先日お会いした相談者の方に、どうして匿名なんですかと言われてしまった。

実名なら相談がたくさん来るはず・・・

先日お会いした相談者の方に、どうしてサイトを匿名でやっているのですかと言われてしまった。ぼくのサイトのことを1年以上も前から知っていたし、電話番号も記されていたので電話しようかとも何度も思ったが、実名を公開していないためうさん臭くもあるし、そのため躊躇し、結局は電話できなかったという。実名を公表しておればもっと早く相談できたのに、どうしてそうしないのですか。私のように迷っている人は多いはずで、ぜひ公開した方がいいですよ、実際にお会いしたらぜんぜんそんなこともなく、できたら顔写真付きでやられたら相談もたくさん来るのではとアドバイスされてしまった。ありがとう。

リアルの世界では、特に隠しているわけでもない

顔写真付きは初めてだが、こういうアドバイスは今回が初めてではない。過去の何人かの相談者からもされているし、知人・友人からもされているし、職場の同僚からもされている。そう、もう、うんざりするほど何度も何度もされているのだ。リアルの世界ではこのように特に隠しているわけでもない。大ぴらは言いすぎかもしれないが、コソコソ隠れているわけでないことは間違いないだろう。職場の人には、交通事故で何かお困りなら・・・とサイトのことを紹介しているし、石川県内の弁護士の少なくともおふたりには、実名を名乗っている。相談者についても、何度もやりとりをしていると、あっちは実名なのにこっちは匿名というのも居心地が悪いため、実名を名乗ることが多い。ぼくのサイトにリンクしている弁護士等にも、リンクしたことの承諾を得る際に、匿名では礼を失するので、実名を名乗った。それ以外にも、何人かの弁護士や行政書士に実名を名乗っている。家族にサイト運営をしていることは告げていたが、具体的にどのサイトなのかを知らせたことがなかったので知らないと思っていたが、どうやら娘は知っているらしいし、ときどき覗いているらしい。

匿名のいいところは率直に書けること

このように、リアルの世界ではぼくがこのサイトの運営者であることを知っている人は、数人どころか何十人もいるのである。したがって、今も匿名にしている実益は、記事出しの際に思ったことを率直に書けることだ。リアルの世界では実名はバレバレなので、記事を書く際の率直に書けること(注)、それ以外に、何かあるのだろうかと、ときどき思うことがある。が、今のところ、積極的に実名を公開する必然性もない。・・・と思っていたが、何か後ろめたいことがあって匿名にしているんじゃないのかと疑われるのも癪なので、どうしようかなあ。

(注)

匿名なので率直に書けることは、好き勝手放題に書けることとイコールではない。

ぼくへの批判のなかに、あんたは匿名だから、好き勝手なことが書けるのだというものがある。ぼく自身、実名を公開することを前提に匿名で書いているつもりなのだが、「つもり」と、実際に実名を明かした上で書くのとはやはりどこか違うだろう。

しかし、好き勝手な、無責任な発言にならないようにするため、ぼくは自分の主張の根拠をできるだけ明示してきたつもりだし、引用のさいの出典も明示してきた。実名で記事を書かれている人は、結果だけ書いてその根拠を示されないことが多いし、出典を明示する例も少ない。

ぼくにいわせれば、匿名か実名かは本質的にはあんまり関係ない。匿名で書く人だって、事実に基づいて書こうと努力されている人はいくらでもいるし、実名で書く人だって、勝手なデマを書いて、事実や出典を明示しない人はごまんといる。

ときには、政府批判のような、匿名で書くことにそれなりの理由がある場合だって存在する。強いものになびくような意見は、それが実名で書かれ一見すると勇ましい意見だったとしても、大河の流れに沿って泳ぐメダカほどの力もいらないだろう。大河の流れに逆らって泳ぐこと、その逆の行動をとろうとするときは、それがどんな些細なことだって、一定の勇気を要する。

日本人は判官びいきの国民だと言われているけれども、実際は、強そうな奴になびいて、弱そうな奴や集団から外れている者に対して、多数という集団でやりこめる。少なくとも、自分が仲間はずれにされないため見て見ぬふりをする。

でも、匿名じゃ信頼されにくい

自慢話になるが、さらに加えて、裁判や労災の再審査請求に証拠資料としてぼくの記事を引用・添付されたことがある。また、裁判官のツイートでぼくの記事を引用していただいたこともあるし、ネットの辞典であるウイキペディアでもぼくの記事が引用されている。このように引用・添付された方はぼくの書いた記事を認め、匿名だけれど信頼出来ると判断したに相違ない。ぼくにとってはたいへんうれしいのだが、せっかくの引用・添付も、匿名じゃ、信頼性に問題ありとならないのだろうかと、ぼくは思っているがどうなんだろうか。

