために、これから、加害者そして加害者側の損保担当者を相手に示談交渉を進めなければならなくなります。しかし、交通事故は人生でそう何度も経験するわけではありません。なにをどのようにしたらいいのか途方に暮れてしまうのがふつうです。

ところが、事故被害者がまず相手にするのが加害者であり、そして、実際は加害者側損保の担当者です。損保の担当者はそのことで生計を立てているいわばプロであり、百戦錬磨で鍛えた知識と経験があります。かたや、知識も経験もほとんどない事故被害者。そんな素人がプロ相手にどのように交渉していったらいいのでしょうか。

交通事故に詳しい弁護士が知人にいるような幸運な方は別にして、たいていの方は途方に暮れてしまうことでしょう。一昔前は、素人とプロの交渉ごとということにふつうはなって、プロの思い描くストーリーどおりに押し切られるのがふつうでした。しかし、ネットが発達した現在、示談交渉を進める上での情報がネットを検索すればあふれかえっています。が、その情報は正しいものもあれば正しくないものもある。玉石混淆です。それらの情報に接した事故被害者にとって、どの情報が正しくて信頼できるのかがまずわかりづらいし、自分だけでは手に負えなくて、調査や交渉ごとをだれかに任せることも時に必要になってきます。が、ネット上には、われこそは事故被害者のためだと謳っているものばかりなので、実際にいったいだれを信頼したらいいのかわかりません。

知識とは中立なものであること

ここで注意してほしいのは、情報の正確さもさることながら、その情報(知識)そのものが中立なことです。

昔、東大卒が多い自民党が間違えるはずがないと豪語している自民党支持者に会ったことがあります。ぼくは苦笑するしかありませんでした。たしかに東大卒は勉強をいっぱいしているわけだから、その知識量も多くかつ正確だといえるかもしれません。ただ、知識それ自体はあくまで中立なものであり、どちらにも役に立つ武器なのです。したがって、その正確でたくさんの知識をどちらの側に使うかにある。わかりやすいたとえ話をしてみましょう。

知識は刀という武器と同じ


その昔、武士という職業が存在しました。この武士は帯刀を許された職業のことであり、刀の専門家です。殿様を頂点にして、殿様に雇用され、殿様を守るために武器である刀の技術を日夜みがいていた。

この武器である刀自体は殿様を守るためにも使えるし、農民に加勢して殿様に刃向かうためにも使えます。しかし、悲しいかな、現実は殿様を守るために使われた例が圧倒的に多く、農民に加勢するために使われた例など不幸にしてきわめて少なかった。ごく稀に後者のような武士が現れますが、こういう武士こそ庶民にとっての英雄であり、「七人の侍」はまさにそのようなタイプの武士たちでした。

利益が一致しているか相反しているかが重要

したがって、問題はその使い手自身にあります。使い手がどちらの側に立つかで知識もそれぞれの側の武器になる。そして、その使い手がどちらの側に立つかは双方の利益が一致するか相反するかでふつうは決まってきます。

この、肝心要のことを説明したサイトが皆無といっていいほどにみあたらないのは不思議なことです(というか、あえて否定しているサイトさえいくらでもみつかるくらいです)。

記事を読んでいただければたちどころにわかることですが、当事務所は「立場」を鮮明にしております。あえて鮮明にしているのは、人間や社会に対する見方は、その人自身の立場から自由にはならないからです。中立を装うことは考察を浅くし、論旨を不明確にし、自己を無責任な立場に置くことになる。「立場」のない「立場」などありようがない。当事務所の立場は、ぼく自身が社会的弱者であるため、弱者の立場に徹することです。ぼくのような弱虫は「七人の侍」のようには決してなれないけれど、せめてその心意気だけでも真似して、社会的強者に阿らないようにしたい。そういう気持ちで当サイトをたちあげました。丸山真男のことばを最後に引用しておきます。

丸山真男から

ゲーテは「行動者は常に非良心的である」といっておりますが、私たちが観照者、テオリア(見る)の立場に立つ限り、この言葉には永遠の真実があると思います。つまり完全にわかっていないものをわかったとして行動するという意味でも、また対立する立場の双方に得点と失点があるのに、決断として一方に与するという意味でも、非良心的です。にもかかわらず私たちが生きていく限りにおいて、日々無数の問題について現に決断を下しているし、また下さざるを得ない。純粋に観照者の立場、純粋にテオリアの立場に立てるものは神だけであります。その意味では神だけが完全に良心的であります。

私たちの社会というものは、私たちの無数の行動の網と申しますか、行動の組合せから成り立っております。社会がこうして私たちの行動関連から成り立つ限りにおいて、私たちは行動あるいは非行動を通じて他人に、つまり社会に責任を負っています。その意味では純粋に「見る」立場、ゲーテの言う意味での完全に良心な立場というものは、完全に無責任な立場ということになります。

したがってこの点でも神だけが、完全に無責任でありうるわけであります。認識することと決断することとの矛盾中に生きることが、私たち神でない人間の宿命であります。私たちが人間らしく生きることは、この宿命を積極的に引き受け、その結果に責任を取ることだと思います。この宿命を自覚する必要は行動関連が異常に複雑になった現代においていよいよ痛切になってきたのです。

世のなかには一方では、認識の過程の無限性に目をふさぎ、理論の仮説性を忘れる独断主義者もいれば、またそもそも認識の意味自体を頭から蔑視する肉体的行動主義者がいます。しかし他方その半面では、物事はそう簡単にはイエスかノーかきめられないのだ、もっとよく研究してからでなければなんともいえないという名目の下に、いつも決断を回避することが学者らしい態度だという考え方がかなり強い。

あるいは対立する政治的争点に対して、あれももっとも、これももっとも、逆にそれを裏返しとして、あれもいけない、これもいけないということで、結局具体的な争点に対して明瞭な方向性を打ち出すことを避ける態度をもって、良識的であるとか、不偏不党であるとか考える評論家やジャーナリストもかなりいるようであります。

たびたびゲーテの言葉を引いて恐縮ですが、ゲーテはこういうことをいっています。「自分は公正であることを約束できるけれども、不偏不党であるということは約束できない。」今申しましたような世上いわゆる良識者は対立者に対してフェアであるということを、どっちつかずということと混同しているのではないでしょうか。
「現代政治の思想と行動」丸山真男 P452-454

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