交通事故鑑定の世界はニセモノが跋扈する魑魅魍魎の世界ならしい

事故鑑定の依頼が、ふたつもあった

アクセス減が祟ってか、最近は相談が激減していたが、このところやや持ち直してきている感じがある。先ほど、事故鑑定をやってくれないかと電話で問い合わせをいただいた。数日前にも鑑定の相談を1件いただいた。両方とも、報酬を支払うから、ぜひ受けてほしいと懇願された。報酬額もこちらがびっくりするような額だった。へぇ~、こんなにいただけるんだ。

なんでこんなぼくに、大金を払ってまで鑑定の依頼をするのか驚くばかりである。「問い合わせ」欄でも強調していることなのだが、たぶん読んでいないだろうから、ここでもう一度繰り返す。

交通事故鑑定については、ぼくらにはその方面の知識も経験もほとんどないから、これは「ないものねだり」である。

交通事故鑑定の世界は魑魅魍魎が跋扈する世界ならしい

ところで、リンクさせていただいている西川雅晴弁護士によれば、「「交通事故鑑定」の世界は「魑魅魍魎」が跋扈する世界」である。

ぼくも私的鑑定についていくつか思い出すことがあり、それを記事にしたことがある。→「むち打ち損傷に関する工学鑑定について」

そこで取り上げた私的鑑定書についてだが、当該記事では出所を明かさなかったが、この世界では相当に権威があると思われているところの鑑定書である。そんな権威のある鑑定書であるにもかかわらず、ぼくのようなレベルでもおかしいことがわかる。どうしておかしいことがわかるのか。先の西川先生によれば、

・実況見分調書とは異なる事実関係を基礎としている

・常識に反している

・物理法則、実験論文等に反している

 
この3点に注意するだけで、たいていはその真偽がわかると述べられていた。ぼくがおかしいことに気づいたのも、小難しい数式を理解した上でのことからでなくて、上記視点によるものである。すなわち、常識に明らかに反していること。根拠も示さずに実験論文をそのまま引用できるのか相当に疑問に思ったことである。

岩波「世界」の「交通死 被害者の視点から」特集であったこと

ぼくたちはどうしても権威に弱いところがある。ニセモノはそこをうまく突いてくる。事故鑑定というような物理や数学が介在してくる世界では素人をよせつけないため、とりわけそうである。かつて、事故鑑定の世界で有名な詐欺事件があった。ここで、参考までに記しておきたい。

こちらがその詐欺が発覚した当時の新聞記事である。

「交通事故鑑定人」が遺族から詐取計5千万、逮捕(読売新聞)

「交通事故鑑定人」と称して死亡事故の遺族から金をだまし取ったとして、警視庁交通捜査課などは27日、A氏を詐欺の疑いで逮捕した。

調べによるとA氏は、1999年8月に事故で18歳の長男を亡くした東京都内の男性(52)に対し「司法試験に受かり、米国の大学で理学博士号も取得、警察の研究所にも所属している」などと経歴を詐称して事故の鑑定の依頼を受け、実際には鑑定などを行っていないのに同年11月から昨年12月までに11回にわたり鑑定料として361万円をだまし取った疑い。

A氏は98年ごろから鑑定人として度々テレビや雑誌で取り上げられるようになり、警察の捜査に不満を持つ全国の遺族などから多数の依頼を受けていたが、別な事故の依頼人に同一内容の鑑定書を渡すなどトラブルが目立ち始め、同課が把握しただけでも、約10家族が計約5000万円の被害を訴えていた。

 
司法試験に受かっただの、理学博士だっただの、警察の研究所(科捜研?)に所属していただの、有名雑誌やテレビで取り上げられただの、とにかく、「権威」でゴテゴテ着飾る。「交通事故」に無知な人は、それだけで目くらましにあってしまい、コロっとだまされてしまう。世間では交通事故の専門家だと思われている弁護士だってコロコロだまされてしまう。