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当事務所の立場

突然、交通事故にあわれた被害者は、怪我をされたり、車を破損などされたりして大変なことです。その損害の賠償をしてもらうために、これから、加害者そして加害者側の損保担当者を相手に示談交渉を進めなければならなくなります。しかし、交通事故は人生でそう何度も経験するわけではありません。なにをどのようにしたらいいのか途方に暮れてしまうのがふつうです。

ところが、事故被害者がまず相手にするのが加害者であり、そして、実際は加害者側損保の担当者です。損保の担当者はそのことで生計を立てているいわばプロであり、百戦錬磨で鍛えた知識と経験があります。かたや、知識も経験もほとんどない事故被害者。そんな素人がプロ相手にどのように交渉していったらいいのでしょうか。

交通事故に詳しい弁護士が知人にいるような幸運な方は別にして、たいていの方は途方に暮れてしまうことでしょう。一昔前は、素人とプロの交渉ごとということにふつうはなって、プロの思い描くストーリーどおりに押し切られるのがふつうでした。しかし、ネットが発達した現在、示談交渉を進める上での情報がネットを検索すればあふれかえっています。が、その情報は正しいものもあれば正しくないものもある。玉石混淆です。それらの情報に接した事故被害者にとって、どの情報が正しくて信頼できるのかがまずわかりづらいし、自分だけでは手に負えなくて、調査や交渉ごとをだれかに任せることも時に必要になってきます。が、ネット上には、われこそは事故被害者のためだと謳っているものばかりなので、実際にいったいだれを信頼したらいいのかわかりません。

知識とは中立なものであること

ここで注意してほしいのは、情報の正確さもさることながら、その情報(知識)そのものが中立なことです。

昔、東大卒が多い自民党が間違えるはずがないと豪語している自民党支持者に会ったことがあります。ぼくは苦笑するしかありませんでした。たしかに東大卒は勉強をいっぱいしているわけだから、その知識量も多くかつ正確だといえるかもしれません。ただ、知識それ自体はあくまで中立なものであり、どちらにも役に立つ武器なのです。したがって、その正確でたくさんの知識をどちらの側に使うかにある。わかりやすいたとえ話をしてみましょう。

知識は刀という武器と同じ


その昔、武士という職業が存在しました。この武士は帯刀を許された職業のことであり、刀の専門家です。殿様を頂点にして、殿様に雇用され、殿様を守るために武器である刀の技術を日夜みがいていた。

この武器である刀自体は殿様を守るためにも使えるし、農民に加勢して殿様に刃向かうためにも使えます。しかし、悲しいかな、現実は殿様を守るために使われた例が圧倒的に多く、農民に加勢するために使われた例など不幸にしてきわめて少なかった。ごく稀に後者のような武士が現れますが、こういう武士こそ庶民にとっての英雄であり、「七人の侍」はまさにそのようなタイプの武士たちでした。

利益が一致しているか相反しているかが重要

したがって、問題はその使い手自身にあります。使い手がどちらの側に立つかで知識もそれぞれの側の武器になる。そして、その使い手がどちらの側に立つかは双方の利益が一致するか相反するかでふつうは決まってきます。

この、肝心要のことを説明したサイトが皆無といっていいほどにみあたらないのは不思議なことです(というか、あえて否定しているサイトさえいくらでもみつかるくらいです)。

記事を読んでいただければたちどころにわかることですが、当事務所は「立場」を鮮明にしております。あえて鮮明にしているのは、人間や社会に対する見方は、その人自身の立場から自由にはならないからです。中立を装うことは考察を浅くし、論旨を不明確にし、自己を無責任な立場に置くことになる。「立場」のない「立場」などありようがない。当事務所の立場は、ぼく自身が社会的弱者であるため、弱者の立場に徹することです。ぼくのような弱虫は「七人の侍」のようには決してなれないけれど、せめてその心意気だけでも真似して、社会的強者に阿らないようにしたい。そういう気持ちで当サイトをたちあげました。丸山真男のことばを最後に引用しておきます。

丸山真男から

ゲーテは「行動者は常に非良心的である」といっておりますが、私たちが観照者、テオリア(見る)の立場に立つ限り、この言葉には永遠の真実があると思います。つまり完全にわかっていないものをわかったとして行動するという意味でも、また対立する立場の双方に得点と失点があるのに、決断として一方に与するという意味でも、非良心的です。にもかかわらず私たちが生きていく限りにおいて、日々無数の問題について現に決断を下しているし、また下さざるを得ない。純粋に観照者の立場、純粋にテオリアの立場に立てるものは神だけであります。その意味では神だけが完全に良心的であります。