が、しょせんはニセモノはニセモノ。本物にはなりきれない。すなわち、論理の運び方が杜撰なため、ニセモノだといずれ見破られてしまう例が多いのだ。七面鳥のディスプレイとおんなじである。初めてあのディスプレイを見た人は面食らってしまうだろうが、その正体を知っていれば、ただのコケ脅しにすぎない。七面鳥がキジ目の最大種でニワトリの仲間だと知れば、おどろくに当たらないのだ。焼き鳥にするときっとうまい。

下の画像は、岩波書店から発行されている総合雑誌「世界」1999年9月号の目次である。あの「世界」編集部でさえコロっとだまされてしまった。

ぼくもかつて定期購読していた「世界」という雑誌。その「世界」の1999年9月号で「交通死 被害者の視点から」という特集を組んでいた。その執筆者のひとりが詐欺師だった。「世界」というようなステイタスのある総合雑誌で論文を書き、テレビにもたびたび出演し、講演も行っていたため、だまされる人が多かった。

権威に委ねるのではなくて

言葉の意味がわからなければその意味を調べるために字引きを引く。広辞苑にしろ、新明解にしろ、字引きは権威があるからである。このように、自分の知らないこと・わからないことは権威に委ねるというのはよくあることだ。それよりも次元が低いかもしれないが、「世界」で論文を書くというのも権威のひとつであり、テレビ出演や講演を行うこともそうである。そういうのをいくつも重ねると自ずと権威があると思われてしまう。それで、中身ではなく、権威という形式を信頼してものの見事にだまされてしまうのだ。

このように書いたからといって、「世界」の執筆陣は全部だめとか、テレビの出演が全部だめとかにはもちろんならない。「世界」で書いている人には立派の人も大勢おられるだろうし、テレビに出演している鑑定人にもそのような人がおられるだろう。現に、ある弁護士から、テレビでも知られるあの鑑定人は仕事を誠実にこなしますよと推薦されたこともある。

が、中身ではなく、権威という形式による判断だから、ときにだまされることがありえる。とりわけ注意すべきなのはテレビである。今回の依頼者の方の中には、ぼくは事故鑑定をやらないとお断りすると、テレビに出ている鑑定人のだれそれの評価をぼくに求めてきた。はっきり言って、知らない人の評価をぼくに求められても答えようがない。ただ、テレビは鑑定人の実力とか中身とかよりも視聴者受けを狙うところがあるから、テレビに出ているからといって、即、その実力が保証されているとはいいがたい。そこは注意すべきでしょうと答えるにとどめた。

このことは事故鑑定の世界に限らないが、そういった「権威」を鵜呑みにするのではなくて、先の3つの注意点に留意して、自分で考える習慣をつけることが、だまされないためにはどうしても必要である。

交通事故鑑定人はだれでもが名乗れる

ところであまり知られていないことのようなのでここで書いておきたい。交通事故鑑定人になるための資格要件や審査があるわけではないことである。だから、その気になれば、今日からでも交通事故鑑定人だと名乗ることもだれだって可能な世界なのだ。ぼくもそう名乗ろうとすればできないことではないし、実際に名乗ればよかった(苦笑)。

先日、クレジットカードの支払い状況を確認したら、アマゾンなどの支払いで、法律書・医学書関係での支払いがこの5年ほどで50万円ほどにもなっていた。びっくりし、妻にばれないかとそればかり恐れている。その中には、先行投資のつもりでいつかは回収するつもりでいた相談者の相談に答えるために買った書籍もかなり含まれる。交通事故鑑定人を名乗れば、その支払いも一度でペイできるほどだ。

お二人の相談については、ぼくは交通事故鑑定人ではないし、その力もない。報酬については「いらない」とサイトで断っているので、もらうわけにいかない。が、事故現場が石川県だったり隣県だったりして近かったこともあって、お役に立てるかどうかかなり怪しいが、過失割合の基礎調査なら経験豊富なので、とりあえず現場の確認だけはしてみようとなった。ただし、交通費と弁当代だけは出してよねとこちらの希望を述べた。それと、先生、先生とこそばしいことを言わないでね。ぼくは先生なんかじゃないのだから。

【追記】
今のところその予定はないが、こういう調査依頼が増えるようであれば、今後、過失割合調査については5万円なり10万円なり請求するかもしれない。調査のためには、テマヒマがかかるため、ただでやるのはさすがにしんどい。

なお、サイトでは相談についてはおカネは「いらない」と書いているが、調査については「やらない」としているだけなので、相談者の依頼に応えて調査をやったときは報酬の請求ができないわけでもない。が、いまのところ請求したことがないだけである。

実を言うと、今年の初めにお会いした事故被害者の方は、報酬を請求しないことに不思議がっていた。いや、かえって不安がっておられた。不思議がられても、不安がられても、サイトで相談については相談料は「いらない」と宣言しているし、調査は「やらない」と宣言している以上、そのことに関する報酬は請求できないではないか。それでもどうしても報酬を支払いたい方がもしおられるようでしたら、交通事故遺族の会宛てにでも1000円なり2000円なり思う額を支払っていただいてけっこうである。そこはご自由にどうぞ。

話は変わるが、ネットで調べてみたら、ある行政書士さんは、自賠責の事故状況説明図の作成で15万円も請求している。自賠責の過失割合については事故被害者のために重過失がないかぎり減額されないから、その調査もかなり大雑把でいいはずである。調査に要する時間も、現場30分、作成に1時間として、その他もろもろを考えても、半日いらないだろう。それで15万円くらいいただかないと、従業員の給与の支払いもあるなど事務所維持も難しいということなのだろう。ということで、5万~10万円はまだ安いのかも??

【2018・8・26追記】
当該記事に対して本日問い合わせをいただいた。問い合わせの趣旨に同意し、他人が下した評価をそのまま引用していた箇所について、一部削除を行った。

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当事務所の立場

突然、交通事故にあわれた被害者は、怪我をされたり、車を破損などされたりして大変なことです。その損害の賠償をしてもらうために、これから、加害者そして加害者側の損保担当者を相手に示談交渉を進めなければならなくなります。しかし、交通事故は人生でそう何度も経験するわけではありません。なにをどのようにしたらいいのか途方に暮れてしまうのがふつうです。

ところが、事故被害者がまず相手にするのが加害者であり、そして、実際は加害者側損保の担当者です。損保の担当者はそのことで生計を立てているいわばプロであり、百戦錬磨で鍛えた知識と経験があります。かたや、知識も経験もほとんどない事故被害者。そんな素人がプロ相手にどのように交渉していったらいいのでしょうか。

交通事故に詳しい弁護士が知人にいるような幸運な方は別にして、たいていの方は途方に暮れてしまうことでしょう。一昔前は、素人とプロの交渉ごとということにふつうはなって、プロの思い描くストーリーどおりに押し切られるのがふつうでした。しかし、ネットが発達した現在、示談交渉を進める上での情報がネットを検索すればあふれかえっています。が、その情報は正しいものもあれば正しくないものもある。玉石混淆です。それらの情報に接した事故被害者にとって、どの情報が正しくて信頼できるのかがまずわかりづらいし、自分だけでは手に負えなくて、調査や交渉ごとをだれかに任せることも時に必要になってきます。が、ネット上には、われこそは事故被害者のためだと謳っているものばかりなので、実際にいったいだれを信頼したらいいのかわかりません。

知識とは中立なものであること

ここで注意してほしいのは、情報の正確さもさることながら、その情報(知識)そのものが中立なことです。

昔、東大卒が多い自民党が間違えるはずがないと豪語している自民党支持者に会ったことがあります。ぼくは苦笑するしかありませんでした。たしかに東大卒は勉強をいっぱいしているわけだから、その知識量も多くかつ正確だといえるかもしれません。ただ、知識それ自体はあくまで中立なものであり、どちらにも役に立つ武器なのです。したがって、その正確でたくさんの知識をどちらの側に使うかにある。わかりやすいたとえ話をしてみましょう。

知識は刀という武器と同じ


その昔、武士という職業が存在しました。この武士は帯刀を許された職業のことであり、刀の専門家です。殿様を頂点にして、殿様に雇用され、殿様を守るために武器である刀の技術を日夜みがいていた。