私たちの社会というものは、私たちの無数の行動の網と申しますか、行動の組合せから成り立っております。社会がこうして私たちの行動関連から成り立つ限りにおいて、私たちは行動あるいは非行動を通じて他人に、つまり社会に責任を負っています。その意味では純粋に「見る」立場、ゲーテの言う意味での完全に良心な立場というものは、完全に無責任な立場ということになります。

したがってこの点でも神だけが、完全に無責任でありうるわけであります。認識することと決断することとの矛盾中に生きることが、私たち神でない人間の宿命であります。私たちが人間らしく生きることは、この宿命を積極的に引き受け、その結果に責任を取ることだと思います。この宿命を自覚する必要は行動関連が異常に複雑になった現代においていよいよ痛切になってきたのです。

世のなかには一方では、認識の過程の無限性に目をふさぎ、理論の仮説性を忘れる独断主義者もいれば、またそもそも認識の意味自体を頭から蔑視する肉体的行動主義者がいます。しかし他方その半面では、物事はそう簡単にはイエスかノーかきめられないのだ、もっとよく研究してからでなければなんともいえないという名目の下に、いつも決断を回避することが学者らしい態度だという考え方がかなり強い。

あるいは対立する政治的争点に対して、あれももっとも、これももっとも、逆にそれを裏返しとして、あれもいけない、これもいけないということで、結局具体的な争点に対して明瞭な方向性を打ち出すことを避ける態度をもって、良識的であるとか、不偏不党であるとか考える評論家やジャーナリストもかなりいるようであります。

たびたびゲーテの言葉を引いて恐縮ですが、ゲーテはこういうことをいっています。「自分は公正であることを約束できるけれども、不偏不党であるということは約束できない。」今申しましたような世上いわゆる良識者は対立者に対してフェアであるということを、どっちつかずということと混同しているのではないでしょうか。
「現代政治の思想と行動」丸山真男 P452-454

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なお、当サイトは中国語でも対応可能である。電話でもいいし、メッセージでもよろしい。

本现场可以用汉语对应、如过在日本有遇到交通事故的无论是中国人还是台湾人、请随时商量、商量的时候、请在网上「留言」。

【推薦図書】

これまでに購入した中で、特に役に立った図書です。アマゾンから購入可能なものに限定しました。アマゾン以外からの購入図書については、こちらこちらの記事をごらんになっていただきたい。

(事故調査)

1⃣
林洋氏の代表作。定番教科書である。現場調査に欠かせない視点を提供してくれる。

 

2⃣
江守一郎氏の代表作。新版(と言っても1984年)あり。これも定番教科書のひとつと言われている。

(過失割合・賠償の範囲に役立つ本)

 

2⃣
交通事故訴訟をリードする東京地裁民事27部の裁判官が参加している。裁判所の判断の傾向を知るのに有用。

 

3⃣
道交法の定番教科書。

 

4⃣
「信頼の原則」という記事を書いた際に、たいへん参考になった。この本なくして「信頼の原則」の記事の信頼度は無きに等しい。

(保険を知るのに役立つ本)

1⃣
これ一冊あれば、任意保険のたいていのことはわかる。

 

2⃣
自賠法条文の解説書。

(後遺障害を知るのに役立つ本)

後遺障害をやるのだったら、これは必読書である。参考文献の紹介も豊富。

 

8⃣
先に紹介した弁護士本をたぶんに意識した本である。つまり、高野他本に載っていない遷延性意識障害とかPTSDとかを積極的にとりあげている。

(交通心理学に関する本)



類書はたくさんあれど、外国の調査研究が宝庫のように詰まっている。

(特殊分野編)
いいもわるいも特殊分野の本なので、これを見るしかないという本。

1⃣
旧版(第2集)は持っているが、その後の判例の展開を示した新版の第3集あり。全損賠償の決定版。

 

 

 

4⃣
上の3著の著者・海道野守氏が一般向けに書かれた物損請求書。古いが、わかりやすくてすごくいい本である。

 

5⃣
これも休業損害分野の唯一の本。毎年のように改定されている。ここの先生は休業損害だけでなく、実は休車損の調査もやられていたから、休車損の本も書いていただけるとありがたいのだが。

(交通事故を考える上で、最初に読んでおきたい本)

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