この武器である刀自体は殿様を守るためにも使えるし、農民に加勢して殿様に刃向かうためにも使えます。しかし、悲しいかな、現実は殿様を守るために使われた例が圧倒的に多く、農民に加勢するために使われた例など不幸にしてきわめて少なかった。ごく稀に後者のような武士が現れますが、こういう武士こそ庶民にとっての英雄であり、「七人の侍」はまさにそのようなタイプの武士たちでした。

利益が一致しているか相反しているかが重要

したがって、問題はその使い手自身にあります。使い手がどちらの側に立つかで知識もそれぞれの側の武器になる。そして、その使い手がどちらの側に立つかは双方の利益が一致するか相反するかでふつうは決まってきます。

この、肝心要のことを説明したサイトが皆無といっていいほどにみあたらないのは不思議なことです(というか、あえて否定しているサイトさえいくらでもみつかるくらいです)。

記事を読んでいただければたちどころにわかることですが、当事務所は「立場」を鮮明にしております。あえて鮮明にしているのは、人間や社会に対する見方は、その人自身の立場から自由にはならないからです。中立を装うことは考察を浅くし、論旨を不明確にし、自己を無責任な立場に置くことになる。「立場」のない「立場」などありようがない。当事務所の立場は、ぼく自身が社会的弱者であるため、弱者の立場に徹することです。ぼくのような弱虫は「七人の侍」のようには決してなれないけれど、せめてその心意気だけでも真似して、社会的強者に阿らないようにしたい。そういう気持ちで当サイトをたちあげました。丸山真男のことばを最後に引用しておきます。

丸山真男から

ゲーテは「行動者は常に非良心的である」といっておりますが、私たちが観照者、テオリア(見る)の立場に立つ限り、この言葉には永遠の真実があると思います。つまり完全にわかっていないものをわかったとして行動するという意味でも、また対立する立場の双方に得点と失点があるのに、決断として一方に与するという意味でも、非良心的です。にもかかわらず私たちが生きていく限りにおいて、日々無数の問題について現に決断を下しているし、また下さざるを得ない。純粋に観照者の立場、純粋にテオリアの立場に立てるものは神だけであります。その意味では神だけが完全に良心的であります。

私たちの社会というものは、私たちの無数の行動の網と申しますか、行動の組合せから成り立っております。社会がこうして私たちの行動関連から成り立つ限りにおいて、私たちは行動あるいは非行動を通じて他人に、つまり社会に責任を負っています。その意味では純粋に「見る」立場、ゲーテの言う意味での完全に良心な立場というものは、完全に無責任な立場ということになります。

したがってこの点でも神だけが、完全に無責任でありうるわけであります。認識することと決断することとの矛盾中に生きることが、私たち神でない人間の宿命であります。私たちが人間らしく生きることは、この宿命を積極的に引き受け、その結果に責任を取ることだと思います。この宿命を自覚する必要は行動関連が異常に複雑になった現代においていよいよ痛切になってきたのです。

世のなかには一方では、認識の過程の無限性に目をふさぎ、理論の仮説性を忘れる独断主義者もいれば、またそもそも認識の意味自体を頭から蔑視する肉体的行動主義者がいます。しかし他方その半面では、物事はそう簡単にはイエスかノーかきめられないのだ、もっとよく研究してからでなければなんともいえないという名目の下に、いつも決断を回避することが学者らしい態度だという考え方がかなり強い。

あるいは対立する政治的争点に対して、あれももっとも、これももっとも、逆にそれを裏返しとして、あれもいけない、これもいけないということで、結局具体的な争点に対して明瞭な方向性を打ち出すことを避ける態度をもって、良識的であるとか、不偏不党であるとか考える評論家やジャーナリストもかなりいるようであります。

たびたびゲーテの言葉を引いて恐縮ですが、ゲーテはこういうことをいっています。「自分は公正であることを約束できるけれども、不偏不党であるということは約束できない。」今申しましたような世上いわゆる良識者は対立者に対してフェアであるということを、どっちつかずということと混同しているのではないでしょうか。
「現代政治の思想と行動」丸山真男 P452-454

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